特集

中国の失業問題

富山大学極東地域研究センター教授 今村弘子


1.失業問題の深刻化

 20世紀の終わりを迎える頃、中国はWTO(世界貿易機関)加盟を果たそうとしていた。WTO加盟は中国の念願ではあったが、大きな試練でもあった。WTOに加盟したならば、いやおうなく国際社会との競争にさらされることになるからであった。最も懸念されたのは国有企業の存在であった。80年代までの中国の国有企業は、経営が危なくなっても国家が資金的援助をしてくれるという「親方日の丸」的体質があり、また学校や病院、退職者の年金支払いといった社会福祉部門もかかえていた。さらに「社会主義には失業がない」という建前のもと、必要ない人材まで雇用しなくてはならず、膨大な余剰人員を抱えていた。80年代半ばから国有企業改革は進められていたが、抜本的な改革のひとつになるはずの余剰人員の削減には手をつけることができなかった。社会的セーフティー・ネットワークが整っていない状況のなかで、失業者が増大すれば、社会不安が起こることは必至であったからである。しかしWTOに加盟すれば大競争の時代に突入することになる。そのため98−2000年には待ったなしの国有企業改革が行われ、それとともに失業問題が深刻化することになった。


2.失業問題の実態

 中国の公式の失業率は(図1)の通りである。ただし中国の場合、失業者として登録されるのは、都市戸籍を持つ人のみで、年末時点での失業率が発表されるだけであった。この公式の失業率だけでも90年代前半までは3%台の前半であったものが、後半からは徐々に増加し始め、03年の失業率は4.3%に達した。
 しかし実際にはこの他に「下崗(シアガン)(一時帰休者)」状態にある実質的な失業者たちがいる。下崗とは職場との契約は残っているものの、地位を失った状態を指す。企業との契約がまだあるという意味では失業者とは異なるものの、一時的に職場を離れ、一定期間がたったならば職場に復帰できるというレイオフとは異なり、実際には職場に戻る可能性はほとんどなく、失業者とほぼ同義である。従ってこの下崗職工※i を失業者に加えた実質的な失業率は03年には7.8%に達している(図1の黄色のグラフ)。

(図1)失業率の推移
(図1)失業率の推移
出所)「中国労働統計年鑑」

 下崗状態の人を加えた実質的な失業率は地域的に大きな偏りがある。北京では1.4%なのに対し(下崗職工はいない)、未だ国有企業が経済の中心である東北三省(遼寧、吉林、黒竜江)では10%台となっている(表1)。また03年中に249万人の下崗職工が減少したことになっているが、再就職できたのは85.3万人※ii であり、労働契約を解除したり、再就職をあきらめざるを得なかった人も多いのではないかと思われる。

(表1)実際的な失業率(2003年)
(表1)実際的な失業率(2003年)
出所)「中国労働統計年鑑 2004」p.9、138、141


 また前述したように中国の失業者も下崗職工も、都市戸籍を持っている人であり、農村からの出稼ぎ労働者で、都市にはでてきたものの、職を得ることができなかった者は、この統計には含まれないので、実際の失業率はさらに高いことになる。さらに1.5億人ともいわれる農村での余剰労働力ももちろん含まれていない。


3.再就職の可能性

 それではどのような人が下崗職工となるのであろうか。国有企業に勤務していた者が下崗職工全体の61.8%を占めている(欠損国有企業では46.5%、すなわち国有企業に勤務していた者で下崗された職工の75.2%は欠損企業に勤務していたことになる)※iii
 再就職先として期待されているのが、私営企業である。かつて社会主義の時代には「資本主義のシッポ」とすらいわれた私営企業であるが、いまや経済発展のためにも、雇用のためにもなくてはならない存在になりつつある。ただし私営企業が経済の中心になっていない東北三省などでは、私営企業による失業者の吸収も難しい。さらにワークシェアリングを行ったり、地域のコミュニティでの就職を進めようとしているが、賃金の安さから、再就職をしてもやめてしまう場合すらある。


