経済指標の見方・使い方

配偶者控除制度の改革

富山大学経済学部教授 中村和之


はじめに

 今回は税制についてお話しいたします。平成15年の税制改正で個人所得税の配偶者特別控除制度が改正されました(本年から実施)。この改正はわが国の所得税制が抱えている課題を浮き彫りにするものでもあります。以下ではその概要や背景を手がかりとして個人所得税の改革を考えます。なお、わが国の税制のあらましについては「かんどころ」の第5章「税制」を御参照下さい。


配偶者控除制度の改正

 配偶者控除制度は納税者の課税対象となる所得を算出する際に、配偶者の収入に応じて一定額を課税対象から控除する仕組みです。以下では説明をわかりやすくするために、納税者を夫、配偶者を妻、として解説いたします。

 これまでは、妻の給与収入が103万円未満であれば、夫の所得控除額を算出するときに、配偶者控除38万円に加えて0〜38万円の配偶者特別控除(図1のピンクの部分)が上乗せされていました。妻の収入が103万円を超えると、配偶者控除はなくなり再び配偶者特別控除(図1のグリーンの部分)を受けることができます。

図1 配偶者特別控除制度の改正
図1 配偶者特別控除制度の改正

 平成15年の税制改正によって、配偶者控除への上乗せ部分(図1のピンクの部分)が廃止されました。この結果、従来は妻の収入がゼロであるとき夫は76万円の所得控除を受けることができましたが、本年からは38万円になりました。妻の収入が103万円を超える場合は従来と変わりません。

 結果的に、専業主婦と夫からなる世帯や妻の所得が低い世帯では増税となりました。一方、もともと配偶者特別控除の適用を受けていない世帯では税負担は以前と変わりません。


個人所得税のあらまし

 今回の改正の意義や背景を考える前に、わが国の個人所得税制度を概観しておきましょう1)。個人所得税は個人が得た所得に担税力を見出して課される税です。図2は平成16年度予算における国税収入の内訳を示しています。所得税は、消費税、法人税とともに主要な国税のひとつであることがお分かりいただけると思います。

図2 国税の税収構成比(平成16年度予算)
図2 国税の税収構成比(平成16年度予算)
かっこ内は予算額(単位:兆円)
所得税には譲与税分を含む
財務省資料に基づき作成

 個人所得税は、納税者の担税力を考慮して税負担を調整できるという特徴があります。消費税は誰が消費したかに関わらず一律の税率で課税されるので納税者個人の事情を考慮できません。法人税に至ってはそもそも誰が負担しているのかさえ定かでありません。所得税は税負担の根拠を個人の担税力に求める限り最も優れた税です。

 個人所得税には納税者や世帯の事情を考慮するためにいくつかの工夫が施されています。私たちが納める所得税の税額は大雑把に言えば、

税額=税率×(収入−所得控除額)−税額控除額、

のように求められます2)

 第一の工夫は、収入から所得控除額を差し引いた課税所得に適用される税率です。個人間の所得格差を是正するために収入が二倍になれば支払う税額は二倍以上になるという累進税率が採用されています。

 第二に、それぞれの世帯や個人の事情を考慮するために所得控除が設けられています。例えば、世帯の収入は同額であっても家族の数が多いならば、その世帯の生活は窮屈になっているでしょう。このような事情は扶養控除や配偶者控除といった人的控除で考慮されます。このほかにも社会保険料控除、給与所得控除など15種類以上の所得控除があります。所得控除によって個人の事情をきめ細かに反映させて税負担額を決めようという訳です。

 今回の改正は、所得控除のひとつである配偶者特別控除の適用範囲を縮小したものです。その背景には、現在の所得税制度が、基幹税としての機能を十分に果たせないことと、人々の就業や生活設計に関する選択をゆがめているという議論があります。このことを順に考えましょう。


個人所得税の空洞化

 配偶者特別控除制度が改正されたひとつの理由は、様々な所得控除制度が積み上げられた結果、所得税の課税最低限が高くなり過ぎたことです。課税最低限とは所得税の課税対象とならない収入の上限を言います。課税最低限が上昇すると税収は減少します。すなわち、所得税を全く負担しない人の数が増えるとともに、その他の人々の税負担も減少します。この結果、租税の第一の役割である公共支出の財源を調達するという機能が損なわれます。このことを「所得税の空洞化」と言います。

 図3は給与収入が700万円である夫婦子供二人世帯の収入と課税所得の関係を表しています。この世帯では年収が700万円あっても課税対象となる所得は225万円であり、これに税率を乗じて税額が求められます。

図3 改正前の所得税の課税ベース(給与収入700万円の場合)
図3 改正前の所得税の課税ベース(給与収入700万円の場合)
夫婦子二人で片働き世帯(子供のうち一人は特定扶養親族)のケース
各控除項目内の数値は控除額、課税所得内の数値
は課税所得額(単位:万円)
財務省資料に基づき作成

 現在の課税最低限が高いか低いかの判断は難しいのですが、その水準は過去と比較して上昇しています。図4は課税最低限の推移を表したものです。この図では、1995年の物価水準を基準にして毎年の課税最低限の額を実質化しています。これを見ると課税最低限は徐々に高くなっていることがお分かりいただけると思います。近年では、物価水準の下落のために実質的な課税最低限は上昇しています。

図4 夫婦子2人世帯の課税最低限の推移(1995年価格)
図4 夫婦子2人世帯の課税最低限の推移(1995年価格)
GDPデフレータ(1995年=100)で調整
1998年の定額減税は含まれていない
財務省資料、SNA統計に基づき作成

