経済指標の見方・使い方


経済成長とトランスファー問題

富山大学経済学部教授 垣田直樹


はじめに

 今月は、経済成長と対外経済援助としての国際所得移転が、貿易を通して国に影響を与えるしくみについてわかりやすく解説します。経済成長が必ずしも成長国の所得を十分に増加させないこと、および対外経済援助の効果が弱まる可能性があることがわかります。交易条件が変化するメカニズムを理解することがポイントとなります。


交易条件の決定

 いま、世界は自国と外国の2国で構成されており、両国において工業品と農産品の2種類の財がそれぞれ工業部門と農業部門で生産されているとします。さらに、財は2国間で自由に貿易されており、自国は外国に工業品を輸出し、外国は自国に農産品を輸出しているとします。両国間の財の交換比率は交易条件で示されます。交易条件は、輸出財1単位と交換される輸入財の量のことで、輸入財で測られた輸出財1単位の価値を表しています。つまり、交易条件とは輸入財で測られた輸出財の相対価格(相対的な価格)のことです。例えば、工業品1単位が1000円で農産品1単位が500円だとすると、工業品1単位と農産品2単位が同じ価値となり交換されますので、工業品の相対価格=工業品を輸出している自国の交易条件=2、農産品の相対価格=農産品を輸出している外国の交易条件=1/2となります。

 さて、自国の交易条件(工業品の相対価格)が決まるしくみを考えましょう。どちらの国においても、工業品の相対価格が上昇すると、工業品の生産量は増加し消費量は減少します。従って、輸出量=生産量−消費量ですので、自国の交易条件の上昇は、自国の工業品の輸出量を増加させます。図1には、交易条件と自国の輸出量の関係が、右上がりの「自国の工業品の輸出供給曲線」として描かれています。同様に、輸入量=消費量−生産量ですので、自国の交易条件の上昇は、外国の工業品の輸入量を減少させます。図1には、交易条件と外国の輸入量の関係が、右下がりの「外国の工業品の輸入需要曲線」として描かれています。自由に貿易が行われているときは、自国の工業品の輸出量と外国の工業品の輸入量が一致する点Eで自国の交易条件はPに決まります。

図1 交易条件の決定

図1 交易条件の決定

 図1からわかるように、例えば、自国の工業品の輸出供給曲線が右(あるいは左)にシフトすると、自国の交易条件がPでは工業品の超過供給(あるいは超過需要)が生じますので、自国の交易条件は低く(あるいは高く)なります。交易条件が低くなることを「交易条件が悪化する」といい、高くなることを「交易条件が改善する」といいます。以下では、経済成長や経済援助によって、変化前の交易条件では超過需要か超過供給のいずれが生じるのかを確認し、交易条件の動きを調べます。


経済成長

 経済成長は一国の国民所得である総生産額が増加することです。労働、資本、土地などの生産要素の増加や、生産技術の進歩による生産効率の向上によって総生産額は増加します。以下では、自国においてのみ生じる経済成長が両国に与える影響を考察します。

 まず、自国において輸出財である工業品の生産に強く偏った成長が生じるケースを考えます。これは、工業品の生産増加と農産品の生産減少を伴って総生産額が増加するような成長です。自国では所得が増加しますので、両財の消費量は増加します。農産品の生産量は減少していますので、自国の農産品の輸入量(=消費量−生産量)は増加します。故に、経済成長前の交易条件では、自国の工業品の輸出量も増加しますので、図2で示されているように、自国の工業品の輸出供給曲線は右にシフトします。外国の工業品の輸入需要曲線はシフトしませんので、経済成長前の交易条件Pでは工業品の超過供給(図2のEF)が生じます。従って、点E’が経済成長後の交易条件P’を決めます。自国の交易条件は悪化しますので、自国の経済成長による所得増加は交易条件悪化により削減されることになります。一方、外国は交易条件が改善するので所得水準は上昇します。

図2 自国で輸出財に強く偏った経済成長

図2 自国で輸出財に強く偏った経済成長

 このケースで興味深いのは、もし、この自国の交易条件悪化の程度が極めて大きければ、自国は成長前よりも所得水準が低くなる可能性もあるということです。これを窮乏化成長といいますが、もっとも、そのようになる条件は限定的ですので現実に生じるとは考えられていません。

