経済指標の見方・使い方

企業会計

富山大学経済学部助教授 鈴木基史


I. はじめに

 近年、わが国の会計ディスクロージャー制度の拡充・改革が推進されてきている。このような動向は、金融システムの改革(金融ビッグバン)と1990年代後半の企業の様々な金融不祥事等が背景にあって加速してきたのも事実である。経営者の行動の透明性を高め、チェック可能な状況にするためにも制度としてすでに存在する会計ディスクロージャー・システムを充実すること、つまり企業情報開示のインフラである会計基準の整備をすることは、社会的コストの面を考えても合理的なことである。
 わが国の企業社会は、バブル景気以前までは、株式の相互待合いと企業集団ないし企業系列化を背景にメインバンク制に支えられていた。メインバンクは、債権者としてそして株主として公表財務諸表による以上の情報を保有しモニター機能を果たしてきた。そしてエイジェンシー関係は、経営者と株主というより経営者とメインバンクの間に存在していたとの指摘もある。このようなシステムにあって、企業は、株主の利益を省みることなく安定性を確保してきた。
  しかし、バブル経済におけるエクイティ・ファイナンスの増加そして、バブル経済崩壊後の銀行自体の体力の低下により、メインバンク制は機能しない状態となった。さらに企業活動・資金調達活動のグローバル化は、ますます進展し、市場原理の働いた公正な資本市場を形成しようとしている。こうした状況において、会計制度も市場原理に立脚したものへと一連の改革がここ数年になされたのである。


II. ディスクロージャーの構造と内容

 一般に企業における開示の方法には、商法や証券取引法などの法律によってなされる制度的(強制的)ディスクロージャー(伝統的なディスクロージャー)と、法律規制に基づかない企業の任意によって情報を提供する自発的ディスクロージャーがある。
制度的ディスクロージャー商法会計
証券取引法会計
税務会計
自発的ディスクロージャーIRその他

1. 制度的ディスクロージャー
 制度的ディスクロージャーを構成する会計規制は、商法、証券取引法および税法(法人税法)がある。その中で実際にディスクロージャーを直接規制している制度が商法と証券取引法である。また、企業会計が課税所得計算と密接な関連があるために、税法も開示制度に影響を与えている。わが国の会計規制が、これら3つの法律から構成されているところから「トライアングル体制」と呼ばれている。以下に商法会計と証券取引法会計について解説する。

商法会計と証取法会計の仕組み

商法会計証券取引法会計
目的債権者保護投資家保護
対象商人全般上場会社、店頭登録公開会社、有価証券の募集、売出し会社(5億円以上)
法律商法、商法特例法証券取引法、証券取引法施行令など
処理基準商法の計算規定企業会計原則
開示規則商法施行規則財務諸表規則、連結財務諸表規則など

(1)商法会計
 商法における会計目的は、債権者保護にあり、すべての企業(商人)を規制対象にするものである。商法会計は、その会計目的の下、経営者の受託責任の遂行状況や会社の債務弁済能力や配当可能利益の算定することを目的とする。すなわち、株式会社の株主の有限責任制から、株主保護と債権者保護のコンフリクトの調整を、配当可能利益の額を算定することにより調整しようとするものである。また、商法は、会社の規模別にディスクロージャーをすることに特徴がある。商法の特例法によって資本金が5億円以上または負債総額が200億円以上の会社は、大会社とされ(資本金1億円未満の会社は小会社、それ以外を中会社とする)、もっとも厳格なディスクロージャー規制が課され、さらに監査役監査のほか会計監査人の監査も義務づけられている。

(2)証券取引法会計
 証券取引法は、国民経済の適切な運営および投資者の保護に資するため、有価証券の発行および売買その他の取引を公正ならしめ、かつ、有価証券の流通を円滑ならしめることを目的とするものである。証券取引法会計は、株主保護が商法のそれでは不十分であるため、これを補足するものである。証券取引法会計は、開示対象を上場企業とそれに準ずる有価証券の発行企業である。そしてその目的は、投資家(現在株主と将来株主)の利害調整であり、配当可能利益の計算の枠内での利益計算と投資家の合理的意思決定のための会計情報の開示にある。