 図5はいくつかの国の夫婦(給与所得者)+子供世帯の課税最低限を比較したものです。わが国の課税最低限が外国と比較して飛びぬけて高いわけではありません。しかし、課税最低限が高いフランスやドイツでは付加価値税(日本で言う消費税)の税率が高く、所得税がゼロの人であっても相当の税を負担しています3)

図5 給与所得者の課税最低限
図5 給与所得者の課税最低限
平成14年6月から11月の実勢相場の平均値で換算
財務省資料に基づき作成

 課税最低限が高くなりすぎて個人所得税だけでは税収が不足し、これを他の税で補うことになると、個人や世帯の事情に配慮して負担を求めることができなくなります。個人的な事情を考慮するために設けられた制度が逆にそういった配慮を困難にするという皮肉な結果をもたらします。

 このような実態を踏まえて、配偶者特別控除の上乗せ部分が廃止されました。本年は配偶者特別控除の改正に留まりましたが、将来は、給与所得控除や社会保険料控除、公的年金控除など、他の控除制度を見直す必要もあるでしょう。例えば、給与所得控除はサラリーマンが収入を得るための必要経費を概算で見積もるものですが過大であるという意見もあります。税制上の配慮がそれを本当に必要とする人々に過不足なく行き渡るような改革が必要です。


パート労働者の「103万円の壁」

 配偶者控除制度はパート労働者の就労を抑制していると言われます。よくパート労働者の「103万円の壁」という言葉を聞きますね。パートタイムで働く妻の年間収入が103万円を超えると、基礎控除(38万円)+給与所得控除(65万円)を超える収入が発生し、本人に対して所得税が課せられるとともに、夫の配偶者控除額が減少して世帯の税負担が増加します。パートタイマーの人々がこの負担増を嫌って就労調整することを「103万円の壁」と言います4)

 図6は女性パート労働者の年間収入の分布です。これをみると年収100万円付近でピークがあることが分かります。

図6 給与所得者の課税最低限
図6 給与所得者の課税最低限
資料出所:厚生労働省『平成13年パートタイム労働者総合調査』

 但し、「103万円の壁」は税制だけでなく、夫の勤め先から支給される配偶者手当が税制上の控除対象配偶者がいることを支給要件とする場合が多いことや、制度の詳細が周知されておらず103万円を超えると税負担が急増するという誤解による部分もあると言われています5)

 しかしながら、配偶者控除制度が家庭内での経済活動を税制面で有利に扱っていることは確かです。例えば、私の妻がパートで働いて得た給料で子供を塾に通わせているとします。妻の給料で課税最低限を超える部分には所得税が課せられますし、塾に支払う月謝には消費税が課せられます。一方、もしも妻が専業主婦となり家で子供の勉強を見てやるとします。このときには、妻は子供に対する教育サービスを生産して消費しているにも関わらず、所得税や消費税は課されません。

 所得税に限らずすべての租税は、市場で観察できる経済活動しか課税できません。配偶者控除制度は、ただでさえ課税が困難な家庭内での経済活動をさらに優遇しています。

 このことを考えると、現行の配偶者控除制度はさらに縮小もしくは廃止されるべきだという意見もあります。配偶者控除制度は、自営業世帯とサラリーマン世帯の間の税負担の釣り合いをとるために創設されたいきさつがあります。当時、共働き世帯は主として自営業の世帯でした。

 現在、サラリーマン世帯においても共働き世帯と専業主婦世帯の数は拮抗しています。図7は共働き世帯数の推移を表したものです。もはや、共働き世帯は特別な世帯ではなく、人々の生活設計の選択を歪めない税制を構築することが重要となっています。

図7 共稼ぎ世帯数の推移(雇用者)
図7 共稼ぎ世帯数の推移(雇用者)
2002年までは、内閣府男女共同参画室『男女共同参画白書 平成15年版』に基づき作成、
2003年のデータは『労働力調査』より作成


おわりに

 理想的な税制は、公平・中立・簡素という性質を満たさねばならないと言われます。しかしながら、現実にはこれらのすべてを満たす租税はありません。何が公平な税制かは人々の価値判断に拠る部分が大です。殆ど全ての租税は経済活動や財産の保有に応じて課税されますから、それらに対して中立であることはありえません。簡素な税制を目指そうとすれば、大雑把な制度になってしまい公平性や中立性が欠けたものになりがちです。

 私たちは人々の価値観や社会の状態を注意深く観察し、上の三つの性質に少しでも近づくような「ましな」税制を求めていかねばなりません。今回取り上げた所得税だけではなく、消費税や相続税など他の租税との関係、さらに租税だけでなく公共支出のあり方も考慮した包括的な議論が求められています。

 次回は、地方財政についてお話いたします。

注)  
1) 所得税制度の詳細については、財務省の税制ホームページ
http://www.mof.go.jp/jouhou/syuzei/syuzei.htm)を御参照下さい。
2) 以下では給与所得を得ている人を想定して説明します。自営業の方であれば収入から必要経費を差し引いて所得を求めます。
3) EU加盟国では付加価値税の標準税率は概ね15〜25%の間になっています。
4) パート労働者の就労調整には、年収が130万円を超えると健康保険・年金保険料の負担が生ずることによる「130万円の壁」も大きく関わっていますが、今回は税制に話を絞ります。
5) 現在の制度では、たとえ妻の年収が103万円を超えても、税制上の要因だけで世帯の手取りの年収が減少することはありません。家族と就業に関する詳細な実態と議論については、内閣府『平成13年度 国民生活白書』(http://www5.cao.go.jp/j-j/wp-pl/wp-pl01/index.html)を御参照下さい。

とやま経済月報
平成16年5月号