2割の人が9割の所得
−世界の所得の平準度の試算−
富山大学極東地域研究センター 研究協力専門官 浜松誠二

 この稿の読者であれば、もうインターネットに馴染んで、いろいろな情報を入手し活用しておられることと思う。
 特に、1年ほど前からは、優れた検索システムで、極めて効率的な情報検索が可能となっている。調査研究を業とする者にとっては、想像を絶する福音で、仕事のやり方自体が、まったく新たなものになってきた。さらに、私自身は、本年4月から環日本海の国々の調査を担うこととなったが、世界中で情報を共有し、知識を高めていこうとしていることを改めて感じている。
 本稿では、そうした体験の中から、全世界の人々の所得の平準度を試算した事例を紹介してみたい。

1.所得の平準度
−−格差指標としてのジニ係数−−

 本論に入る前に「所得の平準度」の考え方について、2つのことを説明しておく。経済月報の読者諸賢にとって、蛇足であれば本項は読み飛ばしていただきたい。

 まず、「平準度」という用語は、通常は「平等度」というところであろう。しかし平等度は、「格差がない方がよりよい」という強い価値観を含んだ言葉である。特定の国の中であれば、極端な所得格差は是正されるべきで、そのための社会制度の形成も合意できる。しかし国際社会では、このような規範はまったくない。理想主義的に平等が大切と言う人がいるとしても、そして多少の経済的援助を行うとしても、例えばあなたの所得が1万ドル以下になることを受け入れるだろうか。発展途上国が経済成長を遂げて平準化していけばいいと言っても、何年後のことかわからず、無責任な発言となる。この意味で、国際的な所得水準比較の際には、日本語では「平準度」を用いたい。

 次に、平準度をどんな指標で表すかといった課題がある。まず単純には、人々を所得階層で区分して、例えば上位1割の人が全所得の何割を占有しているかというような指標がある。ちなみに日本では約2割で、世界で最も低い水準である。しかし、この指標は、いろいろな割合で捉えることができ、特定の代表値を絞ることは難しい。これに対して、所得分布全体を一つの指標として捉えるために工夫されたものが「ジニ係数」である。
 ジニ係数は、代数的には、「任意の2つの標本の格差が全標本の平均値に対してとる比率の期待値」として定義される。


 しかし、一般的には、同等の意味を持ち幾何的表現に転換された「ローレンツ曲線と対角線に囲まれた面積」という定義で理解されている。
 所得分布で説明すると、横軸に人数、縦軸に所得を取り、所得の低い人から順に並べた場合の所得累積額の描く曲線(ローレンツ曲線)と両端点を結ぶ直線(対角線=均等分布線)で囲まれる面積となる。ただし、軸と対角線で構成される三角形の面積を1とする。
 
 なおジニ係数は平準度を捉える指標であるが、ジニ係数が小さいほど平準度が大きく(高く)なり、大小の方向が逆になっている。文章で表す際には、この点に留意して、分かり易い記述を工夫することが求められる。ちなみにジニ係数を「格差」を表す指標と捉えれば変化の方向は同じくなる。

 また、ジニ係数については、相対的な評価は当然できるが、その水準自体の是非を問う絶対的な評価は主観的なものとならざるを得ない。




2.日本国内の所得の平準

−−富山の所得の平準度は日本一−−


 総務省によって5年毎に実施される「全国消費実態調査」では、都道府県別に所得階層区分毎の世帯数が集計され発表されている。これを所得の低い階層から積み上げローレンツ曲線を描けば、ジニ係数を計算することができる。
 普通世帯(二人以上世帯)の年間所得額の分布に関するジニ係数(不平等度)を見ると、富山県は全国で最も低く、これに東北の3県が続いている。
 他方、ジニ係数が最も高いのは沖縄で、これに中国四国九州のいくつかの県と東京都が続いている。

 富山県の所得の平準度が高いのは、世帯の規模(世帯人員数)が比較的大きいとともに就業機会も比較的多いため、世帯主の所得に加え、その他の世帯人員の所得も比較的大きく、結果として世帯の所得を平準化しているものと考えられる。
 一方、大都市圏等では、多様な世帯が混在しており、世帯所得の平準度を低くしていると考えられる。



