経済指標の見方・使い方


富山県産業連関表による
経済波及効果計測システムの試作について(2)


富山県労働委員会事務局  (前 富山県統計調査課)  鎌仲 篤志


第1回では、産業連関表と投入係数表・逆行列係数表、経済波及効果測定の流れと注意点などについて、説明しました。今回は、試作シ ステムを使った経済波及効果測定の方法について、実例をあげて紹介していきます。


試 作システム(富山県産業連関表32部門表による)
部 門 − 産業・業種対応表

※ システムについてのご意見は、統計調査課経済動態係までお寄せ下さい。


4 実際に使ってみる


(1)ケース1:公共事業の波及効果(−基本的な事例)

経済波及効果の実例でよくみられるのは、施設建設に伴う波及効果の測定です。

そこで、富山県で100億円の公共事業が行われた(用地取得費等を除く。)場合の経済波及効果を、このシステムで測定してみます。


<なぜ、用地取得費等を除くのか>

まず、土地の取得そのものは、所有権の移転に過ぎず、生産活動を伴うものではありませんから、これに伴う経済波及効果 は発生し得ないこととなります。

また、土地の代金については、使途(消費・投資か貯蓄)やその規模(どれくらい消費するか等)の算定が困難です(経験 則として使用可能な統計がない)。このため、用地取得費等は、通常、経済波及効果測定の対象とはしていません。(もっとも、土地代金の使途及びその額があ る程度見込める根拠があれば、経済波及効果となりうるという考え方も、最近では見受けられます。)


県内最終需要の入力

「最終需要額入力シート」に、経済波及効果を測定したい金額を部門別に入力します。公共事業は、建設業者へ発注しますから、「17  建設」に「100」を入力することとなります。

なお、購入者価格ではなく、生産者価格に「100」を入力します(購入者価格と生産者価格との違いは、後ほど説明します。)




基本設定の入力(その他入力シート)
・消費転換率

第2次波及効果で、直接効果・第1次波及効果で誘発された雇用者所得からどれだけの家計消費が誘発されるか、その転換率の設定で す。

ここでは、何も入力しないこととします(連関表作成基準年である平成12年の状況が反映されます。以下、ケース2、3も同様としま す。)。


・金額の単位

波及効果分析を行う金額の単位の設定です。各ワークシートに自動的に反映されます。

ここでは、「億円」を入力します。


・県内最終需要の県内自給率

特別な意図がない場合、何も入力しないでください。取引基本表から計算した県内自給率が自動的に適用されます。

公共工事では、建設工事の現場が県内である関係上、県内自給率は必ず100%となります。これは、システムの標準設定と同様ですの で、何も入力する必要はありません。


結果

「波及効果分析結果」シートに次のように結果が出力されます。




公共事業100億円が各部門に与える波及効果は、農林水産業へ0.6億円、鉱業へ0.3億円・・・、計158.4億円となります。 これは、もとの100億円に対し、1.58倍の効果があったと見るわけです。

また、158.4億円のうち、粗付加価値誘発額(県民経済計算でいうところの県内総生産にほぼ相当する。)は83.5億円であり、 これは12年度の県内総生産4兆6457億円の約0.2%に当たります。つまり、12年度に100億円の公共投資を行った場合、県内総生産を約0.2%押 し上げる効果があったと考えることができます。

さらに、粗付加価値誘発額のうち、雇用者所得が51.3億円を占めています(雇用者1人当たりの雇用者所得額が計算できると、「経 済波及効果は、雇用者○○○人に相当」という表現の仕方もできるのですが、ここでは割愛します。)。



(2)ケース2:宿泊観光客の増加(−購入者価格について・県内自給率の設定)

近年は、観光がもたらす経済効果が注目されています。そこで、県内への宿泊観光客の入り込み数増加が、県内にもたらす経済波及効果 の測定例を紹介します。

この分析システムでは、最終需要額をもとに経済波及効果分析をするため、観光客の増加人数だけでなく、宿泊費・土産代など観光客の 消費額内訳をベースに、最終需要額の計算をする必要があります。


最終需要額の計算

この例では、宿泊観光客増加数は10万人と仮定、消費額内訳については、「平成12年度観光の実態と志向」(日本観光協会)の宿泊 観光レクリエーションの実態の旅行費用を元に、次のとおりとしました。


観光客1人当たりの平均消費額(円)
宿泊費 15,430
交通費 10,910
土産代 5,960
その他費用 9,430
41,730

以上、宿泊観光客の増加に伴う消費の増加額は次のとおりとなります。
・宿泊費 15,430円×100,000人= 154300万円
・交通費 10,910円×100,000人= 109100万円
・土産代 5,960円×100,000人= 59600万円
・その他費用 9,430円×100,000人= 94300万円
    計 417300万円


ここで、消費の増加額を最終需要額として、それぞれどの部門に当てはめるかを考えてみると、交通費は「運輸」に相当することは想像 に難くはないと思いますが、そのほかについては「?」ではないでしょうか。

そこで、別添の「部門:産業・業種対応表」を参照願います。宿泊費については、産業・業種欄の最後の方をみると、「旅館・その他の 宿泊所」がありますので、これに対応する部門名欄を見ると「30 対個人サービス業」ということになります。その他費用については、「平成12年度観光の 実態と志向」によると「飲食代・施設利用費」などとなっていますので、「一般飲食店(除喫茶店)」・「喫茶店」・「遊興飲食店」・「スポーツ施設提供業・ 公園・遊園地」が該当すると考えられますが、いずれも「30 対個人サービス業」と分類されています。