 次に、自国において輸入財である農産品の生産に強く偏った成長が生じるケースを考えます。これは、農産品の生産増加と工業品の生産減少を伴って総生産額が増加するような成長です。自国では所得が増加しますので、両財の消費量は増加します。工業品の生産量は減少していますので、自国の工業品の輸出量(=生産量−消費量)は減少します。故に、図3で示されているように、自国の工業品の輸出供給曲線は左にシフトします。外国の工業品の輸入需要曲線はシフトしませんので、経済成長前の交易条件Pでは工業品の超過需要(図3のFE)が生じます。従って、点E’が経済成長後の交易条件P’を決めます。自国の交易条件は改善しますので、自国の経済成長による所得増加は交易条件改善により増幅されることになります。一方、外国は交易条件が悪化するので所得水準が低下します。

図3 自国で輸入財に強く偏った経済成長

図3 自国で輸入財に強く偏った経済成長

 以上から、貿易を拡大させるような成長は成長国の交易条件を悪化させ、逆に、貿易を縮小させるような成長は成長国の交易条件を改善することがわかります。後者の場合、経済成長による利益に加えて、交易条件改善が貿易相手国の犠牲の下に副次的な利益を成長国にもたらすことになります。


トランスファー問題

 最後に、経済援助のケースを考えてみましょう。ここでは、一方的な購買力の国際移転として、自国は生産した工業品の一部を外国に贈与するような経済援助を行うとします。

 自国の所得は贈与した工業品の額だけ減少しますので、両財の消費量は減少します。外国の所得は贈与された工業品の額だけ増加しますので、両財の消費量は増加します。経済成長のケースと異なり、どちらの国においても各財の生産量は変わりませんので、自国の農産品の輸入量(=消費量−生産量)は減少し、外国の農産品の輸出量(=生産量−消費量)も減少します。このとき、農産品について自国の消費の減少量が外国の消費の増加量を上回るならば、自国の農産品の輸入量は、外国の農産品の輸出量よりも少なくなります。故に、経済援助前の交易条件では自国の工業品の輸出量は外国の工業品の輸入量よりも少なくなります。従って、図4に示されているように、自国の工業品の輸出供給曲線は外国の工業品の輸入需要曲線よりも大きく左にシフトすることになります。

 交易条件Pでは、工業品の超過需要(図4のFG)が生じますので、点E’が経済成長後の交易条件P’を決めます。故に、自国の方が外国よりも所得の変化が農産品の消費量に与える影響が大きいと、自国の交易条件は改善し、外国の交易条件は悪化することになります。この場合、自国の経済援助による外国の所得増加は交易条件の悪化によって削減されることになります。逆に、自国の方が外国よりも所得の変化が農産品の消費量に与える影響が小さいと、自国の交易条件は悪化し、外国の交易条件は改善しますので、外国は経済援助による所得増加以上に利益を得ることになります。

図4 自国から外国への経済援助

図4 自国から外国への経済援助


おわりに

 貿易を行っている国にとって、他国との財の交換比率である交易条件の動きはとても重要です。交易条件の改善は利益をもたらし、悪化は不利益をもたらします。ある国の交易条件改善は他国の交易条件悪化となりますので、どちらの国も利益になるような交易条件の変化はありません。

 従って、経済成長は成長国の所得を高め、経済援助は受入国の所得を高める筈であると思いたいところですが、これらが交易条件に影響を与えることを考えますと、思ったほど所得水準が上昇しないことがあり得ます。経済成長の場合、成長がどの国のどの財に偏って生じているかに依存して、交易条件の変化の方向が決まります。経済援助の場合は、援助による所得変化が各国の同一財の消費に与える影響の大きさの違いに依存して、交易条件の変化の方向が決まります。

<参考文献>
Ethier, W. J., Modern International Economics, Second Edition, Norton, 1988.
Krugman, P. R. and M. Obsfeld, International Economics: Theory and Policy, Third Edition, HarperCollins College Publishers, 1994.
とやま経済月報
平成16年11月号