特集


韓国におけるベンチャービジネス・創業支援の現状と
富山県産業との交流・連携の可能性(1)

富山国際大学地域学部地域研究交流センター研究チーム
長尾治明 高橋哲郎 小西英行(以上、富山国際大学)
趙佑鎮(青森公立大学)權五景(長岡大学)

はじめに

 昨年度、富山国際大学地域学部地域研究交流センターは、富山県より委託を受け、「富山・韓国・ロシアの産業及び経済交流の可能性調査」を行った。(注:同調査結果は富山国際大学地域学部地域研究交流センター『富山・韓国・ロシアの産業及び経済交流の可能性調査報告書』平成14年3月としてまとめた。)
 調査研究の目的は、環日本海地域(今回は韓国とロシア)の企業との交流の可能性を検討し、県内企業支援を推進していく上での方向づけと課題の抽出を行い、本県産業の活性化に資することにある。
 今回の調査研究では、特に韓国のベンチャー企業およびベンチャー政策担当者へのヒアリングから多くの交流・連携の可能性を感じることができた。それは地方圏(大邱、慶尚北道ほか)においてITベンチャー企業が数多く誕生し、活発に操業している現場を目の当たりにしたからであり、また充実したベンチャー育成政策(テクノパーク等)からの教示・示唆でもある。
 富山県産業にとって韓国との経済交流は、ビジネスニーズ(needs)、シーズ(seeds)※1の発見、起業意欲(モチベーション)の喚起など多くのメリットがあると確信した。同時に、韓国ベンチャー企業の多くも富山(日本)との交流を強く望んでいることが分かった。
 今月号より4回にわたり、韓国の経済及びベンチャー企業育成策を紹介し、富山県産業にとって韓国との交流がいかなる可能性を持つかを検討する。
※1:マーケットのニーズ(必要性)から出発するのではなく、企業が文字通りシーズ(種)播きから始めるように、研究開発し、消費者に全く新しく提供する技術、材料、サービスのこと。もしくはその研究開発。


1.韓国経済のIT化−IT中心の産業構造−

 まず、韓国経済のIT化がいかに急速であるかを確認する。
 図−1はこれまでの韓国産業の特徴の推移を歴史的に示したものである。同図が示すように1960年代より本格的に工業化が開始された。開発方式は積極的に導入した外資を、政府が年代別の戦略産業に重点的に投融資し、輸出指向工業化を推進した。その成果が今日の韓国経済の姿である。(注:韓国経済発展過程の概観は昨年7月号の「韓国経済の現状と韓国ベンチャー(その1)」を参照されたい。)
 特に注目するところは90年代後半のIT産業の飛躍的発展である。表−1は、韓国製造業の構成を表している。2000年の場合、重化学工業が軽工業よりは圧倒的に多く、成長性基準※2では半導体・通信機器、コンピューター・事務用機器、自動車産業が製造業全体生産の40%を占めていることがわかる。現に、DRAM市場で三星電子をはじめとする韓国企業の生産量は世界一である。この構成比と主な輸出品目はかなりダブっている。2000年の場合、輸出額の大きい品目から上げると次のようになる。半導体(15.3%)、コンピューター(8.5%)、自動車(7.5%)、石油化学(5.5%)、無線通信機器(4.8%)、船舶(4.5%)、鉄板(2.8%)、衣類(2.7%)である。
 今日の韓国経済はIT産業中心の産業構造であり、古い韓国経済に対するイメージは払拭されなければならない。
※2:売上高、利益などの伸び率を基準に成長有望産業と伝統産業に分類。

図-1 韓国産業の歴史的推移

注 この図は韓国の経済発展過程を概観するのが目的で、厳密な意味でGNP等成長率をY軸にとっているわけではない。「衰退・停滞」ではなく「発展(前進)」してきたこと。また、今後の発展ビジョンがまだ明確になっていないこと。そして発展戦略如何では衰退もありうることを示すものである。
※ 1985年のプラザ合意以降、韓国経済は「3低効果」(ウォン安、原油安、金利安)に支えられ、86、87、88年の三年間、連続二桁成長を遂げた。この韓国にとって好条件の国際経済環境となった3要因を指している。
資料:韓国産業研究院(KIET)編『2010年産業発展ビジョン』2001、韓国産業研究院

表-1 韓国製造業内の業種構造の推移
(単位:%)