 ちなみに、都道府県別のジニ係数の大きさは、世帯の有業人員数及び世帯の所得額で半分程度(R2=0.446)まで説明できる。
 所得と有業人員とがともに大きい北陸等の諸県のジニ係数は低い。
 所得は高いが有業人員が少ない大都市圏の都府県のジニ係数は一段高い。
 所得が低く有業人員も少ない九州等の諸県のジニ係数はさらに高い。
 注;この分析は、平成6年、全世帯によるものです。



−−広がる所得格差−−

 全国の普通世帯の年間所得に関するジニ係数は、次第に増加している。
 この原因の一つは、核家族化の流れの中で、世帯規模が一層縮小し、世帯の核となる夫婦等のライフサイクルに沿った変動が直接現れてしまうためと考えられよう。世帯が大きく複合的であれば、他の構成員によってライフサイクルによる変動が相当程度緩和される。
 また、勤労形態の多様化により、勤労所得の格差が拡大している影響も大きい。

 このような動向とともに、経済のグローバル化の中で、所得水準のボーダーレス化が進んでおり、一方で、発展途上国と競合する業務に従事し続ける人の所得は相対的に引き下げられ、他方で、知恵を出し新機軸の事業展開を続ける人の所得は向上することからも、所得格差は今後一層拡大していくと考えられる。



 全国でジニ係数が0.3を超えた状態をどう捉えるか。理論的な根拠はないが、いわゆる総中流社会が崩れた始めたという言説と呼応しているのではなかろうか。

 なお、富山県の場合は、平成6年調査で急上昇した後、平成11年調査で減少している。しかし、消費実態調査の他の統計値から判断して、平成6年の統計調査の標本に異常な偏りがあったと考えられ、実態としては、やはり富山でも世帯の所得格差が次第に拡大していると見た方がよいだろう。


3.所得水準、経済規模の国際比較
−−極めて大きな格差−−

 世界の所得格差の考察に入る前段として、各国の所得の水準と経済規模の捉え方についてふれておこう。

 各国は、それぞれ一定の領土に一定の国民がおり、主権があり、我々の認識の中では、一様に並んでいる。
 しかし、人口についても、所得水準についても国によって大きな格差があり、経済規模全体についても国毎の格差が大きい。この結果、各国の経済的な意味にも大きな差があるが、日常生活の中では、気付き難い。



 上図は、東南アジア、東アジア諸国の人口と1人当たりGNPを示したものである。
 それぞれ国ごとの格差が大きく、表示には対数を用いる必要がある。実は、両軸に対数を用いることによって右下がり45度の直線が両者の積であるGNPの等値線となる。
 この結果、この平面上に、各国を位置付けることによって、それぞれの人口規模、一人当たり所得水準及び、経済規模の3変数の相互関係が明確になる。
 例えば、日本の人口は中国の約1/10であるが、一人当たりGNPは40倍であり、結果としてGNPの規模は、約4倍となっている。
 中国の一人当たりGNPは韓国の約1/12であるが、人口が約30倍あり、GNPの規模は、約2.5倍となっている。

 主権を持った各国それぞれが尊重されることは当然として、このような図の上での各国の位置関係を理解していて始めて、国際経済関係の中での重要さが判断ができよう。
 このことを敢えて説明したのは、中国の経済成長は、人口規模から見て、日本の場合より一桁大きく評価する必要があることを伝えたかったためである。


−−実質の比較は購買力平価で−−

 それでは、例えば日本と中国の生活水準に40倍の格差が実際にあるのか。
 生活水準は、単に経済的要件だけで決まる訳ではないが、経済的要件だけ捉え比較してもこれだけの格差があるわけではない。
 通常、所得水準の比較には、国際間の取引の際に用いられる、為替レートで所得水準を共通通貨(ドル)に換算し行われる。このレートは、主として貿易財(各国で生産される物財)の競争力で決定される。海外旅行等の際には、これで円が現地通貨等に換算され、非常に有り難い。しかし、実際の生活水準はこのレートで換算したほどの格差があるわけではない。

