特集

「日本から一番近いヨーロッパ ウラジオストク」

富山県国際課 ロシア沿海地方派遣職員 柏島輝佳

1 はじめに


私はロシア極東地方に位置するウラジオストク市に、平成30年4月から1年間の予定で滞在している県職員です。滞在中は極東連邦大学でロシア語の語学研修をしながら、県との友好交流事業に関わる業務をしています。

富山県とロシア沿海地方は1992年に友好提携を締結し、昨年2017年には友好提携25周年の節目を迎えました。富山県と沿海地方政府の間では県職員の派遣や留学生・研修員の受入等の人的交流をはじめ、文化、経済、環境、スポーツなど幅広い分野で交流が行われています。

2 ウラジオストクと日本


ウラジオストクは1860年に旧ロシア政府により市としての建設が始められました。当時すでに日本との間では日露和親条約が締結されており、長崎、下田、函館の3港でロシア船が頻繁に行き来していました。この頃から日本人はウラジオストクにも渡航するようになり、1919年には約6000人の日本人が在留していたという記録があります。その後ロシア革命が起き、国の情勢が不安定になったため多くの日本人が帰国、ソ連崩壊後の1990年代までは外国人が入国できなくなっていました。

現在では成田空港から飛行機を使って2時間ほどでウラジオストクに行くことができます。街並みはヨーロッパ風の建物が多く、日本から一番近いヨーロッパとも言われています。2017年8月からは電子ビザがネットで申請できるようになったため日本からの旅行者も多く見かけます。

このように歴史的にも日本人が多く在留していた過去があり、日本から約940キロと距離的に近いこともあってか、ウラジオストク市内には多くの日本の文化が根付いています。そこで本稿ではウラジオストクをより身近に感じてもらえるよう、ウラジオストクと日本との関係やウラジオストクでの日本文化の捉えられ方について紹介していきたいと思います。

3 日本とゆかりのある場所・記念碑


ウラジオストク市内には日本とゆかりのある場所が多く残っており、そこには記念碑や銅像が建てられ、場所によっては日本語の説明書きもされている所もあります。ここではその中からいくつかを紹介したいと思います。


●ロシアにおける柔道発祥の地

プーチン大統領が柔道の愛好家であることは広く知られており、ウラジオストクでも柔道をしている人は多くいます。極東連邦大学にもトレーニングセンターや体育館と並んで柔道道場があり、週に3日ほど稽古の日がありロシア人の学生が道着を着て稽古しています。

ここウラジオストクはロシアにおける柔道発祥の地です。1914年に在留日本人とロシア人の交流ツールとして柔道が広まり、その際に道場として使用されていた建物は今でもウラジオストク市内に残っています。

ロシアにおける柔道創始者はワシーリー・オシチェプコフというサハリン出身のロシア人で、ウラジオストクに初の柔道学校を開きました。オシチェプコフは日本の柔道創始者・嘉納治五郎の下で柔道を学んでおり、市内の海岸通りにはオシチェプコフと嘉納治五郎の銅像が立っています。この銅像は日露間で初の柔道国際大会が開かれた場所に建てられています。

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(写真1:オシチェプコフと嘉納治五郎の像)

●与謝野晶子記念碑

日本で有名な詩人与謝野晶子はウラジオストクを訪ねています。与謝野晶子の夫与謝野鉄幹は1911年にパリに渡っており、その一年後に夫を追ってパリに行く際にウラジオストクからシベリア鉄道に乗り込んだと言われています。1994年、京都の与謝野晶子を研究するグループによって記念碑が建てられました。詩の刻まれた銅版が盗難にあいましたが、現在は修復されており、そこには与謝野晶子がシベリア鉄道に乗り込む際に詠んだ「旅に立つ」の歌が書かれています。

上記の他にも二葉亭四迷がウラジオストクに滞在していた際、読書会を開いていた建物(現ウラジオストク市博物館)や、当時の故郷から遠く離れて生活する日本人在留者にとって癒しの場であり啓蒙・交流の場でもあった浦潮本願寺の跡地にも記念碑が建っています。市内中心部には今回紹介した場所の他にも様々な日本ゆかりの地があるので、ウラジオストクを訪問された際は是非散策してみてください。

4 日本車の普及について


ウラジオストクにはモスクワやサンクトペテルブルクとは違い地下鉄がありません。バスも時刻表はなく、バス停に行って目的地まで行くバスが来るまで待たなければなりません。そのためかウラジオストクは自家用車がとても多く、交通量も大変多いです。このような車社会のウラジオストクでは日本から輸入された中古車が人気で、通りを走っている車や駐車中の車を見てみると、日本のメーカーの車がとても多いことに気が付きます。

ロシアではスマートフォンのアプリでタクシーを簡単に呼ぶことができます。自分がいる場所と目的地を地図で指定すれば、自動的に近くのタクシードライバーに連絡が行き、自分のいる場所まで迎えに来てくれます。日本と違い比較的簡単にタクシー運転手として働くことができ、昼間は会社で働き、夜は自分の車を使ってタクシーの運転手をアルバイト感覚でする人も多いようです。ウラジオストクでは日本よりもタクシーの運賃が安く、ウラジオストク空港から市内までの約50キロの距離でも2000円以下で乗ることができます。アプリで手軽にタクシーを呼べ、運賃も安いため私もこちらでたびたびタクシーを利用していますが、ここでも日本車、特にプリウスが多く利用されています。

