特集

観光客誘致と公共交通

富山商船高等専門学校国際流通学科講師 岡本勝規


I.はじめに

 観光産業は、21世紀の基幹産業の1つとされ、多くの地域でその活性化が企図されています。特に、「地域性」それ自体が一つの価値になることから、いわゆる「町おこし」や「村おこし」と結びつきやすく、地域経済を活性化させるものとして導入が期待されることの多い産業です。
 この観光産業が軌道に乗るための大前提に、移動手段の整備があります。観光地に到達するまでの移動手段や観光地内を周遊する移動手段が、快適で安価なものでなければ、観光地内にいかに魅力的な観光資源が存在したとしても、多くの観光客を誘致することはかないません。
 そこで本稿では、富山県内の観光地における公共交通の利便性の変化について取り上げます。その変化から、県外から富山県を訪れた観光客に与えられている移動環境を検討してみましょう。


II.富山県における観光客入り込み状況

 富山県では、1983年に「いきいき富山観光キャンペーン」が開始されて以来、一貫して観光客誘致が積極的に推し進められてきました。その結果、富山県への観光客入り込み数は、総数で見れば増加傾向にあるように見えます(図1)。しかしながら、1996年以降、県外客数は漸減です。宿泊客ははっきりと減少傾向にあります。

図1 富山県における観光客入り込み数の推移
図1 富山県における観光客入り込み数の推移
(富山県資料より作成)

 近年特に誘致へ向けて力が注がれている、外国人旅行者についてはどうでしょうか。ここでは参考として、富山県の周辺県も含めてその入り込み動向を見てみましょう(図2)。ここで示したデータは、訪日外国人旅行者の訪問率の推移です。富山県のみならず北陸地域全体で、きわめて低調であり、北海道の水準をも下回っていることがわかります。但し、高山や白川郷などの観光地を抱える岐阜県は、比較的多くの外国人旅行者を引きつけているようです。

図2 北陸地域及びその周辺部における
訪日外国人旅行者訪問率の推移

図2 北陸地域及びその周辺部における訪日外国人旅行者訪問率の推移
(国際観光振興会「訪日外国人旅行者調査」:1997〜2001年度より作成)

 以上のことから、近傍から来訪する観光客は増える傾向にあり、逆に遠方から来訪する観光客(県外客および宿泊を必要とする観光客)は減る傾向にあるということが伺えます。外国人旅行者についても元々低調なうえ増える気配がありません。
 国外からか国内からかを問わず、遠方から来訪する観光客、特に宿泊を伴う観光客は、消費額が大きいとされ、重要な存在です。この観光客が減少することは、観光地が相手とする市場の縮小につながるため、回避しなければなりません。ではなぜ、遠方から来訪する観光客は減少傾向にあるのでしょうか。
 このことを考えるにあたっては、二つの手がかりがあります。一つは、「お客様は外の地域からやってくる」ということ。つまり、観光客は「地元」の人というわけではありません。従って「地元」では普通とされていることでも、観光客にとってはそうとは限らないのです。観光客を受け入れる地域は、そのことを認識する必要があります。
 もう一つは、「お客様が最も影響を受けるメディアは家族・友人の話である」ということ。つまり、旅行を企図している者が旅行先を決定する際、最も参考にしている情報源は、身近な人からもたらされる口コミなのです。従って満足した観光客からは、周囲に旅行先の好印象が伝えられ更なる観光客の獲得につながります。逆に満足しなかった観光客からは、悪い印象が喧伝され、今後の来客が見込めなくなります。
 はたして県内の観光地における移動環境は、外からやってくる観光客にとって満足を得られる状態にあるのでしょうか。


III.観光地を結ぶ公共交通の利便性

 ここでは、富山県内の主要観光地を結ぶ公共交通機関を取り上げて、その利便性の程度と変化について見てみましょう。1998年から2003年までの五年間について、次の各4方面について、主たる公共交通機関の一日あたり運行数をまとめました(図3)。但し、県内最大の観光地である立山黒部アルペンルートについては、既に移動手段を公共交通に限っているため、このとりまとめの対象とはしませんでした。
 (1)五箇山方面(城端〜西赤尾間バス)
 (2)氷見方面(高岡〜氷見間列車)
 (3)宇奈月方面(新魚津〜宇奈月温泉間列車)
 (4)高山方面(富山〜高山間列車)

