特集

ロシア極東地方への旅
〜 最近のシベリア鉄道事情 〜

富山県 国際・日本海政策課
ロシア連邦沿海地方派遣職員  裏田裕史

1. はじめに


私はロシア連邦沿海地方の州都ウラジオストク市に、平成24年4月から1年間の予定で滞在している県職員です。富山県とロシア沿海地方は1992年に友好提携を締結し、県職員の派遣、留学生や研修員の受入等の人的交流をはじめ、文化、経済、環境など様々な分野で交流を行ってきました。今年は友好提携締結20周年の節目の年にあたりますが、私は富山県と沿海地方の友好交流事業に携わるとともに、ウラジオストクの極東連邦大学ロシア語学校で語学研修を受けています。

2. ロシア極東地方といえば

ロシアでは、ユーラシア大陸の東側の地域を「極東」と呼びます。沿海地方も極東地域に含まれますが、中でもウラジオストクはロシア南東の日本海側に位置するため、日本に最も近いロシアの街といえます。

さて、ウラジオストクやロシアの極東地域と聞いて、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。冬の寒さなど厳しい気候でしょうか。あるいは日本との経済的な結び付きでしょうか。日本の中古車輸入が盛んなことは広く知られていますし、陸、海運の輸送交通でも、ロシア極東地域はアジアに開かれた玄関口となっています。このように、気候や環境、経済、文化、食べ物など、イメージは様々だと思いますが、その中でも、ロシアが世界に誇る「シベリア鉄道」も非常に有名ではないでしょうか。

(写真1)シベリア鉄道の起点、ウラジオストク鉄道駅。
シベリア鉄道 ウラジオストク鉄道駅

シベリア鉄道は、ウラジオストクとモスクワの間を結ぶ世界一の長さの鉄道です。その全長は約9,000キロにも及びます。19世紀後半、シベリア地域の経済発展のために建設が進められました。また、戦時中は軍隊や武器の移送など、軍事的な役割も果たしました。一方、現在では、物資の輸送や人々の移動手段として重要な役割を果たしています。東側からはウラジオストクが鉄道の出発点になりますが、この鉄道を利用してモスクワまで旅をしたという人の話を聞いたことはないでしょうか。書店でロシアへの旅行本やガイドブックを手にとると、シベリア鉄道の歴史紹介や、実際に鉄道を利用した旅の体験記を見かけると思います。

3. 最近のシベリア鉄道事情


このようなシベリア鉄道、「一度は乗ってみたい」と考える方もいらっしゃると思います。実は近年、この歴史あるシベリア鉄道に、これまでにはない充実した設備とサービスを備えた新しい車両が誕生しました。そこで、ウラジオストクから、同じく極東地域の中心都市であるハバロフスクの間を結ぶ「オケアン号」を例にとって、最近の旅の様子をご紹介したいと思います。

(写真2)ウラジオストク鉄道駅ホーム。
ウラジオストク鉄道駅

まず比較のために、従来のシベリア鉄道の旅について簡単に触れておきます。「シベリア鉄道の旅」と聞くと、何かロマンがあるように聞こえます。実際のところでは、人によって意見は異なりますが、快適さという観点から言えば、その旅は決して便利で快適とは言えないようです。長時間の旅を考えた場合、まず、衛生状態や安全面が心配です。車両には必ずしもシャワーが完備されているわけでなく、周囲の目があるので、着替えにも困ります。夜寝ている間は貴重品の管理にも気をつかいます。また、車内での過ごし方にしても、窓の外にはどこまでもロシアの広大な自然が続くばかりで、少し退屈してしまいそうです。車内で一緒になったロシア人と過ごす楽しみもあるのですが、言葉が通じなければ、外国人に囲まれて長時間を過ごすのは大変だと思います。

これらは旅行ガイドブックやインターネットに体験談が載せられていますので、耳にすることもあったかと思います。当地で実際にロシア人の話を聞いても、「シベリア鉄道を使って長距離の移動はしない」という意見をよく聞きます。「シベリア鉄道は物資の輸送手段だけど、私たちの交通機関ではない」とコメントする人もいました。今は飛行機がロシアの各都市間を結んでいますので、飛行機の方が早くて移動に適しているのです。