 商法と証券取引法は、目的と期待される役割は異なるが、両者の間には緊密な関係がある。これは、1962年の商法改正による企業会計原則の採り入れと1974年の商法改正によって実質的一元化が図られたからである。最近では、証券取引法の開示主義を一層徹底させるという意味で、連結ベースでの開示制度を構築してきた。このように二つの法律、特に証券取引法がわが国会計基準のグローバル・スタンダード化を推進してきている。商法は、従来からの個別財務諸表の開示を中心とするという方向になっていたが、このような動向の中2002年の商法特例法などの改正によって、大会社について連結貸借対照表と連結損益計算書からなる連結計算書類の作成が義務づけられることとなった。

2. 自発的ディスクロージャー
 ここ数年、会計ビッグバンという一連の会計制度改革により、制度に基づくディスクロージャーの充実がみられてきている。しかしそれ以上に自発ディスクロージャーに対して、情報の発信者である企業側および情報の受信者である利害関係者の双方に関心が高まってきており、その活動が活発化している。自発的ディスクロージャーとは、特にIR(インベスター・リレーションズ)にみることができるものである。IRは、投資家を中心とする企業の利害関係者との「関係構築のためのコミュニケーション・アート」であり、投資家などへの「企業」を示す金融商品のマーケティング活動と表現することができるものである。具体的には、経営者自らによる経営方針、経営・投資計画、資金需要並びにキャッシュ・フローなどを様々な方法において、たとえばアニュアル・リポート、株主通信、インターネットにおいて開示するものである。この特徴は、情報の受け手のニーズを反映させるなどにより、企業の任意によって開示する手段である。


III. 会計制度改革とディスクロージャーの要素

 近年推進されてきた会計制度改革は、情報の質・量・タイミング・伝達方法といったディスクロージャーの基本要素の面から考察できる。それぞれその要素は結びついて一つの要素から新たな基準ができるというものではないが、基準設定という意味ではこれら基本要素を考慮されるものである。
 情報の質の問題は、情報の持つ特性として、有用性、目的適合性および信頼性に関連したものである。このことは、会計の目的に大きく依存するものであり、会計がディスクロージャーという伝達機能を前提として、伝達される情報にどのような特質を求めるのかということに関連するものである。これは、たとえば時価評価・連結情報の開示などに顕著にあらわれるものである。
 次の情報開示の量の問題は、どこまでを会計事象(取引)の範囲としてとらえるかという問題であり、最近のオフ・バランス項目の取扱をはじめとする企業の取引内容および経済情勢の変化等からこの問題が議論されている。
 情報開示のタイミングの問題は、経済事象が発生した時点からどの程度の時間的間隔で開示されるかというものである。経済事象の発生時点から開示の時期までに相当の時の経過があったとするならば、会計情報の有用性は、低下してしまうということになる。つまり、半期報告や四半期報告などのインターバルに関することと、タイムリー・ディスクロージャーの議論がこれに関連する。(四半期情報については、東京証券取引所の「アクション・プログラム」により上場会社に報告が義務づけられるようになった。)
 情報開示の方法は、開示の媒体およびチャネル、そして情報利用者のレベルに関する情報の受け手の範囲の問題である。
 制度的ディスクロージャーは、最低限の開示を求めるものであるから、その量の面においては、法律の規制の枠内で基本要素の中での情報の追加選択による開示がなされる。質の面においては、制度の改廃にあたって情報開示の目的、情報の受け手の要請、情報の適正性によってその内容が変化する。
 会計基準は、経済環境の変化の中で変革されるものである。したがって、情報の受け手に高品質な情報を提供できるようにこれらの基本的要素を考慮して基準設定がなされる。今日わが国の会計基準は、国際会計基準審議会などの動向をみながら、これまでの企業会計審議会を引き継いだ企業会計基準委員会が公表・設定することとなっている。

※ 経済指標のかんどころ22版 P41参照

とやま経済月報
平成16年7月号