経済指標の見方・使い方


所得再分配政策の効果を測る指標
−集中度曲線とカクワニ係数−


富山大学経済学部教授 中村和之


1 はじめに

 今月は、政府による所得再分配政策の効果を知るための指標について解説します。先月の本欄では、ジニ係数とローレンツ曲線を用いて所得格差を測ることを考えました1)。市場経済における所得格差が望ましくないと判断されるとき、政府は、税制や社会保障給付を通じて所得の再分配を行ないます。所得の再分配を通じて公平な所得分配を実現することは、資源配分の効率性を実現することや、安定的な経済成長を達成することと並んで財政に期待されている役割の一つです。

 以下では、政府の再分配政策の実態や効果を考える手法について解説します2)


2 所得再分配政策

 最初に、所得再分配政策について整理しておきます。私たちは生産要素を供給することの対価として所得を得ています。たとえば、勤労者の人は労働を提供して賃金を得ます。但し、稼いだお金のすべてを自由に使える訳ではありません。政府は家計から租税を徴収します。加えて、家計は健康保険や雇用保険といった社会保険料も支払わねばなりません。一方、児童手当や生活扶助といった社会保障給付を通じて政府からお金を受取る家計もあります。租税や社会保障制度はその負担や給付を通じて家計の自由に使えるお金(可処分所得)を変化させます。

 租税や社会保障制度を通じて、各個人が得た所得の一部を配り直すことを所得の再分配と言います。所得再分配によって所得格差を是正しようとするのが所得再分配政策です。たとえば、所得の高い人々だけに税負担を求めると課税後の所得格差は課税前よりも縮小します。或いは所得の低い人々だけに社会保障給付を行なうことによっても所得格差は縮小します。

 もちろん、所得再分配政策によって人々の所得を同一にすることが望ましいわけではありません。どの程度の所得格差なら容認されるのか、どこまで再分配が必要なのかは人々の価値判断に拠ります。望ましい所得分配を実現するためには社会全体での議論と合意が必要です。そのためには、所得格差の実態や政府による所得再分配政策の効果を知ることが必要となります。

 政府が再分配を行なう前の各個人の所得(再分配前所得)と、再分配を行なった後の所得(再分配後所得)には、

再分配後所得=再分配前所得−租税負担額−社会保険料+社会保障給付

という関係があります。以下では、税制や社会保障給付といった個々の再分配政策の効果を測る指標について考えます。


3 集中度曲線

 政府による所得再分配政策の効果を知るためには、所得階層ごとに租税の負担額や社会保障の給付額を求め、それらが所得格差を縮小させる働きを持っているのか、それとも所得格差を拡大させる方向に働いているのかを判断することが必要です。

 ある政策が所得格差に与える影響は、再分配前所得のローレンツ曲線とその政策の「集中度曲線」を比較することによって知ることができます。集中度曲線とは、世帯を所得の低い順番に並べ、横軸に世帯の累積比をとり、縦軸に租税負担もしくは社会保障給付額の累積比をとって、税負担や給付の所得階層間の分布をグラフ化したものです。集中度曲線が下方に大きく膨らんでいる程、その負担もしくは給付が高所得世帯に集中していることを意味します。

 租税の負担を例にとって解説します。所得格差を縮小させるような租税を累進的な租税と言います。一方、課税によって所得格差が拡大するような租税は逆進的な租税と言われます。もしも、図1-Aのように、租税の集中度曲線がローレンツ曲線の下方に位置するなら、その税は累進的な税です。この場合、租税の負担が所得以上に高所得層に集中しているからです。逆に、もしも図1-Bのように、租税の集中度曲線がローレンツ曲線の上方に位置しているならば、所得の偏りほど租税負担が偏っていないので、その税は逆進的であると言えます。

図1 ローレンツ曲線と租税の集中度曲線
図1 ローレンツ曲線と租税の集中度曲線

 数値例をもとに租税の集中度曲線を描いてみましょう。表1は平成14年の家計調査に掲載されている標準世帯(勤労者)の年間収入階級別五分位データから得た所得階層別の年間収入、直接税の負担額、消費税の負担額です3)

表1 年間収入五分位階級別の租税負担額(勤労者・標準世帯)4)
表1 年間収入五分位階級別の租税負担額(勤労者・標準世帯)
資料:総務省統計局『家計調査年報 平成14年』第12表より作成。年間収入は平成13年の値
*消費税の負担額は筆者による推計値

 この値をもとに、世帯の累積比と所得(年間収入)の累積比、租税負担額の累積比を求めると表2のようになります。

表2 世帯数累積比と所得・租税負担の累積比
表2 世帯数累積比と所得・租税負担の累積比
表1に基づき作成

 表2の値からローレンツ曲線と租税の集中度曲線を描くと図2のようになります。ここから、直接税(主として所得税)は累進的な租税であり、所得格差を縮小させる効果を持っていることが分ります。一方、消費税は逆進的な租税であることが分ります。

図2 ローレンツ曲線と租税負担の集中度曲線
図2 ローレンツ曲線と租税負担の集中度曲線
資料:総務省統計局『家計調査年報 平成14年』に基づき作成
消費税の負担は筆者による推計値


 租税と同じく、社会保障給付についても集中度曲線を描くことができます。図3は、家計調査に掲載されている所得階層別の社会保障給付額を基に描いた集中度曲線を示しています5)

 租税とは逆に、給付の集中度曲線がローレンツ曲線よりも上方にあるとき、その給付は所得格差を縮小させます。給付の集中度曲線がローレンツ曲線よりも上方にあることは、所得の低い世帯に相対的に多くの給付がなされていることを意味するからです。図3では社会保障給付の集中度曲線が45度線を越えて上方に張り出しています。このことは、社会保障給付が絶対額でみても所得の低い世帯により多くなされていることを表しています。

