みせかけの法則の生じる仕組みと
実証分析の手続き
富山大学経済学部助教授 本間哲志
1.はじめに
前回は、経済法則が潜在するにもかかわらず、私たちが観測する量の間の関係式が不安定になってしまい、“みせかけの法則”に惑わされるという問題がどういう事情によって生じるのかを解説しました。それは供給法則(供給関数)や需要法則(需要関数)を統御実験にならったやり方で見つけるのは困難であるという事情でした。多くの財は込み入った市場の流通機構を通じて価格が決まること、統計資料から読み取れるのは供給曲線と需要曲線の交点の位置だけであり、後ろに隠れて存在している2つの曲線の形状はわからないことなどが事情としてありました。最終回の今回は、こうした事情により統御実験が困難な場合、どのような仕組みによって“みせかけの法則”が生じるのか、そして、“みせかけの法則”に惑わされずに真の法則を捉えるためにはどのような手続きが必要であるのかについて解説します。
2.みせかけの法則の生じる仕組み※1
2.1. 図による説明
前回説明したような事情から、多くの財の価格と取引量の決定の仕組みを統御実験で捉えることは困難です。このため、各年の取引量と価格を記録したとしても、その間に、その財の価格以外の要因、つまり、他の財の価格や所得、生産要素の価格、技術などの環境要因は変化してしまいます。前回説明した供給関数の式((1.2)式)で言えば、p L、p K、p M、T が変化し、需要関数の式((1.4)式)で言えば、p b、p c、...、y が変化します。したがって、財a の需要量や供給量の変化は財a の価格p D やp S だけの変化から生じたのではありません。前回説明した(1.3)式や(1.5)式で言えば、(1.3)式のB S や(1.5)式のB D の値が環境要因の変化を反映して刻々と変動して財a の需要量や供給量を変化させます。
こうした環境要因をB =(B D、B S )で表すとしましょう。B の値の変化による取引量と取引価格の変化を図示するため、環境要因がB1 =(B1D、B1S )の状態にあるときの需要曲線と供給曲線をそれぞれ、D1 、S1 とし、B21 =(B2D、B1S )の状態にあるときの需要曲線と供給曲線をD2 、S1 とします。さらに、B2 =(B2D、B2S )の状態にあるときの需要曲線と供給曲線をD2 、S2 とします。環境要因がB1 →B21 →B2 と変化することによって、需要曲線と供給曲線の交点はE1 →E21 →E2 と変わります。これらの交点を取引量と取引価格の組で表せば、E1 =(q1*、p1*)→E21 =(q21*、p21*)→E2 =(q2*、p2*)と変化します。統御実験ができない私たち観測者は、取引量と取引価格とが(q1*、p1*)から(q2*、p2*)へ移ったことを見つけるでしょう(図2-1)。
(図2-1)環境要因の変化と需要曲線及び供給曲線のシフト
そして2001〜2004年の観測期間に、たまたま、E1 からE4 までに仮に1つの直線AB 上に沿って、取引量と取引価格とが移ったとすると(図2-2)、需給両曲線の交点は1つの直線AB 上にあるという“みせかけの法則”を捉えてしまうことになるでしょう(図2-3) ※2。
(図2-2)環境要因の変化とみせかけの法則
(図2-3)みせかけの法則
この場合、直線AB を、E1 〜E4 の点をつないで、
q =C0 +C1 ×p (2.1)
という式で表し、C0 とC1 の数値を測定できます。しかし、2005年に、供給曲線のシフトが筋書き通りの動きをする保証はありません。たまたま、(図2-2)のS5 になったとすると、2005年の交点は、E5 であり、2004年までの交点をつないだ線の延長線上にはありません。こうして“みせかけの法則”は崩れてしまいます。前回説明した(1.2)式や(1.4)式で表される潜在的な法則(需要法則や供給法則)は、少しも損なわれていないのに、“みせかけの法則”である(2.1)式は崩壊するのです。この場合、(2.1)式は、(1.2)式の供給関数や(1.4)式の需要関数より自律度が低いといいます。(1.2)式や(1.4)式のように自律度の高い式は安定的でも、(2.1)式のように低い式は不安定になるということが多いのです。
2.2. 式による説明
以上のことを式の形でもう一度たどってみましょう。単純化のために、環境要因B D とB S はそれぞれ、1つずつの変数と考えます。いま、観測期間(2001〜2004年)内において、たまたま、供給関数の環境要因B S が時間の経過とともに、
