経済指標の見方・使い方


富山県産業連関表による
経済波及効果計測システムの試作について(3)


富山県労働委員会事務局  (前 富山県統計調査課)  鎌仲 篤志


この連載では、9月号の第1回では、産業連関表の概要、経済波及効果計測の流れと注意点などについて説明し、10月号の第2回では、試作システムを使った経済波及効果計測の方法について、公共事業と宿泊観光客の増加の2つの例を紹介しました。

第3回目となる本稿では、システムを使った分析事例を1例と、経済波及効果分析の結果の見方、留意点などを紹介していきます。


試作システム(富山県産業連関表32部門表による)
部門 - 産業・業種対応表


4 実際に使ってみる


(3)ケース3:

集積回路工場が県内に新たに進出
(投資とその後の生産活動による波及効果を合わせて計測)

近年は、薄型テレビを代表とするデジタル家電の生産・販売が活発になっており、競争力を高めようと、巨額な投資計画を持っている企業もあるようです。

そこで、デジタル家電の根幹をなす集積回路工場が新たに本県へ進出してきた場合を想定し、経済波及効果を測定してみたいと思います。


最終需要の設定その1−工場建設・機械整備に伴う波及効果

工場進出に伴う経済波及効果測定の対象として、まずあげられるのは、工場の建設及び集積回路製造装置の導入だろうと思います。

ここでは、工場建設費を900億円(用地取得費等を除く。)、集積回路製造装置購入費を100億円として、分析してみます。

・「最終需要額入力シート」への入力

工場建設費については、公共投資同様、「最終需要額入力シート」の「17 建設」の「生産者価格欄」(工事請負の場合、発注者と受注者で直接関係が成り立っており、流通マージンはない。)に「900」を入力します。

集積回路製造装置購入費については、集積回路製造装置は一般機械に分類され(別添の「部門−産業・業種対応表」を参照)、かつ購入者から見た価格で把握している事例なので、「12 一般機械」の「購入者価格欄」に「100」を入力します。

・「その他入力シート」への入力

ここでは製造装置の調達先を県内に限定してはいないので、「その他入力シート」の県内自給率には特段の指定はしないこととします。金額の単位は、「億円」を入力します。





結果は、次のとおりです。


※表をクリックすると大きく表示されます。


最終需要の設定その2−操業開始に伴う波及効果

工場進出に伴う経済波及効果測定の対象として考えられるのは、の工場建設・機械整備に伴う波及効果だけではありません。工場が操業を始めると、製品製造に伴い、原材料の調達や、電力・工業用水などの使用を通じて経済効果が波及していきます。そこで、工場が稼動し、1年間に100億円の製造品を出荷したとして、その効果を計測します。

・「最終需要額入力シート」への入力

この100億円は、本来、直接効果に相当するものですが、このシステムでは直接効果欄に入力できないので、出荷額に見合った需要が発生したと仮定し、「最終需要額入力シート」の「13 電気機械」の「生産者価格欄」に「100」を入力します。

・「その他入力シート」への入力

「その他入力シート」の「13 電気機械」で、県内自給率を100%に設定します。金額設定欄は、「億円」を入力します。



・最終需要額入力シート


・その他入力シートでの県内自給率の設定


結果は次のとおりです。


※表をクリックすると大きく表示されます。


 工場建設・機械整備に伴う波及効果と操業開始に伴う波及効果を合計する

の工場建設・機械整備に伴う経済波及効果1465.5億円との操業開始に伴う経済波及効果139.2億円を合わせ、ケース3全体の経済波及効果は、1604.7億円となります。



(4)その他の分析例

県の予算

「とやま経済月報 2003年5月号  経済指標の見方・使い方」の「産業連関表の見方・使い方(2) 統計調査課 池田佳美」では、政策評価に産業連関表を利用することを目的に、産業連関表の性質で行政評価に適するものと適さないもの、経済波及効果分析ができるように予算書を部門別に振り分ける方法や予算の生産者価格ベースへの転換などを検討しています。

