特集

真的?假的?−中国・上海ニセモノ記−

富山県国際・日本海政策課上海市派遣職員 宮腰 享


※写真は本文とは関係ありません。

1)はじめに


上海市内

2004年、私は旅行で初めて上海を訪れた。人通りの多い通りを散策していると、どこからとも無く中国人男性がカタログを手に歩み寄ってきて日本語で私にこう言った。「朋友(ポンヨウ:友達)!見てみて!腕時計安いよ!!」と。周囲には観光客とおぼしき外国人が多数彼らに導かれて店の中へと入って行く。後でその界隈が「観光名所」とまで言われたニセモノマーケット「襄陽(シャンヤン)市場」であることを知った。

「ニセモノ大国」と呼ばれてきた中国が、ニセモノ一掃に本格的に乗り出す姿勢を明確に示したのが2006年6月30日をもって行われた襄陽市場閉鎖であった。

あれから2年。少なくとも上海からはニセモノ品は一掃されたのだろうか?


2)現況


(1)紙幣

ニセ札判別機

上海に限らず、中国で生活する上でまず気を付けたいのがニセ札であろう。この認識は今も全く変っていない。一番の高額紙幣は100元(約1,500円)、その後50元、20元、10元、5元、1元と続くが、物を購入しようとする時、特に100元と50元を出すと受け取る側は必ずそれを少し折り曲げてみたり、透かしてみたりして本物かどうか確認する。最近ではスーパーなどのレジでも「ニセ札判別機」を置いている所が多く、ニセ札の場合は「假幣(ニセ札です)」と丁寧に教えてくれるのだ。

 

このように「まず疑ってかかる」姿勢は大量にニセ札が出回っている証拠であり、ニセ札を掴まされてしまった中国人の反応も実にドライである。トランプのババを引いてしまったかのごとく、そのニセ札をどう上手く処理(他人に回す)するかを考える。日本のように警察に通報するどころか、掴まされた自分の責任といった感すらあるようだ。

 

(2)ブランド品、DVD類

DVDショップ

ブランド品(腕時計、財布、鞄等)については、当局の定期的な摘発によりニセモノが堂々と店頭に並べられることは無くなったと言える。しかし、表向きは正規の鞄・靴を扱う店に見えても、顧客を路地裏の一般家屋を使った第二店舗に通し、相変わらずニセモノを販売している所もあるようだ。

DVD、CDの専門店では、店内に堂々とニセモノが陳列されている。大体10〜20元(約150〜300円)で最新の映画やCDが購入できる。日本ではまだ上映前の映画なども並んでいたりする。摘発等の情報が事前にわかっているのか、店内からニセモノがすっかり消えた状態になっている日もある。専門店での販売の他に、リヤカーに乗せて販売している光景は、今も市内の至る所で見られる。

 

(3)タバコ、食品類

売店で販売されているタバコ

タバコ、特に輸入タバコについては、路上で販売している分にはニセモノと判断できるものの、街中の売店で販売している分もつい疑いたくなる時がある(「間違いなくニセモノ」と断言する中国人もいる)。数年前の中国では、ソフトパッケージを模造することは技術的に難しいと言われ、輸入タバコを買う時はボックスではなくソフトパッケージのものを買うことでそれなりの安心感を得ることはできた。しかし、今ではその見分け方も過去のものとなったようだ。

 

食品類については、昨今の食品安全問題に関する報道から今更言及するまでも無いと思うが、命に関わるような物まで存在するので、「味、見た目がちょっと変」だけでは済まされない。中国人消費者の間でもホンモノとニセモノの識別は、購入時の重要不可欠なポイントとなりつつあるようだ。

 

(4)その他

市内ゴルフ練習場

急速な経済発展の中で、富裕層が着実に増えている中国では、これまで欧米や日本のビジネスマンがプレイの中心だった「ゴルフ」も中国人の占める割合が多くなってきている。ここ上海でも練習場やゴルフ場で中国人を多く見かける。ゴルフ用品の販売店も増加しており、正規品販売店も増えているものの、やはりニセモノゴルフクラブを販売する小売店も至る所に見られる。

ゴルフを始める中国人の増加に加え、上海ではお酒を飲む事以上にゴルフはビジネス上の人間関係構築に欠かせないということもあり、上海で初めてゴルフを始めるという外国人も多く、こうした人たちが「まずは安いニセモノクラブで腕を磨いてから」と確信犯的に購入することも、ニセモノを横行させる要因の一つなのかもしれない。

 