B S =G (t ) (t =2001〜2004) (2.2)
という関係で動いたとしましょう。これを前回説明した供給関数(1.3)式に代入して、
q S = (p S、G (t ))=S (p S、t )
(2.3)
という関係式を得ることができます。これは、(図2-2)の供給曲線S1 〜S4 の動きを表す式です。つまり、この式をp S について解けば、p S =S -1 (q S、t )と表されます※3。t =2001とすれば、図の曲線S1 が描かれ、t =2002とすれば、曲線S2 が描かれます。ただし、関数S は2001〜2004年についてだけ成立することに注意してください。なぜなら、(2.3)式を導くのに使った(2.2)式が2001〜2004年においてだけ成立するからです。
需要関数についても、前回説明した(1.5)式で、やはり2001〜2004年の間に限って、需要関数の環境要因B D が、時間の経過とともに、次のような関数に従って変化したとしましょう。
B D =H (t ) (t =2001〜2004) (2.4)
この関係を前回説明した需要関数(1.5)式に代入すれば、
q D = (p D、H (t ))=D (p D、t )
(2.5)
となって、需要量q D はp D とt の関数になります。この式をp D について解けば、p D =D -1 (q D、t )と表されます※4。この式に、t =2001〜2004を代入すれば、(図2-2)の需要曲線D1 〜D4 が描けます。ただし、関数D は2001〜2004年にだけ妥当することに注意してください。なぜなら、これを導くのに使った(2.4)式はこの期間においてのみ成立するからです。
2001〜2004年における需給両曲線の交点の軌跡(図2-2、2-3のE1 〜E4 )については、2001〜2004年のみ妥当する関係式(2.3)式(図2-2のS1 〜S4 )と、同じく2001〜2004年にだけ成立する(2.5)式(図2-2のD1 〜D4 )から、変数t を消去してやれば求められます。つまり、(2.3)式をt について解けば、
t =S -1 (q S、p S )=s (q S、p S ) (2.6)
と表され※5、 (2.5)式をt について解けば、
t =D -1 (q D、p D )=d (q D、p D ) (2.7)
と表されます※6。両者を等置して、q*=q D =q S、p*=p D =p S とすれば、
s (q*、p*)=d (q*、p*) (2.8)
が得られます。これをp*について解いたのが(図2-2)のAB 線の方程式であり、q*について解いたのが(図2-3)のAB 線の方程式です。これを次のように表しましょう。
q*=l (p*) (2.9)
前節で説明した(2.1)式は、この式の関数l がたまたま1次関数になる場合に他なりません。また、前回説明したみせかけの法則(1.1)式は、(2.3)式をp S について解いた式p S =S -1 (q S、t )と(2.5)式をp D について解いた式p D =D -1 (q D、t )を等置して(S -1 (q S、t )=D -1 (q D、t ))、q*=q D =q S とおき、それをq*について解いた式、つまり、
q*=k (t ) (2.10)
に他なりません。
(表2-1)は以上をまとめたものです。上述のように、(1.3)式と(2.2)式から(2.3)式が導かれ、(1.5)式と(2.4)式から(2.5)式が導かれます。そして、(2.3)式と(2.5)式から(2.9)式と(2.10)式が導かれるのです。このとき、(1.3)式と(1.5)式は供給法則と需要法則を示す基本的関係式であり、(2.3)式は(1.3)式よりも自律度が低いといわれます。同様に、(2.5)式は(1.5)式よりも自律度が低いといわれます。なぜなら、(1.3)式と(1.5)式がそれぞれ、一般的にあてはまる安定的な関係である場合にも、たまたま、成立している(2.2)式と(2.4)式が崩れれば、(2.3)式と(2.5)式は成立しなくなってしまうからです。(2.9)式と(2.10)式についても同様です。
(表2-1)みせかけの法則の生じるしくみ
このように、(1.3)式や(1.5)式が安定的で一般に認められる経済法則(供給法則と需要法則)を示すとしても、前回説明したような事情で環境要因であるB S やB D を一定に保つといった統御実験が困難であれば、(2.3)式や(2.5)式のような自律度の低い関係式を観測しやすくなり、その結果、(2.9)式や(2.10)式のような崩れやすい“みせかけの法則”をつかんでしまう恐れがあるということになります。
