特集

バイオで拓こう新産業(III)

財団法人 富山県新世紀産業機構 参与
知的クラスター事業科学技術 コーディネータ 東保喜八郎


6.工学系研究開発課題の概要

(1)超集積・高機能型チップデバイスの開発
 ナノ・マイクロテクノロジーにおける微細加工技術を用いて、独自の超集積型チップデバイスを作成するとともに、迅速な解析機能を可能とするバイオセンサーの開発を進めている。
 先端医療の分野においては、DNAやタンパクの解析に続いて再生医療や抗体医薬品開発にむけて血液中の細胞が注目されてきており、細胞を一つずつ明確に区分して解析、処理する技術が求められている。
 ここでは、1平方センチの中に20万個以上の小さな細胞が一つずつ入るウェル(孔)を格子状に配したマイクロアレイ型のチップによって血液中のBリンパ球細胞等を分離・検出するシステムの開発、狭い流路に細胞を流しながら分離するようなフロー型のチップによって連続的に細胞を分離して解析するシステムの開発等を行っている。
 将来的には、細胞の分離、検出、解析、回収といった一連の反応や分析をすべて一つのチップ上で行うようなシステムの開発につなげていくことを目指している。

アレイ型チップ/センサー
アレイ型チップ/センサー マイクロフロー型チップ/センサー
マイクロフロー型チップ/センサー

チップデバイス、バイオセンサー:
チップデバイスは、微小なDNA、タンパク、細胞等を扱うための道具ともいえるもので、バイオセンサーはチップに機能を持たせて生体反応を検出して電気や光の信号に変換するものの総称である。
ナノ・マイクロテクノロジー:
マイクロ(μm)は1/1000mm、ナノ(nm)はさらに1/1000μmの単位で、細胞はマイクロ、DNAはナノオーダーであり、微細な対象物を扱う技術の総称である。

(2)免疫マイクロアレイチップシステムの開発
 抗体を用いた診断薬や医薬品の開発を進めるため、マイクロアレイチップのウェルへのBリンパ球細胞や抗原・抗体の配置、細胞の免疫反応モニタリング、応答した細胞の採取等を行う一連の抗体探索システムの研究を行っている。
 特に、抗原に反応する特定の細胞を自動的に取り出すためのスクリーニングシステムについて、経済産業省の地域新生コンソーシアム研究開発補助金を得て、県内外の企業と共同で開発試作を進めており、本年度中にはそのプロトタイプが完成する予定となっている。
抗原に反応する細胞を見つけて取り出してくる過程
抗原に反応する細胞を見つけて取り出してくる過程

(3)DNAチップ、遺伝子解析チップの実用化研究
 肥満や糖尿病などの生活習慣病になりやすい体質を遺伝子情報から診断するためのDNAチップを開発しており、遺伝子配列の違いを電気的信号の変化から高精度に測定することによって判断する技術の開発に成功している。
 また、細胞チップの開発では、高精度なマイクロウェルの作製、細胞を効率的に固定するためのウェル構造や材料についての研究を行っており、さらに、実用化を目指して量産化についての研究も進めている。
細胞チップの拡大図
細胞チップの拡大図