では、近年誕生した新しい車両とはどのようなものでしょうか。ウラジオストクとハバロフスクの区間を結ぶ「オケアン号」には、今から3年前に新しい車両ができました。地元メディアの言葉を借りれば、この車両は「VIPクラス」、又は「動くホテル」と言われています。車両は個室(2人用)で構成され、冷暖房完備、シャワー・トイレ付など、設備は充実しています。この車両を使えば、シベリア鉄道の旅を快適な気分で体験できるというわけです。日本の旅行ガイドブック等でもあまり紹介されておらず情報が少ないと思いますので、その様子を以下、お伝えします。

(写真3)「オケアン号」VIPクラス車両(外観からは「VIP」の想像がつきませんが・・・?)
オケアン号 VIPクラス車両

(1)車両の構成

シベリア鉄道は、ウラジオストク〜モスクワ間、ウラジオストク〜ハバロフスク間など、走行区間毎に異なる列車が走っています。また、同じ「オケアン号」でも、日時によって車両構成が異なります。ですが、一般的に座席のクラスは3〜4段階に区分けできます。最も一般的な中等クラスの座席は、2段ベッドが向かい合った形で、4人用の空間になっています。一方で最上級クラスの座席は、2人用の個室になっています。ゆとりある空間を創り出すため、個室の幅は広く設計されています。

(2)設備とサービス

設備とサービスは、快適な旅には欠かせない重要なポイントだと思います。

まず設備ですが、先にご説明したとおり部屋は個室タイプです。そして各個室にテーブル、小さな椅子、テレビ、冷暖房、DVDプレーヤー、ベッド、クローゼットがあります。テーブルには花が飾られ、新聞・雑誌が数種類置かれています。ベッドは2段で、真新しいシーツがしかれ快適に眠ることができます。更に各部屋にシャワー、トイレ、洗面台がついており、アメニティグッズは、シャンプー、ボディソープ、歯ブラシ、歯磨き粉、剃刀、タオル、バスタオルに、裁縫セットまであります。一晩を過ごすための設備としては充分で確かに「動くホテル」と言えます。

次にサービスですが、一番の特徴は料理だと思います。「オケアン号」は夜9時頃に出発しますが、出発後すぐに食事の係員が各個室を訪ねてきます。メニューを見せてくれ、その場で注文すると、部屋に料理を運んでくれます。メニューもそれなりに豊富で、前菜、スープ、肉料理、飲み物など、ロシアの料理がそろっています。夜の遅い時間、誰にも邪魔されることなくゆっくりと食事を楽しめます。また、車両をお世話する車掌さんも、ベテランの方が務めているそうです。

このように、従来の車両の設備やサービスと比べると、格段にその質は改善されており、快適な旅が演出されています。

(写真4)最上級クラスの個室。
オケアン号
オケアン号 アメニティグッズ

(3)料金

気になる料金はどのようなものでしょうか。最上級クラスは、設備やサービスが充実しているぶん、やはり他の車両に比べると料金は割高です。参考までに今年8月末時点のウラジオストクからハバロフスクまでの片道料金を比較すると以下のようになります。

最上級クラス ・・・ 約11,000ルーブル(約27,500円)
第2クラス ・・・ 約7,500ルーブル(約18,750円)
第3クラス ・・・ 約4,000ルーブル(約10,000円)
第4クラス ・・・ 約1,800ルーブル(約4,500円)

最上級クラスは、ウラジオストクからハバロフスクまでの飛行機よりも高い料金になります。また、ウラジオストクのロシア人の月平均給与(2011年)は約28,500ルーブル(約71,250円)ですので、これらを考慮すると、はたして最上級クラスを利用する人がいるのか疑問に思ってしまいます。しかし、当地のロシア人の話では、最上級クラスの良質なサービスが好評かつ珍しいそうで、案外利用者が多いとのことです。特に、家族連れの旅行客が利用したりするそうです。

