経済指標の見方・使い方


みせかけの法則と統御実験

富山大学経済学部助教授 本間哲志


1. はじめに

 前回は一般に法則にはどのようなものがあり、その中で経済法則とはどのような法則なのかについて解説しました。経済分析の上での法則とは、所得や価格、就業者数などの経済量や資源の存在量などの間に成り立つ量的な関係式(方程式)をさしています。多くの場合、統御実験ができないため、こうした関係式は観測事実(データ)から直接見出すことができません。理論との関連ではじめて見出せるものであり、その意味で、潜在的な関係式です。このため、経済法則が潜在するにもかかわらず、私たちが観測する量の間の関係式が不安定になってしまうという問題が生じやすくなります。こうした問題が生じた場合、私たちは“みせかけの法則”に惑わされることになります。そうした事態を避けるために、今回はこうした問題がどういう事情によって生じるのかを解説します。


2. みせかけの法則と潜在的な関係式

2.1. みせかけの関係式
 ある財の販売量の実績を年度順に並べ、この傾向を伸ばして将来の販売量を予測するという問題を考えましょう。例えば、パソコンの販売量の4年目までの実績が(図1-1)の直線 a b 上にのっているとします。

(図1-1)見せかけの法則
(図1-1)見せかけの法則

この直線の式は
q =100+5×(t−2000) (1.1)

です。ただし、q は販売量(単位:10,000台)、t は年度2001、2002、2003、2004です。(図1-1)の直線を延長して((1.1)式の tt = 2005、2006 を代入して)、2005、2006年度の販売量を予測すると、それぞれ、125、130になります。しかし、実際には、2005、2006年度の販売量が例えば、120、123(*印)であったとすると、予測値は過大推定だったことになります。予測を信じて設備を拡張したりすれば、思わぬ過剰能力をかかえることになります。
 2004年までの販売実績は(1.1)式で表される直線上にあるという事実から、予測者がこれを1つの法則だと思い込んだとしましょう。そうすると、この「法則」は2005年以降を迎えると崩れてしまったと考えることになります。
 しかし、ここでパソコンの安定的な需要法則が存在しないと結論するのは早計です。観測される販売量は需要と供給が一致した際の取り引きされた量(取引量)です。したがって、時間 t だけでなく、需要と供給に影響を与える全ての要因に依存します。例えば、考察対象のパソコンの価格、他のパソコンの価格、消費者の所得、パソコンの部品の価格、労働者の賃金、技術進歩などです。もし、こうした要因がすべて統御され(一定に保たれ)た上で、(1.1)式が成り立つならば、経済法則を示す関係式と見なすことができるでしょう。しかし、実際には統御されておらず、(1.1)式は“見せかけの式”にすぎません。

2.2. 潜在的な関係式:供給法則の例
 ここで大事なのは、「観測される販売量は需要と供給が一致した際の取り引きされた量(取引量)である」という認識です。こうした認識はミクロ経済学の市場理論(部分均衡論)に基づくものです。これによれば、取り引きされる財の価格と数量は需要曲線と供給曲線の交点の水準であるとされます。他の要因を一定として、需要曲線は財の需要量に対して、購入してもよいと思う最大価格を示すものであり、右下がりの曲線として示されます。一方、供給曲線は財の供給量に対して、販売してもよいと思う最低価格を示すものであり、右上がりの曲線として示されます。こうした需要曲線を示す関数(需要関数)の式と供給曲線を示す関数(供給関数)の式が経済法則(需要法則と供給法則)を示す潜在的な関係式に他なりません。

2.2. 潜在的な関係式:供給法則の例 グラフ1

 ここでは、供給法則を例にして潜在的な関係式という言葉の意味を説明しましょう※1。 このためにはまず、供給量と取引量をはっきり区別することが大切です。例えば、野菜のせり市場でキャベツが売買されているとしましょう。いまキャベツが仮にキロ当たり300円のとき、その値で売りたいという申し出が2,000トンであったとすれば、価格300円に対する供給量は2,000トンです。しかし、この供給量が2,000トンの需要で満たされるとは限りません。それは全く別の問題です。300円のとき、需要量もまた2,000トンで、供給が過不足なく満たされるなら、供給量2,000トンは需要量に等しく、それは同時に取引量です。供給量と需要量が一致しなければ、2,000トンの売りの申し出は値段がキロ300円の際の供給量であって取引量ではありません。このとき、供給量が需要量を下回る(需要超過)なら値上がりし、逆に上回る(供給超過)なら値下がりして供給量が変わり、需要量と一致したとき300円とは違う値段で、2,000トンとは違う供給量(=需要量)が取引量になります。

