特集

北陸地域(富山)におけるインバウンド客の意向調査
〜DBJ・JTBF アジア・欧米豪 訪日外国人旅行者の意向調査(2019年度版)より〜

株式会社日本政策投資銀行 富山事務所長 吉田 守一
富山事務所副調査役 吉田 志穂

 


北陸新幹線(長野〜金沢間)が2015年3月14日に開業してから、今年3月で5周年を迎える。これに先だち2019年11月、日本政策投資銀行(DBJ)富山事務所は、県外日本人旅行とインバウンド(訪日外国人旅行)の入込客数増減に基づき、北陸新幹線開業5年目の交流人口変化がもたらす富山への経済波及効果が304億円/年に及ぶとの試算を発表した1)。とりわけ、国内の人口減少が進む中で伸びしろのあるのは、インバウンドである。

1)DBJ富山事務所『北陸新幹線開業5年目の交流人口変化がもたらす富山への経済波及効果』(2019年11月)による。詳細は、DBJのホームページ(https://www.dbj.jp/investigate/area/hokuriku/index.html)をご参照ください。

そこで本稿では、DBJ及び(公財)日本交通公社(JTBF)がアジア・欧米豪の海外旅行経験者を対象に実施したアンケート調査結果を用いて、北陸地域(富山)におけるインバウンド客の意向について分析を行う。その上で、県西部6市での観光誘客に向けた新たな地域連携の動きとして、DMO候補法人「水と匠」の活動にも触れることとする。

1 調査の概要


DBJ及びJTBFは共同で「DBJ・JTBF アジア・欧米豪 訪日外国人旅行者の意向調査」をとりまとめた(2019年10月発表)。本調査は2012年より毎年実施され、8回目を数える。

調査対象者は、アジア・欧米豪12の国・地域2)に住む20〜59歳の男女、かつ、海外旅行経験者である。昨年6〜7月に、インターネットによるアンケートを通じて6,276人から回答を得た。

2)韓国、中国(北京/上海在住者のみ、割合は50:50)、台湾、香港、タイ、シンガポール、マレーシア、インドネシア、アメリカ、オーストラリア、イギリス、フランス

アンケートの設問における観光地の選択肢として、北陸エリアでは「北陸」「金沢」「富山」「立山/黒部」「福井」、計5つを用意した。このうち1つでも選択した場合を「北陸地域」にカウント(以下本稿において同じ)したところ、「北陸地域」を訪問した人は241人となった。また「富山」を訪問した人は96人、「立山/黒部」は86人であった(図表1)。


図表1 回答者属性

(注)北陸5観光地は、観光地を訪問した人(訪問経験者)をそれぞれ集計、訪問経験者順に並べている。


2 訪問経験


日本を訪問した人(訪日経験者)は、回答者全体の4割を占める。アジアでは54%と過半を超えるのに対し、欧米豪では15%と相対的に低い(図表2)。

このうち「北陸地域」を訪問した人は、訪日経験者の9%に相当し、「富山」4%、「立山/黒部」3%となっている。調査国・地域別にみると、「富山」は中国、台湾、香港で割合が高く、中国の7%は北陸5観光地で最も高い。また「立山/黒部」は台湾、香港で割合が高く、台湾の11%は北陸5観光地で最も高い(図表3)。

図表2 訪日経験の有無(回答者全体に占める割合)

図表3 観光地別訪問経験(訪日経験者に占める割合、複数回答)

(注)北陸5観光地以外は、①本調査における訪問経験者が「富山」と同水準の3観光地(訪問経験者の割合順)と②上位3観光地とした(以下本稿において同じ)


3 認知度


「北陸地域」を認知している人は、訪日経験の有無に関わらず回答者全体の23%に相当し、「富山」10%、「立山/黒部」8%である。調査国・地域別にみると、「富山」は香港、中国、台湾の順で割合が高く、中国の24%は北陸5観光地で最も高い。また「立山/黒部」は台湾、香港で割合が高く、台湾の39%、香港32%はいずれも北陸5観光地で最も高い(図表4)。


図表4 観光地別認知度(回答者全体に占める割合、複数回答)