4. 「オケアン号」を使った極東ロシアの旅


「オケアン号」はウラジオストクとハバロフスクの間を毎日運行しています。走行時間は片道約12時間で、一方の都市を夜9時頃に出発し、もう一方の都市に翌朝到着するというスケジュールです。このため、例えば金曜日の夜にウラジオストクを出発すると、翌土曜日の朝にハバロフスクに到着します。そして、丸一日観光をしたうえで、その日の夜にハバロフスクを出れば、日曜日の朝に再びウラジオストクに戻ることができます。週末を利用した観光が可能です。

ウラジオストクとハバロフスクは極東地域を代表する2大都市です。一度はシベリア鉄道を使った旅をしてみたいとお考えの方には、この「オケアン号」を利用して、ウラジオストクとハバロフスクを巡る極東ロシアの旅をされてはいかがでしょうか。同じ極東地域にありながら、街の雰囲気も異なる両都市を比較してみると面白いと思います。また、「オケアン号」の最上級クラスを利用すれば、きっと、充実した設備やサービスに驚くと思います。料金は高めですが、なかなかシベリア鉄道に乗る機会はないと思いますので、少し贅沢な旅をしてみるのもよいかもしれません。

(写真7) ハバロフスク駅。ウラジオストクから鉄道で約12時間。
ハバロフスク駅

5. 最後に 〜変化するウラジオストク〜


ウラジオストクは日本海に突き出したムラヴィヨフ・アムールスキー半島の南端に位置する港街です。市街地は坂が多いのですが、坂と港の景色がヨーロッパ風の建物の外観に調和して、雰囲気のある街並を創り出しています。もとは漁業や水産業が発達した街でした。

このようなウラジオストクの街は今、大きな変化を見せています。その要因は2012年9月にロシアで初めて開催されたアジア太平洋経済協力首脳会議(APEC)にあります。APEC開催は、単に一つの国際会議を開催するということではなく、ロシア政府が主導した、極東地域の一大開発という大きな意味を持っています。そして、APECにむけて、ウラジオストクでは大規模な社会資本整備が行われました。

まず、ウラジオストクに新しい国際旅客ターミナルが整備されました。そして、新空港と市中心部を結ぶ新しい高速鉄道が運行しています。また、ウラジオストクの中心部、金角湾には、市街地と対岸地域を結ぶ「金角湾横断橋」が建設され、APEC会場となるルースキー島と市内を結ぶ「ルースキー島大橋」も開通しました。「ルースキー島大橋」は世界最大の斜張橋です。ルースキー島のAPEC会場は、会議終了後に極東連邦大学のキャンパスとなり、新たな高等教育の場となります。海洋水族館や劇場の建設も行われ、観光客が楽しめる施設や見どころも増えています。その他、細かな点になりますが、市内の道路案内標識はロシア語に加え英語表記が加わり、外国人への配慮も行われています。

(写真8)2012年8月に開通した「金角湾横断橋」。新たな街のシンボル。
金角湾横断橋

近年、ウラジオストクは観光業にも力を入れており、海外から観光客を迎え入れる上で、いかに良質なサービスを提供するかを重要な課題と捉えています。今回のAPEC開催を機に行われた一連のインフラ整備で、ウラジオストクの街が、少しずつではありますが、外国人が訪れやすい環境へと変化していることは確かだと思います。

日本人にとって、ロシアへの旅行は、事前の準備段階で査証(ビザ)が必要となるなど、気軽に訪れることのできる場所ではないかもしれません。ですが、ウラジオストクは成田空港から飛行機で約2時間半という近さであり、日本から最も近いヨーロッパの都市といえます。実は2012年上半期(1月〜6月)、沿海地方を観光目的で訪れた日本人は約1,200人で、前年同期に比べその数は約40%増加しています。もちろん、これには今年がAPEC開催の年であることが影響していますが、開発の進むウラジオストクの街が、私たち日本人にとっても、より身近に訪れることのできる場所となり、更に多くの人々が訪れるような街になることを期待しています。

とやま経済月報
平成24年10月号