4.中国の賃金は低いのか

 このように大量の失業者を抱え、なおかつ農村に膨大な余剰人員を有する中国で、04年になって、広東省や浙江省などで、ブルーカラーの賃金もあがってきたという報道が相次いだ。広東省の単純労働力の賃金は改革開放(1978年末)以来、ほとんど上がっていない地域すらあったことから、調整局面にあると思われる。不十分ではあるが、西部大開発によって内陸地でも現金収入を得られることになり、出稼ぎしなくてもすむ地域が現れ始めた。あるいは広東省や浙江省といった沿海地域の賃金をあげることによって、まだ賃金が低い内陸地域への投資を誘致したいという思惑もあるのかもしれない。
 ただしひとつ気になる数字がある。99年以来賃金の上昇率がGDPの成長率を上回っているのである(図2)。この数字は職工の賃金であり、賃金の上昇に寄与しているのは、主にホワイトカラーである。急激に外資系企業が増加するなかにあって、マネージメントを担える人材など専門的知識や技能をもつ人材が払底し、その賃金が急激にあがっている。優秀な人材を確保できないことから、外資系企業同士の人材の引き抜き合戦が起こり、それがまた賃金を上昇させている。
 企業運営のためには単純労働力だけではなりたたない。企業進出を行う際にはホワイトカラーの人材をどのように確保するかも考えていかなければならない。

(図2)GDPと賃金指数
(図2)GDPと賃金指数
出所)「中国労働統計年鑑 2004」p.6


5.中国の労働と失業問題

 中国は改革開放政策以降、高度成長を誇っている。高度成長がいつまで続くのか。経済発展の不安定要因のひとつは失業問題である。
 中国で7%以上の高成長が至上命題になっているのは、誰でもが小康(まずまずの暮らし)状態の暮らしができる社会を目指しているからでもあるが、7%以上の成長を続けていかないと、毎年800万人前後誕生する新規労働力を吸収できないからでもある。90年代後半から大学進学率が急速にあがっているが、これも人材育成とともに、若年労働力の労働市場への参入を遅らせるためという説すらある。
 さらに失業者の大量の存在が社会不安を起こすという問題もある。東北地方などでは、示威運動も起こっていると伝えられている。規定では、下崗職工は最長3年間再就職訓練センターで技能訓練などを受け、センターより職業を紹介してもらうが、それでも再就職できない場合は「失業者」となり失業保険(最長で2年間)を受け取ることになっている(ただし再就職訓練センターは順次閉鎖される予定)。しかし実際には職場からの福利厚生を享受できる地位を失わないために、10年以上下崗状態にいる人もいる。現在の50代前後の人々は学齢期が文化大革命の時期にあたっているために、まともに学業を修めていない人も多く、それが一層再就職を難しくしている。50代の男性、40代の女性の再就職を促すために「4050工程※iv」を行っているが、特別な配慮をしても実際には再就職はあまり進んでいない。
 一方で労働のミスマッチ問題も深刻である。都市の失業者はいわゆる3K労働をやりたがらないことから、大量の失業者にもかかわらず、農村からの出稼ぎ労働者が流入している。一方で外国語が話せたり、コンピュータを扱うことのできる人材などは払底していることから、それらの業種の賃金は前述のように高騰している。
 現在のように高度成長が続いている間に、失業問題についてなんらかの解決策を見出すことができなければ、成長率が鈍化したときに、さらなる大失業時代を迎えるかもしれない。

※i職工とは職員(ホワイトカラー)と工人(ブルーカラー)をさす。
※ii「中国労働統計年鑑 2004」 p.149-150
※iii同上 p.146 近年学歴別の数字が発表されていないため、99年の数字でみると41.7%が中卒以下である(「中国労働和社会保障年鑑 2000」 p.640)。
※ivリストラやレイオフされた人々のなかで再就職が困難な、40代の女性と50代の男性の再就職を支援するプロジェクト。特別な支援はしているが、実際には再就職は難しい。

とやま経済月報
平成17年3月号