IT革命下の富山県工業(2)
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21世紀型工業構造と地域政策−
富山大学経済学部  助教授 柳井雅也

 

【 目次と概要 】


(1)富山県工業の特徴について
(2)主力企業のIT(情報技術)戦略 【以上、先月号】
(3)21世紀型工業構造と地域政策(3つの戦略) 【今月号】

 富山県の21世紀型地域発展戦略を考えるために、本県における工業の現状把握を行い、この停滞状況を突破していくと思われる主力企業の経営について、IT化を軸に、その現状を捉えてみた(先月号)。そしてこのIT化を中心とする発展軸が、本県の経済にとって「良い方向」に伸びていくためには、地域全体のIT化をにらんだ総合的な地域政策や地域連携政策に連動していくことが不可欠となる。それを踏まえて富山県の地域発展戦略のアイディアを示してみたい (今月号)。

 

3. 21世紀型工業構造と地域政策(3つの戦略)
1.IT革命は工業立地のあり方をどう変えていくか?
 ほぼ1980年までの地方における工場立地は、生産における自然条件の優位性と低賃金労働力の利用が主な理由とされてきた。しかし半導体産業をはじめ電機産業が成長してくると、生活のための自然環境の良さは当然として、都市的生活の充実度や情報入手の容易性、大都市圏との交通利便性、子供への高度な教育サービスなど、次第にアメニティが重視されるようになってきた。これが工場立地の決定を左右するようになってきたのである。つまり魅力ある都市の形成が、地域間の工場誘致の競争力を決めるようになってきたのである。結果的に周辺地域を含めて選ばれる地方工業地域(例えば南東北地域)に工場の集積が進んだ。この点は21世紀においても引き続き重視されていくだろう。

●モットシリタイ 1●

IT革命の地域的影響

 地域的には、人口にほぼ比例して立地活動を行うサービス業にも、IT革命は影響をあたえると予想される。例えば銀行や保険会社の決済方法が電子化すれば、駅前に高い地代を払ってまで店舗を構える必要はなくなる。他のサービス業でも同様に店舗やオフィスの撤退と再編成が行われる。魅力ある都市とそうでない都市では、店舗の重点配置と撤退が鮮明になり、都市間の盛衰がはっきりしてくるに違いない。これは工業立地の意思決定にも影響を与えるのは上述したとおりである。

 しかし、21世紀はグローバルスケールで、企業間・工場間でアメーバのように合従連衡(提携や受発注とそれらの解消)が繰り返されるだろう。労働力の地域移動も活発になると考えられる。そこでは意志決定や生産連携における「スピード」が決め手になる1)。よってアメニティの充実だけでなく、IT手法の応用ともいえるSCM(サプライチェーン・マネジメント:詳しくは先月号参照)のための情報・通信インフラの整備や、効率的な物流をサポートする倉庫整備も、選ばれる地方工業地域の要件として、今まで以上に重要になってくるだろう(図1)。

★1)トヨタなどの大企業ではネットを通じたグローバルな部品調達によってコストを1兆円削減する計画がある(「日本経済新聞」2000.12.21)。

図1 選ばれる工業地域

 

●モットシリタイ 2●

 IT革命をめぐっては、その経済効果に疑問をもつ考え方もある。しかしR.ソロー(Solow,Robert Merton アメリカの経済学者 1924-)がコンピュータを購入しても使わなければ生産性に直結しないことを指摘している(生産性パラドックス)。その理由は[1]コンピュータの普及によって、それまで考えられないような産業が成長しても従来型の統計では捕捉できない(統計調査の問題)、[2]コンピュータの購入とビジネス展開で収益をあげるまでの時間的なズレが生じていたから、である。しかし1990年代後半からは生産性が上昇して「生産性パラドックス」の議論は姿を消した(『どうなる日本のIT革命』日本経済新聞社)。
  また、米国商務省レポートによれば、米国経済に占めるIT産業のシェアは名目GDPで、1998年に8%を占めるまでになっている。また同報告書では1995年から1998年までの4年間において実質経済成長の1/3以上に寄与したと分析している。21世紀の経済がIT革命を抜きに語ることが出来ないことだけは確かといえる。

2. では、いかなる工業発展戦略を打つべきか!
 選ばれる地方工業地域では活発に創業と転廃業が繰り返されるようになるだろう。そのとき、競争力を保ちながら安定した工業構造を作り上げていくことが行政には求められるようになるだろう。このことについてインフラ整備、既存工業集積の活用、産業育成の観点から富山県について考えてみたい。

[1]情報・物流体制の整備
 先月号で指摘したSCMのレベルが[4]の「協調を一般の企業までひろげて経営戦略的に統合していく」段階まで進んで、企業の共同配送事業などにも及んでいくと倉庫はどうなるであろうか。企業間で倉庫の統廃合と物流条件のいい交通結節点への戦略的再配置を進めることになろう。なぜならそのほうがコスト削減効果が大きいからである。結果的に条件のいい地域や地点に倉庫の立地と集積が進むことになる。
 富山県にとっては朝鮮半島における冷戦構造の解体をにらんで、環日本海地域での貿易のボリュームは確実に増大することが予想される。それは大連、ソウル、釜山、ウラジオストクなどの対岸諸都市群と日本の大都市圏(大市場)を、相互に多頻度かつ効率的に結ぶ貨物船、物流団地、高速道路などとの連携が重要になることも意味している。そのためにもSCMに対応できる物流団地を整備して交通結節地域における拠点性を高める施策が必要になってくる。また物流の利便性が高まれば、そこに新たな工場やサービス業の集積の可能性も出て、工業地域としての魅力も増すだろう。

