特集

正念場を迎える中国「東北振興戦略」

ジェトロ大連事務所 高瀬寿恵


 遼寧省との友好締結20周年を機に、富山県大連事務所が設立されました。現在、遼寧省、吉林省、黒龍江省は中央政府が大々的にPRしている「東北振興」により、国内外から大きな注目を浴びています。「東北振興」について経緯と現状、今後の課題について論じます。


1.珠江と長江に抜かれた東北旧工業地帯の焦燥

 遼寧、吉林、黒龍江省の東北3省は、1949年の中華人民共和国建国当初から、旧満州の工業基盤とソ連と国境を接するという地理を生かし、中国経済をリードしてきた。同地域は、石油・石炭等の地下資源や農産物にも恵まれ、それらを活用した鞍山鋼鉄(遼寧)、第一汽車(吉林)、大慶石油(黒龍江)などの素材、エネルギーなど基幹産業の大型国有企業が立地する、国内最大の重化学工業基地であった。
 ケ小平・国家主席(当時)の「南巡講和」が行われた1992年以降に第2次対中投資ブーム(注1)が始まると、工業の中心は、広州周辺の「珠江デルタ」と上海周辺の「長江デルタ」に移っていった。中国経済は、1990年前半に輸出用の食品、アパレル、雑貨などの軽工業から始まり、1990年後半には電気機器、電子通信が牽引した。広州周辺の「珠江デルタ」発展の要因としては(1)内陸部からの低廉豊富な人材、(2)部品産業の集積、(3)物流・金融中心としての香港、があげられ、電子・電気産業の集積が進んだ。また、「長江デルタ」発展の要因としては(1)長江の地利を生かした商工業の発達、(2)豊富な高級人材(浙江大学、復旦大学、上海交通大学など)、(3)国内市場の存在、があげられ、企業内フルセットのハイテク産業が集積した。現在、両デルタは中国経済の「双頭の龍」と呼ばれる程、飛躍的な成長を遂げた。
 その間、東北3省は中国政府の産業保護政策により市場経済化や規制緩和が遅れ、「旧工業基地」へと転落することとなった。同地域の抱える問題は、(1)産業構造が重化学工業に偏重していること、(2)企業経営が国有企業に偏重していること、があげられる(表1、2)。


表1.企業全体に占める国有企業比率(2003年)
表1.企業全体に占める国有企業比率(2003年)
【出典】中国統計年鑑2004年


表2.工業生産に占める国有企業割合(2003年)
表2.工業生産に占める国有企業割合(2003年)
【出典】中国統計年鑑2004年


 また、経済の停滞に伴い、失業者の増大など社会保障問題も深刻さを増している。
 今年10月に国家統計局が人口、経済、社会教育などに基き、公表した「中国総合実力100強都市」では上位5位は東北地域以外の都市がランクインしている(図1)。中国全土275都市のうち、東北地域は3市が7〜10位につけているが、元来生活水準が高いこと、国内産業をリードしてきたという自負があることから現状に対する不満はより一層大きいといわれている。

図1.中国総合実力100強都市(2004年)
図1.中国総合実力100強都市(2004年)
【出典】中国国家統計局HP



2.「東北振興」とは「市場経済化による国有企業改革」

 東北3省が陥った停滞状態に対して、2002年11月の共産党第16回全国大会で東北地域旧工業構造調整の促進が宣言された。2003年3月の胡錦涛新指導部が成立すると、温家宝・総理、曾慶紅・国家副主席、黄菊・副総理が次々に同地域視察に訪れ、急速に脚光をあびることになった。
 2003年10月には中国共産党第16期中央委員会第3次全体会議(三中全会)で、「西部大開発」(注2)に並ぶ重要プロジェクトと位置付けられた。また、共産党と国務院は「東北地区等老工業基地振興に関する若干の意見」を公布し、東北振興政策の基本方針を示した。その内容は、(1)社会保障システムの改善、(2)従来国有企業が運営してきた病院、学校、警察、司法などの社会的機能負担の分離、(3)国有企業への減免税措置、(4)技術革新のための資金援助、である。うち、(4)では、国家発展改革委員会が「第1期東北工業基地改造国債プロジェクト」を発表した。その内容は、今後企業の有望なR&D等の案件に610億元の国債で調達した資金を無利子で融資するものである。批准を受けたプロジェクトは、東北地域が優位を持つ石油化学、鉄鋼、農産物加工など計100件(遼寧52件 442億元、吉林11件 31億元、黒龍江37件 37億元)となった。
 2003年11月には西部大開発の「西部地区開発指導グループ弁公室」をモデルに、同じく国家発展改革委員会内に温家宝・総理をトップとした「東北地区等旧工業基地調整改造指導グループ弁公室」(東北室)が設置された。東北室には(1)総合(政策研究・体制刷新)、(2)工業規格、(3)産業調整の3グループ、次官級6人を含む約20人がおかれることとなり、東北振興関連政策の最終責任機関と位置づけられた。
 2004年2月には国務院国有資産監督管理委員会(注3)が「東北地区中央企業調整改造の指導に関する意見」を公表し、東北振興の核心部分である国有企業改革の方針が示された。その内容は、(1)コーポレートガバナンスの強化、(2)株式制の導入、(3)国有大企業の国際化による競争力向上、(4)国有中小企業の資産および経営の自由化、(5)外資と民間資本の活用、(6)社会的機能負担の分離、があげられた。
 2004年3月末から4月初めにかけて、東北3省の省長が仙台市で「2004年日中経済協力会議」、東京で「中国東北地区振興シンポジウム」を行い、各省のそれぞれの重点産業に対する日系企業の投資誘致を行った(表3)。

