地理情報システム(GIS)の活用(2)
-地方自治体での活用

富山大学人文学部助教授 大西宏治



  最近、都道府県や市町村の自治体業務に地理情報システム(Geographic Information System: GIS)が普及しはじめました。GISは自治体の業務でどのように活用されているのでしょうか? また、自治体業務にGISが普及することで我々にどのような利益があるのでしょうか? 今回は自治体でGISがどのように活用されているのかを示し、その結果、市民生活がどのように変わっていくのかを考えたいと思います。
 

1.GISが普及しはじめた要因

 前回も触れましたが、GISはビジネスや行政、教育など様々な場面で普及しはじめています。しかし地図の図形情報と地域のデータベースを関連させるというGISの技術は、決して新しいものではなく1970年代から存在していました。GISは現代社会の複雑な現象を空間という視点から捉えるとき、非常に役立つものです。それならばなぜもっと以前から普及しなかったのでしょうか?
 その理由を概念的に示したものが図1です。GIS自体は1970年代からある技術なのですが、コンピュータに図形を表示させるためには当時のコンピュータが非力であり、またGISを実現する性能を持つコンピュータと周辺機器をそろえるためには莫大な費用がかかりました。そして、電子化された地図データも存在していなかったため、コンピュータ上で利用する地図をGIS利用者がすべて作成しなければならず、とても手間のかかるものでした。さらに当時はコンピュータを利用するための技術も必要であったため、専門家を雇わなければとてもGISを使えませんでした。このように費用と時間、人的資源の問題からGISはあまり普及しませんでした。
 しかし、1990年代にはいるとコンピュータの性能が著しく向上し、価格も下がりました。また、地図データも電子化されはじめ、GISで利用するための地図情報をゼロからつくることも少なくなりました。それに対応してGISのソフトウエアも一般の人たちにも使いやすいインターフェイスを持つモノが増えました。さらに、社会の情報化が進展し、様々な空間情報がデジタル化され、GISの有用性が広く社会に認識されるようになりました。このようにして、現在、ビジネスから自治体まで様々な人たちがGISを活用されるようになったのです。


図1 GIS普及の歴史


出典(財)日本建設総合情報センター
http://www.gis.jacic.or.jp/gis/gakushu/whatisgis/whatisgis2.html

2.GISを使う自治体の業務とは?

(1)GISの利用される業務
 自治体でもGISが使われるようになったと書きましたが、どのような業務にGISが利用されているのでしょうか? 簡単に紹介しましょう。
 多くの市町村には上水道や下水道が整備されていると思います。上水道も下水道も街の中に新たな建築物が建ったり、区画整理があったりすると、新たに上下水道工事を行うことになります。どこに上下水道の管が埋まっているのでしょうか? また地下でどのように水道管がつながっているのでしょうか? 他にも古くなった管は新しいものと交換する必要もあります。上下水道管の位置と工事時期の情報は空間情報です。これらをGISで管理することにより、新たな建築申請があったとき、区画整理があったとき、どのように水道管を引くのか、地図上から検索し、検討することが可能となります(図2)。

図2 GISを使った水道の施設管理


出典:東京ガス・エンジニアリング株式会社マッピング事業本部
http://www.tumsy.com/index.html

 また、全国の数多くの自治体では固定資産管理や地籍図(土地の区画、地目、番号などを示した大縮尺の地図)などの管理でもGISを利用しています。土地・家屋とその課税台帳データを一つの地図にまとめ、課税状況を簡単に表示でき、納税者や住民への窓口照会が容易に行えるため、利用されています。
 他にも消防や防災、道路管理や都市計画など地図が必要とされる業務でGISを活用する自治体が増え始めています。


(2)自治体の業務には地図が付き物-地図の重複作成
 これまでみたように自治体では地図を使う業務が数多くあります。しかしながら、自治体の業務で利用する地図はそれぞれの業務に合わせ、個別に作成されてきました。ですから、一つの自治体の中に、同じ地域の地図が何種類も作られてしまうことも少なくありません。
 そのようなことが生じる理由として、個々の業務に必要な地図の精度は異なることがあげられます。例えば建物配置図は1/500程度の縮尺の地図が必要でしょうし、森林基本図であれば1/5000程度の縮尺の地図でよいでしょう。必要とされる地図の精度が業務ごとにことなるため、業務ごとに地図は作られてきました。
 紙地図で業務を行うときは当然、業務ごとに地図は作製されましたが、GISで業務を行うようになっても、今のところ多くの場合は個別業務ごとに別個のGISが導入され、一つの自治体で業務に使う地図とGIS双方に二重、三重の投資が行われてしまうことも少なくありません。


