経済指標の見方・使い方


貿易政策が厚生に与える影響

富山大学経済学部教授 垣田直樹


はじめに

 今月は、貿易政策が国の厚生水準に影響を与えるしくみについてわかりやすく解説します。貿易政策が国内価格と世界価格を乖離させることによって損失をもたらすこと、及び、貿易量を減少させる政策と増加させる政策では、交易条件に与える影響が異なることがわかります。余剰の変化と貿易量の変化のメカニズムを理解することがポイントとなります。


生産者余剰と消費者余剰

 貿易政策の効果を考察するために「余剰分析」を行います。消費者が財を購入する際に、支払っても良いと思う金額から実際に支払った金額の差を「消費者余剰」といい、生産者が財の販売により受取った金額と財の生産に要した費用の差を「生産者余剰」といいます。これらの余剰を足し合わせた余剰を「社会的余剰」といい、市場での財の取引が経済にもたらす利益(厚生水準)と考えます。社会的余剰には、貿易政策によって税収が生じる場合は加えられ、補助金支払いが生じる場合は差し引かれます。

 消費者は価格が低いほど需要量を増やしますので、図1のようにある財の需要曲線は右下がりに描かれますが、これは需要量が多くなるにつれて、追加的に需要する財に対して支払っても良いと考える金額(需要曲線までの高さ)が低下していくことを意味しています。従って、例えば価格Pが与えられると需要量Dが決まり、その需要量Dに対して消費者が支払っても良いと考える金額(a+b)と実際に支払う金額bの差として消費者余剰aが求まります。価格が下落すれば消費者余剰は増加することがわかります。

図1 消費者余剰

図1 消費者余剰

 同様に、生産者は価格が高いほど供給量を増やしますので、図2のようにある財の供給曲線は右上がりに描かれますが、これは供給量が多くなるにつれて、追加的に財を生産するために要する費用(供給曲線までの高さ)が増加していくことを意味しています。従って、価格Pが与えられると供給量Sが決まり、その供給量Sに対して生産者が受け取る金額(c+d)と生産に要した費用dの差として生産者余剰cが求まります。価格が上昇すれば生産者余剰は増加することがわかります。

図2 生産者余剰

図2 生産者余剰

 以下では、これらの余剰を用いて、自由貿易の状態と貿易政策の状態を比較します。自国は農産品を輸入し工業品を輸出していると仮定しますが、自国の貿易量は世界全体の貿易量からするとごくわずかである「小国」のケースを仮定します。この仮定の下では貿易政策によって自国の貿易量が変化しても、世界価格(世界市場で取引される際の価格)には影響しないことになります。世界価格に影響を与える「大国」のケースについては、最後に、エッセンスが分かるように解説します。


輸入関税と輸入割当

 まず、自国の輸入財である農産品に対する貿易政策を考察します。自国が自由貿易をしているならば、農産品の世界価格と国内価格は等しくなり、このとき自国で生じる農産品の超過需要量(=農産品の国内需要量−国内供給量)が輸入量となります。図3では世界価格PFで農産品の輸入量がABになることが示されています。

 いま、自国政府は自国の農産品生産者を保護するために、農産品の輸入に関税を課すとします。輸入業者が自国に農産品を輸入するには、政府に定められた税を納めなければなりませんので、

農産品の国内価格=農産品の世界価格+単位当り関税

となります。従って、農産品の国内価格は世界価格よりも単位当り関税分だけ高くなります。図3では、関税後の国内価格PTと世界価格PFの差が単位当りの関税を表しています。国内価格の上昇により需要量は減少し生産量は増加しますので、輸入量はCDへと減少します。

 余剰の変化を見てみましょう。国内価格がPFからPTに上昇することによって、消費者余剰はa+b+c+d減少し、生産者余剰はa増加します。政府には関税収入cが生じますが、この収入は国民に還元されるとすれば、消費者余剰と生産者余剰と関税収入を足し合わせた社会的余剰の変化は、a+c−(a+b+c+d)=−(b+d)<0となりますので、関税は自国に損失をもたらすことがわかります。関税がもたらすこの損失b+dは、過剰な生産による歪みbと過小な消費による歪みdからなり、死重損失あるいは死加重といいます。このように、関税政策は国内生産者を保護する効果はあるものの、自由貿易と比べて厚生水準を引下げることがわかります。



