特集

バイオで拓こう新産業(I)

財団法人 富山県新世紀産業機構 参与
知的クラスター事業科学技術 コーディネータ 東保喜八郎


1.「とやま医薬バイオクラスター」の目指すところ

 目まぐるしく変化する国際環境、経済社会の中で、少子高齢化の進展や人口減少は地域社会に大きな影響を与えてきている。
 特に、本県産業はグローバル化の進展により世界の中の競争にさらされており、長期的な視野に立った産業振興施策の展開が重要課題となっている。
 本県では、伝統的産業も含めた既存の産業を守っていく一方、産学官の連携による高度な科学技術を展開することによって新たな産業を起こし、積極的に世界市場に参入していく仕組みを構築しようとしている。
 我が国の科学技術重点領域として、「ライフサイエンス」、「ナノテクノロジー・材料」、「情報通信」、「環境」、さらには「ロボット技術」等の固有技術があげられている。
 「とやま医薬バイオクラスター」はこれらの融合領域として「ナノ/バイオ/IT」技術を展開するライフサイエンス領域の研究開発、さらにはその研究成果の事業化を進めるものである。
 この事業の展開を図ることによって富山地域に優秀な人材、開発資金、情報が集まり、長期に渡り継続的に研究開発が展開され、関連企業やその研究機関の進出、ベンチャー企業の設立、既存企業における新分野の開拓が進み、クラスターが形成されていくことを目指している。
クラスター形成のイメージ図
クラスター形成のイメージ図
クラスター:果実(ぶどう)の房をあらわし、研究機関や研究開発型企業の集積を意味する。
1)公設試:公設試験研究機関(工業技術センター、薬事研究所、衛生研究所など)
一般的に省略して「公設試」と呼んでいる。
2)ME:medical engineering (医療工学)
具体的にME新製品とは、医療用機器を指す。
3)創薬:薬を開発して製品化すること。
4)インキュベーション:incubation (孵卵器、卵がふ化すること)
具体的には、設立されたベンチャー(卵)が入居し、大きくなって独り立ちできるまで育つ施設をいい、地方自治体などが建設して提供するものが多い。


2.事業の概要

 この事業は、文部科学省が第2期科学技術基本計画に基づいて、地域における「知的クラスター」の形成を促進するために進めているもので、全国18の地域において実施されている。
 事業規模は1地域あたり年間5億円程度、5カ年の計画で進めるもので、平成15年より富山県が作成した基本計画に基づき、財団法人富山県新世紀産業機構が中核機関となって知的クラスター本部を設置し、事業を実施している。
知的クラスター本部長・・石井 驤(富山県新世紀産業機構理事長・富山県知事)
副本部長・事業総括・・・南日 康夫(富山県新世紀産業機構科学技術コーディネータ、富山県工業技術センター所長)
研究統括・・・・・・・・村口  篤(富山医科薬科大学理事、副学長)
 このほか、医薬、工学、さらにはITや事業化といった専門分野を担当する科学技術コーディネータ、バイオ、バイオエレクトロニクスの専門家、知的財産を確保するための弁理士、知財問題に詳しい弁護士等のアドバイザーによるチームを組織して事業を推進している。
コア研究機関:富山医科薬科大学、富山大学、北陸先端科学技術大学院大学、富山県立大学、富山県工業技術センター
研究参加機関:富山県衛生研究所、富山県国際健康プラザ国際伝統医学センター、富山県薬事研究所、富山県立中央病院、(財)かずさDNA研究所、(財)富山県新世紀産業機構
研究参加企業:インテック・ウェブ・アンド・ゲノム・インフォマティクス(株)、
エスシーワールド(株)、カネボウ(株)、コーセル(株)、(株)斉藤製作所、(株)スギノマシン、第一ファインケミカル(株)、立山科学工業(株)、東洋化工(株)、富山化学工業(株)、(株)ニッポンジーン、(株)ニッポンジーンテク、北斗科学産業(株)、(株)リッチェル 以上県内企業14社、
NTTアドバンステクノロジー(株)、キリンビール(株)、(株)ツムラ、サントリー(株)、(株)札幌イムノ・ダイアグノステックラボラトリー、(株)常磐植物化学研究所、日立ソフトウエアエンジニアリング(株)、東洋鋼鈑(株)  以上県外企業8社

 具体的な事業としては、地域や企業ニーズを踏まえた新しい技術シーズ5)を生み出す産学官共同研究、研究成果の特許化や成果を事業化していくための研究会の実施、研究成果等の発表やクラスターを形成していくための幅広い議論を行うためのフォーラムの開催を行っている。
 研究開発事業では、富山医科薬科大学、富山県立大学等が展開している医薬・バイオテクノロジー関連の研究シーズと、北陸先端科学技術大学院大学、富山大学、富山県工業技術センターが有するマイクロ・ナノテクノロジーの技術シーズを融合し、新しい診断機器の開発や富山オリジナルの創薬による新産業の創出を目指している。
 特に、共同研究では細胞チップ6)の開発に成功するなど早い段階で研究成果が得られたことから、本年2月に研究成果の事業化を行うバイオベンチャー「エスシーワールド株式会社」を設立している。
このバイオベンチャー設立の理念や将来像については後に詳細に述べる。


3.研究開発から事業化への取組み

 研究開発の背景としては、これからの医療といわれる「個人に対応した医療(テーラーメード医療と呼ばれる)」、「体に優しい医療」がある。

研究開発から製品化の流れ
研究開発から製品化の流れ

 研究開発のキーテクノロジーとしては、まず、富山医科薬科大学において取り組んでいる免疫機能の研究、漢方で行われる体質や症状から総合的に健康状態を判断する「証」診断についての研究、富山県立大学で取り組んでいる酵素による代謝異常診断についての研究といった医薬バイオのシーズがある。
 次に、富山大学、北陸先端科学技術大学院大学、富山県工業技術センターにおいて取り組んでいる微細加工(マイクロ、ナノレベルの加工技術)や高度な計測技術を展開するバイオチップや測定装置についての技術シーズがある。
 これらの技術を融合してDNAチップ、細胞チップ、酵素チップといったバイオセンサーの開発を進めるとともに、センサーからの電気的、光学的な信号を計測、処理する装置の開発、さらには、医療データベースやバイオインフォマテックスのソフトウエアを組み込むことによって、個人に対応した高度な診断機能をもった治療支援システムの開発を展開する。
 さらに、ある程度の期間を要するが、これらのツールを活用した研究開発を発展することにより、自己治癒力を高めるような体に優しい抗体治療薬や副作用の少ない和漢薬製剤の開発につなげていくことを目指している。


5)シーズ:seeds(種)
新たな技術、製品を生み出す基となる研究成果をいう。
6)チップ:chip (切れはし)
一般的には集積回路が形成されるシリコン板等の小片を指すが、ここではセンサー機能などを形成した小片をいう。
特に、細胞を一つずつ小さな孔に格納、固定することのできるものを細胞チップとしている。
このほか、DNAの断片を固定するものをDNAチップという。

とやま経済月報
平成17年9月号