特集

平成18年度富山県民経済計算のかんどころ

統計調査課 大門 俊之

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はじめに


先日、平成18年度の県民経済計算が内閣府から公表され、新聞やテレビ等でとりあげられましたが、報道内容は概ね次のようなものでした。

富山県の1人当たり県民所得は2.2%減の301万円で全国第10位

県民所得の地域格差は5年連続拡大

自動車などの輸出産業のある地域が好調

「経済成長率」や「1人当たり国(県)民所得」という言葉は、皆さんも耳にされることがあると思いますが、これらは「国民経済計算」やその都道府県版である「県民経済計算」で推計されているものです。

こういうと難しそうな感じですが、今回は用語を解説しながら平成18年度の富山県経済の状況について説明します。

なお、使用する各種用語については、統計調査課HP統計ワールドの「統計指標のかんどころ」でも紹介していますのでご確認ください。

なお、国(県)民経済計算には、名目値と実質値がありますが、今回使用しているデータはすべて名目値によるものです。



<いみ>


一言で言えば、国(県)民経済計算とは、1年間の国(県)全体の経済活動の成果を生産、分配、支出という三面から計測したものです。

私たちは、日常、会社や工場、商店、飲食店などで働いてモノやサービスを生産することで新たな価値(付加価値)を生み出しています。

そして、この生み出された付加価値を企業は給料という形で従業員に配分するほか、株主への配当や企業の内部留保に充てます。つまり付加価値は誰かに分配されることになります。

さらに、従業員や株主は、給料や配当でモノを買ったりサービスの提供を受けたりします。また、会社は次なる生産に向けて設備投資を行いますので、分配された付加価値はどこかに支出されることになります。

この生産と分配と支出という3つの経済活動は概念的には一致するものです。例えば、給料が出た(分配)からレストランで食事する(支出)という行為は、裏返してみれば誰か(農家、料理人、ウェイトレスなど)の生産活動ということになります。

このように1年間の国(県)全体の経済活動の結果を三面から分析したものが国(県)民経済計算といわれるもので、この中で「経済成長率」や「1人当たり国(県)民所得」を計算しています。



<たとえば>


 表1 都道府県別総生産額と経済成長率(経済成長率順)

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表1 都道府県別総生産額と経済成長率(経済成長率順)

 表2 都道府県別1人当たり県民所得(18年度金額順)

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表2 都道府県別1人当たり県民所得(18年度金額順)

 図1 1人当たり県民所得の変動係数(%)

図1 1人当たり県民所得の変動係数(%)


<かんどころ>


1 経済成長率 〜総生産の対前年度伸び率〜


経済成長率というのは、県民経済計算で最も注目される指標の1つです。これは、総生産額(1年間に県内で生み出された付加価値の合計)の前年度に対する伸び率のことで、生産面から経済を分析したものです。

表1では富山県の18年度経済成長率は△1.8%で全国第43位という残念な結果になっていますが、その原因を詳しく見てみましょう。


表3 経済活動別県内総生産

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表3は、経済活動別の生産額などを表にしたものです。全国値のほか、比較対象として石川県と愛知県を用意しました。

構成比と増加率はご存知だと思いますので、ここではまず、特化係数、寄与度について説明し、この指標から経済成長率について考えてみます。



(1) 特化係数にみる産業構造

特化係数とは、構成比を上位集団(この場合は全国値)の構成比で割ったもので、この係数が1よりも大きければ、当該部門のウェイトが全国値に比べ大きい、つまり特化の度合いが強いことを意味します。

たとえば、富山県の製造業の構成比は30.1%であるのに対し、全国値は21.3%なので、特化係数は 30.1 ÷ 21.3 = 1.4となり、富山県は産業全体に占める製造業のウェイトが全国平均に比べかなり高いことが分かります。逆に卸売・小売業は0.7、サービス業が0.8など全国平均より低いことがわかります。

構成比を見れば富山県の産業構造はわかりますが、それが全国的に見てどうなのかということがわかりません。特化係数を使えば、富山県の産業構造の特徴、つまり製造業が盛んであることが見えてきます。(ちなみに製造業の構成比が30%を超えているのは、表6のとおり富山県のほかに10県で、本県は日本海側では屈指の「ものづくり県」であると言えます。)

