県国際交流員の紹介
現在、多文化共生推進室国際課及び(公財)とやま国際センターには、次のとおり、7か国から7人のCIRが配置されています。
(1)出身地、担当言語(2)富山県での勤務開始時期(3)本人からのメッセージ
Lima Uehara Marcos Paulo(リマ・ウエハラ・マルコス・パウロ)

- (1)ブラジル・サンパウロ州・サンパウロ市、ポルトガル語、英語、スペイン語
- (2)令和7年4月から
- (3)皆さん、はじめまして。ウエハラ・マルコスと申します。今月から国際交流員としてブラジル・サンパウロ市から富山県に参りました。まずは松川の桜の美しさに感動しており、富山での生活に胸を躍らせています。私は幼少期に家族とともに来日し、中学1年生まで日本の公立学校で学んだ後、ブラジルへ帰国しました。私の出身地であるサンパウロ州は富山県と友好提携を結んでおり、世界最大の日系人コミュニティがある地域としても知られています。そうした私が、両国の架け橋として活動できることを大変光栄に思っております。
- 大学時代は、多文化が共存するロサンゼルスで6年間暮らし、経営学を専攻しました。また語学に興味があり、スペイン語習得のためにアルゼンチンとスペインへ短期留学した経験もあります。これまでの経験を活かして、富山県で異文化交流の促進に貢献できれば幸いです。来日は9年ぶりですが、富山県は今回が初めてとなります。山と海に囲まれた自然豊かなこの地にすでに魅了されています。これから現地の文化を深く学びながら、たくさんの発見と出会いを楽しみにしています。これからどうぞよろしくお願いいたします。Obrigado!
禹 賢正(ウ・ヒョンジョン)

- (1)大韓民国・ソウル特別市、韓国語
- (2)令和7年4月から
- (3)アンニョンハセヨ!富山県の皆さま、はじめまして。
韓国・ソウルから参りました、禹賢正(ウ・ヒョンジョン)と申します。このたび韓国語の国際交流員として富山県で勤務することになり、大変うれしく思っております。
私は子どもの頃から日本の音楽やアニメ、歴史などさまざまな文化に興味がありました。大学では経営学を専攻していたため、日本語に触れる機会は限られていましたが、在学中に東京の大妻女子大学へ1年間留学し、日本語や日本文化をより深く学ぶことができました。この経験をきっかけに、日本社会や人々への関心がさらに深まり、卒業後は日本での生活を通じて、日韓の相互理解に貢献できる仕事をしたいと思うようになりました。
富山に来てからまだ日が浅いですが、豊かな自然と穏やかな町並みの中で過ごすこれからの生活がとても楽しみです。国際交流員として、富山県と韓国をつなぐ架け橋となれるよう努めてまいります。また、富山県の魅力を韓国に発信し、韓国の文化を県民の皆さまと分かち合いながら、相互理解を深めていけたらと思います。
これからどうぞよろしくお願いいたします!
Bulko Josef(ブルコ・ジョセフ)

- (1)アメリカ合衆国・ミシガン州、英語
- (2)令和8年8月から
- (3)皆さん、はじめまして。ブルコ・ジョセフと申します。今月、アメリカ合衆国・ミシガン州から参りました。富山県での生活はまだ始まったばかりですが、すでにこの土地の魅力に心を奪われています。高校生の頃、日本について書かれた著名な本を読んだことがきっかけとなり、幼い頃から日本の文化や習慣、そして言語に興味を持つようになりました。この度、富山との友好交流を推進し、国際交流員として働く機会を賜り、大変光栄に存じます。
今年の春には、ミシガン州立大学から社会学の学際研究と日本語の二つの学位を取得して卒業いたしました。主に、大学時代の多くは日本とアメリカ合衆国の間の移民についての研究をしました。その間、日本の滋賀県へ短期留学した経験もあります。新規英語国際交流員としてこれまでの経験を活かし、富山県での国際交流や多文化共生推進等に貢献できれば幸いです。日米のより持続的な架け橋を築くことに努力すると同時に、富山県の豊かな地域文化について深く学ぶことを楽しみにしております。これからどうぞよろしくお願いいたします。
Tyulenev Ivan(テュレネフ・イワン)