 所得水準の相互比較において、為替レートで換算される格差と実生活から考えられる格差の乖離を解消するために、購買力平価(PPP:Purchasing Power Parity)の考え方がある。
 これは、生活に必要なもの一式をそれぞれの国でそれぞれの通貨で購入するために必要な額を同等として換算率を求めるものである。
 具体的な数値については、幾つかの国際機関で推計されている。一般に、所得水準が低いほど購買力平価では割増されることとなる。
 例えば、世界銀行の計算によれば、中国は一人当たり所得が既に3千ドルを超えており、逆に日本は25千ドル以下となるため、両国の格差は、10倍以下に収まるこことなる。



4.各国内の所得の平準度
−−経済開発とともに、最初は格差が拡大する−−

 国全体としての経済力の検討とともに、それが住民にどのように配分されているかも重要な関心事である。
 一般に、経済開発のある段階まで所得分配の不平等度が拡大するのは避けられず、その後縮小するという傾向があるとされる(「クズネッツの逆U字仮説」)。
 例えば、この指標として、各国の所得配分のジニ係数(平等度が高いほど値は小さくなる)について、一人当たり所得との関連性を見たものが右図である。
 各国特有の事情があり、特定時点の各国の係数を並べても逆U字仮説の確認し難い。しかし、多少は事情の類似した国として、東アジア諸国のみを捉えると、仮説に沿った流れがあるようにも見られる。
 より的確には、特定の国の時間的変化を追うことなどが必要であろう。


 この中で、中国とアメリカのジニ係数の水準がほぼ同等である。所得を累計した曲線を描いても、ほぼ重なる。アメリカのグラフはほとんど見えていない。
 中国では、経済開発の離陸段階にあって、地域間の大きな較差が生じてきており、その解消が課題となっている。
 アメリカについては、同一地域でも格差が大きく、一層厳しい状況といえよう。多くの移民を受け入れてきており、人種の坩堝の社会で平等を確保していく難しさが現れている。また、結果の公平でなく機会の公平を確保していれぱよい、むしろ競争促進にとってある程度の格差は好ましいとする発想もある。



5.世界の所得の平準度
−−2割の人が9割の所得−−

 それでは、世界各国の所得を通算して、世界には、どの程度の所得水準の人がどの程度おり、所得分布の平準度はどの程度ということになるのか。

 右図は、一人当たり所得水準の小さい国から並べ、累積人口を横軸に、累積GNPを縦軸にとったものである。ただし、世界全体の人口、GNPを100としている。また、検討の範囲としては、世界銀行の統計に掲載されている127か国で、世界の総人口の98%程度を集計していると考えられる。
 この図は、各国内の人々の所得を均一と仮定した場合のローレンツ曲線に相当する。
 関心のある各国を色付けしてあるが、それぞれ横幅が人口に、縦幅がGNPに対応し、傾きが一人当たりGNPとなる。
 例えば、中国は人口が多いが所得水準が低く横に寝た線となり、日本は人口は1億強だが所得水準が高く縦に立った線となる。また、両国の所得水準の格差は約40倍である。
 さらに、本図からジニ係数を算出すると、0.7068となり、通常の一国の国内では到底許容できない大きな格差を示している。

 ジニ係数の大きさの意味合いは直感的に捉え難いが、この分析では、社会の階層が2分されていると仮定して、総人口のA%の集団が、GNPの(100−A)%を得ているとすれば、分かり易い。
 例えば、ジニ係数が0.7の場合は、上位15%の集団が85%の所得を得ていることに相当し、2つの集団の所得格差は、約32倍となる((85/15)/(15/85)=32.1)。

 上述の各国内の所得を均一とした場合の世界の所得のジニ係数(0.7068)では、14.7%の集団が85.3%のGNPを得、階層間で33.9倍の所得格差があることとなる。

ジニ
係数
上層
階級
のシ
ェア
階層
間所
得比

0.2 40 2.3
0.3 35 3.4
0.4 30 5.4
0.5 25 9
0.6 20 16
0.7 15 32
0.8 10 81
0.9 5 361


 

 次に、世界の所得分布について、各国内の所得分布も勘案して検討する。
 世界銀行の統計には、104カ国について、所得階層順に人口を7つに区分し、それぞれの所得額の構成比を示したものがある(統計時点については、1990年代の多様な時点のものとなっているが、ここではそのまま利用する)。
 この統計から、104カ国それぞれを7つの集団に分け、これと残りの23カ国の合計751集団の人口とGNPからローレンツ曲線を描いたものが上図である。
 この図からは、例えば、上位2割の人が9割近くの所得を得ていることがわかる。