富山県の場合、製造業の中でも特に金属製品(特化係数3.8)、化学(特化係数3.1)などが高いことがわかります。化学は医薬品、金属製品はアルミ製品など、いずれも県を代表する産業です。さらに近年では電気機械(電子部品など)や一般機械なども大きなウェイトを占めるようになってきました。

一方、石川県をみてみると、繊維や一般機械の特化係数が高くなっています。「繊維王国」を自認する石川県は伝統的に繊維工業が盛んであり、また建設・産業機械の大企業があります。

愛知県は富山県以上に製造業の割合が高くなっていますが、あの世界的な自動車企業があることから特に輸送用機械の特化係数が5.2と突出しています。

富山県と石川県は総生産額や総人口が拮抗していることからよく比較対象とされますが、構成比や特化係数をみると産業構造は結構違うことがわかります。また、同じ「ものづくり県」である愛知県とでも細かい分類をみるとかなり違っていることがわかります。



(2) 寄与度から見る成長率

構成比の小さな産業がどれだけ高成長であったとしても全体を押し上げる力は限定的である一方、構成比が大きな産業であればさほど高い成長率でなくても全体を押し上げる力があります。

寄与度というのは、その項目の増減が全体の増減率にどの程度影響を与えるかを示すもので、計算方法は次のとおりです。

富山県の一般機械の場合は

つまり、一般機械の増加額が富山県経済全体の成長率を0.3%押し上げたということになります。

このように寄与度を見ると、全体の成長率に大きな影響を与えたのはどの業種かということがわかってきます。



(3) 18年度の成長率

富山県の産業ごとの寄与度をみると、18年度は一般機械が好調であったものの、化学、金属製品、電気機械などがマイナスとなっており、特化係数の高い主力産業が振るわなかったことなどからマイナス成長となったことがわかります。

しかし、全国値をみると製造業は3.1%増となっています。富山県製造業が不調であったという結果は少々意外な気がしますが、なぜでしょうか。

そもそも県民経済計算というのは、各種統計などを加工して推計するもので、製造業については工業統計の製造品出荷額や原材料使用額などを利用します。



表4 工場統計の製造品出荷額等、原材料使用額等(従業者4人以上の事業所)

表4 工場統計の製造品出荷額等、原材料使用額等(従業者4人以上の事業所)

表4は平成17年〜18年の富山県工業統計の結果です。

製造品出荷額等は増加していることから、製造業が不調であったようにはみえないのですが、ここでポイントとなるのは、県民経済計算の総生産は「生み出された付加価値の合計」であるということです。

つまり

原材料価格が上昇し、収益を圧迫している

製品の市場価格が下落している

といった場合などは、「出荷額が増えた」「工場はフル稼働している」ということがあっても、それが付加価値を生み出しているとは限らないということです。


富山県の金属製品の大半は、住宅用やビル用のアルミサッシです。

よって、住宅着工数などの需要面での影響も大きいのですが、近年アルミニウム地金などの原材料費の高騰が続いており、企業収益を圧迫しています。

また、低調だった要因として、電気機械は主力の集積回路製造業が製品価格の低下、化学は一部企業が生産体制の見直しを行ったことなどがあげられます。

このほか、原油価格が大きく上昇したことも、製造業全体の企業収益を圧迫しています。石油製品価格の高騰は平成20年の出来事のイメージが強いのですが、実際には平成17年ごろから石油製品価格は上昇傾向にあります。



これらのことから、主力業種が振るわず、18年度の製造業は低迷しました。富山県の製造業の生産額の推移は図2のとおりです。


図2 製造業の中分類別総生産額の推移

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図2 製造業の中分類別総生産額の推移

次に愛知県をみます。愛知県は、輸送用機械の構成比が16.4%、特化係数5.2で、自動車産業に大きく依存した経済構造になっていますが、18年度はその輸送用機械の増加率が16.8%、寄与度が2.4%になっています。

愛知県の18年度成長率が2.4%ということは、ほとんど自動車だけで経済を牽引したということになります。また、全国値をみても1.0%成長に対して輸送用機械の寄与度が0.4%となっており、自動車産業は日本経済全体の牽引役でもありました。自動車産業を有する県はいずれも好調な結果となっているようです。

