特集

スポーツの経済学:戦力の補強は常に望ましいのか?

富山大学 極東地域研究センター 准教授 山本 雅資

1 はじめに


世の中にはその世界に飛び込んでみてはじめて分かることが多々あります。外から見ていた(あるいは勝手にイメージしていた)職業がいざ自分がやってみたり、クライアントとして深くつきあってみると想像とは全然違うものであったということは多くの方が経験していることではないかと思 います。

経済学は人文・社会科学系の中ではそうしたイメージとのズレがよく生じる学問分野の一つであると感じています。多くの学生は、日経新聞に登場する企業がどのように成功していったかを個別の事例に基づいて学んでいくというようなイメージを持っているようです。しかし、実際には経済活動をなるべく抽象化し、より一般に適用できるような理論を考えます。富山県内(あるいは北陸地域)の企業を分析するとしても、例えば「冬季に降雪の多い地方都市」といった形で限定し、該当すれば国内のみならず他国でも適用できるような問題解決を目指しています。

個人的な話をさせてもらえば、私自身はそういったことは全く知らずに経済学部でない学部で大学生活を送っていましたが、4年生になってミクロ経済学を勉強する機会があり、その問題解決のアプローチの斬新さに「なんだ、どんな問題でも解決する方法があるんじゃないか!」と感動した記憶があります。そして外部性1の問題を学習し「え、市場は失敗してしまうのか!」とますますのめり込んでいったのです。その結果、現在は外部性の問題の最たる例である環境問題を扱う「環境経済学」を専門として研究を行っています。

本稿は読者の皆さんにも同じようにミクロ経済学の魅力を知ってもらいたいと思い準備しました。私の専門とは異なりますが、身近なスポーツをテーマとして経済学の考え方を紹介したいと思います。富山県は、サッカー、バスケットボール、野球と3つのプロスポーツの本拠地となっていますが、これは地方都市としては珍しく、県民のスポーツへの関わりの深さを表していると考えたからです。はじめて経済学の考え方に触れる読者には少々とっつきにくいところもあるかもしれませんが、お付き合いください。

2 産業としてのスポーツビジネスの特徴


はじめに産業としてみた際のスポーツビジネスの特徴を考えたいと思います。なんといってもスポーツで特徴的な点は「勝つチームがわかっているスポーツの試合に価値はない」ということです。スポーツは筋書きのないドラマ、と言われていますが、優勝チームが最初から分かっているリーグは人気がでないのです。2015年のラグビーW杯で「史上最大の番狂せ」を起こした日本代表の南アフリカ戦は、あらためてスポーツの醍醐味を教えてくれました2。これは、トヨタ自動車やマイクロソフト社が競合他社が競争力を失うことで収益を高めていくことと対照的です。レアルマドリードやNY ヤンキースは自社の収益を高めるためには「強いライバル」が必要なのです。その意味でリーガエスパニョーラが1強ではなく、2強であることは大きな意味があります。さらに経済学の言葉で言えば、弱いチームは強いチームに対して、負の外部性をもたらしている、と考えることもできます。

二つ目の特徴は、最も強いものを選び出す独占的な制度の存在がビジネス上の成功には欠かせない点です。日本一を決める大会が複数あり、参加者が異なり、優勝者が異なる場合には、優勝の価値、一勝の価値が大きく低下してしまうのです。高校野球の日本一を決める大会が夏の甲子園大会であると(デファクトで)誰もが認識していることがあれだけのコンテンツとしての魅力を支えていることを例とすればわかりやすいでしょう。また、アメリカメジャースポーツで最も人気があるのはアメリカンフットボールですが、大学スポーツとしてはバスケットボールの全米NO.1を決めるNCAA(全米大学体育協会)トーナメントが圧倒的な人気を誇っています(毎年3月に開催されるため、March Madness と呼ばれています)。この大きな理由の一つにNCAAフットボールはバスケットボールのNCAA トーナメントのような全米NO.1を決める大会が開催されないことが影響していると考えられます。

