特集

遼寧省事情〜東北振興と外資誘致〜

富山県国際課 中国遼寧省派遣職員 森 麻衣子

 

1 はじめに


筆者が一年間滞在した遼寧省の瀋陽は、中国東北部の中心都市です。遼寧省は日本企業が多数立地していることや、ハイテク産業分野での発展を推し進めていることから、今後日本企業が遼寧省に進出する機会が増加すると考えられます。以下では、現在の遼寧省を取り巻く振興事業と外国企業誘致について述べたいと思います。

2 遼寧省・瀋陽について


中国東北地方の遼寧省、吉林省、黒竜江省を合わせて東北三省と称されますが、遼寧省は東北三省で最も人口が多く4000万人を超え、省都の瀋陽市だけでも800万人以上が居住しています。瀋陽市は東北地方の玄関口・大連から新幹線で約2時間内陸に入った場所に位置しており、北京へも4時間ほどで移動することができます。気候は大陸性モンスーン気候に属し、年較差が大きく冬場は氷点下20度近くになることもあります。また、かつて清朝の都だったため満族の文化が色濃く残っています。瀋陽は文化、経済、商業において東北地方を牽引する存在です。

3 遼寧省の東北振興と外資誘致について


瀋陽に滞在中、市で一番の繁華街「中街」までよく足を運びました。中街の大通りには、ブランド品店や家電量販店などが立ち並ぶほか、スターバックスやマクドナルドが至る所で見受けられました。また、日系レストランも何店舗かあり、食事時ににぎわっている様子からすると現地の人に受け入れられているようでした。その一方で、ほとんど人が入っていなかったり、すでに撤退していたりといった外資系店舗も見受けられました。

現地の知人からは、東北地方は外資の定着が容易ではないという話を聞いたことがあります。現在、遼寧省における外資誘致はどのような状況にあり、どのような課題があるのでしょうか。


(1)遼寧省の地理と優位性

遼寧省は南を渤海と黄海に接し、東を北朝鮮に接しています。遼寧省の行政区画は14個に分けられ、省都は先ほど述べたように内陸の瀋陽市に置かれています。瀋陽市は高速鉄道や在来線が密集する交通の枢軸で、遼東半島の南端には瀋陽市に次ぐ規模の大連市が位置しています。大連は歴史的な経緯から日本とも関わりが深く、日系企業が多数進出しています。大連にはアジア有数の不凍港があり、遼寧省に東アジアの玄関口としての経済的な優位性を与えています。

画像:日本と遼寧省の位置関係
出所:富山県ホームページ

(2)遼寧省の経済・外資利用の現状

東北三省はかつて豊富な鉱物資源を生かした重工業を中心に建設が進められていましたが、機械の老朽化などによって次第に経営が立ち行かなくなり、慢性的な赤字を出す企業が増えました。赤字を出しながらもかろうじて倒産を免れている国営企業を「ゾンビ企業」と呼ぶこともありました。そのような状態では、企業が経営を続けていても潜在的な失業者を多数抱えていることになります。

国営企業の経営難に伴う東北地方の経済低迷に中国政府は危機感を持ち、2003年に「東北振興」の名のもと経済改革が計画されました。それ以降も、政府主導で様々な振興施策が実施され、低迷していた東北三省の経済は全国平均を上回る成長率を出すまでに回復しました。しかし、その後改革の波に乗り切れないことなどが原因で経済成長が伸び悩み、2016年に遼寧省は全国で唯一のマイナス成長となりましたが、2016年以降は困難な時期を脱出して、現在までプラス成長で推移しています。2019年第一四半期には、GDPが前期比6.1%と高い成長率になりました。

表1:遼寧省産業別GDP成長率の推移(%)
  2016 2017 2018
全体 △2.5 4.2 5.7
第一次産業 △4.6 3.6 3.1
第二次産業 △7.9 3.2 7.4
第三次産業 2.4 5.0 4.8
出所:遼寧省統計局

表2を見ると、外資利用額(※)についてもGDPと同様2016年に一旦落ち込みましたが、それ以降は回復していることが分かります。産業別では、特に第二次産業において外資利用が進んでいることがうかがえます。

表2:遼寧省外資利用額の推移(億ドル)
  2016 2017 2018
全体 29.9 53.4 49.0
第一次産業 0.02 0.3 0.1
第二次産業 10.3 30.9 33.9
第三次産業 19.7 22.2 15.0
出所:遼寧省統計局

※外資利用:外国から貨幣資金(外国資本の借り入れ、海外投資の吸収、海外経済援助の受け入れなど)と物資、技術、特許などの海外資本を利用して、自国の資金、設備不足の困難を解決したり、資金の調節を行ったりして、自国経済を発展させることを意味する。

(3)外資誘致に向けた課題

中国東北地方の産業は先に述べたように、これまで重工業を頼りに発展してきたことや国有企業のしがらみなど古い体質が足かせとなり、外国企業が進出しづらい風土がありました。そのため、ハイテク産業が発達している中国南部とは外資系企業の立地数や発展のレベルに差が生じていました。