名目価格基準
不変価格基準(1995=100)
1980 1990 2000 1980 1990 2000
製造形態基準
軽工業
46.2
34.1
22.8
57.9
39.5
17.6
重化学工業
53.8
65.9
77.2
42.1
60.5
82.4
(基礎素材)
(機械・電子)
30.1
23.7
27.9
38.1
34.4
42.8
25.9
16.2
27.1
33.3
26.6
55.8
成長性基準
成長有望産業
8.3
11.7
20.3
6.5
12.2
35.4
 半導体・通信機器
 コンピューター・事務用機器
 精密機器
 精密化学
 非鉄金属
2.9
0.2
1.2
3.0
0.9
5.2
1.2
1.0
3.0
1.3
12.1
3.1
1.3
2.6
1.1
2.4
0.1
0.7
2.7
0.6
5.2
0.8
0.7
4.4
1.0
25.2
5.6
1.0
2.6
1.0
伝統産業
52.3
54.2
41.9
58.5
50.4
39.1
 一般機械
 家庭用電気電子
 自動車
 造船・鉄道車両・航空
 石油化学
 鉄鋼
 製紙
 セメント
 繊維・衣類
 履物・皮革
3.7
4.9
3.9
2.2
6.3
5.8
2.3
4.0
15.4
3.8
5.5
5.4
10.9
2.3
4.6
7.7
2.3
3.9
8.2
3.3
4.8
2.4
8.7
5.4
4.9
7.5
1.9
2.0
3.6
0.7
2.3
2.0
2.5
1.7
4.4
5.3
1.9
11.7
21.9
4.9
4.2
4.6
10.4
1.9
4.3
6.7
2.3
3.3
10.9
3.8
4.5
2.5
9.2
3.8
5.6
6.0
1.6
1.8
3.7
0.4
その他
39.4
34.1
37.8
35.0
37.4
25.5
製造業全体
100.0
100.0
100.0
100.0
100.0
100.0
資料:韓国銀行のホームページ(http://www.bok.or.kr/)より作成。

 表−2は、韓国の製造業を業種別に分類した後、先進国のモノづくりとどれほどの格差があるかを韓国産業研究院が調査したものである。7つの基準全てにわたり、高い水準を示している業種は半導体、コンピュータ及び鉄鋼である。特に、半導体に関してはほとんどの基準が先進国水準であることがわかる。それ以外の特徴としては生産技術と品質管理があらゆる業種で高水準にあることがわかる。また、同表からは業種としては精密化学と一般機械が最も先進国と格差があり、基準では生産技術と品質管理以外はかなり格差が大きいことがわかる。
 後発国から出発した韓国は、先進国の経験を短期間に「圧縮」して発展してきたと評されることが多い。だが実際は、一部産業は海外に依存し、国際分業体制内で発展してきた側面が強い。つまり、経済発展過程を「short cut(近道)」したため、一部産業は育成されなかった。特に工作機械、中間財等は日本からの輸入に依存しており、今日まで対日貿易赤字の主要因となっている。
 以上述べたように、今日韓国経済はIT産業がリーディングセクターとなり、先進国との競合段階に入った。それゆえ今後の発展戦略は必ずしも自明ではない。「short cut(近道)」してきた産業の育成をこれから手がけることはありえまい。これまでの中心産業であった半導体を中心とした電気・電子産業や自動車産業をベースとしてIT産業との融合を図ることは間違いないと思われる。
 このため、日本との補完的協力関係構築は韓国側にとっても大変重要かつ緊急の課題である。

表-2 韓国の産業別知識の競争力の比較(先進国水準=100)

技術開発 デザイン情報化標準化品質管理アウト・
ソーシング
生産技術
新技術産業通信機器
半導体
コンピューター
精密化学
70
90
90
60
80
n.a.
85
n.a.
85
95
95
60
75
90
70
60
n.a.
100
85
60
80
95
95
60
90
95
95
80
主力伝統産業一般機械
家電
電子部品
自動車
造船
繊維
鉄鋼
石油化学
75
80
75
80
80
70
90
75
60
85
70
85
90
60
n.a.
90
50
85
85
70
80
50
95
80
60
70
70
80
75
50
95
90
80
90
80
85
95
90
95
90
70
90
70
85
85
70
90
60
85
95
90
90
95
95
95
95
資料:韓国産業研究院(KIET)のホームページ(http://www.kiet.re.kr/)より引用。