7.設立したバイオベンチャー「エスシーワールド株式会社」の概要

(1)設立の経緯
 とやま医薬バイオクラスター事業における医工連携の成功例として、世界に先駆けて開発した「細胞チップ」がある。
 この細胞チップを用いることによって生体防御機構の役割を担う抗体を取得することもできる。
 具体的には、優れた機能を持ったB型肝炎抗体遺伝子の抽出に成功し、特許出願をしている。
 細胞チップを用いた抗体の探索法は、従来の方法に比べてかなりの優位性を持っており、抗体を探索する装置や受託による抗体探索などの事業化の可能性を検討したところ、十分に事業として成り立つという結論が得られたことから、とやま医薬バイオクラスター発、富山医科薬科大学発ベンチャーとして、平成17年2月にエスシーワールド株式会社が設立された。
 現在、新世紀産業機構の技術交流センター内に本社を置き、研究者を採用して新たな抗体探索の研究開発を進めるとともに、医薬品の治験事業についても専門の担当者が受託業務推進の準備を行っている。
 同社は、細胞チップの研究開発に関わった富山医科薬科大学の村口教授、岸助教授、富山大学の鈴木教授、北陸先端科学技術大学院大学の民谷教授、さらには、インテック・ウェブ・アンド・ゲノム・インフォマティクスの末岡副社長等が発起人となり、株式会社スギノマシン、立山科学工業株式会社、株式会社リッチェル、県外からは日立ソフトウエアエンジニアリング株式会社が協力する形で設立され、末岡宗広氏が社長に就任された。

(2)社名、コーポレートシンボルデザイン
 会社名は、細胞チップによる個々の単一細胞(Single Cell)を扱う技術をプラットホーム技術としていることから、S(エス)C(シー)World(ワールド)株式会社と命名された。
SC Worldシンボルマーク 会社のシンボルマークの3つの球はそれぞれ単一細胞を示し、赤い球「太陽」は未来に向かう熱い志、緑の球「森」は安定した地球環境、青い球「宇宙」は悠久なる行く手をイメージしている。

 企業理念は、自然と調和した生命科学と技術の進歩を追求し、新しい商品やサービスを創造することにより、世界の人々が健康で豊かで幸せな生活を送ることに貢献することとしている。

(3)事業概要
  抗体取得から治験段階を経由し、抗体医薬品創薬までのフルレンジの創薬事業を進める。
  特に、独自の抗体・抗体遺伝子・抗体医薬品の開発を進めるとともに、他からの受託開発や開発品のライセンスアウトも行う。
 また、抗体取得のための機器・システム・組織アレイの販売やライセンスアウトを実施するとともに、単一細胞解析技術と組織アレイを組み合わせた診断・アッセイシステムの提供も行う。
◆抗体探索用細胞アレイチップ・試薬の製造・販売
◆抗体探索用細胞スクリーニング装置の製造・販売
◆抗体開発とライセンシング
◆抗体の受託作製
◆生命情報工学による解析の受託
◆臨床試験支援業務(臨床試験データの解析等)
◆医薬品・健康食品の治験業務
エスシーワールドの事業概要
(4)将来像
 世界的な流れとして、創薬ベンチャーは製薬企業の開発の一部を肩代わりするような機能を発揮しており、エスシーワールドも製薬企業と連携して抗体開発事業を推進することによって世界市場で発展していくものと期待されている。
 具体的には、2年後には株式上場することによって資金調達を行い、有能な研究者集団を形成するとともに、研究開発事業をベースとして本格的な事業拡大を進める。
 また、抗体医薬品の世界市場は急速に拡大しており、10年後には売上額2.4兆円ともいわれており、当社でもできるだけ早い段階での年間売上20億円達成を目標としている。


8.結び

 とやま医薬バイオクラスター事業は、平成15年から実施地域としてスタートし、現在5カ年計画のちょうど中間にさしかかっているが、富山県知事を本部長とした強力なクラスター本部体制のもとに事業を推進し、細胞チップの開発など第1ステージの研究開発成果を確実にするとともに、第2ステージの診断治療システム開発のためのデータ収集等の開始、ポストクラスターともいえる第3ステージの創薬研究開発に着手するなど計画の一部を先取りする順調なペースで展開している。
 これからはクラスター形成を目指したさらなる事業拡大を推進するとともに、研究開発については事業化に向けた取組を強化し、具体的な成果を実現していきたい。
 さらに、ワールドワイドな研究者ネットワーク構築するとともに、新たに参加する企業、大学、研究機関の拡大および研究者の充実を図り、富山に知恵と人材、そして資金、情報が集積していくような仕組みの構築を目指した活動を展開していく所存である。


とやま経済月報
平成17年11月号