特集

富山県農業における「いえ」と「農業経営」

富山大学 研究推進機構極東地域研究センター教授 酒井 富夫

1 今日の富山県農業の特徴


従来、典型的な「安定兼業稲作」地帯として存続してきた富山県農業であるが、近年、その農業構造は激動期に入っている。図1は、2005年から2010年までの5年間の販売農家の減少率と2010年の「販売農家総数に対する準専従者もいない農家の割合」を示している(各年次農林業センサスによる)。専従者とは、年間、自営農業に150日以上従事した者であり、「準専従者」とは、年間、自営農業に60〜149日従事した者をいう。つまり準専従者もいない農家というのは、ほとんど片手間に農業に従事する農業者しかいない農家ということである。確かに省力化した稲作の場合、それで何とか対応できた。

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図1によれば、販売農家の減少率は、全国平均に比べて北陸(富山・石川・福井・新潟)は高く、なかでも富山県が30%と極めて高い。ここ5年間だけで3割もの農家が減ったということになる(県別では、佐賀に次いで全国第2位)。残った農家はといえば、「準専従者もいない農家」が38%も占める状況にある(県別では、滋賀、兵庫に次いで全国第3位)。農家の崩壊(=急テンポでの離農進展)と空洞化が、今日の富山県農業を特徴づける。ところで、離農農家の農地はどこへ向かったのかが、農業構造政策上重要な課題となり、富山県では全国的にも多い「集落営農」に加入した農家もあると考えられるが(集落営農に全面積加入することにより、農家としてはカウントされなくなるため)、他の経営に貸付等で純粋に離農した農家も多いに違いない。これがどの程度それぞれあったのかは、2010年農林業センサスでは把握できていないのは残念であった。この点の検討は別の機会に譲りたい(注1)。

2 世帯構造の変化と地域性


農家とは「家族農業経営」であるが、その「家族」=世帯=いえの変化が農家のあり方にも影響することは言うまでもない。家族社会学では、家族の近年の変化を家族の「個人化」、「多様化」としてとらえてきた(注2)。富山県でも、あるいは農家(農村)でも同じような変化が生じているのだろうか。表1は、国民生活基礎調査により、全国、郡部、富山県における年次別の世帯構成をみたものである。「単独世帯」とは、寄宿舎等に居住する世帯だけでなく、高齢者独り暮らしの世帯も含まれる。いわゆる近代家族と称されるのは「核家族世帯」であり、夫婦のみの世帯、夫婦(あるいはひとり親)と子供(未婚)のみの世帯である。「三世代家族」は直系家族とも称されてきた。これまで、都市と異なり農村においては直系家族が残ってきた点、それが地域性を持っている点も指摘されてきたところである(注3)。農家では、直系家族割合からみると三つのグループに分かれ、割合が高い第一グループは東北・関東・北陸・東海、割合が低い第二グループは西日本・北海道・東山、さらに低い第三グループは南九州・沖縄であるとされる。その最新の状況はどうか、特に富山県の状況はどうかについて次にみていきたい。ただし、統計により都市と農村の状況を明確に把握するには限界がある。国民生活基礎調査では、かつて「雇用者世帯」と「農耕世帯」として分類していたが1997年で当該分類を中止した。一定人口規模以上の「市部」に対して「郡部」の把握は現在もあるが、農村の状況はある程度これで把握できる。が、農家だけの状況ではない。農家だけを対象にした5年ごとの農林業センサスでは、2005年まで「世帯構成」(一世代世帯、二世代世帯、三世代世帯)を調査していたが、その後は取り止めている。一世代世帯は単独世帯に、二世代世帯は核家族世帯に、三世代世帯は直系家族に相当する。ちなみに統計上の「世帯」は、原則として住居と生計を共にする者の集まりである(注4)。

