韓国におけるコロナ対策とその背景(一財)自治体国際化協会 ソウル事務所所長補佐 (富山県 国際課) 今村 斉生 |
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1 はじめに2020年、世界で猛威を振るっている新型コロナウイルス。世界に目を向けると、強力なロックダウンを行った国、集団免疫の獲得を目指した国、緩やかな制限で感染拡大の抑え込みに成功した国など、各国で対応は様々である。本稿では、早期の封じ込めにより評価されることの多かった韓国の防疫対策の特徴、迅速に支給された緊急災害支援金について紹介したうえで、それを支えた韓国特有の背景を考察する。なお、文中意見に関する部分は、あくまで筆者個人の見解であることを申し添える。 |
2 韓国におけるコロナ現況韓国では2020年1月20日に新型コロナウイルスの最初の感染者が発見されて以降、感染者数は緩やかな増加傾向を見せ、2月下旬、南部の地方都市である大邱(テグ)及びその周辺地域での宗教施設関連集団発生により爆発的に増加した。その後、早期の抑え込みを行い感染者数は減少したものの、5月6日からの「生活防疫」への緩和後、ソウルの繁華街・梨泰院のクラブや京畿道富川市の物流センターなど首都圏において集団感染が発生。また、8月中旬から下旬にかけて宗教施設関連および大規模集会関連など首都圏を中心に全国で感染が拡大、首都圏では「強化された防疫措置(第2.5段階)」に引き上げられ、9月10日現在では感染者数は減少傾向になっているものの、完全な収束までは時間を要するとみられる。 ![]() 図1 新規感染者数の推移(疾病管理本部報道資料をもとに筆者作成)
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3 韓国の防疫対策(1)国内外での評価
韓国のコロナ対応は、特に感染が広がった初期段階において、国内外で高く評価された。コロナが世界的な問題となった3月下旬には、韓国での取り組みが世界的に評価され、文大統領は仏マクロン大統領をはじめ各国首脳と電話で会談したほか、3月26日開催のG20首脳テレビ会議において、新型コロナウイルス克服に向けた国際社会の連携強化と政策協力を提案。 国内では、4月15日に実施された総選挙において政権与党が大勝し、支持を確実なものとした。文大統領は5月10日、就任3年を迎えて行った演説のなかで韓国の感染症対策をKPOPならぬ「K防疫」と呼び、「K防疫が世界の標準になった。韓国の国家としての地位と誇りが高まっている」と語るなど、防疫対策に自信を深めた。 その後も、WHOからの要請により、5月18日のWHO年次総会で文大統領が基調講演を行ったり、疾病管理本部を9月12日付で疾病管理庁に格上げしたり、防疫対策を起点に国内外における存在感、支持を高めようとする動きが続いているi (2)K防疫の特徴ii
韓国の防疫で大きな役割を果たすのが疾病管理本部iiiである。2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)流行後に設立された疾病管理本部は、2015年のMERS(中東呼吸器症候群)で死者39人を出したことを教訓に、法的権限が強化された。 それを背景に、疾病管理本部はコロナ対応において開放性・透明性・民主性の三原則の下、関係省庁および自治体の横断的な体制の整備、国内発生状況(感染経路)や防疫対策の公表など、迅速かつ徹底した対応をとることができた。 韓国のコロナ対応は①検査・確定診断(Test)、②疫学調査・追跡(Trace)、③治療(Treat)という3Tの特徴をもつと言われている。すなわち、「①検査で早期に見つけ、②感染者の動きを捉え他者への感染を予防し、③患者への適切な治療を行う」というモデルである。日本との差が特に大きいと考えられる①、②の概要は以下のとおりである。 ①検査・確定診断:感染者の総数が20人にも達していなかった2月初旬、韓国政府は民間検査会社が開発した検査試薬を承認した。また、「選別診療所」という検査に特化した施設を設置し、ドライブスルー方式やウォークスルー方式といった移動式検査も用意。