 また、このローレンツ曲線から算出される、各国内の格差も勘案したジニ係数は0.7935となり、10.3%の集団が89.7%のGNPを得、階層間で75.4倍の所得格差があることに相当している。もちろん、実際に、均一な上位・下位の2つのグループがあるわけではない。

 さらに、統計で把握されていないの各階層内の格差まで含めて勘案すれば、均一な2グループに分かれる場合の評価で、概ね「世界の1割の人口が9割の所得を得ており、階層間で約80倍の所得格差がある」ことに相当していると理解しておけばよいだろう。
 なお、所得階層を2分して考えることについても、図の補助線で見られるとおり現実と著しく異なるものでない。
 また、ちょうどこの2つのグループの境界上に韓国がある。これは、韓国が先進国の入り口にいることを意味している。

 上図では、関心のある国について、所得階層の番号を付して表記した。
 ロシア国内の所得格差は大きく、その最下位10%層(第1層)が、中国の第二20%層(第3層)より低い位置にある。また、最上位10%層(第7層)は韓国の第三、四20%層(第4,5層)の中間にある。
 アメリカも所得格差が比較的大きく、その最下位10%層(第1層)は韓国の第三20%層(第4層)の下のある。また、最上位10%層(第7層)は日本の最上位10%層(第7層)を超えている。


 80倍の所得格差は、極めて大きなものであるが、これは国際的な取引が行われる際に意味を持つ。しかし、日常生活の格差が80倍という訳ではない。
 日常生活の格差として 購買力平価で評価した各国のGNPをもとに各国内の所得配分が均一として描いたローレンツ曲線が上図である。この場合には、格差は大きく縮小している。
 この曲線から算出される購買力平価で評価したジニ係数は、0.5241となり、23.8%の集団が76.2%のGNPを得、階層間で10.3倍の所得格差があることとなる。


6.過剰開発
−−地球が3つ要る−−

 20世紀後半、多くの先進国は、世界大戦からの復興に引き続き、目覚しい発展を遂げた。
 発展途上国についても、かつて半世紀前には、先進国から開発支援に精力的に取り組んでいくことが提起され、新たな発展により先進国と並んでいくことが期待された。しかし、結果としては、限られた一部の国は経済的離陸を果たしたが、多くの国は、開発努力が実を結ばず、かえって社会の崩壊を招いた様相がある。
 こうした中で、先進国グループの生産・消費する食糧、エネルギー等々、そして排出する温暖化ガスは、著しく大きなものとなり、既に、人類全体が同水準の経済活動を行うことはできない、過剰開発の状態に達している。

 世界各国の所得(生産)を購買力平価で評価したジニ係数を基礎として、世界全体の所得の平準化について、モデル的な検討を行ってみよう。
 理解し易くするために、前提として、世界が先進国と発展途上国の2つに分かれ、それぞれの内部では所得格差がなく、全体としてのジニ係数を0.5とする。
 ジニ係数0.5とは、高所得階層(先進国)の人口が全体の25%で、総所得額が全体の75%であることに相当する。逆に低所得層(発展途上国)の人口、総所得額はそれぞれ世界全体の75%、25%となる。
 この場合、双方の所得格差は、9倍となる。



 ここで、低所得層の所得が9倍となり、高所得層の所得水準となって平準化するとすれば、世界全体の所得は3倍に拡大することとなる。
 例えば、仮に炭酸ガスの排出量が生産額(所得額)に比例するとして、現在の世界全体の炭酸ガスの排出量が限界にきているとすれば、これは、地球が3つ必要なことを意味している。ちなみに「地球上の全ての人がロサンジェルスに住む人と同じ生活をするには、地球が5つ要る」という言い方がある。

 これに対して、1つの地球の下で、世界の総所得額(生産額)を現在の水準に留め、なおかつ世界の所得を平準化するとした場合、低所得層の所得は3倍に拡大し、高所得層の所得は1/3に縮小することになる。

 このようなモデルは、人類が居住できる地球の持続可能性を検討する際、その出発点としての意味を持っている。生産額当たりの地球への負荷の削減に努めるとともに、その効果を勘案するとしても、何らかの新たな対応が求められれていることは間違いない。