特集

県民経済計算からみた経済活動の集中度1

富山大学 経済学部 教授 中村 和之

1 はじめに


県民経済計算は地域の経済活動を俯瞰するために有用な統計である。私たちは日々の暮らしの中で景気の良し悪しを実感しているが、自身の周囲に限定されがちである。また、過去と比べて現在はどうなのか、他の地域と比較して富山県の経済活動はどうなのか、といった点については、統計を通じて知る他ない。県民経済計算は国連の国民経済計算体系にしたがって作成されており、他県との比較も可能である。また、体系の改訂や基準年の変更もあるが、基礎となる概念は一貫しており、過去と現在を比較したり、将来への展望を得ることも可能である。

現在、国全体の人口が減少する中で地域経済の持続可能性を担保するために、地方創生に向けた取り組みが進んでいる。背景には首都圏をはじめとする大都市圏への経済活動の集中がある。本稿では県民経済計算から見た集中度の実態を考える。

2 県内総生産でみた集中度


図1 集中度曲線とジニ係数
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経済活動の集中度を考えるには比較対象となる各地域の規模を与えねばならない。以下では各都道府県の人口規模と比較した集中度を考える。

まず、県民経済計算の核となる計数である県内総生産でみた集中度に注目する。集中度を視覚的にとらえるために集中度曲線を描く。集中度曲線とは、都道府県を(県内総生産÷人口)の値が高い順に並べて、横軸に人口累積比をとり、縦軸に県内総生産累積比をとって図1のように描いたものである。すべての都道府県の県内総生産が人口規模に比例しているならば、集中度曲線は45度線と一致する。人口の分布と比較して県内総生産の集中度が高いほど集中度曲線は上方に膨らむ。集中度を端的に表す指標としてジニ係数を用いる。ジニ係数は集中度曲線と45度線に挟まれた部分の面積を2倍した値である2

図2 県内総生産の集中度曲線(平成25年度)
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注:ジニ係数=0.136
資料:内閣府『県民経済計算』に基づき作成。

図2は、平成25年度における県内総生産の集中度を描いたものである3。これを見れば集中度曲線は上方に張り出しており、人口の分布以上に経済活動が集中していることがわかる。端的に言えば、人口の20%が居住している地域に経済活動の30%が集中している4

図2に示されている通り、ジニ係数は0.136であったが、この値だけから集中の程度を判断することは難しい。そこで、県内総生産のジニ係数の推移を示したものが図3である。ただし、県民経済計算は国民経済計算体系の改訂や、計数を推計する際の基準年の変更に伴い計数が更新される。不連続な折れ線グラフが並んでいるのはそのためであり、異なる系列における年度間比較は注意を要する。

図3 ジニ係数(県内総生産)の推移

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図

資料:内閣府『県民経済計算』に基づき作成。

集中度は高度経済成長期を通じて傾向的に低下している。これは産業構造の変化と農村部から都市部への労働移動によるところが大きい。 1970年代後半を通じて大きな変化はなかったが、1980年代に入ると緩やかな上昇がみられる。その後、バブル崩壊後に低下し、2003年から3年間程度はやや高い水準で推移したがその後再び低下し、近年は過去と比較して比較的低い水準にある。

図4 県内就業者の集中度曲線(平成25年度)
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注:ジニ係数=0.081
資料:内閣府『県民経済計算』に基づき作成。

このような経済活動の集中をもたらす要因には、労働人口の偏りと生産技術の差異が考えられる。県民経済計算では労働力を県民雇用者と県内就業者というふたつの概念で捉えている。県民雇用者とは就業地は問わず当該都道府県内に居住している雇用者を指す。県内就業者とはその居住地は問わず当該都道府県内で働く人々を言う。

県内就業者の集中度が図4で示されている。図5は横軸に各都道府県の人口に対する県民雇用者の比率をとり縦軸に人口に対する県内就業者の比をとって散布図を描いている。就業者と雇用者では定義が異なるので定量的な比較はできないが、東京都は神奈川県や千葉県、埼玉県から多くの労働力を受け入れており、図4で示される県内就業者数の偏りが観察されると考えられる。