表3.東北3省の掲げる重点産業
表3.東北3省の掲げる重点産業
【出展】老工業基地振興規画綱要各省

 東北振興について、中央政府や地方政府は、増値税(消費税)の減免、不良債権の利息減免など優遇措置実施の可能性についても言及しながらも、全体を通して東北地域の自力更生が大前提であることを強調している。しばしば引き合いに出される「西部大開発」との最大の相違点は、東北振興が市場経済化による活性化を目指すことにある。西部地域では、政府主導のインフラ整備、生態環境、科学・教育のレベル向上など経済活動を行うための基盤作りに主眼が置かれている。これに対し、東北地域では、老朽化した設備や余剰人材などに疲弊する国有企業を非国有化(民営化)、あるいは、他有力企業との吸収・合併、売却、外資導入を行うことで活性化しようというものである。


3.実効性のある政策の遅れ

 2003年には「東北振興」は日中メディアに大きく取り上げられ、「東北振興」は大きなビジネスチャンスと報道された。しかし、スローガン上では「東北振興」は「西部大開発」に並ぶとされたが、あくまで自力更生を目的としているために、第一プロジェクト以外に期待されていた具体的優遇措置についてなかなか発表されなかった。また、中央政府および地方政府レベルの今後の具体的な政策、公表時期、そのメリットについても不透明な点が多かった。さらに、東北振興の具体的な政策が遅れた要因としては、(1)中国全体の景気過熱を回避するための中央政府のマクロコントロール政策、(2)優遇税制による税収の減少や国有企業の社会的機能負担転嫁による地方財政圧迫への懸念、があげられ、今後の見通しがたたなかった。そのため、欧米や韓国に比べ投資に対して慎重であるとされる日本企業は一部商社以外ほとんどが静観の構えを示した。


4.動き出した政策

 今年9月に入り、東北振興は再度にわかに熱を帯びてきた。先ず「第2期東北工業基地改造国債プロジェクト」(196件)が公表された。各省の技術優位産業の促進や産業構造転換に寄与するR&Dを行う企業に対しての融資が決定した。
 9月14日には、財政部および国家税務総局が「東北地区増値税控除範囲拡大に関する問題についての規定」を発表した。これによれば、東北3省にある外資系企業や国内企業などa.設備製造業(電気機械、通信設備など)、b.石油化学工業、c.冶金業、d.船舶製造業、e.自動車製造業、f.農産物加工業(食品加工、紡績、アパレル、木材加工など)の6業種(注4)について、固定資産(注5)に課される増値税(流通税、約17%)について控除を認めるものである。既に、遼寧省では、瀋陽市で企業数6,692件(5.8億元)、大連市で7,387件(4.3億元)について増値税の控除が認められ、10月31日から還付が開始されている。今回の政策により、中央政府で100億元、東北3省では各30億元の減収になるといわれ、財政部門への影響が懸念されていた。しかし中国の財務税専門家は、2004年の国税収入が前年から5,000億元以上増加すると見込まれるため「今が税制改革に最適な時期」と指摘している。

街のあちらこちらにならぶ東北振興の看板
街のあちらこちらにならぶ東北振興の看板


5.東北地域間の連携が必要

 増値税免除の対象となる6業種は、自動車や石油化学など東北3省が重点産業としているものである。各省の重点産業には、計画経済時代に重点産業として国有企業を育成してきたものや近年中国全体で急速に成長している自動車やソフトウエア開発なども各都市が重複して重点産業に掲げている。
 長江デルタ、珠江デルタとの外資誘致や産業育成に係る競争が激化する中で、今後も各省や市が調整なしで外資誘致や産業育成を行えば、東北3省の中で外資の取り合いとなり、特色のない小規模の産業集積地が点在する事態を招きかねない。今後、東北地域が市場経済の中で発展するためには、東北3省が省を越えた産業や都市の連携や再調整を行う必要がある。
 東北振興は今後第11期5カ年計画(2006〜10年)(注6)のメインプロジェクトになると予測されており、今後の動向に大きな関心が寄せられている。「東北振興」という名のとおり、東北3省がどのようにパートナーシップを結び、相互発展を促すことができるかが、鍵となってくる。

大連の勝利広場付近
大連の勝利広場付近

(注1) 第1次対中投資ブームは円高が進行した1985〜87年頃、第2次は1991(92)〜95年、第3次はWTO加盟後の2000年からとされる。
(注2) 1999年江沢民・国家主席(当時)が「西部大開発」を提唱。同年朱鎔基・総理をトップとした「西部地区開発指導グループ弁公室」が設立された。四川、貴州、雲南、陝西、甘粛、青海の各省、新彊ウイグル、チベット、寧夏回族、内蒙古、広西壮族の各自治区、重慶直轄市の計12地区で公的資金によるインフラ整備が行われた。
(注3) 国務院直属機関。従来、国有企業の名目上の所有権は中央政府にあったが、事実上は財政部、国家経済貿易委員会、中国共産党中央企業工作委員会が行っていた。これらの持つ権利を国有資産監督管理委員会に集約し、国有企業の改革・再編の動きを加速する目的がある。
(注4) 軍用品製造業、ハイテク技術産業は今後別途規定される。
(注5) 中国における固定資産とは、原則耐久年数2年以上で取得原価が2,000元以上の付属設備、機械・電子設備、運輸設備を指す。
(注6) 1953年より始まった全国人民代表大会によって策定される経済成長目標等。

【参考文献】
『中国経済』2004.5 「東北振興戦略の現状と課題」大西靖 ジェトロ出版
『中国のトップカンパニー』 井上隆一郎編著 ジェトロ出版
『メイド・イン・チャイナの衝撃』 丸屋豊二郎・石川幸一編著 ジェトロ出版
『ジェトロセンサー』2004.3 「指導する中国東北部開発」 ジェトロ出版
とやま経済月報
平成16年12月号