IT革命下の富山県工業(1)
-21世紀型工業構造と地域政策−
富山大学経済学部  助教授 柳井雅也

 みなさんはYKKという会社がナイキやGAPの服のファスナーをほぼ独占的に作っているのを知っているだろうか?また35km/lという驚異の燃費を誇る HONDAのハイブリッドカー、インサイト(insight)のアルミボディを作っているのを知っているだろうか?そして立山アルミが「風」を研究して、自然な「風」をいつも取り込める、そんな環境対応型の「ビル」創りを提案していることを知っているだろうか?富山の工業は既に新世紀を羽ばたいている!

【 目次と概要 】


1.富山県工業の特徴について

2.主力企業のIT(情報技術)戦略 【以上、今月号】

3.21世紀型工業構造と地域政策 【次 号】

  富山県の21世紀型地域発展戦略を考えるために、本県における工業の現状把握を行い、この停滞状況を突破していくと思われる主力企業の経営について、IT化を軸に、その現状を捉えてみた(今月号)。そしてこのIT化を中心とする発展軸が、本県の経済にとって「良い方向」に伸びていくためには、地域全体のIT化をにらんだ総合的な地域政策や地域連携政策に連動していくことが不可欠となる。それを踏まえて富山県の地域発展戦略のアイディアを示してみたい (次号)。

 

1.富山県工業の特徴について
1990年代の日本経済は閉塞感に苦しむ10年だった
 日本経済のバブルが崩壊し、終身雇用制と年功序列型賃金を特徴とする日本的経営が崩れ、これに産業空洞化が追い討ちをかけて、日本経済の不況が長期化した。この不況のあらわれ方は従来と異なって、構造不況業種だけでなくハイテク業種でも、地方都市だけでなく大都市でも深刻になり、どこに打開策を見出すかが政策担当者の焦眉の課題となった。いわば経済体制が総崩れの状況を呈したのである。さらに歳入の減少と赤字国債の大量発行は、大規模公共事業批判に直結し、本県をはじめ「地方の憂鬱」が続いた10年間となった。


ブレーキかかる富山県の工業
 富山県全体の経済規模は、1997年富山県民経済計算によると約8.8兆円である。5年前の1992年と比べて3%の伸びで、1992/1987年の伸び率26.5%と比べて、大幅に成長が鈍化していることがわかる。その理由はバブル経済の崩壊によるところが大きい。
 この約8.8兆円のうち工業は42.7%(全国は34.7%)を占め、本県における工業の地位が高いことがわかる。しかし、この42.7%というシェアは1992年に比べ1.3%(同全国:2.6%)低い。このことから、本県の工業は全国的には健闘してはいるが、停滞気味に推移しているといえる。


県工業における実力派と内弁慶!?
 ここでは富山県の工業を構成する主力業種がいかなる特徴をもっているかを全国との対比で明らかにする。
 表1は1998年の付加価値額においての上位4業種(金属製品、化学工業、電気機械、一般機械)を示したものである。県内におけるシェアは64.3%を占め、本県において主導的地位にある工業群といえる。これを同付加価値額ベースで特化係数1)を求めた。その結果、4業種のうち金属製品(3.60)と化学工業(1.76)が全国的地位は高い(1.0=平均)といえるが、電気機械(0.73)と一般機械(0.77)は、県内での地位は高いものの全国的地位は低い。
 特に、電気機械については成長著しいとはいえ、他の都道府県でも電気機械は軒並み上位に食い込んでいる。よって本県のみの特徴として指摘することはできない。富山県の電気機械が全国の0.97%しか占めてないことによっても裏付けられる(参考:金属4.7%)。
 こうして実力派の金属製品、化学工業と、内弁慶の電気機械、一般機械によって本県の工業構造の主力が形成されていることがわかった。

表1 県内シェアと特化係数
  県内シェア 特化係数
金属製品 22.7 3.60
化学工業 18.7 1.76
電気機械 12.1 0.73
一般機械 8.0 0.77
資料:「平成11年工業統計調査速報」

1) 特化係数とは、ある工業の製造品出荷額について、全国シェアを分母に都道府県のシェアを分子に比較して係数を求めたものである。1を上回ればその工業は他地域よりも相対的に盛んであるという目安になる。ここでは付加価値額ベースで計算を行った。