上海万博予定地

上記のように、上海だけ見ても依然としてニセモノは市内至る所に溢れている。その理由として考えられるのは、ニセモノ製造の技術が高く、製品は限りなくホンモノに近く、判別するのが難しくなっていること、また、ニセモノと知っていても、その質の良さと安さに惹かれて購入する消費者が多く、ニセモノ市場を存続させるだけの需要があるということ等が考えられる。しかし、国も上海市当局もいつまでもイタチごっこを続けるつもりは無いようだ。法律の整備、それに基づく取締り強化の動きは加速してきている。特に上海市は2010年上海万博という国際的ビッグイベントを控えており、その動きは今後ますます顕著となってくるであろう。


3)中国政府の取組み


中国政府は「ニセモノ大国」という不名誉なレッテルを払拭し、知的財産権の侵害等の行為を法律に基づいて厳しく取り締まる意向を明確に打ち出している。ここでは、中国政府発表資料をもとに、知的財産権の保護状況と行動計画について見てみる。

 

(1)2007年中国知的財産権保護状況

2007年10月、第17回中国共産党大会で、胡錦濤国家主席は「知的財産権戦略の実施」を初めて打ち出した。同戦略は総綱要と20のテーマで構成され、2008年4月9日、温家宝総理が招集する国務院常務会議において同戦略綱要が大筋で認可され、まもなく制定から実施に移される。こういった意味で、2007年は中国知的財産権の法的整備が飛躍的に進んだ重要な年と位置づけられる。同年、中国で受理された国内外の特許申請数は400万件を突破し、また、同年末までの商標登録申請数は560万件を突破、登録商標総数は300万件を超えている。

捜査・摘発にも力が入っている。4月17日、国家知識産権局と国家工商行政管理局、国家版権局は、2007年警察当局が全国で2,283件の知的財産権の侵害を刑事犯罪に相当するとして捜査、2,008件を立件したと発表した。発表によると、容疑者2,967人を逮捕し、関連金額は14.9億円にのぼる。また、警察以外の行政部門が行った摘発では、警察は1万870件で立会い、共同で非合法出版物約4,119万点を押収したとのこと。

 

(2)2008年中国知的財産権保護行動計画

2008年3月に中国政府が発表した標記計画によれば、知的財産権に関する30以上に渡る法律法規、規則等について改正、制定業務を行うとある。また法律に基づく取締り、審判業務から知的財産権保護に関わる人材育成、フォーラムの開催まで幅広く定められている。2008年計画に特有な内容は「五輪開催期間中は〜」という文言が多く見られることだ。北京五輪は、中国の知的財産権保護に対する取組みを国内外にアピールするまたとないチャンスでもあるようだ。



4)在中国日系企業の被害状況等


中国に進出している日系企業が被ったニセモノによる被害については、ジェトロ北京センターと中国日本商会が特許庁の委託を受けて2006年2月に実施した「第4回中国模倣被害実態アンケート調査」によると、約60%もの企業が何らかの被害にあっているとの結果が出ている。

また、同センター知的財産権部が2007年3月にまとめた「中国のサービス産業における模倣実態調査」によれば、特に外食産業では商標紛争と不当競争紛争が多く、レシピやメニューといった営業秘密の漏洩に対する対策がなされていない現状が明らかにされている。労働契約上で営業秘密保持の契約条項を設けていない企業も多いため、同センターでは労働契約の重要性について説いている。

※ジェトロ北京センター知的財産権部URL:http://www.jetro-pkip.org/index.html



5)おわりに


最近は韓国や台湾で造られた質の良いニセモノも増えてきていると言われているが、依然として中国でも、沿海部に比べ発展が遅れている農村部には、ニセモノ作りを唯一の産業としている地域が存在しているようだ。そのような地域では、政府当局の摘発を受けると食い扶持を失うこととなるため、村人が協力して、政府当局が到着した頃には工場はもぬけの殻というケースもあるらしい。

 

上海市展望

この根底には中国が抱える「経済格差」という根深く大きな課題が存在する。ニセモノを根本的に排除するためには、「経済格差」という課題を克服する必要がある。

 

近い将来、中国で「ニセモノはどこへ行った?」と言える日が来るのかどうか、「経済格差」の問題も併せて今後の中国の動きに注目したい。同時に、当然我々日本人も含め、中国を訪れる全ての外国人がニセモノを断固拒否する意識を持たなければならない。そうでなければ、襄陽市場のようなニセモノマーケットは姿形を変え、いつまでも存続してしまう。

(資料出所:中国政府発表資料、日本貿易振興機構北京センター知的財産権部、岐阜県上海駐在員レポート)



とやま経済月報
平成20年7月号
図9 地方自治体のHP開設率の推移(%) 図8 情報消費量の推移(平成7年=100)