特集

バイオで拓こう新産業(II)

財団法人 富山県新世紀産業機構 参与
知的クラスター事業科学技術 コーディネータ 東保喜八郎


4.研究開発課題

 「とやま医薬バイオクラスター」の研究開発は、次に示すように医薬系3課題、工学系3課題のメインテーマについて、それぞれの研究代表者を中心とした研究チームが相互に連携しながら進められている。
 このプロジェクトでは、医薬系の「免疫機能を活用した診断治療システムの開発」と工学系の「超集積・高機能型 チップデバイスの開発」、「免疫マイクロアレイチップシステムの開発」、「DNAチップ、遺伝子解析チップの実用化研究」が理想的な形で連携されたことが、早い段階で世界初の細胞チップの開発に成功した大きな要因となっている。
 メインテーマと関連するサブテーマとしては、メインテーマを補完するものや新たな戦略的課題としての可能性を検討するものについて医薬系5課題、工学系1課題の研究開発を展開している。
 なお、サブテーマは分かりやすいように簡略化した研究開発内容を記載した。
とやま医薬バイオクラスターの研究開発課題
とやま医薬バイオクラスターの研究開発課題


5.医薬系研究開発課題の概要

(1)漢方方剤テーラーメード治療法の開発
 漢方医療では患者の体質や症状を総合的にみて診断を行い(証診断)、その人に応じた漢方薬を処方して治療を行っている。
 このような診断には豊富な知識や経験が必要であり、一般的には漢方医学を専門とする医師が診療を行っている。
 近年、比較的に副作用が少なく体に優しい漢方治療が注目されてきているが、証診断のできる漢方医が少ないことが普及のネックとなっている。
 このことから、漢方を専門としない医師に対して漢方診断を支援するシステムの開発を進めるため、人の健康の維持に大切な役割を果たしている血液中のタンパク質成分等を分析(プロテインチップによる解析)して、病気の状態を複数のタンパク質の変動(マルチマーカー)を指標にして診断するための応用研究がスタートした。これまでの研究成果からは診断に活用できる可能性が得られつつある。
 特に、患者への漢方薬の投与による病状改善の効果について、血液中のタンパク質成分がどのように変化したかを幾つかのピークについて調べることによって、信頼性のあるデータを得ており、これらを用いた診断、治療を支援するためのデータベースを作成している。
 具体的には、漢方医学で「血(おけつ)」と診断されている関節リウマチ患者に桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)という漢方薬を投与した場合の効果等について研究を行っている。
 また、漢方薬のような伝統薬に加えて、ゴマのセサミン、大豆のイソフラボン、ポリフェノール等の天然薬物や食物の成分について、健康不調を訴える健康な人(疲労、不眠、便秘など)に対する不調マーカーを探索するとともに、摂取することによってタンパク質の発現がどのように変動するかを評価することによってその有効性を科学的に確認する研究に展開しつつある。

患者を診断し、採血した後、漢方薬を投与する。一定期間投与し、再び採血する。
薬の投与前後、それぞれの血液中のタンパク質成分をプロテインチップで調べる。
漢方薬の効果の有無別に解析データを蓄積(データベース化)させる。このデータを参考に、適した漢方薬を判断するための支援システムをつくる。これを基に、病状の改善効果を確認する。
漢方の診断支援システム構築の流れ

プロテインチップ解析(TOF-MS):
タンパク質の分子量分布を調べることで、TOF-MSとは田中耕一氏(島津製作所)がその原理を発明してノーベル賞を受賞した技術をベースとした解析装置である。

(2)免疫機能を活用した診断・治療システムの開発
 体内にウイルスや病原菌が入ると、血液中の細胞である白血球の一つであるBリンパ球が病原菌を攻撃する抗体を作って体を守る働きをする。
 抗体を作り出すBリンパ球は種類が多く、特定の病原菌に対応したBリンパ球は、数十万個の細胞の中に数個といった少ない割合で存在するものが多い。
 この研究開発は、特定の病原菌に対応したBリンパ球を探して取り出し、その細胞がつくる抗体を体外で量産して患者に投与することによって治療するシステムの開発を行うもので、抗体医療と呼ばれ作製される抗体は抗体医薬品として大きな期待が寄せられている。
 従来、このような特定の細胞を取り出すことはたいへん難しかったが、「とやま医薬バイオクラスター」の研究チームでは、細胞が一つずつ入る孔(ウェル)を25万個もったマイクロアレイチップ(細胞チップ)を作製し、そのウェル内の細胞を病原菌(抗原)で刺激し、反応して蛍光を発する細胞を見つけ出し採取する手法の開発に成功した。
 これまで、B型肝炎ウイルスに対する抗体を探索することに成功し、その抗体の高い機能を確認している。
 さらに、この細胞がつくり出す抗体の遺伝子をクローニングして抗体を工場で大量に生産する技術を確立することを目指している。
抗体をつくる細胞の採取から患者さんへの投与までの過程
抗体をつくる細胞の採取から患者さんへの投与までの過程

Bリンパ球:
体は体外からの異物(細菌等)を無毒化したりする等の反応をおこしますが、異物に応じた特定のBリンパ球がこの反応をおこすための抗体を作り出す。
マイクロアレイチップ(細胞チップ):
1センチ平方の中に直径10ミクロンのウェル、約25万個を格子状に配したチップで、Bリンパ球細胞が一つずつ孔に入るようになっている。

(3)先天性代謝異常症早期診断のための酵素チップ開発
 フェニルケトン尿症等の先天性代謝異常症は重篤な疾病であるが、生まれてすぐに検査して早期に食事療法など適切な処置を施すことができれば発症を抑止できる。
 現在、新生児の踵から採取した微量の血液を衛生研究所等において診断キットを用いたマイクロプレート法や高度な分析機器を用いて検査しているが、どこでも簡便に診断できることが望まれている。
 ここでは、すべての新生児への検査が推奨されている4つの先天性代謝異常症(フェニルケトン尿症、メープルシロップ尿症、ホモシスチン尿症、ガラクトース血症)を同時に1チップで検査するための酵素チップの開発を進めており、フェニルアラニン等を定量するための酵素の探索に成功している。
新生児の踵からの微量血液採取と酵素チップ
新生児の踵からの微量血液採取と酵素チップ

酵素チップ:
先天性代謝異常症は、生まれつき特定の酵素に異常があるため起こる病気で、種々の酵素を固定化したチップによって診断する。


とやま経済月報
平成17年10月号