特集

家計調査結果からみる富山の食文化(2)
―ぶり、いかの消費について背景を探る―

統計調査課 五十里 紗月

はじめに

本号では5月号の「こんぶ」、「米」、「清酒」に続き、魚介類の「ぶり」と「いか」の消費について取り上げる。

なお、取り上げる家計調査の結果は、前号同様、すべて都道府県庁所在市の世帯の支出を対象としている。(※家計調査・・・都道府県庁所在都市を含めた全国168市町村、約9,000世帯で実施される総務省「家計調査」)

魚介類−ぶり、いかの消費について

家計調査結果によると、魚介類の「ぶり」と「いか」は、富山市の1世帯当たりの年間支出金額がそれぞれ全国1位(平成18〜20年平均)となっている。その背景を探ってみたい。ちなみに、ぶりの支出金額の多い地域は北陸地方と九州地方、いかは北陸地方と東北地方、中国地方となっている(図1)。

図1 ぶり、いか の1世帯当たりの年間支出金額

(平成18〜20年平均 家計調査結果より)

1. ぶり

ブリは「富山湾の王者」として県のさかなに選定(1996年)されており、まさに富山湾の魚の代表格といえる。

ぶりとは、幼魚を含むブリの総称である。ブリは日本列島と朝鮮半島の沿岸に分布する回遊魚で、主な産卵場は九州西方の東シナ海である。産卵期は3〜6月で、稚魚は対馬暖流に運ばれて日本海へ流入し、九州〜北海道の沿岸各地に分散する。富山湾では7月に体長10〜15pに成長した幼魚がみられ、それらが10〜12月には体長35〜40pに成長し、ツバイソ、フクラギ(0歳)として食卓に上る。フクラギは翌年冬までに体長55〜60pのガンド(1歳)に成長し、ガンドは翌年冬までに体長65〜75p、体重5〜6sの小ブリ(2歳)に成長する。小ブリは翌年冬までに体長80〜85p、体重約10sに成長し、ブリ(3歳)と呼ばれるようになる(図2)。ブリと呼ばれる大型魚は、9〜11月にかけて北海道沿岸を回遊し、スルメイカやサンマなどの餌を食べて体内に栄養を蓄えた後、11月下旬から12月にかけて北海道から九州沿岸を目指して日本海を南下回遊する。美味しいブリの代名詞「氷見鰤」で全国に知られる富山湾名産の寒ブリは、これら北海道沿岸から九州へ向けて南下する魚が富山湾を通過する際、定置網に入り、漁獲されるものである。

図2

富山湾は定置網漁業の発祥地の一つとされ、室町時代以来とも言われる歴史を誇る地域である。従って、古くから地先でフクラギ、ガンド、ブリが水揚げされるとともに、それを食べる食文化が形成されてきた。その結果、富山県と石川県では恒常的にフクラギなど小型の幼魚が多く消費されているほか、大型のブリは歳暮に用いられるほどの文化的価値を有し、地域内では破格の高値で取引されている。富山市におけるぶりの支出金額を月別にみると、12月が突出して大きいが、これは、高価な旬の大型ブリを食する文化の現れであろう(図3)。

ちなみに、富山県の漁獲量は過去10年の平均で年間1,840トン(フクラギ1,500トン、ガンド40トン、ブリ300トン)であり、その多くが県内で消費される一方、年間数千トンが全国から入荷し、消費を支えている。他県では、ぶりを食する嗜好が弱く(あまりぶりを買わない)、取引価格が安い。このため、全国各地で水揚げされたぶりが、高値で売れる消費県「富山」へ入荷しているのが実情である。

図3 ぶりの月別支出金額(富山市)

(平成20年 家計調査結果より)

2. いか

いかは全国で最も多く消費される魚介類であり、家庭料理でなじみ深い食材となっている。食されるいかの種類は多いが、富山県で消費される主ないかとしてはスルメイカ、ホタルイカ、アオリイカが挙げられる。表1はそれらのいかの漁獲時期であり、季節によってそれぞれのいかが獲れていることがわかる。

表1 富山県におけるいかの漁獲盛期
 
ホタルイカ   
スルメイカ   
アオリイカ   
図4 いかの月別支出金額(富山市)

(平成20年 家計調査結果より)

<スルメイカ>


(写真提供:富山県水産研究所)

スルメイカは日本で年間20〜30万トン漁獲され、国内では最もポピュラーなイカである。秋から冬にかけて日本海の山陰沖から東シナ海にかけての海域で産まれ、成長しながら日本海、太平洋沿岸を北上し、夏期には青森県〜北海道の沿岸を回遊する。秋〜冬には産まれた海域へ南下し、産卵して生涯を終える。富山県では12〜2月にかけて、日本海を南下回遊するスルメイカが定置網で約1,000トン漁獲される。