実力派の金属に、にじむ疲労感
 主力業種についてさらに経年ごとに、成長度をみてみる。図1は富山県鉱工業生産指数(1990年=100)でみた4業種の推移である。
 金属工業の動向は工業全般とほぼ同じ傾向を示しているものの、一般機械は100を割り込む年が多い。特に1992から94年は70台にまで落ち込んでおり、その深刻さがうかがえる。電気機械は、1994年以降はおおむね成長軌道にあるといえるが、化学工業は1998年には下降している。
 電気機械と化学工業は1995年から工業全般を常に上回っているのに対し、金属製品は1997〜98年にかけて大幅な減少(15.1%減)を記録している。これはアルミサッシ・ドアなどの金属製建具の不振から低水準で移行したことが大きい。また一般機械も長期にわたる低迷から抜けきれていない。
 このように化学工業や電気機械が伸びを示しても、本県の実力派の金属工業に力強さが見られないことや一般機械が停滞していることによって、本県の工業全般が停滞しているのが現状である。



 しかしこうした閉塞感の中でも、主力工業における企業の中には、この新世紀に向けて、ITを軸に事業戦略を着々と打ってきたところがある。その実態について次にみていくこととする。

 

2.主力企業のIT戦略
21世紀型企業戦略はIT戦略を中心に組立てられるようになる!
 生産における効率性は生産時間0と、コスト0への限りない挑戦に集約される。しかし現実は原材料調達、設備投資、人件費以外にも、機械の無駄、人員配置と動作の無駄、原材料利用時の無駄などによって、どうしても時間とコストは0にはならない。さらには市場からの距離や市場動向、下請企業との関係、在庫管理、流通それに経理などによって時間とコストは追加的に膨らんでいくことになる。
 そこでこの不景気な時代に、企業はコスト削減や販路拡大を狙って、主に3つの経営選択を行う。

[1]経営資源の「選択と集中」
[2]海外進出
[3]IT(情報技術)の活用

 [1]の経営資源の「選択と集中」は事業効率化を通じて収益の確保を行うことである。[2]は海外進出によって人件費などの固定費削減と海外市場の確保を行うことである。[3]はIT(情報技術)の活用によって顧客開拓、生産委託先の開拓、開発・生産の効率化を行うことである。
 [3]のIT活用の帰趨は、やがて経営の「スピード」や、収益にも影響をあたえ、最悪の場合は市場からの退出を余儀なくされるだろう。つまり1や2にも影響する経営技術であるともいえる。そこで[3]に焦点を当てて、工業におけるIT活用法をより詳しく見ていくことにする。


SCM=「供給のクサリ」とはなんだろう?
 工業におけるIT技術の活用は

[1] 生産ラインの自動化の段階
[2] 企業内の生産・流通・管理などの情報統合を目指す段階
[3] 系列企業間で協調生産を目指す段階
[4] その協調を一般の企業までひろげて経営戦略的に統合していく段階

と段階的に発展をとげたといわれている。そして[3]や[4]におけるIT利用法は別名、SCM(サプライ・チェーン・マネジメント:[3]は狭い定義)とよばれている。
 このSCMとは開発・生産から消費までを戦略的な情報活用によって、トータルにサポートして、市場動向にフィットした製品を効率的に供給するシステムである。文字通り「供給のクサリ」のことである。これには「情報の共有」を軸に協力企業がプロジェクトに応じて柔軟に参加して、その効率を高めていくことも含まれている。
 しかし、SCMは一律に横並びで常に企業に導入されているわけではない。業種特性、企業の情報システム化に対する取組み状況などから導入は必ず、企業間・事業所間でばらつきをもたらしてきた。
 そのことを踏まえて、富山県におけるIT化の進展を検証するために、一般機械を除く上位3業種から代表的企業3社(調査の関係上、企業名は伏す:2000年6〜8月調査)を選んで面接とアンケート調査を行った2)。

2)サンプル数は3社と少ないが、今までの分析からも明らかなように(1)富山県の工業構造は主力業種に規定され変動するという特性をもち、(2)そのなかの主力企業の事例は地域の多くの企業・事業所の協力によって成り立っているので、その影響範囲は広範に及ぶこと。さらには(3)これらの主力企業の情報システムは、他の企業に参考とされ、やがて応用・普及していくだろう。という3点から有効であると考えた。以下はその事例紹介と考察である。

 