4 訪問意欲


「北陸地域」を訪問したい人は、観光地を1つでも認知している回答者全体の10%に相当し、「富山」3%、「立山/黒部」4%である。調査国・地域別にみると、「富山」は中国、香港、台湾の順で割合が高く、中国の8%は北陸5観光地で最も高い。また「立山/黒部」は台湾、香港で割合が高く、台湾の23%、香港15%はいずれも北陸5観光地で最も高い(図表5)。

「3 認知度」を踏まえると、「北陸地域」を認知している人のうち約4割が実際に訪問したいと回答したことを示しており、「富山」は約3割にとどまるのに対し、「立山/黒部」は台湾や香港での人気が奏功し、約5割と高い水準となっている。


図表5 観光地別訪問意欲(観光地を1つでも認知している回答者に占める割合、複数回答)

5 訪日回数


「北陸地域」を訪問した人の訪日回数は、2回以上の訪日リピーターが8割を占める。特に「金沢」「立山/黒部」「北陸」は、6回以上のコアな訪日リピーターが過半数に達している(図表6)。

こうした傾向は他の地方圏観光地も同様であり、「回数を重ねなければ地方へ足を伸ばさない」という姿がうかがえる。他の地方圏観光地との差別化をはかり、なるべく早い段階で北陸を選んでもらう工夫が求められる。


図表6 観光地別訪問経験における訪日回数内訳

6 旅行形態・滞在日数


「北陸地域」を訪問した人の旅行形態は、「航空券とホテルを個別に手配」が4割を超える。特に「金沢」は6割と割合が高く、旅慣れた人が訪れていると推察できる(図表7)。

「北陸地域」を訪問した人の日本滞在日数は、「4日以上」が9割を超えており、訪日経験者全体よりも長く日本に滞在する傾向がうかがえる(図表8)。


図表7 旅行形態内訳(直近の訪日旅行について回答)

図表8 滞在日数内訳(直近の訪日旅行について回答)

7 現地発着型の体験ツアーへの参加意向


「北陸地域」を訪問したい人が滞在中に利用してみたい現地発着型(現地集合、現地解散型)の体験ツアーは、アジア・欧米豪ともに「日本文化体験・見学」「自然ガイドツアー」の人気が高い。訪日希望者全体と比べて、アジアで「乗車・乗船体験」「手工業体験・見学」、欧米豪で「自然ガイドツアー」「野外活動・見学」が上位に挙がる(図表9)。

当該ツアーに支払ってよい金額3)は、訪日希望者(但しツアー希望者に限る)において、「100米ドル以上」が最も多くを占めた。特に欧米豪では約半数にのぼる(図表10)。

3)前提となる体験ツアーは、「所要時間は半日程度、利用している宿泊施設またはその付近からの往復の送迎、食事1回、ガイドやインストラクターが含まれるもの」としている。

図表9 滞在中に利用してみたい現地発着型の体験ツアー

図表10 支払ってよい金額(訪日希望者のうち当該ツアー希望者)

8 伝統的な工芸・工房体験ツアーへの参加意向


「北陸地域」を訪問したい人のうち、日本の伝統的な工芸や工房をめぐる体験ツアーに参加「したい」「どちらかといえばしたい」と回答した割合は、アジア・欧米豪ともに8割を超えている(図表11)。

当該ツアーに支払ってよい金額は、訪日希望者(但しツアー希望者に限る)において、アジアでは「50米ドル未満」「50-59米ドル未満」が合わせて約4割となり、低価格帯を好む傾向がある。一方、「100米ドル以上」も22%と相応にあり、価格帯は二極化している。欧米豪では「100米ドル以上」が39%と最も多くを占めた(図表12)。


図表11 日本の伝統的な工芸や工房をめぐる体験ツアーの参加意向(「北陸地域」訪問希望者)

図表12 支払ってよい金額(訪日希望者のうち当該ツアー希望者)

「7 現地発着型の体験ツアー」と合わせ、北陸地域が有する日本文化や自然環境が、インバウンド客を惹きつけ、地域にお金を落とすための"稼げるコンテンツ"となり得ることがうかがえる。旅行者視点に立ったツアー企画や情報発信を通じた"商品化"に可能性がありそうだ。

9 おわりに (一社)富山県西部観光社「水と匠」の取り組み


近年、政府の観光政策の後押しもあり、"観光地域づくりの舵取り役"を担う主体として、「日本版DMO」(Destination Management/Marketing Organization)を組織化する動きが、全国各地に広がっている。