試案の段階であり、予算の経済波及効果分析は、本格的にやろうとすれば、さまざまな工夫が必要ですが、この記事は、そのとりかかりになると考えられます。


(5)このシステムには向かない分析事例

外生化が必要なもの 例えば、「電気機械製造業全体の生産額が100億円 増加した場合の県内生産への波及効果」というように、特定部門の生産活動の変化による他部門への経済波及効果分析を考えてみた場合、この100億円には、電気機械製造業から他の部門へ波及し、また電気機械製造業に跳ね返ってきた分も含まれていると考えられます。

しかし、これまでのように、「最終需要額入力シート」に100億円を入力すると、このシステムでは、他部門から特定部門への波及効果も計算してしまい、結果は過大なものとなります。要するに、他部門からの波及も含めて○○円生産額が増加したという前提に対し、さらに他部門からの波及効果を計算してしまうのです。

これを避けるためには、「外生化」という作業が必要なのですが、このシステムでは、対応していません。

「地産地消」 最終需要(例:家計の消費)の自給率向上のみであれば現システムでも可能ですが(県内自給率の任意設定で対応)、原材料費の自給率をも向上させるという条件となると、逆行列係数・開放型の再計算が必要となります。


5 結果の見方など、活用にあたっての留意点


(1)倍率だけで見ない

適当に最終需要を入力しても、たいていの場合、「経済波及効果は県内最終需要あるいは直接効果の○倍」という結果がでてしまいます。

したがって、倍率の優劣ではなく、どのような効果が、どの産業・業種にでるのかを見極めることが必要となってきます。

たとえば、建設と医療・保健・社会保障・介護それぞれに最終需要100億円を入力(県内自給率等は特段の設定なし)すると、

 ○建設の波及効果合計158.4億円(1.58倍)
 ○医療・保健・社会保障・介護の波及効果合計155.7億円(1.56倍)
となり、倍率だけをみると、大差はないということになってしまいます。そこで、この両者の産業・業種別の生産波及効果を比べると、図11のとおりです(波及効果の広がりを見やすくするため、ここではもっとも強く出る直接効果を除いています。)。

商業、金融・保険業、不動産、対事業所サービスについては、よく似た傾向ですが、建設は、パルプ・紙・紙製品、窯業・土石製品、金属製品の第1次波及効果が強く出るのに対し、医療・保健・社会保障・介護は、化学製品、医療・保健・社会保障・介護、対個人サービスの第1次波及効果が強く出ており、波及効果の広がり方に違いがよくわかると思います。

これは、県の政策、あるいは予算配分の検討に際して産業連関表を使う際、どの産業を伸ばすのか、あるいは、全産業バランスよい発展を目指すのかを考えなければならないことを示唆しているのではないでしょうか。






(2)経済波及効果測定の盲点

代替の問題

2002年のサッカー日韓ワールドカップの経済波及効果は、開始前に試算されたほどの効果はなかったといわれています。これは、試合のテレビ観戦に伴い、外食などの消費が減少したことが要因にあるとも言われています。

イベントなどの経済波及効果を測定・評価する場合、上述のような消費の代替により、事前に予測・期待したほどの経済効果を実感できない場合もありうることに留意が必要です。

もし、代替が予測できるのであれば、そのマイナスの効果も評価に加えるべきでしょう。

ハコ物の維持コストの問題

経済波及効果の分析は、イベントや建設工事等、一時的なものに対してなされることが多いのですが、いわゆるハコ物については、イベント終了後の維持が成り立つかどうかの視点も必要になってくるようです。

波及効果では測れないもの

バイパス工事などで、移動時間が短縮されたというような便益については、当然のことながら、産業連関表では計れません。経済波及効果を評価するには、先にであげた代替やハコ物の維持コストに加え、このような便益分析をも含めて、総合的に行う必要があるでしょう。