自動車産業はすそ野が広く、いろいろな分野への経済波及効果が期待できるといわれています。富山県の場合は一般機械が自動車関連の需要などから、製造業の主力業種の中で唯一好調でした。



絶好調な自動車産業に特化して成長した愛知県に対し、富山県は全体を牽引できる好調な産業がなく、自動車産業からの波及効果も限定的であったことが、富山県と愛知県の差に表れています。



2 1人当たり県民所得 〜県の経済力を示す指標〜


(1) 県民所得とは

冒頭で「県民経済計算は1年間の県経済活動を生産、分配、支出の三面から分析」と書きましたが、この県民所得というのは分配の面から分析した場合に出てくる概念です。

さて、ときどきいただく質問にこういうものがあります。

「富山県の1人当たり県民所得が300万円だというが、だったら4人家族だったら1200万円も収入があるということになるが、ちょっと多すぎるのではないか?ほかに何か加算されているのか」とか、「沖縄県の給料は東京都の半分以下なのか。いくらなんでも差がありすぎではないか?」というものです。

たしかに「県民所得」という言葉から、給料・ボーナスなどの合計と考えられがちなのですが、実際には給料などのほかに企業の所得も含んだものになります。

推計方法は次のとおりです。

このように、先に推計した県内総生産から減価償却費や税金などを控除したものに、県外とのやり取りの額を加減して推計します。(富山県に住んで金沢の会社へ通勤している人の給料は富山県の県民所得に加算)

県外とのやりとりは、富山県の場合はさほど大きな額ではありませんが、東京都の場合、近隣県から通勤している従業者も多く、この人たちの生み出した付加価値のうち企業内部留保分は東京都民所得に計上されます。(従業者の給料は住んでいる県の県民所得となる)

一方、1人当たり県民所得を計算するときの割り算の分母は、東京都の人口なので、この近隣県からの通勤者はカウントされません。

つまり、企業が多く、労働者が他県から集まり生産活動を行う東京都は必然的に1人当たり都民所得が大きくなる理屈です。

ということで、東京都のサラリーマンがすべて、他県のサラリーマンの倍の給料をもらっていたり、ドラマに出てくるような生活をしているわけではないということがおわかりでしょうか。

1人当たり県民所得という概念は、「家計の所得を見る指標」ではなく、「各都道府県の経済力を比較する指標」というイメージになるかと思われます。

なお、各県の給料の比較をする場合は、毎月勤労統計調査などを使用するほうがよいと思われます。



(2) 富山県の1人当たり県民所得

表2にみられるように、東京都がダントツで高い理由の1つは上記のとおりです。

富山県の場合、他県からの影響は東京都ほどはないと考えられますが、1人当たり県民所得はどうでしょうか。

表5は北陸三県の1人当たり県民所得の推移です。景気動向などにより毎年変化しますが、富山県の場合、この10年間は300万円前後の第6〜10位あたりに位置します。また、石川県や福井県は全国中位につけています。


表5 1人当たり県民所得の推移

図2 製造業の中分類別総生産額の推移

ここで金額はともかく、なぜ富山県が全国第6〜10位といった上位にいるのかという疑問が出てきますが、先にも書いたとおり、県民所得は、もとは県内総生産から来た数値であることから、生産面での分析をする必要があります。

表6をご覧ください。1人当たり県民所得と産業構造の関係です。

1人当たり県民所得の高い地域は、製造業のウェイトが高い地域が多いことがわかります。

表7は国民経済計算の総生産額と就業人口から労働生産性を計算したもので、就業者1人当たりの生産額を計算しています。

これによると、製造業、特に富山県の主力業種である化学や電気機械、一般機械などが1人当たりの生産額が大きいことがわかります。一方、サービス業は、生産額自体は製造業に匹敵する額ではあるものの、労働生産性は半分程度となっています。

これは、製造業というのは設備投資を行い、少人数で大量生産するのに対し、サービス業などはマンパワーによるところが大きいことから、サービス業よりも製造業のほうが1人当たりの生産額が高くなっているものと推測されます。


 表6 各県の1人当たり県民所得と産業構成(平成18年度)