3.個別GISと統合型GIS

 自治体で個別業務を行うためだけに利用されるGISを個別GISと呼びます。上下水道管理や固定資産税の管理など、それぞれの業務を行うことだけに特化したGISです。これまで自治体で導入されていたGISは多くの場合、個別GISでした。これに対して、複数の業務を一つのGISで行うものを統合型GISと呼びます。
 個別GISはシステムや地図データ、そのほかの地域のデータベースなど、GISを構築し納入する業者がすべて作り上げるため、納入された自治体はコンピュータ上、マウスでクリックするだけで個別の業務を行うことができ、とても便利です。しかし、下水道業務用に作られているGISを他の業務に活用しようとしても、多くの場合、流用することができません。他の業務にGISを活用しようとすると、また新たにGISを購入しなければならないという問題が生じました。
 GISは本来、地図データと地域の様々なデータとをまとめて表示したり分析したりすることができるという特徴があります。GISをある業務専用に作るのではなく、様々な業務に使えるようにすることでGISへの二重投資が少なくなります(図3)。


図3 個別GISと統合型GISの更新費の違い

出典:岐阜県ふるさと地図センターより

  また、地図の整備に関しても、一つの地図をいくつかの業務で活用することで二重投資が押さえられるようになります(図4)。個別の業務で要求される地図の精度が違っても、まず共通地図を作製し、それを元にして各業務で必要な精度の地図を付け足していくことで、これまで以上に安価に地図を作製することが可能になるはずです。


図4 地図の複数業務での活用によるコスト削減


出典:岐阜県ふるさと地図センターより

 このようにいくつもの業務を行うことができるよう考えられたGISを統合型GISといいます。統合型GISを導入することで様々な業務を横断して住民サービスを提供できるようになります(図5)。


図5 統合型GISのメリット


(財)地方自治情報センター運営「統合型GISポータルサイト」より
http://www.gisportal.jp/


 自治体での業務横断的サービスといっても具体的なイメージが浮かばない方も多いかと思います。一つ例を示しましょう。ある町で火災が発生した際、GISで地域のデータベースを検索することで火災の発生した家や周辺住民の家族構成をあらかじめ消防が把握できるかもしれません。そうすると救助活動を円滑化できるでしょうし、火災現場の周辺地域の状況もすぐに把握できます。また、もし火災発生地点のすぐそばに独居老人がいるのであれば、真っ先に救助に行かねばならないとの情報も出動の時に得られるかもしれません。
 しかし、ここで述べたような、自治体内で横断的にデータを取り扱うことは簡単にはできません。というのも、それぞれの部署がもつ情報には個人情報が含まれるため、他の部署へ簡単に情報を渡せないことも多いのです。自治体内の横のつながりをつくり、GISで円滑な住民サービスを行うためには、自治体内で個人情報の取り扱いに関する制度や仕組みをこれから作っていく必要があります。



4.富山県内の自治体でのGISの活用

(1)全国の自治体でのGIS導入状況
 日本全国の自治体でGISはどの程度使われているのでしょうか? 都道府県では98%が何らかのGISをすでに導入済みです(図6)。しかし、市町村では導入済みが34%、未検討は54%もあります(図7)。
 統合型GISになると都道府県では15%、市町村だと5%しか導入されていません。このように全国の自治体でのGIS整備率は高いといえないのが現状です。