●モットシリタイ 3●

インフラ整備と地域連携

 行政の役割はソフト面の整備でも重要になる。たとえば国際物流では石川と地域連携を進め、富山・小松空港との機能分担、金沢・富山伏木港などとの機能分担を進め、物流ボリュームの増大と効率化を進めることが重要である。
  自動車部品メーカーのD社では富山伏木港を使うと、貨物船が新潟など日本海の港を順次回って荷積みに来るので、納期に間に合わないそうである。しかも輸出は大きな荷物がある港が優先で、荷降ろしは逆になる。よって輸出入のタイミングが計算しづらく、結果的に神戸港の利用を招いている。こういう機会損失を逃さない工夫がこれからは大事になる。


[2]構造不況業種の発展戦略

  逆説的な言い方ではあるが、本県は素材産業を中心とした構造不況業種の全国的な設備集約拠点となればいい。なぜなら設備集約が進めば、新規の投資がおこなわれ生産効率が高まり富山県の拠点性は高まる。また構造的不況業種とはいえ、その組織内にはソフト開発など、「知識材」を扱う先端的部署が必ずある。既にある県内の構造不況業種でも同じことが言えるが、このような部署の技術や技術者を移転させ、研究・開発を促進する仕組づくりを行い、新産業の創出につなげていく工夫が必要である。さらに、本県が熱心に推進しているベンチャー企業との連携も考えて、工業高度化のスピードを上げていくことも重要である。


[3]地元中小企業の発展戦略

 IT革命下の工業は市場や取引工場との時間・輸送費のハンディを克服しつつある。よって、海外の工場と対等の価格競争を強いられ負けていく訳だが、逆に大企業ではペイしない工程部分や、研究・開発を専門に行っているファブレス企業(fabless)などから生産を受託して、量産体制を確立して成長した企業がある2)。生産受託企業は従来の外注と異なって、独自の仕様提案や価格決定権を握るなどの特徴がある。
 一方、大企業やファブレス企業にとってもアウトソーシング(外注)はメリットがある。製品の多品種化と売れる期間の短期化によって、部品点数が増えたり頻繁に部品変更が起きるようになってきた。これをいちいち内部で対応していれば高コスト体質が定着して、結局ライバル企業に負けてしまう。そこでアウトソーシングすることによって開発期間を短縮し、資金も節約して、より高付加価値を生み出す研究・開発に集中するほうが得策となった (ファブレス企業でも同じ)。
 こうしてアウトソーシングする企業と生産受託企業の双方が効用を感じるような経営スタイルが伸びつつある3)。ベンチャー企業育成のみならず、このような受託企業の育成は工夫次第で富山県でも可能である。県にとっては技術移転と地域への技術蓄積効果も期待できる。ベンチャー企業とも連携を図りながら、生産受託企業を育てる仕組み作りを考えるべきである。

★2)例えば、電子機器の製造受託サービス(EMS)では、プリント配線基板組立のソレクトロン(米:年間売上高1兆5,200億円)やUMC(台湾:聯華電子)などが有名である。世界の市場規模は2003年に1,490億ドル(1999年の2倍)に達すると見られている。
★3)日本の大企業でもこの動きが活発化している。NECは生産子会社を生産受託会社に転換する予定。ソニーはソレクトロンに子会社を売却、松下が製造部門を独立化することを発表している(「日本経済新聞」2001.1.5)。

図2 アウトソーシング(外注)と相互依存

3 産業創出へのさらなる努力
 今までの検討を踏まえて、未来型の富山県工業を創出するために2つのアイデアを示して稿を閉じたいと思う。1つは地域整備による産業創出であり、2つ目は既にある企業の発展としての産業創出である。

1.地域整備については、SCMに対応した物流・工業団地の一体的整備を提案する。先に検討したように、環日本海時代の交流拡大を前提とした物流機能に、ターゲット産業を追加した工業団地の整備が必要である。例えば、前回YKKが車のボディを燃費効率のいいアルミで作っていることを紹介したが、このような「環境対策」は21世紀の常識となる。この技術が海外に移転する前に、富山伏木港に自動車組立工場とストックヤードを建設して輸出基地をめざせばよい。県内にはアルミやダイカスト★4)関連のメーカーもあるので技術波及効果も期待できる。長期的にはアルミの再生工場を併置して資源循環型工業団地の育成までを構想すればよい。きっと魅力的な工業地域に変わるだろう。図3に効果と問題点を示しておいた。

図3 富山県工業の魅力を高める地域整備案


2.21世紀は産業の融合が当たり前になる時代である。例えば富山県を代表する医薬品産業はバイオへの展開だけでなく、医薬品産業と電子産業や機械産業との融合によって、人体に埋め込むマイクロマシンの開発が可能になり、超微細加工技術(ナノテクノロジー★5))にも事業分野が広がることが考えられる。地域政策も技術の発展動向をにらんだ施策が求められるし、関連技術を持つ企業の県内誘致や育成も重要になってくるだろう。

★ 4)ダイカスト(die-cast)とは、溶けた金属を金型内に1気圧以上の圧力で圧入し鋳物を作る鋳造法。製造品の例としてはタイヤホイールが挙げられる。

★ 5)1ミクロン(1メートルの100万分の1)より3ケタ小さい単位のことをナノメートル(1ミリの100万分の1)という。ナノ単位で加工・計測する技術。超々精密技術。

  21世紀は工業地域間におけるグローバル競争が本格化する時代でもある。収益の上がらない土地や地域はシビアに見捨てられるようになるだろう。そうならないためにも地域政策は魅力的な郷土を創造しつつ、生産と物流の拠点性を高めながら、集積を生み出す政策に特化していくことが重要になる。

 

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柳井雅也
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平成13年2月号