観測可能な期間(2001〜2004年)の価格と数量から求めた式が(2.9)式や(2.10)式のような自律度の低い式である場合、その式が観測期間外でも当てはまるのは、B S やB D の環境要因の時間的な変化が、たまたま観測期間外でも期間内と同様である場合に限られます。(2.9)式や(2.10)式が観測期間内の価格と数量の関係をどんなによく表しているとしても、環境要因の変化のいかんによっては、観測期間外ではその当てはまりのよさは失われてしまうのです。逆の言い方をすれば、観測される価格と数量の関係から求めた(2.9)式や(2.10)式が不安定だからといって、その背後に(1.3)式や(1.5)式のような安定的な(自律度の高い)真の経済法則(供給法則と需要法則)が隠れて存在する可能性を否定する根拠にはならないといえるでしょう。
※1 小尾恵一郎、『計量経済学入門−実証分析の基礎−』、日本評論社、1972年、9〜15頁。 ※2 (図2-3)は見やすいように、(図2-2)の縦軸(p )と横軸(q )を入れ替えたものです。 ※3 p S =S -1 (q S 、t )はq S =S (p S 、t )の逆関数です。 ※4 p D =D -1 (q D 、t )はq D =D (p D 、t )の逆関数です。 ※5 p S =S -1 (q S 、t )と同様、t =S -1 (q S、p S )はq S =S (p S 、t )の逆関数です。 ※6 p D =D -1 (q D 、t )と同様、t =D -1 (q D、p D )はq D =D (p D 、t )の逆関数です。
3.実証分析の手続き※7
以上から言えることは、次の2つの条件が満たされる場合には、自律度の低いみせかけの関係に惑わされることなく、よい近似で真の経済法則に到達できるということです。つまり、(1)私たち観測者が真の経済法則((1.3)式や(1.5)式)に登場する全ての要因(変数)を正しく知っており、(2)統御された実験が可能であるという条件です。
しかしながら、実際には、前回説明した事情から、この2つの条件を同時に満たすのはほとんど不可能です。このため、安定した真の経済関係式(経済法則)を捉えるためには、次の手続きがどうしても必要になります。
●(手続き1) 観測事実の収集と整理
●(手続き2) 観測事実の発生の仕組みを説明できるような理論の設定
●(手続き3) 理論の具体化
●(手続き4) 理論の検証
(手続き1)の「観測事実」とは、各種の経済統計資料などの観測数値(データ)をさします。(手続き2)の「理論」とは、原理や原則にもとづいて、筋道を立ててまとめられた考えや論をいいます。定量的な科学の分野では、通常、関係式(方程式)や関係式の集まり(連立方程式体系)で表されます。理論を表す関係式は定数項や係数を含んでいます。例えば、y =a +b × x の場合、a が定数項で、b が係数です。(手続き3)の「理論の具体化」とは、こうした定数項や係数の値を決めることをいいます。多くの場合、値の決定は推定によって行われます。推定は定数項や係数の値を推し量る手続きです。推定のためには、観測事実、つまり、観測数値(データ)が使われます。例えば、y をある財の需要量、x をその価格とし、x の様々な値に対応したy の値が観測できるならば、適当な推定方法を用いて、a とb の値を決める(推定する)ことができます。
(手続き4)の「理論の検証」とは、具体化した理論、つまり、定数項や係数の値が決定された関係式が観測事実と一致しているかどうかの検討です。例えば、(図2-4)において、先ほどのy とx の観測値の組が●印の点であるとしましょう。
(図2-4)理論の検証
理論を具体化(定数項や係数を推定)することによって求められた直線を とします。直線
が図のように観測値とよく一致していれば、すでに行われた観測の範囲において、理論は妥当なものと判断され、第1段階の検証に合格します。第2段階の検証は、さらに、新しく観測された事実に対してもまた、理論が適合しているかどうかを調べることです。(図2-4)において、新しい観測値の組が×印の点であるとします。これらの点が直線
とよく一致していれば、第2段階の検証にも合格することになります。以下、順次新しい観測を重ねて、いつも理論と事実が一致することが見出されるならば、理論の一般性が高くなります。