このように考えれば、FIBA(世界バスケットボール連盟)がトップリーグが二つに分裂してしまった日本に対して、強力な制裁を課したことも当然と言えます。アメリカでもメジャースポーツで対抗するリーグが存在したことが過去にありますが、その存命期間は短くなっています(例えば、NBAと対抗したABA はわずか2年ほどで吸収されました)。

このほかにも、サテライトマーケットが存在する(スポーツギャンブルなど)、サラリーキャップ制度(企業に例えれば、競合他社と社員の総給与を等しくするもの)が導入されていることなどの相違があります。また、選手移籍の自由の制限(転職の自由がない)やリーグ運営機構による一括マーケティングが導入されることがあるなど、細かな点をみると産業として大変ユニークな存在であることがわかります。

プロスポーツチームの収入は、1)チケット販売額、2)テレビ放映権、3)関連グッズ販売、4)広告(肖像権)、5)スポンサー収入、に分類できますが、多くの場合、1と2が全体の半分から3分の2を占めると言われています。以下では、このプロスポーツビジネスの根幹となるチケット販売の収益性について、経済学的に考察したいと思います。

3 スポーツチームの利潤最大化


本節では、ミクロ経済学を応用して、スポーツチームの利潤最大化行動を分析します3。分析を単純化するために、2チームで構成されているリーグを考えますが、$n$チームについても同様に考えることができます。


3.1 チケットの需要

はじめにチケットを購入するファンについて考えます。スポーツチーム$i$の試合を見に行くファンはチケット代を支払ってもみたいと思っている人たちです。ファンの試合の質(仮に$q_{i}$とします)に応じた支払い意思額はそれぞれ違います。これを順に並べて、$0$から$1$の間に基準化し、その範囲で連続的に存在しているものとします。これを選好と呼ぶことにして、任意のファン$l$の試合の質に対する選好を$\theta_{l} \in [0,1]$と表現します。チケット代を支払っても見に行きたいと考えているファンは$\theta_{l}q_{i}-p_{i} \geq 0$であるような選好を持つ人たちであると言えます。これは、試合の質に自分なりの重みをかけて金銭換算したものがチケット代と少なくとも同じであれば、試合に行くという意味です。このとき、試合を見に来るファンの中で最も選好の小さい人は、$\theta_{l}^{*}q_{i}-p_{i}= 0$となるような$\theta_{l}^{*}$を持つファンです。よって、$\theta_{l}^{*}=\frac{p_{i}}{q_{i}}$とすれば、チケットを$p_{i}$で購入するファンは、

\[ 1-\theta_{l}^{*}=\frac{q_{i}-p_{i}}{q_{i}} \tag{1} \]
の範囲の選好を持つファンとなります。

$\theta$は$0$から$1$の間に押し込んであるので、具体的な人数を考えるには周辺人口などのマーケットの大きさに合わせて調整する必要があります。$m_{i}$をチーム$i$のマーケットサイズとすると、ファンの需要関数は以下のようになります。

\[ d(m_{i},p_{i},q_{i})=m_{i}(1-\theta_{l}^{*})=m_{i} \frac{q_{i}-p_{i}}{q_{i}}=m_{i} \left(1- \frac{p_{i}}{q_{i}} \right) \tag{2} \]

チームの費用は客の入り具合に関わらずかかる固定費がほとんどなので、これを$F$とします。このとき、クラブ$i$の利潤関数($=\pi_{i}$)は、利潤 $=$ 売上(=単価 $\times$ 数量 ) $-$ 費用なので、

\[ \pi_{i}=p_{i} \cdot d(m_{i},p_{i},q_{i})-F = p_{i} \times m_{i} \left(1- \frac{p_{i}}{q_{i}} \right)-F \label{eq:profit} \tag{3} \]
となります。チーム$i$は周辺人口などの外的要因を変化させることはできません。よって、試合の質を無視すると、チーム$i$は利潤最大化価格として、

\[ p_{i}^{*}=\frac{q_{i}}{2} \label{eq:equiprice} \tag{4} \]
を選択します。その理由を図1を使って説明します。