図5 県内就業者と県民雇用者の関係
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注:は富山県。図中の実線は県民雇用者総計に対する
県内就業者総計の比(≒1.14)を傾きとして原点を通る直線を表す。
資料:内閣府『県民経済計算』に基づき作成。

なぜ労働が都道府県を跨いでまで生産活動が集中するのだろうか。その理由として生産基盤を形成する公的資本ストックの水準や、規模の経済や集積の経済に起因する生産技術の差異が考えられる。これらの要因がなければ、生産活動を特定の地域に集中させるメリットは存在せず、各都道府県の雇用者の分布に応じて生産活動が行われるとともに、労働者1人あたりの付加価値は等しいはずである。

図6は、都道府県人口に代わって県内就業者数をものさしとして県内総生産の集中度曲線を描いている。県内総生産を労働投入量で除した値は労働生産性を表す。図6の集中度曲線は前述のような理由で生ずる生産性の違いを反映しているとも考えられる5。集中度曲線を見ると国全体の従業者の21%で約26%の付加価値が生み出されている。また、そのジニ係数は0.081であり、人口と比較した就業者数のジニ係数とほぼ同じ大きさである。

図6 県内就業者数を基準とした県内総生産の集中度曲線
(平成25年度)
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注:ジニ係数=0.081
資料:内閣府『県民経済計算』に基づき作成。

このように、経済活動(県内総生産)の集中は、人口と比較した就業者数の偏りや従業者数あたりで見た付加価値額の違いにより生じていると考えられる。今後、人口減少と高齢化がいっそう進む中で県民雇用者数が減少し、加えて介護や医療など人々の暮らしを支える産業における労働需要が高まる。その結果、主要産業への労働供給が滞り、成長を阻害することにもなりかねない。そうなれば、経済活動の集中が一層進むことも考えられる。

3 支出面と分配面でみた集中度


次に、支出面と分配面から見た集中度を考える。特に、家計の消費と可処分所得に注目する。県民経済計算を用いて地域経済を俯瞰する際に関心を惹くのが地域間の所得格差であろう。前節でみた生産面の計数は属地主義で推計されているので、本質的に個人間の問題である所得格差を分析するには適当ではない6

県民経済計算において家計の最終消費支出は「居住者である家計(個人企業を除く)の消費財およびサービスに対する支出」とされており、属人的な概念である7。一時的に変動が大きい所得と異なり、消費の方が生涯を通じて得られる所得を反映した生活水準を適切に表すとも考えられる。

図7 家計最終消費支出の集中度曲線
(平成25年度)
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注:ジニ係数=0.066
資料:内閣府『県民経済計算』に基づき作成。
図8 家計可処分所得の集中度曲線
(平成25年度)
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注:ジニ係数=0.081
資料:内閣府『県民経済計算』に基づき作成。

図7は、帰属家賃を含む家計の最終消費支出について人口と比較した集中度曲線を描いている。消費の集中度曲線は上方に張り出しており、人口1人あたり消費額でみた地域間の格差が存在する。しかし、生産面の集中度と比べるとその程度は低くジニ係数も0.066に留まっている。

図9 家計最終消費支出と家計可処分所得のジニ係数の推移
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資料:内閣府『県民経済計算』に基づき作成。

図8は、家計可処分所得の集中度曲線を示している。家計の可処分所得は雇用の状態や景気等によって変動しやすい。可処分所得の集中度曲線も消費と同じく上方に張り出している。家計最終消費支出のジニ係数と比較すれば、可処分所得のジニ係数の方が高いものの、生産面での集中度と比べると低い水準にある。

図9では平成13年以降の家計最終消費支出と可処分所得のジニ係数の推移を示している。可処分所得のジニ係数は県内総生産のジニ係数と同じく2003年から一時期上昇しているが、消費のジニ係数はほぼフラットである。また、一貫して消費のジニ係数の方が低い。

図10 家計最終消費支出の集中度曲線と
一般政府最終消費支出(平成25年度)
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資料:内閣府『県民経済計算』に基づき作成。