- (1)ロシア・モスクワ市、ロシア語
- (2)令和8年8月から
- (3)皆さん、はじめまして。ロシアのモスクワ市から参りました、テュレネフ・イワンと申します。このたび、富山県のロシア語国際交流員として勤務することになり、大変嬉しく思います。
日本に本格的に興味を持ったきっかけは、中世日本に関するゲームでした。そのおかげで、12歳の頃から日本史と日本語を勉強し始めました。大学では、日本文化と教育政策を専攻し、千葉大学に半年間、大阪大学に1年間留学しました。
ロシアという国には、多くの民族や文化が共存しています。そうした多様性を、これからご紹介したいと思います。私自身、フィン・ウゴル系のウドムルトという民族にもルーツを持っていますので、ぜひ皆さんと一緒に、その文化も楽しみたいです。また、富山県で暮らすロシア語話者の力になり、富山市の路面電車や富山弁、ホタルイカなど、富山ならではの魅力を世界中にお伝えしようと思います。日本とロシア、富山県と沿海地方の関係をさらに発展させるために、精一杯頑張ってまいります。
どうぞよろしくお願いいたします!
Le Cong Vuong(レ・コン・ヴォン)

- (1)ベトナム・ダナン市、ベトナム語
- (2)令和7年7月から
- (3)シンチャオ!2025年7月28日より、富山県庁多文化共生推進室国際課でベトナム人国際交流員として勤務しております、レ・コン・ヴォンと申します。私は小学校6年生の頃から日本のアニメに興味を持ち始め、日本について調べるようになりました。日本は「日の出の国(ニッポン=日本)」として知られ、また「桜の国」としても有名です。特に私にとって、日本の桜はとても美しく憧れの存在です。日本の文化や人々が大好きで、大学では日本語を専攻しました。大学卒業後、20代のうちに日本でさまざまなことを学び、体験したいと思い、大学の先生の紹介で岡山県美作市役所に応募しました。2年間の任期を終えた後も、日本でさらに経験を積みたいと考え、現在は富山県で国際交流員として活動しています。まだ富山県に来たばかりでわからないことも多いですが、これから富山県民の皆さんから歴史や観光地などについていろいろ教えていただければ嬉しいです。
富山県に住む外国人の中ではベトナム人の人数が一番多いため、富山県民とベトナム人が楽しく共に生活し、働ける環境づくりを目指しています。皆さんの架け橋となれるよう、精一杯頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします。
Mote Sai Manasa(モテ・サイ マナサ)

- (1)インド・テランガーナ州・ハイデラバード市、英語、テルグ語、ヒンディー語
- (2)令和8年8月から
- (3)ナマスカラム!富山県の皆様、初めまして。インドから参りました、マナサと申します。この度、JETプログラムを通じて富山県の国際交流員として活動することになりました。
日本に興味を持つきっかけの一つは、子どもの頃に大好きだったアニメ「ドラえもん」でした。ドラえもんを見て育つ中で、日本の文化や日本という国に少しずつ惹かれていきました。その後、富山県について調べる中で、ドラえもんの作者の出身地である高岡市が富山県にあることを知り、嬉しい偶然に驚いたのを覚えています。「いつか富山に行ってみたい」という思いを抱くようになったのは、その時からです。自分がこうして富山県で暮らし、国際交流員として働くことになるとは思ってもいませんでした。この機会をいただけたことに、心から感謝しております。
大学では工学を専攻し、大学院では日本語・日本文学を専攻して修士課程を修了しました。 これまで学んできたことを生かしながら、富山県の魅力をインドをはじめとする海外の皆さまに発信するとともに、インドの文化についても富山の皆さまにご紹介していきたいと考えております。富山での生活はまだ始まったばかりですが、これから多くの方々と出会い、富山の歴史や自然、食文化など、さまざまな魅力について理解を深めていきたいと思います。富山県の皆さまとの交流を大切にしながら、インドと日本をつなぐ存在になれるよう頑張りたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
李 詩妍(リ・シケン)

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- (1)中国・広東省・恵州市、中国語
- (2)令和8年4月から
- (3)ニイハオ! 富山県の皆様、初めまして。中国から参りました、国際交流員の李詩妍(リ・シケン)です。この度、富山県で働かせていただくことになり、大変嬉しく思っております。
日本の茶道や着物に惹かれたことがきっかけで、大学では日本語を専攻し、日本文化への理解を深めてきました。大学卒業後は、世界各国の文化や経済についてさらに視野を広げたいと考え、大学院で国際研究を専攻しました。学びを通じて、異なる文化を持つ人々が対話し、理解し合う「国際交流」がいかに重要であるかを強く実感しました。これまで培ってきた通訳・翻訳の経験を最大限に活かし、富山の皆様と中国、そして世界を繋ぐ架け橋としてお役に立ちたいと考えています。
富山に来てから、美味しいお寿司と穏やかな町並みに早くも魅了されています。雪を知らない私にとって、真っ白に染まる富山の景色が今から待ち遠しくてたまりません。
これからは言葉の壁を越えて、幅広い分野で交流を深めるために全力を尽くします。富山の魅力を世界へ発信すると同時に、中国の豊かな文化を皆様と分かち合えるよう努めてまいります。どうぞよろしくお願いいたします!
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