富山県の主力企業はIT技術をどう活用しているか?
 ここでは金属製品(アルミ関連A社)、電気機械(電子部品B社)、化学工業(製薬C社)のIT化への取組みについてみていきたい(企業の分類基準は『富山県主要工場名簿』1998年による)。
アルミ関連:A社
 A社はファスニング製品、建材、精密機械・装置・金型を製造する企業である。本社は東京であるが、主力事業所は富山県にある。年間販売実績は2,053億円となっている。
 ここのIT化は次の通りである。A社は富山県内に6ヵ所と北海道、宮城県、香川県、熊本県の計10ヵ所に工場を配置している。この工場で生産された製品を合理的に運ぶために、物流倉庫を全国9ヵ所に配置している。倉庫はストックポイント(在庫用)とデリバリーポイント(配達用)に分けて配置され、特に首都圏や中京圏などの大都市圏には後者の物流倉庫を戦略的に配置している。つまり前者と後者の物流倉庫間で情報交換を常に行い、全国の在庫情報を管理してデリバリーポイント(配達用)に欠品が生じないようにしているのである。それによって100%の即納率を達成している。
 このようなロジスティク(戦略的な倉庫活用)は「PC-YOURS」というオンラインで行っている。さらにこのシステムは顧客にもアクセス可能で、製品納期に関する情報を瞬時に得られる仕組みになっている。このほか積算から受注、図面作成、発注、生産、納品、施工までを集中管理するシステムや工場の生産管理、品質管理、原価管理を情報化するシステム、商品設計から製造設計を含めた建材技術データを集約する経営支援システムも既に稼働している(図2)。


 


電子部品関連:B社
 B社は京都を本社とする系列企業である。主に圧電セラミックスなどの生産を手がけている。年間生産額は富山の企業単体で約395億円(1999年実績)となっている。IT化については資材、生産、経理、販売などのシステムを稼働させている。それらは統一されたシステム上で運用されている。特に資材については仕入先とデータ交換が行われており、販売も得意先とで情報交換を行っている。電機産業自体がもともと海外進出に熱心なため、海外工場や得意先との間で頻繁な連絡が必要となる。そのため、情報システムが整備されていることが、売上向上の必須条件となっている。
 しかし購買以外の情報交換は、まだ社内でしか行われていないので、利益が出る方向で、他社とシステムの共同利用を行うことが今後の課題となっている(図3)。

製薬会社:C社
 C社は医薬品の製造を行っている企業である。原材料・包材メーカーに対する発注はEDI(electric data interchange;電子データ交換)システムで行い、購買業務の迅速化・効率化に役立っている。また生産計画に関するデータは購買システムに連動しており、日程計画から製造指図、試験指図、生産活動につなげている。いわゆるERP(enterprise resource planning;統合業務)への活用が進んでいる。
 開発への情報システム利用法は、副作用情報、再審査/再評価解析システムを順次開発して、研究期間の短縮化を図っている。さらに販売部門では営業拠点にサーバーを設置し、営業実績情報、学術情報、医師情報を検索できるシステムを確立しており、営業活動の効率化を達成している。そして受注データは物流システムにつながっており、業務の効率化・標準化に貢献している(図4)。


 富山県を代表する3社のケースを通じて指摘できることは、各社によってばらつきがあるものの、製品開発から生産・流通・保守・管理までをトータルに統括する段階まで既に到達していることである。そして、その効果は顧客満足向上、短納期対応、市場占有率向上、意思決定迅速化などに生かされていることである。これは先のSCMの段階で言えば、[2]の企業内の生産・流通・管理などの情報統合を目指す段階や[3]の系列企業間で協調生産を目指す段階、に相当する。
 今後はインターネットを使って経営に参加する企業や消費者の全体最適を目指す動きが活発化し、県内の関連中小企業もその動き(再編・淘汰など)に一層巻き込まれ、本県の工業構造そのものを変えていくことが予想される。


 次回は「良い方向」にIT発展の軸を伸ばして、21世紀型の地域発展戦略に結び付けていくためにはどうすればよいのかについて考える。その際、

[1]IT革命がおよぼす都市や地域への影響
[2]この[1]の背景を踏まえて、今回のSCM化のトレンドを伸ばすとき、いかなる工業政策をとりうるのか
[3]さらに未来指向型の工業グランドデザインを地域政策としてどのように描いていくか

という視点から地域政策のアイディアを示してみたい。

(以下次号)