特集


「工業統計表」にみるバブル崩壊後の
富山県製造業の課題

−付加価値分析による課題抽出のこころみ−

高岡短期大学地域ビジネス学科助教授 小柳津英知


(1)依然として「三つの過剰」に苦しむ日本の企業

 やや古くなりますが、1999年(平成11年度)の経済白書は、バブル崩壊後の日本企業が収益回復に苦しんでいる要因として、雇用・設備・債務における過剰の存在、すなわち「三つの過剰」を指摘し、その解決のため大規模なリストラが不可避ではないかと予想しました。実際、現在でも金融・サービス・建設業の分野で大規模なリストラが続いているのはご存知の通りです。
 日本の製造業においても、少なくない企業がバブル景気の時代に行った過大な設備投資がたたって、いまだ設備の過剰感が残り、その解消に苦労しているようです。この点について富山県の今年2月の鉱工業生産指数を見ると、95年=100とした場合の103.2(季節調整済指数)という値であり、前月に比べ1.2%減となり再び低下しているなど、まだ95年の水準をうろうろしている感じです。
 富山県は、付加価値や事業所ベースでみた産業構造の構成比で製造業の割合が全国平均より特に高く、さらに製造業の中でも金属、化学といった装置産業の割合が高いことに特徴を持つ事から、設備の稼動状況は今後の県内の設備投資や雇用状況への影響は大きいと思われます。
 そこで本稿では、「工業統計表」の時系列データから、バブル崩壊前の90年以降、グローバル化やバブル崩壊に伴う「人員削減や収益改善」、「海外生産へのシフト」の進展を経て、富山県内の製造業の生産性や設備過剰感が全国平均に比較してどの位置にあり、どのように変化しているのか、について付加価値分析を用いて考えてみたいと思います。

(「工業統計表」の内容については統計情報ライブラリーにある『工業統計調査の概要』を参照して下さい)


(2)付加価値分析とは何か

 '付加価値'とは、企業が事業活動を通じて新たに生み出した価値と定義されます。したがって付加価値が効率的に生み出されているか、つまり生産性が高いかどうかが企業の命運を決めるといっても過言ではありません。
 次に、企業の付加価値を生み出す最も重要な生産要素は、主に労働力(従業員)であると言えます。そのため、生産効率を判断するために労働生産性という指標が用いられます。これは、労働者一人当りいくらの付加価値を生み出しているかを見る指標で、企業の人的効率の程度を測ることができます。ですから、この値が低下している時期には雇用増の期待は望めないと判断できます。労働者数は工業統計表の従業員数のデータを用います。

企業の効率性を示す指標=労働生産性

 さらに、この労働生産性が生産活動の他の要因からどのような影響を受けているのかを知るために、いくつかの要因に分けて考えることができます。要因分解には様々な方法がありますが、ここでは以下の三つの指標に分けることにします。
 最初に「付加価値率」ですが、この値が高いほど高付加価値の高い製品を市場に供給していると判断できます。付加価値額は工業統計表の付加価値額(9人以下の事業者は粗付加価値額)のデータを用います。

付加価値率

 二番目に「労働装備率」ですが、従業員一人当たりの設備額を意味し、製造業では資本集約度が示され、この値が高いほど資本集約的であると判断できます。設備額は工業統計表の有形固定資産額のデータを用います。

労働装備率

 最後に「有形固定資産回転率」ですが、設備一単位当りの売上額、つまり設備の稼ぎが示され、製造業においてはこの値が高いほど設備の稼動状況が良いと判断されます。売上額には工業統計表の製造品出荷額のデータを用います。

有形固定資産回転率

 以上三つの要因により下のような要因分解式が定義できます。

付加価値/従業員数(=労働生産性)


(3)富山県製造業全体の付加価値分析データの推移

 それでは「工業統計表」のデータを利用した労働生産性の推移とその要因分解の結果について検討していきたいと思います。
(最新の平成13年度工業統計表では有形固定資産額のデータが不備な事と一部データが連続しないため、平成12年度までの分析であることを悪しからずご了承下さい。)

