特集

高岡/富山県西部の伝統産業再興への処方箋
〜外国人市場の取込に向けた個社戦略と地域力の発揮〜

株式会社日本政策投資銀行 富山事務所 副調査役 吉田 志穂

 


(株)日本政策投資銀行(DBJ)富山事務所は、2020年8月に、(株)富山銀行と共同で「高岡/富山県西部の伝統産業再興への処方箋」と題したレポートを発表した。高岡/富山県西部1)の伝統産業の特徴と問題を概観するとともに、有望分野である外国人市場の取込に向けた個社戦略を整理、今後の方向性を考察している。本稿では以下にその要旨を記すこととしたい。

1) 高岡市、射水市、氷見市、砺波市、小矢部市、南砺市の6市

2) 本稿では、伝統産業の担い手となるメーカーや問屋を「伝産企業」と称している(伝統産業と親和性の高い地場企業も含む)。

1 高岡/富山県西部の伝統産業の特徴と問題


富山県は、日本海側屈指のものづくり県であり、その源流には伝統的な技術・技法の存在が挙げられる。国指定の伝統的工芸品(伝産品)には6品目が選ばれ、その殆どが高岡/富山県西部に集中している。しかしながら、当地でも伝統産業を取り巻く経営状況は厳しく、市場の大幅な縮小を余儀なくされている。最も規模の大きい高岡銅器は、1990年代前半のバブル期までは成長を続けていたが、その後は減少に転じ、直近の販売額はピーク時の3割以下である。鉄器は既に70年代後半より長期低迷を続け、直近でピーク時の4%以下に過ぎない。高岡漆器や井波彫刻も減少が続いている(図表1)。販売地域は国内向けが殆どであり、近年輸出割合が上昇傾向にある高岡銅器・鉄器でも販売額全体の3%程度に留まっており、更なる拡大が望まれている。


図表1 販売額の長期推移

かかる販売低迷を受けて、従業員の減少や高齢化、後継者不足が極めて深刻な問題となっている。実際、高岡銅器・鉄器の鋳造・加工従事者数は減少が続き、直近は販売額のピーク年である90年の4分の1程度に過ぎず、60代以上の割合も近年は約40%台で高止まっている。高岡市の調査では半数以上の加工業者が「自分の代で廃業してもよい」と回答しており、伝統産業の根幹が揺らぐ事態となっている(図表2)。


図表2 後継者に関する意識調査結果

ただし、この10年間をみると、高岡の鋳物メーカー(株)能作が革新的な商品を生みだし大きく成長したことで、若い経営者を中心に、変革にチャレンジしようとする動きがみられるようになった。それら企業の多くが、新たな需要開拓の有望分野として外国人市場の取込に意欲的であり、取り組みを更に展開し高度化させていく必要がある。


2 外国人市場の取込に係る現状整理


外国人市場の取込に向けて意欲的な事業展開を行っている、高岡/富山県西部の伝産企業8社に対し、2020年2月にヒアリングを行い、現在までの成果について状況を把握した。

総じて外国人向けの取り組みは開始したところであり、海外売上高は総売上高の2割に満たない企業が殆どであった。ただし需要は顕在化しており、成長率も高く、今後の事業拡大が見込まれている。


(1)取込目的とターゲット市場

外国人市場を取り込む目的として、国内市場の縮小や競争激化への対応を挙げる企業が多かった。一方、最初から外国人をターゲットにして事業展開する企業もあった。

主なターゲット市場は東アジアや東南アジア、米国、欧州であり、なかでも中国の富裕層が最大かつ最も重要なターゲットとして位置付けられている。加えて、比較的購買力の高い東南アジア(特にシンガポール)に注目している企業も多い。ただし、自社の認知度やブランド価値向上の観点からは、引き続き米国(特にニューヨーク)や欧州(特にロンドン、パリ)で高い評価を得ることを重視しているとみられる。

海外向けは国内での定価に輸出コストが上乗せされるため、現地の富裕層が主なターゲットとなるが、近年はSNSを通じた情報発信や、現代的なデザインの採用等によって、現地の若年層からも関心が寄せられている。

(2)事業展開の状況

外国人市場取込の第一歩が、海外展示会への出展であり、現地市場を肌で感じながら学習する貴重な機会となっている。しかし、たった一回の出展や商談で大きな成功を遂げた企業はなく、数年かけて幾度も挑戦と失敗を繰り返し、結果として取引が実現していた。

外国人市場を取り込む過程で、多くの企業が、現地の代理店を活用している。その際、自社の商品や伝統技に理解を示してくれる先であるほど、プロモーションを積極的に展開する傾向があり、また、現地の代理店は、現地の反応やニーズ情報を自社に伝えてくれる重要な存在でもあることから、多くの企業が、現地の代理店との直接取引や交渉を重視している。