このように、把握された関係式(y =a +b × x )が観測の及ぶ限りにおいて一般性が高い場合、y とx の間に1つの法則が存在していると見なします。もちろん、新しい観測事実によって、その法則が否定される可能性は常にあります。しかし、法則の真の姿を直接に知ることができない以上、法則の存在は観測の及ぶ範囲に限定せざるをえません。ある法則の存在が科学上の真理であるというときには、観測の及ぶ限りにおいて一般性の高い(検証に合格している)ある関係が見つけられているということに他ならないのです。
こうした手続きはすべての実証科学に共通です。しかし、経済現象については、(手続き3)及び(手続き4)の段階で、統御された実験に匹敵するような測定方法を開発し、適用しなければなりません。これが計量経済学という学問分野の1つの主要な課題です。経済法則が存在するか否かを実証分析によることなく理論だけで論証することはできません。こうした手続きを経て安定的な関係が見いだされたとき、経済法則は存在をかちえたことになるというのが現代の研究者の見解です。
※7 小尾、前掲書、15〜21頁。
4.むすび
以上、前回説明した事情から統御実験が困難な場合、どのような仕組みによって“みせかけの法則”が生じるのか、そして、“みせかけの法則”に惑わされずに真の法則を捉えるためにはどのような手続きが必要であるのかについて解説しました。要点を箇条書きにすれば以下のようになります。
(1) 供給関数を示す(1.3)式とその環境要因の変化を示す(2.2)式から、観測期間内だけでしかその存在が保障されない(2.3)式が導かれます。同様に、需要関数を示す(1.5)式とその環境要因の変化を示す(2.4)式から、観測期間内だけでしかその存在が保障されない(2.5)式が導かれます。そして、(2.3)式と(2.5)式から“みせかけの法則”である(2.9)式と(2.10)式が導かれます。 (2) (1.3)式と(1.5)式は供給法則と需要法則を示す基本的関係式であり、(2.3)式は(1.3)式よりも自律度が低いといわれます。同様に、(2.5)式は(1.5)式よりも自律度が低いといわれます。なぜなら、(1.3)式と(1.5)式がそれぞれ、一般的にあてはまる安定的な関係である場合にも、たまたま、成立している(2.2)式と(2.4)式が崩れれば、(2.3)式と(2.5)式は成立しなくなってしまうからです。(2.9)式と(2.10)式についても同様です。 (3) (1.3)式や(1.5)式が安定的で一般に認められる経済法則(供給法則と需要法則)を示すとしても、環境要因を一定に保つといった統御実験が困難であれば、(2.3)式や(2.5)式のような自律度の低い関係式を観測しやすくなり、その結果、(2.9)式や(2.10)式のような“みせかけの法則”をつかんでしまう恐れがあります。 (4) (2.9)式や(2.10)式が観測期間内の価格と数量の関係をどんなによく表しているとしても、環境要因の変化のいかんによっては、観測期間外ではその当てはまりのよさは失われてしまいます。逆の言い方をすれば、観測される価格と数量の関係から求めた(2.9)式や(2.10)式が不安定だからといって、その背後に(1.3)式や(1.5)式のような安定的な(自律度の高い)真の経済法則(供給法則と需要法則)が隠れて存在する可能性を否定する根拠にはなりません。 (5) 次の2つの条件が満たされる場合には、みせかけの関係に惑わされることなく、よい近似で真の経済法則に到達できます。つまり、1)私たち観測者が真の経済法則((1.3)式や(1.5)式)に登場する全ての要因(変数)を正しく知っており、2)統御された実験が可能であるという条件です。 (6) 1)と2)の条件を同時に満たすのはほとんど不可能であるため、安定した真の経済関係式(経済法則)を捉えるためには、次の手続きがどうしても必要です。第1に、観測事実の収集と整理、第2に、観測事実の発生の仕組みを説明できるような理論の設定、第3に、理論の具体化、そして最後に、理論の検証です。 (7) ある法則の存在が科学上の真理であるというときには、観測の及ぶ限りにおいて一般性の高い(検証に合格している)ある関係が見つけられているということを意味します。 (8) 経済法則が存在するか否かを実証分析によることなく理論だけで論証することはできません。上述の4つの手続きを経て安定的な関係が見いだされたとき、経済法則は存在をかちえたことになるというのが現代の研究者の見解です。