富山の伏木港からも多くの日本車が輸出されており、中古車のマーケットとしてウラジオストクは注目されています。しかし最近ロシアでは自動車販売に関する新規制が導入され、車の位置情報を通報できる機器を搭載することが義務づけられました。輸入車に当機器を取り付ける手順等が不明確のまま規制が施行されたため、輸入車の販売が困難な傾向にあります。とはいっても現地の人の声を聞く限りは日本車の人気はまだまだ根強く、今後は新規制にどのように対応して中古車を効率的に販売するかが課題となっています。


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(写真2:ウラジオストクは路上駐車が多い。並んでいる車は日本車ばかり)

5 日本語学習者


ウラジオストクでは、当然ですがロシア語が話されています。若い世代の方は英語も話せる方が多いですが、ロシア語だけという方がほとんどです。そのような中でも日本語の勉強をしているロシア人は一定数おり、ウラジオストクでは他のロシアの地域と比べても日本語学習者が多い傾向があります。

私がロシア語を学んでいる極東連邦大学にも日本語学科があり、ロシア人の学生が日本人講師の下で日本語の学習をしています。一度3年生の授業を見学した際には、学生が日本の偉人を一人選び、その偉人についてのプレゼンを日本語で行うという内容でした。日本語を大学から勉強し始めた学生が多かったのですが、みなさん大変流暢に日本語を話しており驚きました。3年生にもなると9月に日本へ留学に行く学生もおり、意欲の高さが窺えます。

大学外でも日本語学習の場があり、毎週金曜日には「日本語会話クラブ」が市内で開かれています。そこには極東連邦大学の日本語学科の学生だけでなく、日本語に興味を持っている他学部の学生や、日本語を話したいと思っている極東連邦大学以外の大学の学生や社会人の方たちも参加し、日本人学生とロシア語と日本語を交えて交流しています。

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(写真3:授業風景。プレゼンの後、質疑応答や講師からの総評がある。もちろん日本語。)

6 日本料理店の進出


ウラジオストクには日本料理店が何店か進出しています。お寿司はウラジオストクでも人気の料理の一つで、日本のような握り寿司を提供するお店もあります。とはいってもウラジオストクのロシア人の方たちに人気があるのはやはりカリフォルニアロールなどの"欧米スシ"で、市内のお寿司チェーン店の内装も日本を意識して作っているようですが、日本とはまったく違った趣があります。

また、ウラジオストクには日本の居酒屋もあります。北海道のチェーン店がウラジオストクにも出店しており、ここでは本格的な日本の居酒屋メニューを食べることができます。揚げ出し豆腐や鍋、さらには〆のご飯も食べることができ、日本の味が恋しくなった日本人出張者の方たちのオアシスとなっています。本年9月に開催された東方経済フォーラムに日本からは安倍首相が訪露されましたが、その際にこのお店で食事されました。

もう一つ、日本人出張者が足しげく通っている場所としてラーメン屋があります。ここでは日本の製麺所で作られた麺を日本から取り寄せ、スープも日本のオーナーが時々味の確認しているため本格的な"日本のラーメン"が楽しめます。店員さんも「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」と日本語で元気よく接客してくれます。

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(写真4:ウラジオストクの日本料理店。
写真奥の寿司セットのメニュー表記はなぜか"Toyama"になっていました。)

7 日本の漫画


近年、日本の漫画・アニメはクールジャパンと呼ばれ世界中で人気を博していますが、ここウラジオストクでもとても人気があります。欧米の作品は"コミック"と呼ばれていますが、日本の作品はそれとは別に"マンガ"と呼ばれており、その人気具合が伺えます。私の周りでは日本の漫画・アニメを見て日本語を学び始めたという人もいるほどです。市内のコミック本を専門的に扱う本屋では、ロシアや欧米のコミックスの他に日本の漫画コーナーも設けられています。インターネットや動画サイトで日本のアニメを熱心に見ている人が多く、バスや電車の移動中にも携帯でアニメを見ている人もよく見かけます。

ウラジオストクでは漫画は読まれているだけでなく、コスプレとしても楽しまれており、毎年コスプレショーが開催されています。参加者の皆さんはそれぞれ好きなキャラクターの衣装を自作してコスプレしており、とてもきれいで見ていて楽しめます。ショーはコンサートホールを3日間貸し切って開催され、スクリーンを使用した出し物やダンスの時間もあり、大きな盛り上がりを見せています。

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(写真5:ロシア人のコスプレ。ロシア人は彫が深くスタイルもいいので
コスプレがよく似合う。)

8 終わりに


ウラジオストクでは2015年から毎年9月に東方経済フォーラムが行われ、各国の首脳たちが集まり国際会議が開かれ、ウラジオストク市の知名度も世界的に高まっていると感じています。日本においては電子ビザの導入により、旅先の候補の一つとしてもウラジオストクへの注目が集まっており、2018年12月には北海道−ウラジオストク間の定期便が新千歳から就航予定です。富山でも本年7月にチャーター便が運航され、多くの方がウラジオストクへ訪問されました。今後さらなる発展が見込まれる沿海地方と富山県がさらに友好を深め、多くの方がウラジオストクをはじめとした沿海地方に訪問されることを期待しています。



とやま経済月報
平成30年11月号