2016年、中国政府は東北地方の振興に関する第13次5カ年計画(2016〜20年)を発表し、国有企業が民間企業の一部参入を認め、民間企業の資本を受け入れる「混合所有制改革」を打ち出しました。「混合所有制改革」は画期的な改革に思われましたが、保守的な国有企業の体質を変容させるためにどれほどの効果を持つのかは疑問が残っています。一方、2018年9月に瀋陽で開催された東北座談会では、国有企業の改革が必要とはされましたが、東北地方にとって国有企業はなくてはならないものということが改めて明言されました。現在東北地方で産業転換が図られているところですが、国有企業と民間企業がどちらかを圧迫するのではなくお互いに共存していける体制づくりを考えなければならないでしょう。

また、米中貿易摩擦が長期化するなか、中国に進出している外国企業がアメリカとの取引が立ち行かなくなることを危惧して、ベトナムなど周辺国に資本を移管する動きが出ています。外国企業を引き留めるため、中国政府は外資の規制緩和を決定しており、遼寧省でも外国企業がどのような動きをするか注視する必要があります。

(4)中央と地方の東北振興と外資誘致策

中国政府は2016年から第13次5カ年計画において、ハイテク産業の生産額が経済に占める割合を10%から13.3%に引き上げるとともに、現代サービス業の生産額が経済に占める割合を44.7%から47.4%に引き上げる数値目標を掲げました。国主導で、旧産業体制を新しい産業に転換しようという動きといえます。

2018年5月には、遼寧省政府も「新局面開放の構築を加速し、全面開放による全面振興の牽引に関する意見 」(遼委発[2018]20号)を発表し、2022年までにハイテク産業と現代サービス業を中心に、150億ドルの外資誘致を実現させることとしました。この意見のなかで、ハイテク産業と現代サービス業の新規進出企業のうち一定の条件を満たせば最大1000万元の奨励金を支給することを明記し、外資誘致に具体的な金額を盛り込みました。また、新しい分野で外資参入を開放することを決定し、今まで実質的に民間企業しか参入できなかった国有企業改革にも外資が参入できるとされました。

遼寧省は東北振興の一環として、一帯一路の構成国である北東アジア諸国との連携を図っており、特に日本に対してハイテク産業など幅広い分野での協力を呼びかけています。遼寧省が日本を重視している理由としては、一帯一路構想を実現するために不可欠な存在であることと、貿易や直接投資における割合が大きいことが挙げられます。

また、遼寧省では外資系企業に対して様々な優遇措置がある大連経済技術開発区のほかに遼寧自由貿易試験区など多様な開発区を設置し、外資誘致の基盤づくりを整えています。

(5)今後の展望

こうした外資誘致策もあって、大手外国企業による遼寧省への投資が次第に拡大し始めています。昨年には大手外資系企業による遼寧省への大規模投資が決まり、今年に入ってからも日本企業による大連市への投資が新たに発表されました。また、日系大手コンビニチェーンが日系企業としてはじめて瀋陽に店舗をオープンし、瀋陽在住の日本人にとって嬉しいニュースとなりました。

遼寧省は日本と地理的に海を挟んで向かい合っており、経済交流も活発に行われています。IT産業など先進分野においては、上海や深センなど中国南部の都市に関心が集まりがちですが、現在国家主導でハイテク産業と現代サービス業の推進が図られるなかで、今後、遼寧省においてもハードからソフト重視の産業体制へ比重が移行していくと考えられます。遼寧省のハイテク産業等が引き続き発展していけば、日本企業もより遼寧省に進出しやすくなるのではないでしょうか。また、中国東北地方は高齢化が比較的進んでいる地域であり、介護や医療の分野でも日本の技術が求められているほか、省エネルギー・環境保護など多様な分野で協力機会が生まれています。現在遼寧省は日本からの企業誘致に積極的であり、日本企業と意向が一致すれば大きなチャンスとなるでしょう。

ただ、外国企業が多く進出すれば、地方税の増収などによって周辺地域に良い影響を与える一方、地元の経済・物流をゆがめてしまうなど悪影響を及ぼす場合もあります。そのような視点も考慮されながら今後外資誘致が進められていくものと考えられます。

4 あとがき

遼寧省は元来、強固な工業基盤と、東アジアに開かれた地理的な優位性を有しています。経済成長が一時低迷した時期もありましたが、今後、中長期的に産業転換に向けた取組みが進められるなかで民間や外資の新しい風が吹き込み、より一層経済発展していくと考えられます。

筆者は瀋陽に一年間滞在しましたが、中国は奥深く一年住んでも知り得たことはほんの一部にすぎません。歴史、経済、自然とあらゆることがダイナミックな中国は、知れば知るほど魅力が増す不思議な力を持っています。日中関係が改善し、現在日中交流のイベントも多く行われているところですが、依然として中国について知られていないことは数多くあります。日本と中国が文化の違いを乗り越えて協力し合うことで大きな経済的相乗効果が生まれるでしょう。より多くの人が中国および遼寧省について興味を持ってくれることを期待します。

※富山県と遼寧省は1984年に友好県省を結び、今年2019年に35周年を迎えました。昨今の日中交流の進展に伴い、富山県と遼寧省の交流も経済を含めて多分野に広がっています。

参考文献:

①『中国情報ハンドブック[2018年版]』蒼蒼社、2018年

②ジェトロホームページ(https://www.jetro.go.jp/

③新華網ホームページ(http://jp.xinhuanet.com/

④佐野淳也「再生に向かう中国・東北地域─日本企業の事業展開先として」
日本総研ホームページ、2019年(https://www.jri.co.jp/page.jsp?id=34942




とやま経済月報
令和元年11月号