ここで示した格差は、都道府県単位で見た地域間の所得や消費水準で捉えたものであり、低い値を示すことは当然でもある。家計の可処分所得は政府による税制や移転を通じた所得再分配がなされた後の所得であり、消費もその可処分所得をもとに行われるのであるから、政府の所得再分配制度の効果分だけ格差は小さくなる。加えて、ここで考えている所得や消費水準は各都道府県の集計値を人口で除して求めた平均的な値である。各都道府県内で存在する所得や消費の格差は考慮されておらず、その分、格差は小さくなる。

個人の格差へは様々な接近が可能である。地域間の格差はその一つであるが、他にも世代や就業の状態、世帯の属性等いくつかの切り口が存在する。国や時代によっては地域間の格差是正が重視される場合もあるだろうが、県民経済計算で見る限りは、地域以外の属性で生じ得る格差に国全体として対応することが重要となるだろう。

一方、今後の人口減少社会を考えたとき、気がかりな点もある。図10は、各都道府県の人口1人あたり消費の順位にしたがって、一般政府最終消費支出の累積比をプロットしたものである。一般政府の最終消費支出とは、国や自治体が各都道府県内で行う公共投資を除いた政府サービスへの支出額を指す。図を見れば、原点に最も近い一つの地域(東京都)を除いて累積比をプロットした曲線が下方に張り出している。東京都は首都として固有の行政サービスを提供せねばならないので特殊である。

図10は、東京都を除く各道府県では、平均的に見て豊かな地域ほど公共サービスの人口1人あたりで見た支出額が少ないことを示している。このような差異が生ずる原因は、多くの公共サービスがそれを消費、利用する人が増えてもそのための供給費用は殆ど増えないという非競合性を持つためである。人口が減少する中で、今後とも一定水準の公共サービスを地域内で供給し続けるためには、所得や消費で見てあまり豊かでなく財政的に脆弱な地域ほど大きな負荷がかかる。地域間の格差は個人間の所得格差よりも公共サービスの供給面でより深刻な問題をもたらすかもしれない。

4 おわりに


本稿では、県民経済計算を手掛かりに経済活動の集中について考えた。県民経済計算以外にも経済センサスや国勢調査、産業連関表など、地域経済を分析するために有用な統計は数多くある。堅牢な現状分析があってはじめて将来への展望も開ける。また、IoTやAI分野の技術革新は、企業の立地や働き方を大きく変える可能性を持つ。地方創生のためには、統計分析とともに新しい技術への目配りを怠らないことが肝要であろう。


1 本稿はJSPS科研費(15K03507)の助成を受けた研究成果に基づく。

2 通常、ジニ係数はローレンツ曲線と45度線に挟まれた部分の面積を2倍した値として定義される。集中度曲線を(0.5,0.5)の点を中心に180度回転させるとローレンツ曲線が得られるので、ジニ係数について本文中のような説明を与えている。

3 本稿執筆時点ですべての都道府県の県民経済計算(確報)が得られる直近の年である平成25年度の統計を用いた。

4 ただし、このような経済活動の集中を地域間の所得格差と結びつけることはできない。県内総生産は、各都道府県内における生産活動の成果を表すものであり、属地概念の計数である。各地域で暮らす人々の豊かさを測る指標として県内総生産は適切ではない。例えば、平成25年の県民経済計算で見て埼玉県の人口1人あたり県内総生産が47都道府県中45番目だと聞くと、この値を暮らしの豊かさと結びつけることに違和感を持つ人も多いだろう。

5 県内就業者数は労働投入量の目安とはなり得るが、就業形態や労働時間について調整されたものではないので就業者1人あたりの県内総生産が厳密な意味での労働生産性を表すものではない。

6 内閣府は毎年県民経済計算の公表に併せて、県民所得の変動係数を発表している。しかし、県民所得は企業所得も含む概念であり、個人間の所得格差を分析するには適切ではない。

7 内閣府経済社会総合研究所(2015)『県民経済計算標準方式(平成17 年基準版)』28頁。

とやま経済月報
平成29年3月号