2.2. 潜在的な関係式:供給法則の例 グラフ2

 供給量の決定を統率する供給法則というときには、300円でなら2,000トン、400円でなら3,000トンの供給量(売りたいという申し出)があるという関係をさします。そして現在450円の値が建ち、取引量が仮に3,500トンであるとすると、この事実の背後には図1-2のような関係が潜在しているといいます。この関係を供給の「予定表」(schedule)ともいいます。これは、仮にこれこれの値段ならこれだけの供給量が生じるという関係です。この潜在的な量的関係が安定的な真の法則として存在している場合にも、私たちの観測する取引量と価格の間には(上述のような)みせかけの法則が成立することがあります。多くの場合、それは不安定であることが経験されます。考察対象である財の価格以外の要因を統御(一定に保つことが)できないことがその主な原因です。

(図1-2)供給曲線
(図1-2)供給曲線

※1 小尾恵一郎、『計量経済学入門−実証分析の基礎−』、日本評論社、1972年、6〜7頁.


3. 統御実験による潜在的関係式の把握

 統御実験ができるならば、潜在的な関係式を直接に見つけやすくなります※2。せり市場も、もし様々な呼び値(価格)に対する売りの申し出や買いの申し出が克明に記録され、取り引きされる財の価格以外の条件が一定に保たれるならば、一種の統御実験の場になります。競売人がキャベツの値を1つ示すと、売り注文(供給量)と買い注文(需要量)が出ます。売りの申し出が多くて供給超過なら、競売人の呼び値はせり下がり、買いの申し出が多くて需要超過ならせり上がります。せりの過程で、様々な呼び値とこれに対する供給量や需要量を記録し、両者の関係をグラフにすれば、供給曲線や需要曲線が求められるでしょう。他の条件が一定ならば、これらの曲線は供給や需要の予定表、すなわち、供給法則や需要法則を表します。ここで他の条件というのは、農作業に従事した人々の賃金、農機具費、種苗費、栽培技術、キャベツ以外の他の財の価格、家計の所得、人々の消費習慣などで、これらの条件が変わればキャベツの価格とは別に、キャベツの供給量や需要量を変化させます。そういった諸条件を他の条件と呼びます。他の条件を一定にする操作を「他の条件の統御」といいます。
 一般に、ある財 a の供給量 q S は、その価格 p S 、その生産に使用した労働、機械・設備、原材料などの生産要素の価格 p Lp Kp M 、技術T などに依存して決まります。このため、潜在的な供給法則は次のような関数として表すことができます。

q S =p Sp Lp Kp MT (1.2)

この関数を供給関数といいます。他の条件が一定なら、p Lp Kp MT は一定値にとどまって定数とみなせます。これをまとめて定数 B S (=(p Lp Kp MT ))と書くと、(1.2)式は

q S =p SB S (1.3)

となります。せりの間中、他の条件 B S が一定不変なら、呼び値と供給量の関係を記録すると、このデータを使って関数の具体的な形(特定な形の1次曲線、2次曲線など)を決めることができます。財 a の供給曲線は、供給関数(1.3)式に基づき、他の条件 B S を一定としたまま、財 a の(供給)価格 p S を変化させたときに、財 a の供給量 q S がどのように変化するかを、縦軸を価格 p とし、横軸を数量 q とした平面に図示したものです(図1-3のS)。供給曲線は財の供給量に対して、販売してもよいと思う最低価格を示すものであり、右上がりの曲線として示されます。
 同様に、財 a の需要量 q D は、その価格 p D や他の財の価格 p bp c 、...や所得 y などの水準に依存して決まります。このため、潜在的な需要法則は次のような関数として表すことができる。

q D =p Dp bp c 、... 、y (1.4)

