特集

選ばれ続けるために
〜とやま型ダイバーシティ社会の構築について〜

株式会社日本政策投資銀行富山事務所長 鵜殿 裕

 


2015年3月14日に北陸新幹線が開業し、敦賀以西についても「小浜−京都案」で一本化される方向にあり、新ゴールデンルート(北陸新幹線)とゴールデンルート(東海道新幹線)による「大ゴールデン回廊」の実現に期待が高まっている。

ビジネスだけでなく災害対策の観点からも新ゴールデンルートの意義は計り知れないが、沿線の地域にとっては、隣接する地域だけでなく、太平洋側の地域との競争にも晒されることを意味する。

富山県としては、観光地としての魅力を上げて交流人口を拡大するだけでなく、地域全体が人々を吸引し続ける磁力のある社会となる必要がある。

本稿では、その可能性を秘める「とやま型ダイバーシティ社会」の構築について、考察することとしたい。

1 ダイバーシティの必要性


ダイバーシティ(Diversity)の日本語訳は「多様性」である。

なぜダイバーシティが必要なのか。答えはシンプルで、ダイバーシティはイノベーションの価値を高めるからである。

図表1 多様性とイノベーションの価値
図表

(出所)Harvard Business Review

また、一人ではなく多人数で検討する「集合知」の有効性も確認されている(出所:雑誌「Science」2010年10月29日号所収論文 (Williams Woolley et al.))。

グループ全体の知的能力は、それを構成する個々人の知的能力とはさほど相関せず、一緒に作業することによってグループ全体の知的能力が向上し、更に、グループ内の女性の多さに比例(正の相関関係)して、グループ全体の知的能力が向上することが指摘されている。

日本においても、「ダイバーシティ・マネジメント」を「多様な人材が持つ能力を最大限発揮できる機会を提供することで、イノベーションを生み出し、価値創造につなげる経営」と定義し、女性の活躍推進をそのイントロダクション(試金石)と位置づけている。

多様な視点を経営に活かすことが重要であるからこそ、政府は「指導的地位の女性の割合を2020年までに30%にする」ことを目標としているのである。

2 日本の状況について


2016年10月、世界経済フォーラムより「The Global Gender Gap Report 2016」が発表された。日本のジェンダーギャップ(男女間格差)指数順位は世界111位(←2015年101位)であり、ネパール(110位)とカンボジア(112位)に挟まれている。

図表2 the Global Gender Gap Index

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図表

(出所)WORLD ECONOMIC FORUM

経済分野(ECONOMIC PARTICIPATION AND OPPORTUNITY)においても、男女の所得格差の拡大によって前年から12も下がる118位と、更に下位に位置づけられている。


こうした男女間格差の解消は経済にどのような影響を及ぼすのか。

一人当たりのGNI(Gross National Income:国民総所得)と比較してみると、ジェンダーギャップ指数が高まる(男女間の格差が少ない)ほど、一人当たりのGNIが増加する傾向にあり、特に先進国で強い相関関係にあることが分かる。

図表3 一人当たりGNIとジェンダーギャップ指数

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図表

(出所)WORLD ECONOMIC FORUM「the Global Gender Gap Report 2016」より作成

経済の規模は、人口×一人当たりの生産性(所得)である。

一人当たりの生産性や所得を高めていくことにつながる「女性の活躍推進」や「男女間格差の解消」は、人口減少を克服するための有力な方策なのである。

3 富山県における女性力について


それでは、富山県における女性の活躍推進の状況はどうか。

富山県を含む北陸三県における「女性の就業率」は高く、いわゆるM字カーブも緩やか(育児等で離職する女性が少なく、いったん離職してもまた働く女性が多い)である。

これは、家事や育児を協力しあえる3世代世帯割合が多いこと、共働き率が高いこと、保育施設の充実など女性の就業を地域で支える仕組みが整っていることなどが、その背景にある。

