経済指標の見方・使い方

三位一体の改革

富山大学経済学部教授 中村和之


はじめに

 今回は地方財政についてお話しいたします。県や市町村といった地方団体の経済活動は、私たちの生活において大きな役割を果たしています。外交や司法といったサービスは専ら国の役割ですが、義務教育、消防、警察、ごみ収集、道路の整備といった生活と密接に関わるサービスの提供や社会基盤の整備は主として地方団体が担当しています。

 今、地方の財政が二つの点で大きく変わろうとしています。ひとつは言うまでもなく市町村合併です。もうひとつは、いわゆる「三位一体の改革」です。以下では、三位一体改革のあらましとその背景、これからの課題について考えます。なお、わが国の地方財政制度の詳細については、「かんどころ」の第5章(地方の財政、財政改革、地方分権)を御参照下さい。


三位一体改革

 三位一体改革とは、(1)国庫補助負担金の縮減と一般財源化、(2)国から地方への税源移譲、(3)地方交付税の改革、の三つを同時に行うことによって、地方財政の自立性と効率性を高めようとする試みです。これまでの動向を整理しておきましょう。

 一昨年、政府は地方財政の改革についての基本的方針を示しました。平成14年6月に閣議決定された「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2002」では、地方の行財政改革として、(1)国の関与の縮小と地方の権限と責任の拡大、(2)国庫補助負担金、交付税、税源移譲を含む税源配分のあり方を三位一体で検討、(3)市町村合併の積極的な取り組みの促進、に取り組むこととされました1)

 昨年、三位一体改革の具体的な目標が示されました。平成15年6月に閣議決定された「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2003」では、平成18年度までに、(1) 4兆円程度を目途として国庫補助負担金を縮減、(2)地方交付税の財源保障機能の見直しと縮小、(3)廃止する国庫補助負担金の対象事業の中で引き続き地方が実施する必要があるものについては基幹税の充実を基本とした税源の移譲で対応、といった方針が示されました2)

 本年度より、改革が本格的にスタートしました。平成16年度予算では、国庫補助負担金が約1兆円だけ廃止・縮減されるとともに、その一般財源化に対応するものとして暫定的に所得譲与税が創設されました3) 。また、本年の地方財政計画では、地方交付税が約1.2兆円(後年度に交付税措置される臨時財政対策債を含めると2.9兆円)だけ縮小されるとともに、その算定方法の見直しが行われました4)

 経済財政諮問会議は、本年4月に「基本方針2004」の議論に入りました。例年通りであれば、6月下旬頃には、本年度の改革の方向性が定まるものと思われます。


改革の背景

 三位一体改革の背景を知るために、現在の国と地方の財政関係についてまとめておきます。図1は、財政の入口(租税の収入)と出口(歳出)、国・地方間のお金のやり取りを示しています。

図1 国と地方の財源配分(2002年度)
図1 国と地方の財源配分(2002年度)
資料:総務省


 図1を見ていただくとお分かりのように、国税と地方税の税収の比率はおおよそ3:2ですが、最終的な歳出の比率は、2:3で地方の方が大きくなっています。国と地方の財政には、国が集めて地方が使うという関係があります。

 地方における収入と支出の乖離は、地方交付税や国庫補助負担金(国庫支出金)を通じた国から地方への財政移転によって調整されています。このような財政移転は以下のような理由で行われています。

 まず、地域ごとに経済活動の水準が異なるために、財政移転がなく自前の税収だけで財源を調達しようとすれば地方公共団体間で収入のばらつきが生じます。図2は人口一人あたりでみた都道府県別の県内総生産と地方税収の関係を表しています。租税は家計や企業の経済活動に着目して課されるので、経済活動が活発な地域ほど税収も多くなります。

図2 都道府県別にみた経済活動水準と地方税収(2001年度)
図2 都道府県別にみた経済活動水準と地方税収(2001年度)
資料:県民経済計算、地方財政統計年報
地方税収は、都道府県、市町村、特別区の税収を都道府県ごとに集計

 加えて、人口規模や面積といった地域特性のために、公共サービスの供給費用には地方団体間でばらつきがあります。多くの公共サービスは非競合性という性質を持っているので、ある程度の人口規模を持つ地域の方が、一人あたりの供給コストは安くつく傾向があります5)

 これらの事情を考慮しつつ、全ての地方団体が標準的なサービスを提供できるようにするために、国税の一定割合が地方交付税として地方に交付されます。各地方団体が受け取る地方交付税は、

地方交付税交付金=基準財政需要額−基準財政収入額

という形で決定されます6) 。基準財政需要額とは、各地方団体が標準的な行政サービスを提供するために必要な一般財源額です。基準財政収入額とは、各地方団体が標準的に収入しうる一般財源額(主として地方税)を言います7)

 図3は、市町村別の人口一人あたり基準財政需要額と人口規模の関係を表しています。基準財政需要額が、前述のような公共サービスの特性を考慮して算定されていることが分ります。地方交付税は、地域ごとの収入のばらつきを調整するだけでなく、標準的な行政サービスを提供するための財源を保障しています。このことを指して、地方交付税の財源保障機能と言います。

図3 人口規模別に見た市町村の基準財政需要額(2001年度)
図3 人口規模別に見た市町村の基準財政需要額(2001年度)
資料:市町村別決算状況調

 また、地方公共団体が供給主体となっているサービスの中には、国全体で統一的な基準で供給されるべきであるが、その実施については地方に任せたほうが効率よく行われるものもあります。或いは、国が特定の政策目的に沿って地方団体の経済活動を誘導したい場合もあります。このような国が責任を持つべき活動を地方が実施するための財源として国庫補助負担金があります。国庫補助負担金は、その使途が特定されている点で、具体的な使途が特定されない地方交付税とは異なります。

 三位一体の改革はこのような国から地方への財政移転の仕組みや規模を見直そうとするものです。


なぜ改革?