早期に大量の検査ができるよう体制が整えられた。当初、日本の厚生労働省がドライブスルー方式を導入しない方針を示した際には、韓国の検査方式が日本でも多数報道されていたことと思う。日韓の検査数、陽性者数を比較してみると、9月10日0時現在で、韓国の累積検査数は2,099,591件、累積検査陽性者数21,743人、累積検査陽性者数÷累積検査数は率にして約1.0%。日本の累積検査数は1,662,091件、累積検査陽性者数72,894人、累積検査陽性者数÷累積検査数は約4.4%。韓国は日本に比べ、感染者数に対して多くの検査を実施していることが分かる。 ②疾学調査・追跡:検査により感染者が確認されると、更なる感染を防ぐために感染源を特定する疫学調査が行われるが、韓国ではここに全国民が持つ住民登録番号、携帯電話の位置情報、防犯カメラの記録、クレジットカードの決済情報などが利用された。そして、特定された感染者の動線が自治体HP等で詳細に公開されたiv。また、海外からの入国者には自宅等での2週間の自己隔離を義務付けv、携帯電話の専用アプリを使用して位置情報の管理、健康状態の確認がなされた。 ![]() 図2 ソウル市松坡区HP(ある感染者が立ち寄った地域、場所(病院、カフェ、レストラン等)、日時(分単位)、消毒の有無が掲載されている。)(2020.9.11閲覧)
![]() 図3 携帯電話に届くアラート(近隣の地域で感染者が発生した場合にはアラートがなる。「[西大門区庁]コロナ19の112,113番目の感染者が発生。疫学調査中。詳細は区HP及びブログで公開予定です。」と記載されている。)
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4 緊急災害支援金政府は国民生活の安定と経済回復支援を目的に、緊急災害支援金を支給した。日本における特別定額給付金と類似の内容で、所得・財産に関係なく、韓国のすべての国民(世帯)に支給されたもので、世帯人数に応じて支給額が定められた。本稿では、支援金による効果の評価は行わず、手続き面や支給率を紹介したい。日本において支給が遅れる地域が発生したり、オンライン申請を取りやめる自治体が発生したりしたことと比較するためである。 支給方法は①クレジットカード、②プリペイドカード、③カード型自治体発行商品券の3つを原則にし、世帯員全体が基礎生活保障生計給与(日本の生活保護に相当)受給者である等の場合には、現金での支給も行われたvi。申請方法は、①クレジットカードの場合はカード会社のHPは窓口での申請、②プリペイドカード及び③自治体発行商品券の場合には、各自治体のホームページ又は住民センター等で行われた。 現金支給申請は5月4日から、クレジットカードのオンライン申請は5月11日から、他は5月18日から開始され、行政安全部(日本の総務省に相当)の資料によれば、6月7日24時現在で99.5%の世帯への支給が完了。約1か月の間でほぼ全ての世帯への支給が完了したことになる。また、非現金の支給方法が原則とされたこと、67.4%の世帯がクレジットカードでの支給を選択(13.2%の世帯が現金支給を選択)したことはキャッシュレス社会が進む韓国viiの特徴と言える。 |
5 防疫対策、迅速な災害支援金支給の背景これまでに紹介した防疫対策、災害支援金が迅速に支給されたのにはどういった背景があるのか。筆者は個人情報に関する意識および電子化された行政サービスの定着の二つが大きく作用していると考えている。 (1)個人情報viiiに関する意識