図3 ローレンツ曲線と社会保障給付の集中度曲線
図3 ローレンツ曲線と社会保障給付の集中度曲線
資料:総務省統計局『家計調査年報 平成14年』に基づき作成


4 集中度係数とカクワニ係数

 ローレンツ曲線によって表される所得格差を集約した指標としてジニ係数がありました。集中度曲線についてもこれを集約した指標を考えることができます。

 集中度曲線の下方への膨らみ具合を指標化したものを「集中度係数」と言います。集中度係数は、図4のように、45度線の下の部分の面積(黄色い三角形)から、集中度曲線の下の部分の面積(斜線部)を差し引いた値を求め、これを二倍することによって得られます。

 集中度係数は-1から1の間の値をとり、その値が大きいほど租税負担や社会保障給付が高所得層に集中していることを意味します。図4-Aは集中度曲線が45度線の下方にある場合、図4-Bは上方にある場合をそれぞれ表しています。

図4 集中度係数
図4 集中度係数

 集中度係数とジニ係数を比較することによって、再分配政策の累進度を表すことができます。これを「カクワニ係数」と呼びます。租税や社会保険料といった負担側の政策について、カクワニ係数は、

カクワニ係数=集中度係数−ジニ係数

で表されます。社会保障給付のような支出側の政策に関するカクワニ係数は、

カクワニ係数=ジニ係数−集中度係数

となります。図5で言えば、ローレンツ曲線と集中度曲線にはさまれた部分の面積を二倍した値がカクワニ係数になります6)

図5 カクワニ係数
図5 カクワニ係数

 図5のように、ある政策が所得格差を縮小させる効果を持っているなら、そのカクワニ係数は正になります。逆に所得格差を拡大させる方向に働いているなら、カクワニ係数は負になります。また、再分配政策の規模(税収や社会保障給付の総額)が同じであれば、カクワニ係数の値が大きいほど、再分配政策が所得格差を縮小させる効果は大きいと言えます7)

 表3は、図2、図3のデータをもとに求めた租税と社会保障給付の集中度係数やカクワニ係数の値をまとめています。直接税と社会保障給付のカクワニ係数は正であり、消費税のカクワニ係数は負となっています。

表3 租税負担・社会保障給付の集中度係数とカクワニ係数
表3 租税負担・社会保障給付の集中度係数とカクワニ係数
再分配前所得(年間収入)のジニ係数=0.199
図2・3に基づく


5 いくつかの注意とまとめ

 今回は、集中度曲線やカクワニ係数といった指標を用いて、税制や社会保障制度が所得分配に与える影響を測ることを考えました。集中度曲線やカクワニ係数によって政府の所得再分配政策の実態を知ることができると同時に、政策の変化に伴って生ずる所得分配への影響を推論できます。

 但し、租税の負担額や社会保障給付額をデータから求めて再分配の効果を測ることには若干の注意も必要です。第一に、租税の実質的な負担者は形式的な負担者とは異なることがあります。このことを租税の転嫁と言います。上の数値例では専ら形式的な負担だけに着目していましたが、実質的な負担を考慮することも大切です。

 第二に、租税や社会保障給付制度は、それらがないときと比較して世帯の行動を変化させます。すなわち、これらの制度が個人の選択に影響を与えます。このとき、死荷重と呼ばれる効率性の損失が発生することがあります。今回解説したような事後的なデータだけに頼る分析では効率性の損失は考慮されていません。

 これらのことを考慮するには、個人や企業の行動をモデル化して、シミュレーションや計量分析を行なう必要があります。このように注意すべき点はあるものの、集中度曲線やカクワニ係数を用いた分析は簡便に行うことができ、所得再分配政策の実態や効果を知るための第一次的な接近として有用です。

 今回は、個々の政策手段が持つ再分配効果を測ることを考えました。次回は、所得再分配政策全体の効果を測る指標について解説します。

注)
1). ジニ係数とローレンツ曲線については本誌の先月号に掲載の拙稿(http://www.pref.toyama.jp/sections/1015/ecm/back/2005apr/shihyo/index.html)をご参照下さい。
2). 以下の記述は、Lambert,P.J.(2001).The Distribution and Redistribution of Income. Manchester University Press, に拠っています。
3). 表1のデータは、総務省統計局、『家計調査年報 平成14年』、(http://www.stat.go.jp/data/kakei/2002np/02nh.htm)第12表より得ています。勤労者の標準世帯に限定されたデータなので、以下の結果がわが国の所得再分配政策の効果を表すものではありません。また、年間収入が前年度の収入金額であるのに対して租税負担額や給付額は当該年度の値です。このようにラフなデータであるので以下の結果はひとつの数値例として御理解下さい。
4). 表1の直接税とは、所得税、個人住民税、固定資産税、自動車税、相続税などを指します。消費税の負担額は、家計調査の品目別消費支出のデータから、消費税の非課税品目に該当する家賃・地代、医療サービス、授業料への支出を除いた消費支出に5/105を乗じて推計しています。
5). 社会保障給付には公的年金給付、各種公的扶助、児童手当などが含まれます。
6). 逆進的な効果を持つ政策のカクワニ係数は、ローレンツ曲線と集中度曲線にはさまれた部分の面積にマイナスの符号をつけた値になります。また、この場合には、ローレンツ曲線と集中度曲線の上下関係が累進的な政策の場合と逆になります。
7). 但し、ローレンツ曲線と集中度曲線が交差する場合には、カクワニ係数だけから政策が所得分配に与える効果を特定することはできません。

とやま経済月報
平成17年5月号