一方で、富山県を含む北陸三県の「女性管理的職業従事者割合」は低いという特徴もある。

この要因としては様々な事柄が考えられるが、株式会社日本政策投資銀行(以下「DBJ」という)北陸支店のレポート「北陸地域における女性登用の現状と今後」によれば、北陸地域特有の「女性の意識のありよう」や「中堅・中小のものづくり企業の集積」といった面が指摘されている。

いずれにしても、女性労働力率が高いため、一見すると女性の活躍推進は進んでいるようにも思えるが、多様な視点を経営に活かすというダイバーシティ・マネジメントの観点から見た女性の活躍推進は、むしろ遅れているのが現状である。

図表4 女性の年齢別労働力率

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図表

(出所)DBJ北陸支店「ものづくり産業における「女性力」発揮について」より作成

図表5 都道府県別女性の労働力率と管理職的職業従事者割合

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図表

(出所)DBJ北陸支店「北陸地域における女性登用の現状と今後」より作成

富山県は若年女性層の社会減に歯止めがかからない状況が続いている。

女性力を「労働力」としては活用できていても「人材資源」としての活用が不十分なことを示すこれらのデータは、企画系業務を指向する高学歴な女性が求める職場が、富山県には少ないことの裏返しとも言えよう。

図表6 富山県における若年層(15-34歳)の社会動態状況
図表

(出所)富山県「人口移動調査」(前年10月1日〜当年9月30日)

4 とやま型ダイバーシティ社会の構築に向けて


ダイバーシティのイントロダクション(試金石)となる女性の活躍推進のためには、採用増や就業継続といった「量の拡大」のみならず、管理職登用等の「質の向上」が必要であり、かつ、その相乗効果を拡大させる仕組みが重要である。

そして、「量の拡大」を支えるためには「女性の就労を地域で支える仕組み」が必要であり、「質の向上」のためには政府目標を踏まえた「企業の具体的な取り組み」がポイントとなる。

図表7 女性就労の「量」と「質」
図表

(出所)DBJ北陸支店「北陸地域における女性登用の現状と今後」

富山県の場合、「量の拡大」及びそれを支える「地域の仕組み」については、他の地域に比べて優位性を保っている。

現に、富山県の「年少人口千人当たりの児童福祉施設定員数」は220.3人と全国4位、「0-4歳児1万人当たり延長保育実施保育所数」は61.4箇所と全国13位(※)である。

また、1年生〜3年生の学童保育への入所割合は43.7%と全国平均28.4%を大きく上回って全国1位となっているなど、量の拡大を支える「地域の仕組み」のプラットフォームの一つとなる行政サービスは、既に充実をしている。

※(出所)2011年厚生労働省「社会福祉施設等調査」より

図表8 学童保育数と入所児童数
図表

(出所)全国学童保育連絡協議会調べ

従って、富山県の女性活躍推進において、当面は、「質の向上」に注力することが求められている。

その際の大事な観点は、量の拡大をささえる「地域の仕組み」にも、女性をはじめとする多様な視点を取り入れることであろう。

女性の視点を取り入れようとする動きこそが「質の向上」にも寄与するからである。


例えば、女性の就労を支える行政サービスは充実してはいるが、行政サービスであるが故に画一的な面もあり、女性をはじめとする多様な視点を活かした新しいサービスの可能性がある。

都市圏では、「学習塾」や「習い事」を含めた学童的なサービスを数多くの民間が提供している。また平日だけでなく、土日を含む休日の子ども預かりサービスについても、主に女性の視線から様々な事業者が提供しており、利用者にとって多様な選択肢が提供されている。


人口が減少し財政的な制約が高まる中、行政にはサービスを提供するプレイヤーとしてのほかに、地域全体の価値を高めていくマネージャーとしての役割がより強く求められている。

行政サービスをプラットフォームにして、女性を含む多様な視点から新しいサービスが生み出されていくことを「とやま型ダイバーシティ社会」と位置づけ、とやまの未来創生に貢献することを期待する。


以上


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とやま経済月報
平成29年1月号