富山県でも、既存組織をベースにした2法人に加えて、2019年5月、新たに県西部地区の6市を対象区域とした、民間主導による地域連携DMO候補法人「水と匠」(みずとたくみ)が立ち上がった(図表13)。ここでは水と匠の取り組みについて簡単に触れたい。


図表13 「水と匠」概要

※表をクリックすると大きく表示されます

(出所)公表資料とヒアリングにより当行作成


県西部地区は、豊かな「水」、自然風土と、歴史が育んだ「匠」の技に代表される、奥深い独自の地域資源を数多く有する。然るに、高岡銅器を始め匠の技を用いた伝統産業は年々生産額が減少し、後継者不足の問題に直面している(図表14)。また、外国人延べ宿泊者数の推移をみると、出所が異なるため単純比較は困難だが、富山県全体では2015年から2018年にかけて20.8→30.6万人泊と堅調に伸びているのに対し、県西部地区は同4.1→5.4万人泊と微増にとどまっており、観光サービスや地域ブランディングの整備は待ったなしの状況にある(図表15)。


図表14 高岡伝統産業の生産額の推移

(出所)高岡市「高岡特産産業のうごき」より当行作成


図表15 西部6市の外国人延べ宿泊者数の推移

(注)地方部:三大都市圏(東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県、愛知県、大阪府、京都府、兵庫県)以外の道県のこと

(出所)富山県及び地方部:観光庁「宿泊旅行統計調査」より当行作成
西部6市:ヒアリングより当行作成(射水市はデータ未集計)


そこで、水と匠では、改めて観光を軸に地域資源の魅力と課題を見つめ直し、事業開始にあたり、「土徳」(豊かな自然風土とそこに暮らす人々がもたらすギフト)と「産業観光」という、2つのコンセプトを打ち立てた。

更に、マーケティングに基づき、ターゲット層を大都市圏のクリエイティブクラスターや海外富裕層個人客等に設定した。これは、県西部地区が、「観光地」よりも「ものづくり、デザイン、伝統産業」での認知が高いことから、まずはニッチな層に対象を絞り込み、そこから訴求し拡げていく狙いがある。


手始めに昨秋、当地の文化・歴史・ものづくりに興味のある中国富裕層向けに、産業観光ツアーを企画。高岡伝統産業の工房見学や職人との交流、紹介制レストランでの地元食材を用いた食事等の体験を提供し、高い顧客満足と高額の工芸品購買につながったという。

本稿でも、インバウンド客は「8 伝統的な工芸・工房体験ツアー」への参加意向が非常に強く、100米ドル以上の高価格帯を許容する回答も一定割合存在する、という結果が得られた(図表12)。水と匠の観光商品は、本物志向の、主に高価格帯のニーズに応えるものと位置付けられよう。


今後も、砺波・散居村の象徴たるアズマダチ(切妻屋根の伝統的な母屋)の空き家等を再生した宿泊・飲食事業や、1、2ヶ月かけて伝統ものづくりや地元食材の本質を知る長期滞在型観光「クリエイターインレジデンス」等、地域の観光資源(図表16)を深掘りした様々な展開を予定している。

事業は緒についたばかりだが、地域一丸となって観光で稼ぐ力を高める上で、担う役割は大きい。6市や70法人以上の多種多様な会員との協力関係(図表17)を基盤として、民間ならではの経営感覚やスピード&柔軟性により、特色あるDMOプラットフォームへと発展することを期待したい。


図表16 西部6市の主な観光資源

(写真提供)アズマダチ:(一社)富山県西部観光社 水と匠、 高岡銅器・井波彫刻:(公社)とやま観光推進機構


図表17 「水と匠」連携図

※表をクリックすると大きく表示されます

(出所)ヒアリングを元に当行作成



1.本稿で示された意見等は筆者のものであり、DBJの公式見解ではありません。

2.本稿は、レポート『DBJ・JTBF アジア・欧米豪 訪日外国人旅行者の意向調査(2019年度版)』を用いて作成しています。詳細はDBJのホームページ(https://www.dbj.jp/investigate/etc/index.html)をご参照ください。

3.出所の記載がない図表は、レポート『北陸地域におけるインバウンド客の意向調査』によるものです。詳細はDBJのホームページ(https://www.dbj.jp/investigate/area/hokuriku/index.html)をご参照ください。




とやま経済月報
令和2年3月号