特集

2015年の富山経済を振り返って1、2

日本銀行富山事務所長 武田 英俊

 

1 はじめに


2015年の富山経済は、総じて順調な回復基調を辿ったと評価できます。これは、@強力な金融緩和等を受けた全国的な景気回復の流れの中で消費が堅調に推移し、住宅投資等も持ち直したこと、A医薬品(特にジェネリック医薬品)等の化学製品を中心に生産が高水準で推移したこと、B北陸新幹線の新規開業(3月)等の交通インフラの整備により、県内への入客者が大幅に増加したこと等が背景と考えられます。

こうした中、県内の有効求人倍率が全国を大きく上回って推移するなど、人手不足が深刻になっています。また、中国等の新興国経済の減速については、今のところ総じて見れば企業業績に目立った影響が出るまでには至っていませんが、マインド面で先行きへの不透明感に繋がっています。さらに、新幹線開業効果の持続性確保といった将来に向けた課題も見えてきています。

本稿では、こうした諸点に触れながら2015年の富山経済を振り返って特徴的な動きを示すとともに、将来に向けて取り組むべき課題について私なりの意見を示したいと思います。

2 景況感


日本銀行の全国短期企業経済観測調査(以下、「短観」)における県内企業の業況判断をみると、振れを伴いつつもリーマンショック後の落ち込みから回復を続けています。もっとも、先行きについては、新興国経済の減速等を受けた不透明感の高まりもあって、やや見方が慎重になっています。

また、業種別にみると、もともと北陸随一の「ものづくり県」として製造業に強みのあった本県ですが、足許では寧ろ非製造業の景況感が強くなっていることが窺えます。

(図表1)富山県の業況判断D.I. の推移
図表

(出所)日本銀行金沢支店「北陸短観」

(図表2)業況判断の推移(富山県、全産業ベースD.I.・%ポイント)
図表

(出所)日本銀行金沢支店「北陸短観」

こうした状況を踏まえ、当事務所が四半期ごとに公表している「富山県金融経済クォータリー」では、2015年春に県内景気の基調判断を「回復している」に一段階引き上げ、その後は直近(11月12日公表の「2015年秋」)まで3四半期連続で判断を据え置いています3

3 2015年の富山経済の特徴的な点


(1)北陸新幹線の開業等の交通インフラの整備

2015年の富山経済において最も特筆すべきイベントは、3月14日の北陸新幹線の金沢までの開業と言ってよいでしょう。これにより、東京―富山間の鉄道での所要時間は最短2時間8分と従来と比べて1時間以上も短かくなりました。JR西日本によれば、北陸新幹線開業以来、半年間(3月14日〜9月13日)の利用客数(上越妙高〜糸魚川駅間を通過した利用客数)は、およそ482万人(1日平均2.6万人)に上り、前年の在来特急「はくたか・北越」の利用客数と比較して3倍を超える水準となっています。その後、11月までのデータを見てもほぼ同様の状況が続いています。

新幹線開業に伴う経済効果については、現時点での終着駅である金沢が話題になることが多いところですが、富山県においても、立山黒部観光ルートの入込数が99.7万人と前年を約1割上回った4ほか、宇奈月温泉における新幹線開業後の宿泊客数が前年を2〜4割も上回るなど、県内の主要観光地・温泉地等への入込客数が新幹線開業前と比べて大幅に増えています。また、観光庁の宿泊旅行統計調査によれば、4〜9月の県内延べ宿泊者数が約230万人と前年を約2割上回っており、北陸新幹線の開業を機に当県への入込客数(観光+ビジネス)は大きく増えています。こうした入込客は、宿泊、飲食、土産物、県内交通サービス等を購入しており、こうしたモノ、サービスの消費を通じて本県にかなりの経済効果をもたらしていると考えられます。

因みに、2013年3月の日本政策投資銀行の試算5によれば、北陸新幹線開業に伴う富山県内への経済波及効果は年間88億円(うち直接効果57億円、間接波及効果31億円)に上ります。直近の富山県の県内総生産は約4.4兆円(2012年度)ですので、単純に計算すると北陸新幹線の開業により、本県の経済は約0.2%押し上げられることになります。

また、2015年2月には能越自動車道が全線開通しました。開通後半年間の交通状況を見ると、富山、石川両県境の交通量が48%増加するなど、両県間の交流活発化に効果があったことが窺われます。また、氷見市内の観光地のレンタカー台数が増加したり、新高岡駅から能越自動車道を経由する新たなバス定期便の運航が開始されるなど、北陸新幹線開業との相乗効果を発揮して、北陸県内の周遊観光の促進に寄与していると考えられます6

このように、2015年は本県の交通インフラの整備が大きく進んだ年でした。一度完成した交通インフラは、地域の財産として長期にわたって地域経済に貢献するものですが、後述の通り、交通インフラをより良く活用し、インフラ整備に伴う経済効果をさらに積み上げていくべく、二次交通網の整備などの対応を継続するとともに、そうした取り組みを県外へ効果的に情宣していくことが今後の課題と考えられます。