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表6 各県の1人当たり県民所得と産業構成(平成18年度)

 表7 国民経済計算に見る労働生産性(平成18年)

表7 国民経済計算に見る労働生産性(平成18年)

これらのことから、富山県は労働生産性の高い業種の構成比が高いため、1人当たり県民所得が上位に位置しているといえます。



3 変動係数 〜平均値からのばらつきをみる指標〜


以上、18年度富山県経済について製造業の動向から説明してきました。最後に1人当たり県民所得の格差について、変動係数からみてみたいと思います。

内閣府によると、「1人当たり県民所得の都道府県間の格差を示す変動係数は5年連続で拡大」となっています。(図1)

変動係数というのは、集団における個々の値が平均値(この場合は47都道府県の県民所得の平均値)からどの程度ばらついているかを示すものです。ばらつき程度を表すのに標準偏差というものもありますが、平均値の違う2つの集団のばらつき程度を比較する場合は変動係数を使用することになります。



この報道を見ると、いかにも数年で急速に格差が広がっているとの印象を受けますが、変動係数の上昇は過去にもあったものでした。

図3をご覧ください。


図3 1人当たり県民所得の変動係数(%)(昭和59年度〜平成6年度)

表7 国民経済計算に見る労働生産性(平成18年)

このとおり昭和60年度から平成2年度にかけて変動係数は一貫して上昇しており、平成2年度は17.12と現在よりも大きいものです。

この時期は、昭和61年11月から平成3年2月までの「平成景気(いわゆるバブル景気)」にほぼ一致します。



つまり、変動係数だけをもって都道府県格差が広がっているというならば、バブル景気のときのほうが格差があったことになります。

表8をご覧ください。

これは、その時期の県民所得の推移を示したものです。

これをみると、東京都ほどではありませんが、下位県もかなり高い伸びとなっていることがわかります。

変動係数から見た場合、現在以上の格差はあったものの、当時は全国的に景気がよく、格差をあまり意識することがなかったということが言えるのかもしれません。


 表8 1人当たり県民所得の推移(昭和59年度〜平成2年度)(平成2年度の金額順)

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表8 1人当たり県民所得の推移(昭和59年度〜平成2年度)(平成2年度の金額順)


次に図1と表9をご覧ください。


 表9 1人当たり県民所得の推移(平成13年度〜平成18年度)(平成18年度の金額順)

※表をクリックすると大きく表示されます
表9 1人当たり県民所得の推移(平成13年度〜平成18年度)(平成18年度の金額順)


変動係数の拡大期と戦後最長といわれた今回の景気拡大期(平成14年2月〜19年11月)は、ほぼ一致しています。

この間の1人当たり県民所得の推移をみてみましょう。

バブル期の場合、金額上位県の増加率ほどではなかったものの、下位県もかなりの上昇をしていたのに対し、今回は、上位県のみが上昇し、下位県は停滞しているか、むしろ減少傾向すら見受けられます。

力強さに欠ける景気回復の中で東京都のほか、自動車関連産業や電気機械産業を有する愛知県、静岡県、三重県などの一部都道府県のみが上昇する一方、特に東北・九州地方などが低迷していることから、都道府県格差が開いているという意識が強まってきているということでしょうか。



おわりに


県民経済計算は各種統計資料などをもとに推計するため、1年〜1年半遅れの公表となり速報性に欠けるという欠点があります。特に現在の急速かつ深刻な不況時に18年度の景気を語るなどあまり意味がないと感じられるかもしれません。

また、今回は経済成長率や1人当たり県民所得、都道府県格差など、注目されやすい箇所にしぼってわかりやすく書いたつもりですが、どうしても難しくなってしまうところもあり、県民経済計算を利用される方は、経済研究機関や経済を勉強する人などに限定される傾向があります。

ただ、県民経済計算の推計は、県民の経済活動の諸側面を膨大な資料を使って県民経済計算の概念に加工、組み立てて作成されており、推計結果は地域経済全体を表している唯一の指標であると言えます。

他都道府県と比較してみることで富山県の意外な特徴が発見できるかもしれません。興味のある方はさらに分析されてはいかがでしょうか。




とやま経済月報
平成21年4月号