統計図表の見方と地域の実像(2)
富山大学経済学部教授 柳井雅也


 先回は統計図表の「クセ」を中心にお話をしました。今回は世界の統計図表を中心に、その解釈やデータの扱い方について考えてみたいと思います。


1.寿命が縮んでいる国があるって本当?

 図表1は世界の平均寿命について示したものです。これによると、世界一の長寿が日本の80.7歳で、第2次世界大戦後の経済成長の中で30歳以上も平均寿命が伸びました。一方で、一番短いのがザンビアの38. 0歳で、乳幼児死亡の高さとHIVの深刻化が指摘されています。また、ロシアでは寿命が短くなっています。これは旧ソ連の崩壊で、自殺者やアルコール中毒者、麻薬中毒者、HIV感染者が増加したことが原因といわれています※1

 この図表は、平均寿命の分布図がメインになっていますが、その理解を補うために、平均寿命を人のかたちで表現した、絵画グラフのテクニックが用いられています。これは、ある一定の単位で設定した物や人の形を数量や大きさで表現したグラフです。絵画グラフは絵の選定を誤らなければ、人の興味を視覚的に訴える効果が期待できます。


図表1


↑クリックすると大きな地図を見る事が出来ます。


出所:正井泰夫監修『世界地図』成美堂出版社2003より



2.国や地域の繁栄は夕闇とともに瞬きはじめる!?

 図表2は国立環境研究所主任研究員の一ノ瀬俊明氏等のグループが1996年に、米国の軍事気象衛星によって撮影された夜の地球表面の光強度画像データ(DMSP/OLS)から、夜のアジアの光分布図を作成したものです※2。この一枚の写真は、市ノ瀬氏が指摘しているように、経済活動が活発な地域ほど夜間の光強度が大きいことです。これを見ると、東京、大阪、名古屋はいうにおよばず、ソウル、北京、上海、香港、台北、バンコクなどの赤色地域で経済活動が活発な様子がわかります。また、その次に活発な青色地域は北東アジアとパキスタンのパンジャーブ地域に分布しています。


図表2 アジア地域における陸上の夜間光強度分布(市ノ瀬他作成:1996)



 険しい山脈や厳しい気候の砂漠地帯は、当然のように経済活動が制限されていることが光強度から想像されます。よって、この事実に人口分布や社会経済のデータを重ねていけば、より考察を深めていくことが可能となります。さらに逆の発想をすれば、自然条件がさほど厳しくない地域で光強度が弱い地域では、どういうことが起きているかも想像がつきます。たとえば北朝鮮は北緯38度線を挟んで真っ暗となっています。電力事情や経済活動の低迷などが考えられます。こういう視点で、北朝鮮の経済事情を考えると、さまざまな思いをめぐらせることができます。

 この光強度の分布図は、宇宙から見た「観察と想像力」の楽しさを教えてくれています。



3.国の比較優位はどうはかる?

 図表3は日本および米国の比較優位を示したものです。Y軸の100より上なら、該当する業種に比較優位があります。これによると、日米の半導体等電子部品、日本の鉄鋼、アメリカの通信機器などをはじめ、1980年代から90年代にかけて全体的に貿易上の比較優位を低下させています。特に家電製品と化学は対世界で比較劣位となっています。この数値は顕示比較優位(Revealed Comparative Advantage:RCA)という方法で計算されています。これは、世界の平均的な輸出比率を比較した時の、当該国の輸出比率の大きさを財ごとに示したものです。この方法だと、国の優位とその変化がわかります。これをコンピュータに焦点を当ててみると、日本は1980年代に競争力を失って、90年代に少し戻しましたが、97年には再度低下しています。アメリカは一貫して低下して、97年には日本とほぼ拮抗した優位性にあります。この事情を知った上で図表4を見てください。中国の華南地区の電子部品やパソコンの組立集積の発展プロセスを見れば、1990年代半ば以降はここが世界的なパソコン組立基地に育っていることが図式的に理解できます。つまり、日米との対照的な動きが理解できます。これは系統樹グラフの一種で、数値は示されていませんが、中国華南における電子部品やパソコンの組立ての集積の様子が歴史的にまとめて示されていています。


図表3


出所:『Q&A グローバル経済と日本の針路』通商産業省 通商調査室編2000

図表4


出所:図表3と同じ


4.統計は時代を映す鏡か?

 このように最近の中国の経済発展は目を見張るものがあります。しかし、この経済発展に疑問の声を上げる統計学者がいます。それはアメリカのトーマス・G・ロウスキー教授(Thomas G.Rawski;ピッツバーグ大)という人で、「中国の最近のGDP統計が現実の経済パフォーマンスを反映していないのではないか」といっています※3。彼はなぜそういったのでしょうか?統計は「時代を映す鏡」といわれますが、「時代を映さない鏡」なんてあるのでしょうか?

 ロウスキー教授によれば、1997年から2000年の間に実質GDPは24.7%成長したことになっているのに、同じ3年間でエネルギー消費が12. 8%減少したことに対して「中国自身の10年間の状況も含め他のどの状況も含め他のどの例をみても、GDPが大きく成長するときはエネルギー消費の増大、雇用の拡大、消費者物価の上昇がみられる。」と述べています。その後に彼独自の計算によって代替数値を示しています(図表5)。


図表5 中国のGDPおよび関連データ、公式数値および代替数値
(1998〜2001年)



 この原因は、中国の統計が申告制になっていることから、計画を下回れば指導者の責任が問われることになるので、誇張した報告を国に上げていることが主な原因として指摘されています。中国国家統計局も、地方の統計には不備や水増しなどの問題が多いことをたびたび認めています※4。これにたまりかねた朱鎔基元首相も「虚飾や誇張が満ちている」(2000年3月)と不満を漏らしていることを、ロウスキー教授は紹介しています。しかし、朱鎔基元首相は別のところで、ロウスキーの試算ほどには中国経済は悪くないとも述べています※5

 中国のGDP論争からみえてくることは、データへの信頼を維持するために、データの集計方法に関するチェック体制の整備、場合によっては再集計も可能な規則や組織体制の整備が重要であるということです。中国のGDP論争はこのことに警鐘を鳴らしたものといえるでしょう。いずれにしても統計データの扱いには、十分な注意が必要ですね。ではまた。

注)
※1 正井泰夫監修『世界地図』成美堂出版社2003
※2 一ノ瀬俊明(国環研/華東師範大)他「夜間光衛星画像データDMSPの中国における地域別経済活動指標代替性の検討」(日本地理学会)本人提供資料より
※3 トーマス・G・ロウスキー「中国のGDP統計に何が起きているのか」『中国経済』JETRO 2002. 910合併号
※4 例えば中国経済の富山大学極東地域研究センター・今村弘子助教授によれば、このような事実は以前から認めているそうで「水分を含ませるな」という指令は何度も出されています。統計虚偽報告摘発月間もあったそうです。
※5 拓殖大学の中嶋誠一教授の論文では中嶋誠一「中国高度経済成長の疑問」『中国経済』JETRO 2002.910合併号. および中嶋教授に2000.12.18に電話取材で確認を行いました。


平成15年1月号