韓国では古くから全国民に住民登録番号(日本のマイナンバーに相当)が付与されている。軍部独裁政権の1960年代、韓国は北朝鮮から送り込まれたスパイを摘発するため韓国人に身分証明証を常時携帯させる議論がなされix、1968年の住民登録法改正により韓国国籍を有するすべての国民に登録が義務付けられたx。韓国特有の背景から住民登録番号が導入された訳だが、早くから住民登録番号が導入されたためか、韓国における個人情報の利用に関しては、日本と違う感覚を覚える。 実体験を紹介したい。ある飲食店に電話で予約した際、予約内容を伝え電話を切った直後、予約内容がカカオトークxiで送られてきた。カカオトークのアカウントを教えていないにも関わらずである。日本では、SNSアカウントを教えていない店舗(人)からの突然の連絡に抵抗を覚える人も少なくないのではないだろうか。筆者も今でこそ慣れ、むしろ便利だと思っているが、最初は正直驚いた。 その他、入居後のトラブル対応を行う不動産会社との連絡のため、ソウル着任後すぐに筆者1人と不動産会社社員10人程度のカカオトークのグループトークが作成されることもあった。これも特に事前連絡はなかった。 全ての事業者が同様の方法をとっている訳ではないが、日本と比較した場合、個人情報利用への抵抗が小さい、或いは、個人情報と考える範囲が小さいのだろう。この韓国特有の意識が、疫学調査時の携帯電話位置情報やクレジットカード決済履歴等の利用xii、詳細な感染者動線の公開などが国民に受け入れられた理由の一つであると考えられる。 ![]() 図4 電話予約した飲食店からのメッセージ(カカオトーク)
(2)電子化された行政サービスの定着
既に広く知られていることであるが、韓国は行政の電子化が進んでいる。国連経済社会局(UNDESA)が2020年7月に発表した「世界電子政府ランキング」では韓国は2位(日本は14位)、過去10年にわたり同ランキングでベスト3から外れたことがない。 韓国では、1995年の国家情報化基本法制定後、IMF危機発生を経て1998年からの金大中政権下で行政の電子化が本格的に進められた。中央集権的な性格の強かった行政体系の特性上、国から地方自治体への委任事務が多く、それらを効率的に運用するため、国レベルで統一的にシステムが構築されたxiii。国主導でシステムが構築されたため、行政システム間の連携、低コストでのシステム運用に繋がっている。 電子化された行政サービスは定着が進む。韓国では、行政機関に対する申請や処分等、特定の行為を要求する行為を「民願」と総称しているのだが、2002年に開始された電子民願サービスは2018年12月現在で約5,000種の民願案内の閲覧、約2,000種の申請等ができる。古いデータにはなるが、安全行政部(現、行政安全部)が2014年に実施した調査では、2013年に民願の全体数に占める電子民願の割合は55.1%と過半数を占めていた。また、行政安全部等が2012年から行う「電子政府サービスの利用実態調査」では電子政府サービスの利用率は2012年に51.2%だったが、2019年は87.6%まで増加している。これら二つの調査は調査対象、調査事項等が異なるため、両調査間の比較検討は適切ではない。しかし、電子化された行政サービスが国民に浸透していることは間違いないだろう。このように既に国民に定着していたことがコロナ禍において情報提供や支援金支給が迅速に行われた背景にあると考える。 |
6 おわりに本稿では、韓国における防疫対策や支援金支給等、評価されている点を中心に紹介したため、日本の対応が見劣りすると感じた方もいるかもしれない。しかし、そこには各国特有の背景がある。それらを事実として整理したうえで転用することが重要だろう。 日本ではデジタル庁の新設、運転免許証のデジタル化、マイナンバーと口座の紐づけなどが議論されている。韓国もコロナ以降の経済回復のため「韓国版ニューディール」を推進し、その主要3軸の1軸「デジタルニューディール」において知能型(AI)政府を掲げ、モバイル身分証導入や知能型公共サービスxivの提供などを予定している。背景を考えると韓国が日本の数歩先を行く展開が続くと考えられる。しかし、悲観することなく、背景・文脈を踏まえた建設的な議論が第一の目的である国民・住民満足度向上に繋がるはずだ。 変化の激しい時代、新型コロナウイルスの影響もあり行政の在り方がより一層問われているが、数年後に振り返った際にこの2020年がサービス向上の契機になったと言えるよう期待するとともに一役割を担っていきたい。 |
<脚注及び参考文献>
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