図3 輸入関税と輸入割当

図3 輸入関税と輸入割当

 関税政策が国内価格の変化を通じて輸入量に影響を与えるのに対し、輸入割当政策は直接、輸入量を制限する政策です。もし、自国政府が関税政策ではなく、輸入量を図3のCDに制限する輸入割当政策を採用したとします。自国では国内の需要量と供給量の差が輸入割当量CDになるように国内価格はPTへと上昇しますので、関税のときと同様に、消費者余剰はa+b+c+d減少し、生産者余剰はa増加します。輸入割当を許可された者は、割当られた量を世界価格PFで仕入れ、それより高い国内価格PTで販売しますので、輸入プレミアム(あるいは割当レント)cの所得が生じます。これは関税収入と同じ大きさです。従って、輸入割当政策も生産者を保護するものの、自国にb+dの損失をもたらします。結局、輸入関税と輸入割当は同等の効果があることがわかります。


輸出自主規制と輸出税

 次に、自国の輸出財である工業品に対する貿易政策を考察します。自国が自由貿易をしているならば、工業品の世界価格と国内価格は等しくなり、このとき自国で生じる工業品の超過供給量(=工業品の国内供給量−国内需要量)が輸出量となります。図4では世界価格PFで工業品の輸出量がABになることが示されています。

 いま、自国政府は外国との貿易摩擦を回避すべく、工業品の輸出を制限する輸出自主規制を輸出業者に行政指導するとします。輸出量を図4のCDに規制すると、自国では国内の供給量と需要量の差が輸出自主規制枠CDになるように国内価格はPTへと下落します。

 余剰の変化を見てみましょう。国内価格がPFからPTに下落することによって、消費者余剰はa増加し、生産者余剰はa+b+c+d減少します。輸出業者は規制量を国内価格PTで仕入れ、それより高い世界価格PFで販売しますので、輸出プレミアムcの所得が生じます。消費者余剰と生産者余剰と輸出プレミアムを足し合わせた社会的余剰の変化は、a+c−(a+b+c+d)=−(b+d)<0となりますので、輸出自主規制は自国に損失をもたらすことがわかります。この死重損失b+dは、過剰な消費による歪みbと過小な生産による歪みdからなります。このように、輸出自主規制は、自由貿易と比べて厚生水準を引下げることがわかります。

図4 輸出自主規制と輸出税

図4 輸出自主規制と輸出税

 輸出自主規制が直接に輸出量を制限するのに対し、輸出税は国内価格の変化を通じて輸出量に影響を与える政策です。いま、自国政府は輸出自主規制ではなく、輸出税政策を採用したとします。輸出業者が工業品を輸出するには、政府に定められた税を納めなければなりませんので、

工業品の国内価格+単位当り輸出税=工業品の世界価格

となります。従って、工業品の国内価格は世界価格よりも単位当り輸出税分だけ低くなります。図4では、輸出税によって国内価格がPTに下落すると、輸出自主規制のときの輸出量CDと同じ輸出量になることがわかります。世界価格PFと国内価格PTの差が単位当りの輸出税を表しています。

 輸出自主規制との違いはcが政府の輸出税収となる点だけです。やはり、輸出税によっても死重損失b+dが生じますので、輸出自主規制と輸出税は同等の効果があることがわかります。


輸出補助金

 上記の政策はいずれも貿易量を減少させる政策でしたが、貿易量を増加させる政策はどのような効果を持つでしょうか。最後に、輸出補助金の効果を考察することにしましょう。自国が自由貿易をしているとき、図5では世界価格PFで工業品の輸出量がABになることが示されています。

 いま、自国政府は自国の工業品輸出を促進するために、工業品の輸出に補助金を与えるとします。補助金は負の税ですから、輸出業者が工業品を輸出する際、政府から定められた補助金を受け取りますので、

工業品の国内価格-単位当り輸出補助金=工業品の世界価格

となります。従って、工業品の国内価格は世界価格よりも単位当り輸出補助金分だけ高くなります。図5では、補助金後の国内価格PTと世界価格PFの差が単位当りの輸出補助金を表しています。国内価格の上昇により生産量は増加し需要量は減少しますので、輸出量はCDへと増加します。

