特集

アートでつむぐ地域活性化
〜 富山県が選ばれ続けるために 〜

株式会社日本政策投資銀行 前富山事務所長 鵜殿 裕
富山事務所 副調査役 吉田 志穂

 


トリエンナーレ(triennale)と呼ばれる3年に1度開催される国際美術展覧会が、全国各地で実施されている。特に、2000年から始まった「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」の成功は、地域活性化の観点からも、大きな注目を集めている。

富山県では、3月25日に新しい富山県美術館が一部オープンし、8月26日に全館開館予定である。新しい美術館では、「見る」だけではなく、「創る」「学ぶ」「遊ぶ」「楽しむ」「発表する」などを充実させ、より多くの人がアートを体感できる場となることが期待されている。

本稿では、アートが観光を含む地域産業に与える影響を検証するとともに、富山県美術館の大いなる可能性について、考察することとしたい。

1 富山県におけるアートの位置づけ


文部科学省が3年ごとに実施している「社会教育調査」(博物館調査)によれば、富山県の美術博物館(相当施設・類似施設を含む)は112施設(平成27年10月1日現在)設置されている。人口100万人当たりに換算すると、長野県(52施設)、石川県(29施設)に次ぐ全国第3位の26施設となっており、本県における美術(アート)への関心の高さを示している。

図表1 人口100万人当たりの美術博物館数(相当施設・類似施設を含む)

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では、産業的な観点からはどうか。

地域産業におけるアートの位置づけを定量的に把握することは難しいが、ここでは「創造的産業(Creative Industries)」の集積状況を把握することとした。

創造的産業の定義であるが、英国政府は「個人の創造性や技術、才能に起源を持ち、知的財産の創造と市場開発を通して財と雇用を生み出す可能性を有する産業群」としており、これにならって経済センサス調査から該当業種を抽出し、全産業における事業所数、従業員数の割合を試算した。

図表2 創造的産業の集積状況
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一般に富山県は「ものづくり県」として認識されているが、創造的産業についても、全事業所に占める割合が3.25%と、東京都を除く全国平均とほぼ同程度であり、一定の集積があることを示している。

更に、統計の制約から、地域における創造的産業の把握には限界があることに留意する必要がある。例えば、製造業の研究開発部門は典型的な創造的産業と目されるが、業種として独立しておらず、今回の試算の対象には含まれていない。従って、「超」技術を掲げる株式会社スギノマシンなど技術開発型メーカーの存在を十分には反映することが出来ていない。また、高岡市の鋳物メーカーで技術と素材を最大限に生かすデザインを探求している株式会社能作のほか、医薬品向けを中心にデザインを駆使するパッケージ産業の存在も含まれておらず、これらを勘案すれば、本県における創造的産業の裾野は試算以上に広いものと考えられる。

2 地域への波及効果

これまでの富山県立近代美術館は、価値の高いコレクションを有しているものの、駅からの距離などの関係から、年間の観覧者数は伸び悩んでいたところであり、1981年の開館から35年を経た2016年の9月28日に、累計観覧者数が300万人に達したところである。

一方で、新しい富山県美術館は富岩運河環水公園に設立されている。

その富岩運河環水公園は、現状でも140万人近くにのぼる北陸第5位の入込客数を誇るだけでなく、世界一美しいとも評されるスターバックス店(第29回都市公園コンクールで最高賞である国土交通大臣賞を受賞)があるなど、トリップアドバイザーでも4.5(2017年4月10日現在)と高い評価を得ている施設である。

図表3 北陸の主な観光地における入込客数
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一概に比較することは出来ないが、富山県美術館は既に一定の評価と入込客数が存在する施設エリアに設立されていることから、美術館そのものの魅力とも相まって、富山県における高い誘因力が期待されるところである。


実際、これまでのトリエンナーレは地域において高い経済効果を示しており、富山県美術館を契機とした当地のアート振興が地域に与える効果は大きなものになると考えられる。

図表4 主要トリエンナーレの経済効果等

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加えて、図表5のとおり、富山市内だけでも数多くの美術館・博物館等が集積している。

こうした市内の美術館・博物館等と連携し、来訪者の回遊性・周遊性を高める仕組みを講じることは、アートを中心に地域全体がより魅力あるものとなることが期待できる。


富山県美術館そのものの魅力を高めることは当然であるが、同美術館を軸に来訪者への周知を図ることも重要である。富山県美術館を経験することで他の美術館・博物館への興味が生じ、来訪者がより深い満足感を得る。その結果として、滞在時間の長期化、リピーターの確保などが実現し、その経済的な効果も大きくなるものと考えられる。

図表5 富山市内の美術館等
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3 観光におけるアートの役割


観光を語る際によく言われる「今だけ、ここだけ、あなただけ」といったフレーズと同様、マーケティングの世界では「機能的価値」「情緒的価値」「自己実現価値」といったワードがよく使われている。

また、フィリップ・コトラーによれば、マーケティングは、製品中心主義(Mind)、消費者志向(Heart)、価値主導(Spirit)、自己実現(Self-Actualization)へと変化していると指摘されている。


当然ながら、商品やサービスの価値はユーザーが決める。そして、ユーザーは、機能的価値よりも情緒的価値に、更には自己実現価値に、より大きな価値を見出しており、特に情緒的価値の差別化を図るために、デザインやアートは大きな役割を果たしている。


観光においても、その価値を決めるのはユーザーであることに変わりはなく、情緒的価値や自己実現価値の差別化は重要であり、そのためにアートが果たす役割は大きいものと考えられる。

4 富山県が選ばれ続けるために


富山県美術館は、有力な観光資源の一つとしてだけではなく、アートやデザインの活用による本県ものづくり産業の高付加価値化、創造的産業の醸成、それらによる生産性向上への寄与などといった多方面での貢献も期待できるところである。

ただ、ここでは、これまでの議論を踏まえ、富山県美術館が本県のシンボルとなるために必要な仕組みを考察したい。

① 集中的なPR

本県には誇るべき資源が多数存在する。ただ、それぞれ個別に周知を図ろうとすると、結果的に全体としての周知も弱くなる。折角の富山県美術館であり、まずは同美術館を徹底的にPRする必要がある。

② 周辺施設との連携

市内のみならず県内には魅力がある美術館・博物館等が数多く存在していることから、これらと連携することで、来訪者が感じる地域の魅力が深まるであろう。そのためには、運営主体が異なるため調整が必要であろうが、周遊チケットの販売など、来訪者が回遊するためのきっかけづくりが不可欠である。

③ 住民との連携

どんなに優れた観光施設を有していても住民が満足していない地域は観光地として成立しない。富山県美術館も、まずは地域の住民から愛され、満足される施設になることが重要である。

新しい富山県美術館は、そのコンセプトからも来訪者に対し、単に機能的価値だけではなく、情緒的価値・自己実現価値を提供することが想定されている。そしてそれは、周辺施設との連携とも相まって、地域の魅力創造に大きな役割を果たす可能性を秘めている。

そのための条件が整えられ、そしてその可能性が十分に発揮されて、本県の新しいシンボルとなることが期待されている。

とやま経済月報
平成29年5月号