<ホタルイカ>


(写真提供:富山県水産研究所)

ホタルイカは、日本海の広い範囲に分布する小型のイカで、蛍のように発光する。詳しい生態は不明だが、春に沿岸近くで産卵し、産まれた幼イカは沖合(陸から200〜300qまでの沖合)を回遊しながら生育後、翌年春には沿岸近くへ戻り、産卵して生涯を終えると考えられている。富山県では3〜6月にかけて、産卵のために沿岸へ回遊してきたホタルイカが、定置網で約2,000トン漁獲される。

ホタルイカは富山を代表する春の味覚として親しまれている。青白く発光するという幻想的な姿をもつホタルイカは、「富山湾の神秘」としてブリと共に県のさかなに選定されている。


<アオリイカ>


(写真提供:富山県水産研究所)

アオリイカは西日本〜九州を中心に分布するイカであり、富山県では9〜12月にかけて定置網で200〜400トン漁獲される。富山湾で漁獲されるアオリイカは、春に九州〜山陰の沿岸で産まれた幼イカが成長しながら富山湾へ回遊してきたものであると考えられている。

以上のように、富山湾は季節毎に異なる種類のイカが来遊し、定置網で漁獲されている。ブリの説明で述べたとおり、富山湾の定置網漁業は歴史が長いことからみて、古くから季節毎に異なる種類のいかが水揚げされ、それを食べる食文化が形成されてきたといえる。富山市におけるいかの支出金額を月別にみると2〜4月に額が大きくなっているが、これは、スルメイカなどに加えてホタルイカを消費するためではないだろうか(図4)。

3. 生活のなかの魚料理

富山では古くから定置網で、季節毎に地先へ回遊してくる魚介類が漁獲され、「旬」の食材として消費されてきた。つまり、富山の食習慣・食文化は歴史的に定置網漁業の影響を強く受けて形成されてきたものであるといえる。また、富山・石川県では、嫁入り初年の歳暮として、嫁ぎ先にブリ1尾を贈り、さばいたブリを両家の親戚に配る「嫁ブリ」とも呼ばれる風習がみられることから考えると、定置網漁業は地域文化のバックボーン的存在であると言えるのではないだろうか。

ぶりやいかは家庭料理の食材として一般的に用いられ、刺身や塩焼き、煮付け(ぶり大根等)のほか、ぶりは北陸地方独特の「かぶらずし」(野菜のカブに糀と魚の切り身を挟み、漬込んだもの)等にも用いられ、スルメイカは富山独特の加工品「黒づくり」(イカ墨を混合して漬込んだいかの塩辛)、ホタルイカは桜煮(茹でたもの)、沖漬け(丸ごと醤油漬け)などの特産品に加工・出荷されている。これらの特産品が生み出され、親しまれてきたのは、地先で水揚げされる食材を余すことなく活用するため、創意工夫が重ねられてきた結果なのであろう。


ホタルイカの桜煮

刺身盛合わせ

おわりに

現代では食の流通が発達し、年間を通して様々な食品を購入することが容易になっている。全国各地で食卓にのぼる食品は、場所や季節を限定せずに入手できるものが多くなった。しかし、他の地域よりも常に消費が多い食品には、その地における由来やいきさつがあるに違いなく、富山におけるそれを探るものとして、前号では「こんぶ」、「米」と「清酒」、本号では「ぶり」と「いか」を取り上げた。これらは富山の風土や歴史のなかで、富山県民に親しまれてきた背景がある。家庭の味として生活の基本である食に浸透し、地域独自の食文化へと発展する。習慣や嗜好はその地域で代々受け継がれ、それが根強い消費の傾向となって表れていると考えられるだろう。

なお富山県では、地元でとれた米、魚介、野菜など旬の食材や、伝統的な食文化を活かした栄養バランスの良い「富山型食生活」を県民に実践してもらおうという運動を行っている。受け継がれてきた富山の食事がいかに健康的でバランスのよい理想的なものであったかがうかがえる。家計調査の結果が、富山の食卓にこれらの食文化を継承していくうえでの指標となっていくよう期待したい。

<参考文献>
『富山なぞ食探検』 読売新聞富山支局
『鰤のきた道 越中・飛騨・信州へと続く街道』 松本市立博物館
富山県水産試験場編 『富山湾を科学する』 北日本新聞社
富山県水産試験場編 『富山湾の魚たちは今』 桂書房
井野慎吾 『「富山県のさかな」について〜ブリ(富山湾の王者)〜<第59回全国漁港漁場大会・富山>特集』
富山県統計調査課編 『富山がわかる本』 富山県
北日本新聞社編 『越中ブリ』 北日本新聞社出版部
とやま経済月報
平成21年6月号