特集

富山県の産業振興に向けて
−富山県における重点化産業の検証−

鞄本政策投資銀行 富山事務所長 佐野 修久



1 はじめに


地域経済成長論の伝統的な学説である需要主導型の「経済基盤モデル」では、地域の産業を「基盤産業(basic industry)」と「非基盤産業(non-basic industry)」に区分し、当該地域内で産出した財・サービスを域外に移出する産業を「基盤産業(basic industry)」、この基盤産業(=移出産業)の生産活動から波及する需要や地域住民の日常生活から派生する需要に対応する域内産業を「非基盤産業(non-basic industry)」と位置付けている。その上で、「基盤産業」については、域外から新たな財・サービスに対する需要(=移出需要)が増加するならば、当該産業にかかる生産や雇用が増加し、それに伴い「非基盤産業」の生産や雇用も誘発され、以って地域全体における生産や雇用の増加につながるとしている。一方、仮に当該地域における産業が「非基盤産業」だけであった場合、域外からの新たな需要は発生せず(=域外からは所得がもたらされず)、地域住民の需要にのみ対応した生産活動が行われることになるため、当該地域内における全ての蓄積が消費された段階で産業活動=経済活動は失われることになる。このように、当説によれば、「基盤産業」の発展が当該地域経済の成長を促すことにつながることになる。

こうした立場にたつならば、今後地域においては、「基盤産業」、すなわち域外に対する競争力をもつ移出産業を、域内における波及効果を強めつつ振興していくことが極めて重要な課題となる。

本稿では、以上を踏まえ、富山県の「基盤産業」を定量的に明らかにすることを通じ、今後の富山県における産業振興の方向を考察することにしたい。



2 分析の枠組み


(1) 基本的考え方


今次分析に当たっては、上記「基盤産業」の意義を踏まえ、@県外に対する移出の大きい「競争力」のある産業、A原材料調達等を通じ県内産業に対し大きな「生産波及効果」のある産業を抽出する。


(2) 分析ツール


「競争力」と県内産業への「生産波及効果」等を定量的に把握するため、富山県が作成・公表している「平成12年富山県産業連関表」(業種分類:32部門、地域内表)を活用する。

なお、当該産業連関表は、最新の公表データではあるものの、現時点からみて相当程度時間が経過していることに留意する必要がある。


(3) 分析指標


@ 競争力

「競争力」については、より競争力のある産業の財・サービスが県外に移出されるという観点にたち、県外への移出より県外からの移入を差し引いたネットの移出(=域際収支)をベースに分析する。その際、域際収支の実額ではなく、県内で生産された財・サービスがどの程度移出されたかを示す「RIC (Revealed International Competitiveness)指数」を、競争力をみるための指標として採用する。

 

RIC指数 = (移出額−移入額) / 県内生産額 ×100(%)

=域際収支


A 県内への生産波及効果

県内への「生産波及効果」については、一般に影響力係数や感応度係数を指標として採用することが多いが、これらでは十分に把握できない面を補うため、本稿では、以下のとおり新たな指標として「生産波及指数」を採用し、1単位の最終需要が生じた場合に、移入による調達に伴い域外に逃げた分を除いた県内産業に実際に生産増をもたらす度合いを分析する。

 

生産波及指数 = (1−移入/(需要−移出)) × 逆行列係数列和

=自給率

 

産業連関表から、各産業別に逆行列係数列和を求めることにより、その産業に1単位の最終需要が発生した場合に原材料等の購入を通じて県内産業に生産増をもたらす総効果を把握する。一方、これだけでは、県内のある産業に1単位の最終需要が発生する前に県外からの移入により調達された分が考慮されないため、全体需要のうち県内にとどまる割合である「自給率」を求める。その上で、両者の積を算出することにより、県外に逃げた分を除いた県内産業への生産波及効果を明らかにする。

 

なお、産業分類のうち、「建設」、「電力・ガス・熱供給」、「水道・廃棄物処理」、「商業」、「金融・保険」、「不動産」、「公務」、「その他の公共サービス」、「事務用品」、「分類不明」については、基本的に財政支出に依存する産業や経済社会のインフラ的な産業が大半であり、県が今後政策的に重点化して取り組んでいく産業としては必ずしもそぐわない面があることから、今般の分析では、これら10産業を除く22産業について評価を行う。



3 分析結果


以上の枠組みにより、富山県の「基盤産業」について分析した結果は、以下のとおりである。


(1) 競争力(=RIC指数)