 現在の地方財政の仕組みは、全国的に一定水準の公共サービスを提供するために大きな役割を果たしてきましたが、その弊害が無いわけではありません。

 第一に、地方団体の財源が使途の特定された国庫補助負担金に依存してしまうと、政策の自由度が狭められてしまいます。その結果、地方団体の創意工夫の意欲が削がれます。また、補助金がつく事業は地方団体の負担が少なくなるので、事業の選択を歪めてしまう恐れもあります。

 そこで、国庫補助負担金は、本来必要なものを除いてできるだけ廃止・縮小するか、使途を制約しない一般財源に置き換えられるべきだと考えられています。

 第二に、地方の財源が地方交付税に頼りすぎると受益と負担の関係が不明確になります。地方交付税は、国庫補助負担金とは異なり地方団体固有の財源ですが、一旦国を経由して地方に交付されるために、住民による負担と公共サービスの便益の関係を希薄にしてしまいます。

 本来、地方が自主的な財政運営を行うには地方税が財源の中心となるべきです。ところが、現実には地方交付税への依存度が高い地方団体が数多くあります。図4は、市町村の財政力指数の分布を表しています。財政力指数とは、基準財政需要と基準財政収入の比率(基準財政収入/基準財政需要)を表し、大雑把に言えば標準的な公共サービスを供給するために必要とされる一般財源のうち地方税収で賄える割合を示しています。現在、殆どの市町村が地方交付税の交付団体であり、半数以上の市町村が必要な財源の4割に満たない税収しか得ていません。

図4 市町村の財政力指数の分布(2001年度)
図4 市町村の財政力指数の分布(2001年度)
特別区を除く全市町村
資料:市町村別決算状況調

 このような実態は、地方団体において地方税の拡充が必要であることを示唆しています。同時に、地方交付税で財源保障すべき公共サービスの範囲や水準について見直すことが必要と考えられています。


これからの課題

 三位一体の改革は基本的な方向は示されましたが、さらに検討を要する課題も残っています。

 第一に、国と地方の役割分担の再検討が必要です。地方の公共サービスを、(1)その量や質を国全体で厳密に規定すべきもの、(2)その量や質について国全体として達成すべき基準があるが、具体的な供給方法については地方の裁量に任せたほうがよいもの、(3)全く地方の選択と裁量に任せるべきものに区別して、それぞれに対応した財源のあり方を考える必要があります。

 第二に、税源移譲を進める上で、地方税としてふさわしい税は何かを考えねばなりません。移譲される税源はできる限り地域間で偏在の程度が小さいことが求められます。税収のばらつきが大きな税を移譲すると、基礎的な行政サービスの供給に支障をきたす地方が出てくる恐れもあるためです。

 図5は、主要な都道府県税について、人口一人あたり税収の都道府県間のばらつき具合を変動係数と言う尺度を用いて表しています8) 。ここから明らかなように、企業関係の税はばらつきが大きくなっています。このことを踏まえ、移譲される税源として個人所得税の所得比例部分や消費税などが検討されています。

図5 人口一人あたり税収の変動係数(都道府県税)
図5 人口一人あたり税収の変動係数(都道府県税)
資料:地方財政統計年報に基づき作成
地方消費税は清算後


おわりに

 三位一体改革の背景には、国と地方を合わせた公共部門全体で財政赤字が累積しており、財政のスリム化が求められているという事情もあります。それだけに今後の改革は地方公共団体にとって大変厳しいものになることが予想されますが、一方では、公共サービスのあり方を根本から考え直す絶好の機会でもあります。

 これからは、何にいくらお金を使ったかではなく、使ったお金がどのように私たちの生活向上に役立ったのかという視点が大切になります。地方公共団体の政策的な自由度を高めることは、地方公共団体の運営如何によって、私たちが享受できるサービスの量や質が変わることを意味します。税源移譲は公共サービスの受益と負担が今まで以上に密接に結びつくことを意味します。個々のプロジェクト毎に費用と便益・効果を考慮しながらサービスの量と質を確保していくことが必要です。

 3ヶ月間にわたって経済政策や財政に関するトピックスについて解説してまいりました。今回、取り上げた話題の他にも、公的年金、医療制度など政府が解決を迫られている問題は数多くあります。今後とも皆様が「かんどころ」を手がかりとしてこれらの問題への理解と見識を深められることを願っております。


注)
1) 詳細については、経済財政諮問会議(http://www.keizai-shimon.go.jp/minutes/cabinet/2002/0625kakugikettei.html)を御参照下さい。
2) 詳細については、経済財政諮問会議(http://www.keizai-shimon.go.jp/minutes/cabinet/2003/0626kakugikettei.html)を御参照下さい。
3) 三位一体改革を含む国の平成16年度予算については、財務省(http://www.mof.go.jp/seifuan16/yosan.htm)を御参照下さい。
4) 平成16年度の地方財政計画の詳細については、総務省(http://www.soumu.go.jp/iken/zaisei.html)を御参照下さい。
5) 非競合性とはある人の消費が他の人の消費を妨げない性質を言います。
6) もしも、基準財政需要額<基準財政収入額、であればその地方団体には地方交付税(普通交付税)は交付されません。なお、このように決定されるのは地方交付税の約95%を占める普通交付税であり、この他に特別交付税があります。
7) 一般財源とは、その使途に制限がない収入をいい、地方税、地方交付税などがあります。これに対して使途の特定される収入を特定財源といい、国庫支出金、地方債などがあります。
8) 変動係数とは、標準偏差を平均値で割った値であり、この値が大きいほどばらつきの程度が高いと言えます。

とやま経済月報
平成16年6月号