特集

今後の富山県経済のあり方を考える
−ISバランス試算からの考察−

日本政策投資銀行富山事務所長 藤田 寛


昨年11月、わが国の経済はいわゆる‘いざなぎ景気’を超える58ヶ月連続の景気拡大を記録し、現在もその基調は持続している。富山県の経済も、業種により跛行性があるとは言え、概ね堅調と考えて良いだろう。特に製造業が好調で、日本政策投資銀行が昨年6月に実施した設備投資動向調査を見ても、18年度の県内製造業の設備投資は前年度比11.0%増の見込み、増加は4年連続、直近の3年は連続して二桁の伸び、と大変強い数字が出ている。

富山県の経済規模はおよそ4兆5千億円で、石川県と拮抗している。長きにわたり富山県が上位にあったが、徐々に差が縮まり平成11年〜13年の3年間はついに後塵を拝することとなった。14年に再び富山県が上回り、最新の平成15年県民経済計算でも富山県の規模の方がわずかながら大きくなっている。



こうした推移は両県の産業構造を反映したものと考えられる。県内総生産の内訳を見る(表1)と、富山県は製造業が32.0%と極めて高い割合を占めている。これはわが国全体より11.2ポイント、石川県より10.8ポイントも高い水準である(全都道府県の中で、富山県の製造業割合は第8位)。富山県製造業の全国と比較した集積度を示す特化係数は、1.54に上る。やはり富山県は日本海側屈指の工業県なのである。

一方、卸売・小売業やサービス業といった業種になると、石川県がほぼ全国並みであるのに対し、富山県はかなり低い水準にある。ものづくりには強いがサービス系の産業はあまり得意でないというのが、統計から見た富山県経済の姿であり、これが製造業の好調時には石川県を上回るパフォーマンスを示し、製造業の勢いが落ちるとサービス関連産業に秀でた石川県に後れを取る原因であろう。近年になって両県の経済規模の差が縮まったのも、いわゆる‘経済のサービス化’の進行によるものと考えられる。


さて、こうした特徴を持つ富山県の経済の実力をどのように評価すればよいだろうか。先ほど述べた産業構造は県の経済を生産面から見たものだが、今度は需要(支出)面から見てみよう。マクロ経済学では、総支出(国ベース)は、

総支出(Y)=民間消費(C)+民間投資(I)+政府支出(G)+純輸出(X−M)

という式で表される。総支出≡総生産≡総所得であるから、この式はその経済における所得の出どころも表している。民間需要であるC、I、そして民間の経済活動の成果であるX−M(国では純輸出だが、県レベルでは純移出。地域外にモノやサービスを売って稼ぐことを意味し、農業や工業はもちろん、観光も移出(輸出)産業である。マイナスになることもあるので、域際収支と呼ぶこととする(国では国際収支)。移出超過であればプラス、移入超過であればマイナスである)を主体に所得を稼得しているのか、それとも公共事業に代表される公的需要Gが中心なのか、これを各県別に構成割合で示したのが表2である。




国、地方を問わず逼迫した状態にある現在の政府部門財政に鑑みれば、公的需要に依存している地域の経済の持続可能性には疑問を呈さざるを得ない。公的需要の割合が40%を超えている県、あるいはそれに迫っている県が散見されるが、こうした県は民間活動の活発化に全力を傾注していかねばならないし、公的需要に頼り切ってきた県民や企業の活動の見直しも必要になる。

さて富山県は、民間需要59.2%、公的需要23.9%、純移出(域際収支)16.8%という構成で、公的需要への依存度はそれほど高くはない(低いとも言えまいが)。注目すべきは、純移出(域際収支のプラス)の割合が極めて高いことで、全都道府県の中で第4位である。富山県より高いのは東京都30.1%、静岡県19.4%、滋賀県17.8%の3都県で、富山県と近い水準にある県には茨城県、愛知県、栃木県などがある。いずれも工業県といってよい県(東京都は例外)で、工業出荷の移出拡大への貢献度の高さが窺われる。石川県は第20位の4.3%であり、この数字を見る限り観光産業は工業ほどには移出に貢献していないようである。いずれにしても、少なからず存在する純移入の県(域際収支がマイナス)と、上位の純移出県(域際収支がプラス)との差は甚だ大きいと言わざるを得ない。

このように見てくると、富山県の経済構造は比較的バランスが取れていると言ってよかろう。ものづくりの実力を背景に、民間の力で相当の所得を稼いできた県なのである。


それでは富山県経済に課題はないのか、と言えばそうはいかない。富山県の財政は18年度当初予算の段階で180億円の構造的財源不足を抱えている。これはいろいろとやりくりした後の数字であり、それをさらにやりくりして予算を組み、しかも1兆円近い県債残高を抱えている。行政改革努力等により改善の兆しが見えてきているとは言え、こうした状態は県の活動の自由度を低下させ、結果として民間の経済活動や県民の生活にも悪影響を及ぼす恐れがある。公的需要依存度が極端に高い県ではないが、地域における行政の存在感はやはり大きく、様々な面で問題が生じてくる可能性がある。