先ず、「競争力」についてRIC指数(域際収支が域内生産額に占める割合)により分析すると、表1のとおり、県内全体では3.0%(域際収支2,597億円)と移出超過になり、評価対象とした22業種のうちプラス(=移出超過)が9業種、マイナスが13業種となっている。具体的には、「金属製品」のRIC指数が69.7%と最も高く、「化学製品」(42.5%)、「電気機械」(36.4%)、「パルプ・紙・木製品」(32.2%)、「非鉄金属」(28.4%)、「繊維製品」(20.0%)がこれに続いており、このほか「その他製造工業品」(16.9%)、「一般機械」(16.2%)、「対個人サービス」(0.4%)もプラスとなっている。


表1 富山県産業の競争力(RIC指数)

(2) 県内への生産波及効果(=生産波及指数)


次に、県内産業への「生産波及効果」について生産波及指数を算出した上で検証すると、表2のとおり、評価対象業種のうちで県内平均(0.846)を下回るのが18業種にのぼり、これを上回るのは4業種にとどまるものとなっている。県内への生産波及効果が相対的に高いのは、「医療・保健・社会保障・介護」(1.248)、「教育・研究」(1.086)、「対個人サービス」(1.007)、「通信・放送」(1.004)であり、思いのほか製造業が県内産業に波及効果をもたらしていないことが明らかになった。


表2 富山県産業の県内への生産波及(生産波及指数)

(3) 両者の組合せによる総合評価


以上を踏まえ、両者の組み合わせによる総合的な評価を行うと以下のとおりである。

図1 競争力と県内への生産波及効果からみた総合評価

A:競争力が高く、相対的に県内への生産波及効果も大きな産業

【 RIC指数>0 かつ 当該産業の生産波及指数>県内全産業平均 】

「対個人サービス」 <1業種>

 

B:競争力は高いものの、相対的に県内への生産波及効果は小さな産業

【 RIC指数>0 かつ 当該産業の生産波及指数<県内全産業平均 】

「金属製品」、「非鉄金属」、「化学製品」、「パルプ・紙・木製品」、「その他の製造工業製品」、「繊維製品」、「一般機械」、「電気機械」 <8業種>

 

C:競争力は低いものの、相対的に県内への生産波及効果が大きな産業

【 RIC指数<0 かつ 当該産業の生産波及指数>県内全産業平均 】

「医療・保健・社会保障・介護」、「教育・研究」、「通信・放送」 <3業種>

 

D:競争力が低く、相対的に県内への生産波及効果も小さな産業

【 RIC指数<0 かつ 当該産業の生産波及指数<県内全産業平均 】

「輸送機械」、「精密機械」、「窯業・土石製品」、「運輸」、「鉄鋼」、「食料品」、「石油・石炭製品」、「農林水産業」、「対事業所サービス」、「鉱業」 <10業種>



4 富山県における産業の振興に向けて


本稿では、「競争力」と県内への「生産波及効果」の両面から定量的な分析を行った結果、上記のA・Bに該当する、「金属製品」、「非鉄金属」、「化学製品」、「パルプ・紙・木製品」、「その他の製造工業製品」、「繊維製品」、「一般機械」、「電気機械」、「対個人サービス」(両者の積の大きい順に記載)の9業種が、富山県の「基盤産業」として浮かび上がった。

本稿における分析は、RIC指数と生産波及指数という2つの指標のみで検証するという少々乱暴な試みであり、本来であれば、「競争力」と県内への「生産波及効果」について様々な指標により多面的にとらえるとともに、これら以外の視点、例えば、

  • ○県内経済に対する影響の大きさを測定する「生産規模」
  • ○今後設備投資を行ったり、雇用者に対し消費を促すに足る所得を与えたりすることが可能かを測定する「付加価値」
  • ○今後とも一定の需要(ニーズ)が見込め成長・発展が期待し得るかを検証する「成長力」
  • ○今後の産業発展につながる研究開発・技術開発などに関するシーズを有するかを検証する「地域シーズ」

などについても分析し、総合的に評価することが必要である。

しかしながら、地域を巡る環境が厳しさを増し、産業振興に活用できる財源にも限界がある中、こうした視点から富山県における産業を分析し、強みのある産業を的確に把握した上で、今後重点的に取り組むべき産業を明確化していくことが重要なのは言うまでもなかろう。「選択と集中」により、産業の競争力を高め県内産業への波及効果を高めるという観点にたった戦略的な産業振興を推進していくことが求められる。




とやま経済月報
平成21年1月号