訪日外国人向けの産業観光も、プロモーションの一手段として有望視されている。外国人に日本の伝統技を直に体験してもらい、その場の商品購買に繋げるだけでなく、価値を実感した外国人を媒介して、現地市場における自社の認知度アップ等が期待される。なお、一部企業で越境EC(インターネット販売サイトを通じた国際的な取引)の体制を整えるも、その成果はまだ限られていた。

伝統技を活かした外国人向け商品を新たに開発する場合、自社で収集した現地情報だけでなく、現地の代理店やデザイナー等から把握した顧客ニーズを取り入れたり、代理店と共同開発を行ったりしていた。更に取り組みが進んだ企業では、外国人の生活スタイルや趣味趣向に適した比較的求めやすくシンプルな商品と、伝統的な技法や日本的な用途・デザインにこだわった伝産品の2ラインを展開し、両者を上手く関連付けながら現地での取引拡大、自社の認知度やブランドの価値向上を狙っている。


3 外国人市場の取込を支援する組織からの示唆


当地には伝統産業を支援する官民の組織が比較的多く存在しており、公的機関による海外の販路開拓支援事業としては、例えば、日本貿易振興機構(ジェトロ)富山の「伝統工芸デザイン製品海外販路開拓支援プログラム」がある。2012年6月にジェトロ富山と高岡市が覚書を締結して、取り組みに着手しており、現下、高岡商工会議所、富山県総合デザインセンター等、多くの公的機関とも連携し、欧米アジア等の富裕層市場の取込を目的とした支援プログラムを提供している。

民間企業では、(株)ジェック経営コンサルタントが、伝産企業に対し、海外現地に関する情報提供や、海外進出戦略の策定、販路開拓の支援、商談機会の創出等を行っている。また、2019年5月に民間主導で設立された(一社)富山県西部観光社 水と匠では、県西部独自の地域資源を活用した付加価値の高い観光商品づくりを始め、コロナ禍にあって、当地の食や工芸を扱うオンラインストアを素早く立ち上げ、先々のインバウンド市場の回復に向けて越境ECの準備を開始する等、地域商社の機能を強化している。


こうした支援組織に対し、2020年5月末〜6月末にかけてヒアリングを行った結果、外国人市場の取込において、大きく3つの示唆を得た。まず、@プロモーションについては、対象とする外国人に合わせて伝わる価値を整理して、分かりやすく認識させることが鍵となる。次に、A商品面では、国や地域によってニーズや趣味・趣向は様々であり、ターゲットとする外国人市場の実体に合わせた商品ラインアップや商品開発が、その都度求められる。最後に、B販路については、現地での販路、インバウンド向けの産業観光、越境ECといった複数の販売チャネルを展開し、相乗効果を発揮するように有機的な仕組みを構築することが有効である。


4 まとめ・今後の方向性

以上のヒアリング結果を踏まえて、ここでは外国人市場を積極的に取り込むうえで基本方針となり得る5つのポイントを整理した。

  1. 外国人市場を自ら学ぶ
  2. 自社の提供価値を整理する
  3. 価値を分かりやすく発信する
  4. 現地の共創パートナーを得る
  5. 外国人向け商品を創る

図表3 外国人市場を取り込む5つのポイントの関係

これら5つのポイントは、非線形かつ相互に作用する循環型のサイクルとして繋がっているものと考えられる(図表3)。市場の反応を見ながら、繰り返し学習することで、より効果的で優れた価値の発信と市場の取り組みが図られよう。

加えて、外国人市場の取込戦略が一定の成功を収めれば、海外で獲得した高い評価が内需を誘引するほか、海外でのプロモーションを逆輸入する等、自社の国内事業へプラスの波及効果をもたらす。そうした先進的な企業の意気込みや成功体験が、やがて同じ地域内の他の伝産企業にも伝播し、積極的な事業展開が地域全体に広がることで、産地としての認知度・ブランド力が向上するといった好循環も期待できる。


しかしながら、これまで整理した外国人市場の取込戦略については、当地の伝産企業の多くが構造的問題を抱える中小企業であることを踏まえると、自社単独で戦略を遂行するのは多くの場合、困難である。自社にはない高い専門知識やノウハウ、ネットワーク等が必要であり、国内外・域内外の「共創パートナー」の力を借りて一緒に解決することが望ましい。1社の取り組みを複数の共創パートナーが連携して支援することも想定されよう(図表4)。


図表4 課題解決のための対応策

高岡/富山県西部の伝統産業再興には、個社戦略を補完する、地域力の発揮が必要不可欠である。伝産企業と共創パートナーを適切に結びつけるとともに、伝産品というモノを、国内外・域外の消費市場に結び付ける、いわば「地域の価値づくり商社」としての地域の支援プラットフォーム機能が、今後益々重要になるであろう。



  1. 本稿で示された意見は筆者のものであり、DBJの公式見解ではありません。
  2. 本稿は、レポート「高岡/富山県西部の伝統産業再興への処方箋」を用いて作成しています。詳細はDBJのホームページ(https://www.dbj.jp/topics/investigate/2020/html/20200828_202825.html)をご参照ください。



とやま経済月報
令和3年3月号