図

図1は、(3)式を、$m_{i}=100$、$q_{i}=50$、$F=300$として描いたものです。東京ドーム型の曲線が(3)式の第1項で、青色の直線が$F$です。縦軸で曲線から直線の値を引いたものが利潤となりますが、$F$が一定なので、東京ドームの屋根の頂点で利潤が最大になることがわかります。このような利潤を最大化する価格水準は、(3)式の第1項を微分してゼロとおくことで得ることができます。この値が、(4)式です。なお、利潤最大化価格を代入すれば、最大利潤が、

\[ R_{i}=\frac{m_{i}}{4}q_{i} \label{eq:equi_profict} \tag{5} \]
として得られます。これはチケット価格を変更することで得られる最大の利益ですが、試合の質($=q_{i}$)が変化することによってその利潤は大きくも小さくもなります。この結果は次節で使いますので覚えておいて下さい。

3.2 試合の質が与える影響

次のステップとして前節では無視していた試合の質について考えたいと思います。はじめにチームの勝率はチームのタレントレベルに依存するものとします。また、このタレントは選手への投資(年棒総額や環境整備等)に依存しているものとします。チーム$i$のタレントへの投資水準を$t_{i}$とすると、チーム$i$の勝率は以下のように表すことができます。

\[ w_{i}(t_{1},t_{2})=\frac{t_{i}}{t_{1}+t_{2}} \label{eq:win} \tag{6} \]

ファンは、(a)応援しているチームが勝つことと、(b)試合が接戦でどちらかが勝つかわからないこと、の両方から効用を得るものとします。これは応援しているチームが勝つことは嬉しいが、接戦の末に勝利した方がより満足度が大きいという仮定を反映しています。スポーツファンでも結果が分かっている試合を録画で見ることはつまらないと考えるようですので、現状をうまく反映していると考えます。二つの要素の重みを$\mu \in [0,1]$とすれば、ファンにとっての試合の質を以下のように表現することができます。

\[ q_{i}= \mu w_{i}+(1-\mu)w_{i}w_{j} \tag{7} \]
ここで、$w_{i}w_{j}$は試合の拮抗さを表現した項であり、最大で$\frac{1}{4}$をとります。ここでは2チームだけ考えているので、$i$と$j$は1か2となります。$i=1$とすれば、$w_{1}$はチーム1の期待勝率ですので、チーム2の期待勝率が$w_{2}=1-w_{1}$となることに注意して実際にいくつか計算してみてください。図2はその計算結果をプロットしたものです。これをみると、$w_{1}=w_{2}=0.5$の時に$w_{1}\times w_{2}=0.5 \times 0.5=0.25$となっていることがわかると思います。つまり、リーグの戦力がアンバランスであるほど、$w_{i}w_{j}$は小さな値をとるのです。

この試合の質に関する情報を使って、前節で示したチーム$i$の利潤関数(=(\ref{eq:equi_profict})式)を

\[ R_{i}=\frac{m_{i}}{4}q_{i}=\mu w_{i}+(1-\mu)w_{i}w_{j}=\frac{m_{i}}{4} (w_{i}-(1-\mu)w_{i}^{2}) \label{eq:wprofit} \tag{8} \]
図
と書き換えることができます4

(4)式の場合と同様に考えると、利潤は

\[ \frac{\pa R_{i}}{\pa w_{i}}= 1-2(1-\mu)w_{i}=0 \label{eq:foc} \tag{10} \]
を満たすような$w_{i}$の場合に最大となります。図3は$\mu=0.25$の場合の(8)をプロットしたものです。これをみると、チーム1の勝率が3分の2の周辺で利潤が最大となっていることがわかります。実際に(10)式を使って計算すると、
\[ w_{i}^{\prime}= \frac{1}{2(1-\mu)} \label{eq:optimal} \tag{11} \]
となります。(11)式で$\mu=0.25$を代入すると、$w_{i}^{\prime}=0.666\cdots$ですから、図3のような結果が得られています。チーム$i$の利潤は、勝率の増加により、$w_{i}^{\prime}$までは利潤が増加しますが、その後は徐々に低下していきます。よって、チーム1が自チームの期待勝率を$80\%$まで上げようとして投資することは企業経営の観点からは失敗であることになります。
図