(2)大型ショッピングセンターの開業

2015年夏には小矢部市、砺波市、射水市に大型ショッピングセンター(SC)が相次いで開業しました。いずれの先も開業後にかなりの賑わいを見せており、県内消費の増加に貢献しています。これらのSCでの集客・消費が、県内の百貨店、スーパーから一定の消費シフトを起こしている可能性はありますが、県内トータルの消費を考えれば、やはりこれらのSC新規開業はプラス方向に寄与していると考えられます。

(3)人手不足の深刻化

県内と全国の有効求人倍率を比較してみると、このところ一貫して本県の倍率が全国を上回っており、人手不足感を訴える声が強まっています。

(図表3)富山・全国の有効求人倍率の推移(季節調整値、単位:倍)
図表

こうした人手不足感の高まりについては、労働需要・供給の両面に要因があると思われます。まず、労働需要面では、景気回復に伴う一般的な需要増に加え、上述のように新幹線や複数の大型SCの開業が比較的短期間に集中したため、小売、宿泊といったサービス関連を中心に求人が増加したことが挙げられます。一方、労働供給面では、少子高齢化や県外への人口流出により、人口(とくに生産年齢人口)の減少が続いていることが指摘できます。

4 2016年に向けた富山経済の課題


(1)新幹線開業効果の継続

既にみた通り、北陸新幹線開業により、首都圏から県内の新幹線停車駅(富山、新高岡、黒部宇奈月温泉)へのアクセスは大きく改善し、入込客の増加に貢献しています。もっとも、こうした効果を持続・発展させていくためには、既に各方面で指摘されている通り、より一層の対応が必要と思われます。

中でも2次交通を整備することが大切です。本県では、主要観光地やビジネス拠点が県内に分散しているため、観光客等が新幹線停車駅に到着した後、最終目的地までリーズナブルな価格で効率的に移動できる手段を整備することが重要です。この点、主要観光拠点等の多くが駅から近距離に集中している金沢とは違った対応が必要になります。

2次交通の重要性については広く認識されているところであり、既に様々な手段が提供されていますが、運行頻度やコストの面で必ずしも十分とは言い切れないと思われます。もっとも、公共交通の本格的な整備にはかなりのコストと時間を要するため、当面はタクシーやレンタカーといった他の既存手段を活用する余地がないかを含め、一層の工夫を検討することが適当です。

(2)人手不足問題への対応

人手が不足する状態は当面続くと思われ、このままでは製造業の生産活動やサービス品質の向上に当たってのボトルネックとなる可能性が高いと思われます。この問題へ対応するためには、労働需給の両面での工夫が必要です。まず、労働供給面では、女性や高齢者等をより一層活用していくことが考えられます。実際に一部には、定年延長や嘱託の増員という形で高齢者を職場に引き留める動きが見られています。一方、労働需要面では、仕事のプロセスの見直しや合理化投資によって生産性を上げ、より少ない人数で仕事が出来るようにすることが考えられます。こちらも、製造ラインの見直しによる効率化、ロボットの導入、小売店でのセルフレジ導入等の取り組みが見られています。こうした工夫を重ねることで、人手不足を緩和するとともに、足許の人手不足問題を効率性の向上というプラスの効果に繋げていくことが大切です。

なお、人手不足問題により根本的に対応するためには、長期的・計画的な対応により、人口の自然減・社会減の双方に対応することで、生産年齢人口の減少に歯止めをかけていく必要があります。既に県をはじめとする県内各自治体がこの難しい問題に取り組んでいます。こうした取り組みが、将来実を結ぶことを期待しています。

5 終わりに


2015年の本県は、景気回復と北陸新幹線等の開業という二つの大きな経済的メリットを享受しました。上述の通り、いくつかの課題が浮かんできつつありますが、こうした課題に着実に向き合うことで、本県が将来も発展を続けていくことを心より願いつつ本稿を閉じたいと思います。


1 本稿に示した意見は筆者のものであり、必ずしも日本銀行の見解を示すものではありません。

2 本稿では、2015年12月15日現在で利用可能なデータを使用しました。

3 「富山県金融経済クォータリー」については、日本銀行富山事務所のHP(http://www3.boj.or.jp/toyama/)をご参照ください。

4 立山黒部貫光株式会社公表(2015年12月1日)。

5 詳しくは、同行websiteに掲載されている調査レポート「北陸新幹線開業による富山県内への経済波及効果」
http://www.dbj.jp/pdf/investigate/area/hokuriku/pdf_all/hokuriku_1303_02.pdf)をご参照下さい。

6 国土交通省北陸地方整備局のwebsite(http://www.hrr.mlit.go.jp/kanazawa/road/nanaohimi/)をご参照ください。

とやま経済月報
平成28年1月号