(3)分析結果の公表に関して

前提条件を明示する。

ケース2の「宿泊観光客の増加」の例(前月号参照)でいうと、観光客の増加が10万人と20万人とでは、経済波及効果が2倍の格差となるのは、ご理解いただけると思います。

また、そのほか、トータルの消費額は変わらなくても、その内訳が異なってくると、経済波及効果も異なったものとなります。ケース2の「宿泊観光客の増加」の例で、観光客1人当たりの平均消費額の内訳が異なった場合を計算してみます。


図12 ケース2で、観光客1人あたりの消費内訳が異なった場合

観光客1人当たりの平均消費額(円)
宿泊費 9,000
交通費 10,000
土産代 7,730
その他費用 15,000
41,730

宿泊観光客10万人の増加に伴う消費の増加額は次のとおりとなります。
・宿泊費 9,000円×100,000人 90000万円
・交通費 10,000円×100,000人 100000万円
・土産代 7,730円×100,000人 77300万円
・その他の費用 15,000円×100,000人 150000万円
      計 417300万円

土産代の構成比
土産の種類 構成比 対応する連関表の部門
生鮮農産物・魚介類 20% 01 農林水産業
菓子類 50% 03 食料品
絵ハガキ等印刷物 10% 16 その他の製造工業製品
衣料品 10% 04 繊維製品
玩具類 10% 16 その他の製造工業製品
※ 架空のデータである。

観光客の部門別消費額(万円)
01 農林水産業   15,460
03 食料品   38,650
04 繊維製品   7,730
16 その他の製造工業製品 7,730+7,730=15,460 15,460
23 運輸   100,000
30 対個人サービス 90,000+150,000=240,000 240,000
  417,300

「最終需要額入力シート」や「その他入力シート」への入力方法は、前月号を参照下さい。

※表をクリックすると大きく表示されます。

前回の元のデータによる経済波及効果は約51.9億円でしたが、変更後では約50.9億円となり、その差に約1億円の差が生じます。

このように、たとえ需要総額が同じであっても、その内訳が異なると経済波及効果の大きさも異なってくるので、経済波及効果の公表に当たっては、どのような最終需要に対し経済波及効果分析を行ったのか、その条件の明示が重要です。資料に基づく場合はその出典を、仮定条件による場合は、なぜそのような仮定をしたかを明記すべきでしょう。


最終需要の予測に関して

これまでの説明のとおり、経済波及効果については、その前提に大きく左右されますが、イベントなどに際し、事前に経済波及効果分析を行う場合、最終需要の見込みが何らかの要因に左右されやすい場合や仮定条件に基づく部分が多い場合があります。このような場合、最終需要の上位予想・下位予想など、いくつかのパターンで分析しておいたほうが望ましいのではないでしょうか。

さらにいえば、事前に経済波及効果分析を行うだけでなく、来客数等を調査のうえ、事後にも経済波及効果分析を行い、事前のものと比較し、その相違の要因を把握しておけば、次の機会に活かせるものと思われます。



6 終わりに


産業連関表は、経済波及効果の分析に有効な道具ですが、活用にあたっては、産業連関表について理解し、分析方法に習熟することが必要です。

経済波及効果の分析にあたって、どの段階でどの係数を用いるかがよくわからなかったり、手計算では作業量が膨大となる行列計算をする必要があったりするため、産業連関表の活用は難しいと感じられますが、こういったシステムがあると、分析方法が理解しやすくなり、また、計算が大幅に省力化・迅速化され、分析が手近なものになるのではないかと思います。

試作システムは、改良が必要な部分もあるかと思います。今後、利用される方の意見も聞きながら、このシステムの実用化が図られ、富山県産業連関表を使った経済波及効果分析に活用されることを希望しています。


※ 本稿及び試作システムについてのご意見、お気づきの点などありましたら、統計調査課経済動態係までお寄せ下さい。



とやま経済月報
平成18年11月号