この結果には、スポーツビジネスにおける「結果の不確実性の重要さ」が反映されています。$\mu$が一定の値を下回るのであれば、つまり、ひいきのチームの勝利はもちろんだが、「接戦がみたい!」という選好が強いファンが多ければ多いほど、他チームに比べて飛び抜けたレベルでの選手への投資は利潤を小さくする可能性が出てきます。ここで難しい点は、相対的な投資を考えていることから、相手チームが極端に投資を控えると結果として自分たちの投資水準は突出することになり、試合の質を落としてしまう点です。長期的な視点からみると、他のスポーツに需要を奪われる可能性があるので、リーグにおける協調的な取り組みが必要となるわけです。JリーグがJ2、J3へと拡張し、入れ替え制度を設けたことは、トップリーグの利潤機会を維持するという意味では有効であったと考えられます。

4 終わりに


本稿では、スポーツを題材としてミクロ経済学がどのように応用されているかを紹介しました。今回は入門的な位置づけで理論的な分析を紹介しましたが、次のステップとして、この分析と実際のチケット販売動向やマーケットエリアなどのデータを使って、望ましい投資水準を具体的に導出することも可能です。多くの「スポーツの経済学」と言われる書物は、現在のところ、選手の年棒や契約の法的手続き、あるいは経済波及効果がどの程度みられるか、といったものがほとんどです。しかし、経済学の中では本稿で示したような経営戦略の分析、あるいはプロスポーツリーグとはそもそもどのようにデザインすべきか、といった分析がいくつもなされています。こうした分析はあまり日本語で紹介されることが少ないため、本稿のテーマとしました。本稿を読んだ方が少しでも経済学に興味を持っていただければ幸いです。


* 富山大学 極東地域研究センター 准教授 山本雅資 Email:myam@eco.u-toyama.ac.jp

1 外部性という言葉の定義を知りたい方はぜひミクロ経済学の教科書を手にとってみてください。もし、これまで一度も経済学を学んだことがないとすれば、姉川(2014)をお勧めします。これはアメリカを中心としたビジネススクールで広く使用されているテキストの翻訳です。一度ミクロ経済学を学んだことのある読者はぜひ神取(2014)を手にとってみてください。

2 英国においてもかなりの衝撃をもって受け入れられたようです(「ラグビーW杯冷めぬ興奮」『朝日新聞』2015年9月22日)。

3 以下の内容は、Dietl et. al (2008)を簡略化したものです。

4 最後の等号は$w_{i}+w_{j}=1$より、
\begin{align*} \mu w_{i}+(1-\mu)w_{i}w_{j} & = \mu w_{i}+(1-\mu)w_{i} (1-w_{i}) \notag = \mu w_{i}+(1-\mu)(w_{i}-w_{i}^{2}) \notag \\ & =\mu w_{i}+ w_{i} -\mu w_{i} +(1-\mu)w_{i}^{2} = w_{i}-(1-\mu)w_{i}^{2} \tag{9} \end{align*} から導くことができます。



参考文献

Dietl,H., Lang,M and Werner, S. (2008) ``Social Welfare in Sports Leagues with Profit-Maximizing and/or Win-Maximization Clubs,'' No. 90, University of Zurich Working Paper.

Szymanski, S. (2003) ``The Economic Design of Sporting Contests,'' Journal of Economic Literature, Vol. 41, pp. 1137-1187.

姉川知史 (2014) 『ピンダイク&ルビンフェルド ミクロ経済学 (1), (2)』, KADOKAWA / 中教出版.

神取道広 (2014) 『ミクロ経済学の力』, 日本評論社.

とやま経済月報
平成27年10月号