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図表

表1によれば、2013年の全国の世帯数は50,112千戸であり、現在でも増加傾向にある。世帯構造としてもっとも多いのは「核家族世帯」60%(2013年)である。世帯数自体は増えているが、構成比は1980年以降、6割水準を維持し大きな変化はない。これに対し割合を伸ばしているのは「単独世帯」27%(2013年)であり、低下しているのは「三世代世帯」7%(2013年)である。郡部でもその傾向は同じだが、「単独世帯」23%(2013年)、「核家族世帯」56%(2013年)の割合がやや低く、「三世代世帯」11%(2013年)でやや高い。「富山」はさらにその傾向が強く「三世代世帯」が15%(2013年)を占めている。富山県の直系家族も割合は低下してきているが、全国に比べればまだ多いといえる。

図2は、全世帯と農家の三世代世帯比率を県別に示したものである。全世帯における比率が高い県ほど、農家における比率は概してもっと高くなる傾向があるようだ。もっとも高いのは山形であり、全世帯で26%、農家で50%である。これに対し、宮城は全世帯では13%であるが、農家では同じ50%である。つまり全世帯で高くないからといって、必ずしも農家においても低いとは限らない。おそらく一般世帯と農家の構成割合の違いが影響していると考えられ、都市化が進展した地域ほどそのギャップは大きくなる。

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3 農家世帯の「いえ」と「農業経営」


ここで富山県の「いえ」と「農業経営」の性格と関係を再整理しておこう。表2は、今回の農家激減が起こる直前の状態を示したものである(2000〜05年)。全世帯では全国平均に比し直系家族が多い県であるが、農家だけでみればさらにその比率は高く約半数が直系家族を維持している。統計的に把握できないが、最近増えていると考えられる同一敷地内別居というのも、それぞれの夫婦のライフスタイルを前提にして調整されたものであって一つの工夫だと思われるが、これも実質的な直系家族だとみればもっとその比率は高まるであろう。半面、農業従事の側面では、「一人家族経営」(39%)=ワンマンファームが全国平均より高く、夫婦や親子による家族経営は少ない。また、専従者のいる経営は極めて低く(7%)、準専従者すらいない経営がかなり多い(43%)。農業経営としては、徹底して空洞化が進行している。「安定兼業稲作」の兼業が深化しすぎた結果である。

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つまり「いえ」の継承はしてきても、「農業経営」の継承は極めて難しいことを意味している。継承者としては、「いえの跡継ぎ」と「農業の後継者」を分けて考えなければならない。以上のデータが示すところは、「いえの跡継ぎはいても、農業の後継者がいない」という、富山県人がもっている共通認識を裏付けている。ということは今後、農業の後継者を確保するには、「いえ」に依存するだけではダメだということになる。非農家からの新規参入者を対象にした受け入れの器が必要である。現在推進されている農業法人の雇用による受け入れなどは、有力な方法であろう。

同時に「いえ」自体が直系家族から他の形態に移行している。これは全国的な傾向であるが、富山でも同じである。前掲表1にもあったように、富山の三世代世帯が1998年で28%あったのが、15年後の2013年には15%にまで低下している。この傾向は一般世帯だけの動きだとは思えない。農家が空洞化すればするほど、農家ゆえに残っていた直系家族というシステムも希薄化していく。近年の「空き家」の増加は、その大部分は「いえ」の継承がうまくできなかった結果の現れであろう。「いえ」の継承が困難になれば、なおさら「いえ」を土台にした農業の継承は難しくなるであろう。


注:

1) 北陸では、組織経営体等の多様な農業の担い手が形成されてきているが、その地域性を独自に分析したものとして、『農林業センサスでみる北陸の農業経営体と経営耕地面積の動き』農林水産省北陸農政局統計部、平成24年5月を参照されたい(http://www.maff.go.jp/hokuriku/stat/)。

2) 落合恵美子『21世紀家族へ〜家族の戦後体制の見かた・超えかた〜[第3版]』有斐閣、2004、242頁等。

3) 田代洋一『農業・食料問題入門』大月書店、2012年、210頁等。

4) 国民生活基礎調査(厚生労働省)では、「世帯とは、住居及び生計を共にする者の集まり又は独立して住居を維持し、若しくは独立して生計を営む単身者をいう。」となっており、また、2000年農林業センサス(農林水産省)では、「世帯員とは、原則として住居と生計を共にしている人のことである」と定義している。

とやま経済月報
平成27年11月号