こうした事態をマクロ経済の観点から考察する手法として「ISバランス」がある。これは前出の総支出の式(Y=C+I+G+(X−M))と、総所得の式(Y=C(民間消費)+S(民間貯蓄)+T(税収))を変形して得られる式で、以下のように表される。

   (X−M)−(S−I)=T−G

すなわち、「域際収支−貯蓄投資差額=政府部門財政収支」という関係が成り立つのである。

政府の財政収支を改善するためには、左辺の域際収支の値は大きければ大きいほど(移出超過の値が大きければ大きいほど)よい。要するに、他地域から財・サービスを買う額よりも他地域に売る額が大きければ大きいほどよいのだ。また、貯蓄投資差額の値は小さければ小さいほどよい。地域の住民の貯蓄を使って地域内でどんどんと民間の投資が実施されるほどよいのである。また、地域内での消費活発化も、結果として貯蓄を減らすことになるため好ましいことである。当然、投資超過がベストである。

ISバランスは通常国のレベルで議論されるが、地域にも適用可能な概念である。地域経済の状況を項目に分解して考察することにより、表2の県内総支出構成割合よりも当該地域の特色や課題が一層鮮明に浮かび上がってくると考えられる。

都道府県単位のISバランスは算出、公表されていないが、日本政策投資銀行地域政策研究センターで試算したものが表3である。1997年の県民経済計算に基づくもので、いささか古くなっているが、各都道府県の基本的な経済構造なり体質は大きくは変わっていないと考えられる。

富山県は、域際収支(移出超過)は相当のプラス(表2からも予測できる)だが、貯蓄投資差額の貯蓄超過がそれを上回るため財政収支が赤字、という構造になっている。



域際収支が赤字(移入超過)の道県がかなりある中、富山県の一人当たり移出超過額は高水準と言ってよく、前に述べた通り工業県の特色を明確に示している。しかし、投資超過の県は数えるほどしかないとは言え、富山県の貯蓄超過額もまた高水準と言わざるを得ない。

製造業を中心に地域外にモノを売って一定の稼ぎを上げているが、稼いだカネを地域内で使い切れず外に流出させており、その結果県の財政が大幅な赤字になっている、というのが今の富山県経済の姿なのである。


この状態を改善し県財政を好転させる方策は、言うまでもなく域際収支の黒字をさらに拡大し、併せて貯蓄投資差額を縮小させることである。

前者は、地域外への財やサービスの移出を拡大することであり、具体策としては、従来から行われてきた工場誘致はもちろん有効だが、より長期的な視点に立てば、新産業の育成により外に売れるモノやサービスを増やしていくことが大切である。富山県が得意とするものづくり分野で新製品開発等に注力することは当然であるが、現状では必ずしも強いとは言えない観光等のサービス分野の強化を図ることも重要なポイントであろう。

後者については、地域内での民間投資の拡大と消費の活発化を図ることであるが、図1に示す通り、前者と後者は互いに連動している。前者が後者を誘発し、それがまた前者を誘発するという循環が成立すると考えられる。投資により(例えば新店舗建設や新施設の建設)消費が誘発されるという、後者の中での循環も起こるものと考えられる。

投資をしたくなるような地域であることも重要であろう。他地域と比較して投資の条件が有利であるとか(この点は工場誘致については認識されており、富山県も含め各地で様々な優遇策が取られている)より高い投資効率が見込めるとか、民間にビジネスチャンスを感じさせる地域でなければならない。



以上の実現には、官民一体となった取り組みが必要である。県をはじめとする政府部門は、税収を有効に活用して民間が活動しやすいような基盤整備に注力し(工場立地のための補助金に止まるものではなく、極めて多様な分野に亘るものである)、民間の側はそうした条件を十分に活用してビジネスの拡大を図るべきである。民間が収益や所得を増やし、それによって官も使った以上の税収を獲得する、というWin-Winの関係を作り出していくことが求められる。


以上に述べてきたことは、従来から繰り返し言われてきたことであろう。しかし、ISバランスという切り口から富山県を見ることにより、こうした方策の意義がより的確に理解され、また具体的な行動を起こす際の有効な指針を提供してくれるものと考えられる。

富山県経済の着実かつ持続的な発展を期待して、擱筆することとしたい。



とやま経済月報
平成19年1月号