@労働生産性は伸び悩み全国平均を下回る
 富山県製造業の労働生産性(=付加価値額/従業員数)の推移を全国平均、近隣4県等と比較すると下図のようになります。97年以降、全国平均との差が拡大している事がわかり、90年当時よりも全国平均との差が開いています。


図1 労働生産性の推移

A全国水準より極めて高い付加価値率を維持
 労働生産性を構成する最初の要因である付加価値率について見ると、富山県は全国平均を大きく上回り、変動も小さく推移しています。
 特に92年以降、富山県を含む8県の中で最も高い値を維持している事がわかります。ここ数年、「我が国の製造業はアジアからの安い輸入品の浸透する中で高付加価値化が必要だ」などと言われますが、国内の相対的な位置を見る限り、富山県の製造業は、この面で非常に優秀であると言えるでしょう。

図2 付加価値率の推移

B労働装備率は全国水準で推移
 労働生産性を構成する二番目の要因である労働装備率について見ると、この十年間、全国平均とほぼ同水準で推移していることがわかります。富山県は金属、化学といった巨大設備を必要とする装置産業の構成比が高いわりには意外な感がします。一方、最も高い値で推移している滋賀県は、最新の無人化のためのロボット工場が多い事で従来から知られており、その設備の単価の高さが影響していると推察されます。逆に富山県の労働装備率が意外に低いのは、土地、設備の単価が相対的に低いためではないかと考えられます。

図3 労働装備率の推移

C際立って低い有形固定資産回転率
 労働生産性を構成する最後の要因である有形固定資産回転率について見ると、この十年間、全国平均を下回ったまま推移しており、ここ数年の低迷は際立っていることがわかります。他県の有形固定資産回転率を見ると、2000年時点でバブル崩壊時の92年水準に回復している例があります。一方、富山県の製造業は設備に見合った売上を実現できておらず、2000年時点での設備の過剰感は大きかったのではないかと思われます。


図4 有形固定資産回転率の推移

注:従業員、付加価値額(9人以下は粗付加価値額)は従業員4人以上の事務所に関する統計表を参照した。



(4)富山県製造業全体の付加価値分析の結論

 以上の分析は、あくまで富山県製造業を各事業所の集計量(マクロ)で捉えたものであり、個々の企業、産業で見れば異なった値になると思われます。また2000年時点までの推移を明らかにしたものです。
 しかし、富山県内の製造業全体がどのような位置にあるのかを相対的かつ時系列で見ることは、この地域の雇用や設備投資の動向を探るためには有用です。
 付加価値分析の結論として、富山県製造業は労働生産性がやや低いことが明らかになり、その労働生産性の低さの原因は、際立って低い有形固定資産回転率にある事がわかりました。
 有形固定資産回転率は、設備の操業度の上昇、売上額(製造品出荷額)の増加によって高くなりますが、富山県では従来から全国平均よりも設備の稼働率が低く、1997年以降は特に著しくなっています。
 なお1999年6月に、設備過剰対策を目的とした産業再生法が施行され、設備廃棄に伴う欠損金を翌年度以降の利益から差し引く「繰り延べ控除期間」を現行の5年から7年に延長することなどが可能になりました。しかし化学など素材産業ではほとんど効果がなかったと指摘されており、富山県の製造業においても同様なようです。つまり、バブル崩壊後の設備過剰は2000年に至っても解消されないままだったと考えられ、設備投資拡大や新規雇用への負の影響は相当大きかったのではないでしょうか。
 以上から長期的な対応策として、設備過剰の解消では、一社ベースではなく業界全体で一挙に行う事を検討すべきと言えるでしょう。また、富山県の製造業は高い付加価値率を実現している事がわかりましたから、今後は需要開拓のためのマーケティング力、販売力をつけることによって労働生産性を上げるべきだと考えられます。



とやま経済月報
平成15年6月号