統計図表の見方と地域の実 像(1)
富山大学経済学部教授 柳井雅也


1.はじめに

 図表1は、夏目房之介氏が日本人に世界地図を書かせて、人の世界認識の仕方について示した図です※1。この図によれば、日本人は ニューヨークが西に移動し、香港が近隣にあるように描く傾向があるそうです。また、インドネシアの留学生に書かせたところ、自国を肥大化して、アメリカや ヨーロッパを矢印だけで示しています。このような地図をメンタルマップ、あるいは認知地図(頭の中の地図)と呼んでいます。これは、現実を反映した位置と の「ずれ」を、地理学や心理学などのテクニックを使って判定するところに面白みがあります。そして、人や集団、あるいは民族などの世界観を知る手がかりを 得ることができるのです。

 頭の中の地図に対して、位置情報がわかれば正確な地図を描くことが可能になります。現実をきっちり認識するためには情報というものが 重要になることは当然ですが、これは地図に限ったことではなく、統計の世界にも通じることだといえます。この、シリーズ(4回)では、社会や経済の映し鏡 である、統計や地図の面白さを知っていただくために、さまざまな事例を通じて、考えてみたいと思います。


図表1


出所:夏目房之介『新編 學問 龍の巻』新潮社1994より。一部改変。



2.統計地図のトリック

 前に「現実をきっちり認識」と書いたばかりですが、ここでは、統計地図がいかに現実を反映していても、それを読み取る人間が間違うことがある!?という お話しをしてみましょう。

 図表2は、そのトリックを示すために便宜的に作った統計です。AとBは各数値にしたがって折れ線で表現されています。


図表2



 まず、タテ軸の1990年のAとBの差に注目してみてください。これと前後の年へのグラフ傾斜を組み合わせると、ちょうど両矢印 (←→)のようにみえます。1950年はその逆で、羽が開いたようになります。図表3はそれを模式的に示したものです。


図表3


出典;種村季弘・高柳篤『だまし絵』(河出文庫)より


 これは、心理学の世界ではおなじみの「ミューラーリヤーの錯視」といわれるものです。これによると左より右の矢のほうが長く感じると いうものです。統計でもタテ軸に実線を書き込むことよって、「ミューラーリヤーの錯視」が出現することがあります。そうすると、同じ格差でも誤った印象を 私たちが持つことがありうるのです。

 また、図の世界でも同じことが起こりえます。図表4は、私たちにおなじみのフランスの国旗です。カラーコーディネーターをしておりま す服部さんの解説では、この国旗のトリコロールカラーは同じ比率に見えますが、実はその比率を図表4のように少しずつ変えてあるそうです。白は膨張色なの で比率を少なくしてあるそうです。この応用ですが、色塗りされた地図でも、図表5の場合は、赤系統の膨張色が使われているために、アフリカ地域の1人当た り国民総生産額の低さが強調されているのがわかります。

 このように色の使い方は、むやみに色分けすると手間のわりには効果が薄れるので、中性色や中間色などの淡色を使って、明るさの濃淡で 塗り分けるほうが親しみやすいグラフになるといわれていますので、統計図表を作るときには注意してください。


図表4


出所:http: //www5e.biglobe.ne.jp/~groovy-/index.html(服部ひとみ)

図表5 人口1人当たり国民総生産額(1996年)


UT Austin Web Central   http://www.lib.utexas.edu/maps/


3.統計図のメリット

 表は正確に数値を示すことから、データ数値の確認として優れた役割を発揮します。しかし、図やグラフの場合は数値の一部かすべてを図や記号に移しかえる ことによって、その優れた役割を果たします。つまり、表に比べてよりビジュアルに描かれるのが統計図なのです。このメリットは、表と違って数字を視覚化で きることです※2。また、「1988年から2001年まで」というように一定期間の変化をみたり、他の項目のデータと対比したり、 一目で全貌をつかみたいときなど、統計図は多くのメリットをもたらしてくれます(図表6)。


図表6 輸出入の主要地域別割合の推移


出所:『通商白書』2002年版より


4.主題図について

 グラフと同様に、ある地域のことについて、統計データを用いて地図化することを主題図といいます。主題図の意義はグラフのそれと似ていますが、さらに混 沌のなかに地理的範囲を持った秩序を見出す作業に向いています。分布図を作って、そこに秩序を見出し、考察を深める手がかりとしていくのです(図表7)。


図表7


a.人間の活動エネルギーの強さを表す気候的指数。


b.著名人による文明度の評価。


 また図表7のa、bは分布の一致を示したものです。これはハンチントン(E.Huntington)が作ったものですが、aはいくつ かの気候要素が人間活動の能率に与える影響を調べて、活動エネルギーに関する気候的指数を編み出し、世界地図に示したものです。bは世界の著名な学識者に 対して、世界各地の文明度に関するパーセプションのアンケートを行って世界地図にしたものです。まったく異なる手続きを踏んで作られた分布図がよく似通っ ているのがわかります。彼はこれをもって気候が文明を決定づけるという「環境決定論」を唱えることになりました。その真偽はともかくとして、データの組み 合わせを図化して、さらに異なる図を重ね合わせることによって、より興味深い考察が可能となったことは確かです※3

 このように統計図表の扱い方には「クセ」があることがお分かりになったでしょうか?次回からは、具体的に統計を見ながら考えていきたいと思いま す。

注)
※1 夏目房之介『新編 學問 龍の巻』新潮社1994.
※2 井上淳一『グラフの技術』日本実業出版社1990.
※3 中村和郎『地理学講座1 地理学への招待』中村和郎・高橋伸夫編 古今書院1988


平成14年12月号