図6 都道府県のGIS導入状況


出典:統合型GISポータル
http://www.gisportal.jp/commit/gis15.html


図7 市区町村のGIS導入状況



出典:統合型GISポータル
http://www.gisportal.jp/commit/gis15.htmll


(2)富山県内自治体のGIS整備状況
 富山県内での整備状況はどのようになっているのでしょうか? 富山大学人文学部の学生が2003年6月から8月にかけて富山県内の自治体のGIS利用状況を調査しました。約9割の自治体から回答があり、その結果、56%の自治体がGISを導入していることがわかりました。そしてGISを導入している自治体の中で約3割が統合型GISを導入していました。数字の上では、富山県は全国の中でもGISの普及が進んでいる地域であるといえます。
 しかし、統合型GISを県として推進している岐阜県(http://www.gis.pref.gifu.jp/)や三重県(http://www.pref.mie.jp/johos/plan/gis/index.htm)などは、県が主体となり、市町村も巻き込んでGISの整備を進めています。富山県でも地図データやシステムの二重投資を避けるためにも県と市町村の間でGIS整備についてのマスタープランを策定する必要があるのではないかと思います。


(3)婦中町でのGIS整備
 富山県の中でも婦中町はGIS整備が進んでいる自治体の一つです。婦中町では阪神淡路大震災を契機に、防災のために地域の情報のGISを用いた整備に着手しました。導入当初はGISを使うための地図作製、データベース整備などからスタートしたため、各部署でGISが使えるようになるためには相当な時間がかかったようです。GIS活用をゼロからスタートさせたことで自分たちが使いたいGISの機能は何か、必要とするデータは何なのかを職員たちで考えることになりました。その結果、様々な業務で活用できる統合型GISができあがりました。現在では婦中町の職員の使うほとんどのコンピュータでGISが使えるようになっています。婦中町でのGISの活用の一端を「婦中町地図情報システム」(http://webgis.survey.ne.jp/)から知ることができます。
 GISで利用できるように空間データが整備されていれば、住民に対して空間データを活用した様々なサービスを提供できる可能性が生まれます。しかし、現在、市町村合併のため、まだGISを導入していない市町村はGIS導入に踏み切れずにいるところもあるようです。しかし、市町村合併があっても、GISで使う空間データを整備することは無駄にはならないでしょう。たとえ市町村合併の結果、利用するGISソフトウエアが変更となってもデータは変換することで他のソフトウエアでも使うことができます。空間データを整備するにはお金もかかりますが、かなりの時間がかかります。すべての自治体でGISの活用を念頭に置いた空間データの整備の必要があるのではないでしょうか。
 なお、富山県でも統合型GISを導入し、その運用がはじまりました。現在は文化財情報だけですが、近い将来、様々なデータが整備され公開されるのではないでしょうか(富山県GISサイト http://wwwgis.pref.toyama.jp/toyama/index.asp)。


5.おわりに:みなさんがGISを使う時代

 前回、今回とGISが現代社会でどのように活用されているのかを取り上げてきました。ビジネスから自治体業務まで様々なところでGISが使われるようになっていることがおわかりになったかと思います。
 そして、GISの技術は現在、進化を続けており、インターネットGIS(Web-GIS)といわれるものが登場しました。これはWebブラウザソフト(Internet Exploreなど)を用いてGISを利用するものです。インターネット上から街の情報を取り出したり、自分の持っている街の情報を掲載したりすることができるものです。仙台市では「まち資源データベース(試行版)(http://www2.info-mapping.com/sendai/index.html)」をつくり、まちの歴史、自然、文化に関する情報を市民から広く募集し、送られた情報をGISでリアルタイムにインターネット上の地図へ反映させていますし、地域に関するデータベースを作成しています。
 インターネットGISが一般的になると、市民が主体的に街の情報を書き込み、自分たちの街の問題点や改善点を挙げ、市民の暮らしやすい街を創る提案をしてもらえるような利用方法を考える自治体が現れるかもしれません。自分の暮らす街の問題点を地図に明示することで、多くの人に問題を客観的に共有してもらえますし、問題の原因が何で、どのような解決策があるのかを考えることができます。このようにGISの進歩は「まちづくり」への市民参画の促進につながるかもしれないと期待しています。
 みなさんがGISを活用し「まちづくり」する時代が近いうちに到来すると思います。それまでに、どのような情報をGISを活用したいか、自治体のどのような業務でGISを活用して欲しいか、是非ともみなさんに考えていただきたいです。


1)GISとは何かについては、とやま経済月報2004年2月号「地理情報システム(GIS)の活用(1)-ビジネスでのGISの展開」をご覧ください。


平成16年3月号