 余剰の変化を見てみましょう。国内価格がPFからPTに上昇することによって、消費者余剰はa+b減少し、生産者余剰はa+b+c増加します。政府には輸出補助金b+c+dの支払いが生じますが、この支払いは国民が負担するとすれば、消費者余剰と生産者余剰と輸出補助金支払いを足し合わせた社会的余剰の変化は、a+b+c−(a+b)−(b+c+d)=−(b+d)<0となりますので、輸出補助金は自国に損失をもたらすことがわかります。この死重損失b+dは、過小な消費による歪みbと過剰な生産による歪みdからなります。このように、輸出補助金政策は輸出を促進する効果はあるものの、自由貿易と比べて厚生水準を引下げることがわかります。

図5 輸出補助金

図5 輸出補助金


大国のケース

 さて、自国の貿易量が多く、貿易政策が世界市場の需給バランスを崩し世界価格に影響を与えるケースだと、貿易政策の効果はどうなるでしょうか。上記の分析から分かるように、自国の貿易政策による死重損失は、世界価格と国内価格の乖離が原因となっています。従って、大国のケースでも価格の乖離は生じますので、価格乖離による死重損失は発生します。しかしながら、世界価格の変化が自国の交易条件(=輸出財価格/輸入財価格)を改善させ、その効果がこの損失を上回る場合には貿易政策は自国の厚生を高めます。交易条件は輸出1単位と交換できる輸入財の量を表していますから、その値が大きければ自国にとって利益になることを思い出しましょう。

 輸入関税と輸入割当は自国の輸入量を減少させますので、世界市場では自国の輸入財は超過供給になり、輸入財の世界価格は下落します。従って、自国の交易条件は改善します(高くなる)。一方、輸出自主規制と輸出税では自国の輸出量を減少させますので、世界市場では自国の輸出財は超過需要になり、輸出財の世界価格は上昇します。従って、自国の交易条件は改善します。つまり、貿易量を減少させるこれらの貿易政策は、交易条件改善による利益をもたらしますので自国の厚生水準を改善する可能性があります。しかしながら、相手国も交易条件を改善させるために、貿易量を減少させる政策で報復するでしょう。その結果最悪な場合、閉鎖経済に戻ってしまいます。

 一方、輸出補助金は自国の輸出量を増加させますので、世界市場では自国の輸出財は超過供給になり、輸出財の世界価格は下落します。従って、自国の交易条件は悪化します(低くなる)ので、輸出補助金政策は必ず自国の厚生を悪化させることがわかります。また、この政策が危険な点は、厚生水準を閉鎖経済以下へと引下げる可能性があることです。なぜなら、輸入関税のように貿易量がゼロとなるような歯止めがありませんので、輸出補助金を高くするほど、非効率に輸出財の生産を増加させることが出来るからです。


おわりに

 以上から小国のケースでは、貿易政策は国内価格と世界価格を乖離させ、それによって生じる非効率な生産と消費が国に損失をもたらすことがわかりました。このことは、生産が不得意であるから輸入している比較劣位財の生産を輸入関税によって増加させることも、生産が得意であるから輸出している比較優位財の生産を輸出自主規制によって減少させることも、輸出補助金によって増加させることも、いずれも生産に歪みをもたらすことを示しています。さらに、国内価格の変化が消費に歪みをもたらすことも示しています。また、税を課すことによって貿易量を変更させる政策と、貿易量そのものを制限する政策は同等の効果があることがわかりました。

 大国のケースでは、たとえ貿易量を減少させる政策が交易条件を改善して厚生水準が自由貿易での水準を上回るとしても、それは貿易相手国の交易条件悪化という犠牲の下に得られる一過性の利益であることがわかりました。

 ここで得られた結論は、とても単純な仮定の下で成立することですので、そのまま現実に適用するには無理があります。自国で生産している財と競合する輸入財は全く同じ財ではありませんし、工業品の生産は企業が価格支配力を持つような独占的傾向があります。市場が少数の企業によって占有されているときは、輸出補助金政策が正当化される場合もあります。しかしながら、自由貿易は世界に存在する限りある資源の効率的な利用をもたらし、貿易参加国すべてに利益を配分する優れた機能がありますので、この機能を最大限発揮させるために、世界各国は関税のような保護主義的な貿易政策を含めた様々な貿易障壁を取払う努力をする必要があるのです。

<参考文献>
Ethier, W. J., Modern International Economics, Second Edition, Norton, 1988.
Krugman, P. R. and M. Obsfeld, International Economics: Theory and Policy, Third Edition, HarperCollins College Publishers, 1994.
とやま経済月報
平成16年12月号