2.地域別特徴−富山と補完性のある地域はどこか?−

 2001年に発表された韓国統計庁の推計に基づいて2000年の地域別の経済の特性を述べたい。
 まず、日本と大きく異なる点は、韓国経済の特徴としてよく指摘されている首都圏(ソウル特別市、京畿道、仁川広域市)一極集中である。首都圏の総生産だけで47.2%である。ソウルは飽和状態に入っており、京畿道の割合が毎年増加している。(図―2)

図-2 韓国の地域別総生産と人口の構成比

資料:韓国統計庁『2000年16市・道別地域内総生産及び支出(暫定)』統計庁のホームページより作成。



 ここからは韓国の地域産業の現状と特徴についての分析を試みる。富山県と韓国の特定地域との経済交流をはかるうえで有効な議論の素材となろう。
 表−3は韓国の三星経済研究所(SERI)が1997年に発表した1983年と1995年の両時点で調査した地域経済に関するデータに基づいて地域別産業の特徴を述べたものである。

表-3 地域別産業の特徴
ソウル特別市衣服、毛皮製品、出版、印刷及び記録媒体複製業、映像、音響及び通信装備の比率が高くなっている。
釜山広域市履物産業から第1次金属、その他機械及び装備と繊維製品が主導製品になりつつある。
大邱広域市繊維製品が最も比率が高いが、その他機械及び装備、自動車及びトレーラーの比率が高くなりつつある。
京畿道・仁川広域市映像・音響及び通信装備と自動車及びトレーラーに主導業種が変わり、飲食料品の割合は半分に縮小した。
江原道非金属鉱物製品の割合が高いが、飲食料品の割合が増えている。
忠清北道非金属鉱物製品から映像・音響及び通信装備、ゴム、プラスチック中心に変化した。
忠清南道・大田広域市タバコと繊維製品が主導業種だったが、現在は化合物及び化学製品、その他機械及び装備などが主導しており、加工組み立て型産業の成長可能性が高い。
全羅北道飲食料品の割合が高く、繊維製品とタバコは低くなり、化合物及び化学製品、パルプ、紙及び紙製品の割合が増えつつある。
全羅南道・光州広域市石油製品と化合物及び化学製品の割合が高く第1次金属産業の割合が急増している。
慶尚北道第1次金属産業と映像・音響及び通信装備の割合が高く維持されている。
慶尚南道・蔚山広域市石油精製品の割合が高い中で自動車及びトレーラとその他機械及び装備の割合が高くなりつつある。
済州道飲食料品の割合が高く、産業構造の変化は見られない。

 さて、富山と補完性のある地域はどこか?産業内貿易と産業間貿易を地域別に想定する場合に役立つ資料として韓国16市道の産業構造の地域内割合と全国に占める割合を示すデータを報告書では活用した。(注:ここでは大きすぎて掲載できない。興味をお持ちいただいた方は、文末のメイルアドレスまでご連絡ください。)
 同データにより1次産業は全羅南道、慶尚北道、忠清南道の順に全国に占める割合が高く、製造業は、京畿道、蔚山広域市、慶尚南道の順であり、3次産業は、ソウル特別市、京畿道、釜山広域市の順で割合が高いことがわかる。
 同じく韓国統計庁の資料より、1人当りの生産額と支出額をみる(注:富山県の企業が生産目的なのか、販売目的なのかによって、どの地域が優位であるかの決定に参考になろう。)と、1人当りの生産額は、蔚山広域市(23,355千ウォン※3)、忠清南道(12,865千ウォン)、全羅南道(12,496千ウォン)、忠清北道(12,414千ウォン)で高い。  
※3 100ウォン=10.07円(平成14年5月末)

 次に支出について簡潔に述べる。1人当りの民間消費支出はソウル特別市(7,269千ウォン)、釜山広域市(6,508千ウォン)、大邱広域市(6,275千ウォン)、大田広域市(6,214千ウォン)の順で高い。また、首都圏の民間消費支出(名目)の割合は48.8%である。
 しかし、同資料だけでは補完的であるか、競合的であるかはわからない。それを明確にするためには、富山県の対韓国輸出入資料が必要であるし、産業標準分類も中分類以上のデータが必要である。しかし、両国間の資料はあるが、地域と国家間の貿易や投資に関するデータは富山県側にも韓国側にもないため、より精緻な研究は困難である。そのような理由からも、富山県内企業の貿易及び投資のデータを充実することが早急に求められる。
文責:富山国際大学 地域学部助教授 高橋 哲郎(takahasi@tuins.ac.jp

とやま経済月報
平成14年7月号