ただ、土産代については、野菜、お菓子、おもちゃなど、多岐にわたるでしょう。「平成12年度観光の実態と志向」では土産代の内訳 が不明であるため、ここでは次の架空データで按分しました(念のため言いますが、もし、本格的に波及効果を分析するのであれば、実態に即したデータが必要 です)。


土産代の構成比
土産の種類 構成比 対応する連関表の部門
生鮮農産物・魚介類 20% 01 農林水産業
菓子類 50% 03 食料品
絵ハガキ等印刷物 10% 16 その他の製造工業製品
衣料品 10% 04 繊維製品
玩具類 10% 16 その他の製造工業製品
※ 架空のデータである。

・生鮮農産物・魚介類=59600万円×0.2=11920万円
・菓子類=59600万円×0.5=29800万円
・絵ハガキ等印刷物=59600万円×0.1=5960万円
・衣料品=59600万円×0.1=5960万円
・玩具類=59600万円×0.1=5960万円

ここまでの作業で、宿泊観光客の消費額を連関表の部門別に区分することができました。


観光客の部門別消費額(万円)
01 農林水産業   11,920
03 食料品   29,800
04 繊維製品   5,960
16 その他の製造工業製品 5,960+5,960=11,920 11,920
23 運輸   109,100
30 対個人サービス 154,300+94,300=248,600 248,600

<観光客1人当たりの平均消費額につい て>

上の例では、宿泊観光客のみで計測しましたが、実際には日帰り客もいます。本来ならば経済波及効果測定の対象とすべき ですが、「観光の実態と志向」(日本観光協会)では費用内訳が不明であるため、ここでは割愛しました。

なお、「観光の実態と志向」は全国ベースのデータです。本県の実態を反映させたい場合には、来県中の観光客からアン ケートをとるのが一番よいかと思われます。その場合、連関表の部門名に区分しやすいよう、設問を工夫するとなおよいでしょう。


最終需要の生産者価格への転換

土産のように店で買うものについては、工場等の出荷額に輸送コストや店のマージンが加算されて店頭価格が表示されているのが通常で す。このように、購入者側からの立場で財・サービスの評価をすることを購入者価格表示といいます。これに対し、工場等から評価する場合、生産者価格表示と いいます。




このシステムで使用する各種係数(に限らず、産業連関表の各種係数は生産者価格ベースで作成されている。)は、生産者価格をベース に作成されています。このため、購入者価格で把握した最終需要額については、生産者価格に転換する必要があります。このシステムでは、「最終需要額入力 シート」の「購入者価格で把握した県内最終需要額を入力」欄にデータを入力すれば、自動的に生産者価格に転換されます。

一方、宿泊費、交通費、その他の費用については、旅館・交通機関等から直接サービスを受け取りますので、代金に輸送コストや店の マージンは含まれず、購入者価格=生産者価格となります。したがって、これらについては、「最終需要額入力シート」の「生産者価格で把握した県内最終需要 額を入力」欄にデータを入力します。(ここでは、旅行代理店等のマージンは考えないこととします。)

具体的には、最終需要額入力シートへの入力は、次のとおりとなります。

土産代は、購入者から見た価格であるため、生産者価格への転換が必要です。部門別に見ると、「01 農林水産業」、「03 食料 品」、「04 繊維製品」、「16 その他の製造工業製品」となりますので、それぞれの部門の「購入者価格で把握した県内最終需要額を入力」欄にデータを 入力します。

宿泊費・交通費・その他の費用は、部門別に見ると「23 運輸」、「30 対個人サービス」となりますので、これらの部門の「生産 者価格で把握した県内最終需要額を入力」欄にデータを入力します。




消費転換率と金額の単位

「その他入力シート」で、「1 消費転換率の設定」は、ここでは、何も入力しないこととします(連関表作成基準年である平成12年 の状況が反映されます)。また、「2 金額の単位の設定」では、「万円」を入力します。


最終需要の自給率について

この事例では、県内への宿泊者を対象にしているため、宿泊費はすべて県内の宿泊施設に支払われると考えられ、県内自給率は100% となります。また、飲食代や施設利用費も県内ですべて支払われていると考えると、県内自給率は100%となります。

そこで、「その他入力シート」の「3 県内最終需要の県内自給率の設定(部門毎)」欄「30 対個人サービス」には、次のように入 力します。




<注意>
例えば、「30 対個人サービス」の中でも、県内自給率100%のものが50万円、不明なものが60万円というように混在している場合は、「50万円」・ 「100%」と「60万円」・ 「設定なし」の2回に分けてシステムに入力し、結果を合算してください。

結果

「波及効果分析結果」シートに次のように出力されます。





宿泊観光客10万人増加が各部門に与える波及効果は、51億9449万円となります。これは、もとの41億7300万円に対し、 1.24倍の効果があったとみることができます。

また、51億9449万円のうち、粗付加価値誘発額31億6499万円であり、さらに、粗付加価値誘発額のうち、雇用者所得が16 億4914万円を占めていることがわかります。


ここまで、試作システムを使った経済波及効果計測の方法について、公共事業と宿泊観光客の増加の2つの例を紹介しました。次号で は、分析事例と経済波及効果分析の結果の見方、留意点などを紹介していきます。




とやま経済月報
平成18年10月号