この関数を需要関数といいます。供給関数の場合と同様に、他の条件が一定なら、p bp c 、... 、y は一定値にとどまって定数とみなせます。これらをまとめて定数 B D (=(p bp c 、... 、y ))と書くと、(1.4)式は

q D =p DB D (1.5)

となります。供給関数の場合と同様に、せりの間中、他の条件 B D が一定不変なら、呼び値と需要量の関係を記録すると、このデータを使って関数の具体的な形を決めることができます。財 a の需要曲線は、需要関数(1.5)式に基づき、他の条件 B D を一定としたまま、財 a の(需要)価格 p D を変化させたときに、財 a の需要量 q D がどのように変化するかを、縦軸を価格 p とし、横軸を数量 q とした平面に図示したものです(図1-3のD)。需要曲線は財の需要量に対して、購入してもよいと思う最大価格を示すものであり、右下がりの曲線として示されます。

(図1-3)需給の一致
(図1-3)需給の一致

 実際には、統御実験の場と見なせるせり市場で価格が決まるような例は稀でしょう。多くの財は、せり市場とは異なり、込み入った市場の流通機構を通じて価格が決まります(例えば、パソコンの価格)。そして、私たちが統計資料で目にすることのできる数量は供給量と需要量が一致した場合の取引量です。取引量は両者が一致したときの数量であって、種々の仮想的な価格(呼び値)に対する供給量や需要量ではありません。したがって、供給曲線と需要曲線の交点の位置だけが統計資料から読み取れるということになります。後ろに隠れて存在している2つの曲線の形状は、私たち観測者にはわかりません。このため、供給法則(供給関数)や需要法則(需要関数)を統御実験にならったやり方で見つけるのは難しいでしょう。他の経済関係式についても同じことがいえます。こうしたことが私たち観測者がみせかけの法則をつかまされる主な理由です。

※2 小尾、前掲書、7〜9頁.


4. むすび

 以上、経済法則が潜在するにもかかわらず、私たちが観測する量の間の関係式が不安定になってしまい、“みせかけの法則”に惑わされるという問題がどういう事情によって生じるのかを解説しました。要点を箇条書きにすれば以下のようになります。
(1) ある財の販売量の実績を年度順に並べ、この傾向を伸ばして将来の販売量を予測する際に得られる式は不安定な式であり、“見せかけの式”です。時間以外で需要と供給に影響を与える全ての要因が統御され(一定に保たれ)ていないからです。
(2) 観測される販売量は需要と供給が一致した際の取り引きされた量(取引量)です。この場合、需要曲線を示す関数(需要関数)の式と供給曲線を示す関数(供給関数)の式が経済法則(需要法則と供給法則)を示す潜在的な関係式です。こうした潜在的な関係式は、仮にこれこれの値段ならこれだけの供給量や需要量が生じるという関係を示すものであり、供給や需要の「予定表」(schedule)といわれます。
(3) 潜在的な関係式が安定的な真の法則として存在している場合にも、私たちの観測する取引量と価格の間にはみせかけの法則が成立することがあります。多くの場合、それは不安定であることが経験されます。考察対象である財の価格以外の要因を統御(一定に保つことが)できないことがその主な原因です。
(4) 統御実験ができるならば、潜在的な関係式を直接に見つけやすくなります。せり市場も、もし様々な呼び値(価格)に対する売りの申し出や買いの申し出が克明に記録され、取り引きされる財の価格以外の条件が一定に保たれるならば、一種の統御実験の場になります。
(5) 実際には、統御実験の場と見なせるせり市場で価格が決まるような例は稀です。多くの財は込み入った市場の流通機構を通じて価格が決まります。そして、供給曲線と需要曲線の交点の位置だけが統計資料から読み取れます。後ろに隠れて存在している2つの曲線の形状は、私たち観測者にはわかりません。このため、供給法則(供給関数)や需要法則(需要関数)を統御実験にならったやり方で見つけるのは困難です。こうしたことが私たち観測者がみせかけの法則をつかまされる主な理由です。
 次回はみせかけの法則の生じる仕組みについて解説します。

とやま経済月報
平成17年2月号