図3 観光地を結ぶ公共交通機関の運行本数推移
図3 観光地を結ぶ公共交通機関の運行本数推移
(数値は、いずれも一日あたりの往復数)
(富山〜高山間については、猪谷で接続が取られている場合も含めて運行本数に数えた)
(JTB時刻表1998年7月号およびJR時刻表1999〜2003年の各年7月号より作成)

 仮に、午前7時から午後10時まで1時間に1往復の割で運行したとして、1日あたり16往復の運行本数になります。ところが、五箇山方面や高山方面はこれを下回る水準です。五箇山方面については低下さえしています。これらの地域については、2〜3時間、交通機関を待つことも珍しくなく、五箇山方面ではそれが更にひどくなっているわけです。一方で、五箇山方面と観光面で競合関係にある白川郷は、金沢や高山、名古屋などと直接高速バスで結ばれています。このような状態では五箇山の地域が、白川郷から金沢へ抜ける観光客の単なる通過地域になってしまいはしないでしょうか。
 また、高山方面についても、飛越を跨いだ広域観光圏が構想される中、この程度の交通利便性が適当なのでしょうか。富山県は、富山空港を高山方面へのゲートウェイとして活用できるという優位性を持っていますが、富山と高山を結ぶ交通機関が脆弱なばかりに、得られる観光客を逃しているように思われます。
 氷見方面については、一時間に一往復程度にまで列車本数が減少し、利便性の急速な低下が見られます。しかも2001年以降は、月に1度、日曜日の日中に4本の列車が運休し、代行バス等の措置もとられません。比較的観光客の利用が見込める日曜日に、日中(午前9時半頃〜午後3時頃にかけて)、全く列車が運行されないことがあるのです。氷見は水産物をはじめ全国的に名の知れた食材が豊富な地域です。しかしながらこの程度の交通利便性で、観光客が気軽に氷見を訪れて、食材を楽しめるのでしょうか。
 宇奈月方面については、比較的良好な利便性を保っています。日中でも30分に1本程度の頻度があることから、観光客にとっても利用に耐えうるものと思われます。また、この方面では、列車運賃の補助や無料列車の運行などが試みられており、比較的公共交通機関での来訪に力を入れているようです。この方面の課題は、公共交通が「行き止まり」になっている点にあります。つまり「次の目的地へ行きにくい」状態になっているのです。このことは周遊コースの中に組み込みにくいことを意味しており、この点を克服する利便性を獲得することがなにより必要でしょう。


IV.まとめ

 この稿を読まれた方の中には、観光客の移動手段はマイカーで十分とお考えの方もいるでしょう。現況はまさにその通りであって、観光客の多くがマイカーで移動しています。しかしそのような状態は、県外や外国からの観光客に満足を与えることのできる状態なのでしょうか。
 大都市圏に住む人々には、車を持たない人、運転に慣れていない人も多くいます。また、大都市圏から富山県まで移動する時点で長距離運転の負担が生じるわけですから、そのような負担を回避する人も多いでしょう。ましてや、外国から訪れる人々が、車に乗ってやってくるなどとはあまり考えられません。これらの人々が飛行機や鉄道で富山県を訪れたとして、観光地が車での来訪を前提にしていればどうでしょうか。多くの観光地について、「行きたいのに行きにくい」か「行っては見たが次の場所へ行きにくい」と感じてしまうことでしょう。
 しかも現在、旅行形態の中心が、団体から個人・小グループに移りつつあります。この傾向は、国内旅行者のみならず、外国人旅行者においても明白です(図4)。従ってこれまでのように、空港や駅に団体を収容する大型バスを待機させているだけでは、観光客に快適な移動環境を与えられなくなってきています。バラバラのタイミングでやってくる小口の観光客を、次々と多方面に送り出していけるような、フレキシブルな対応が必要なのです。

図4 中国・韓国・台湾・香港からの
訪日旅行者における旅行形態(2000年度)

図4 中国・韓国・台湾・香港からの訪日旅行者における旅行形態(2000年度)
((特)国際観光振興会、『JNTO国際観光白書 世界と日本の国際観光交流の動向』、(財)国際観光サービスセンター、2002年より作成)

 今後富山県内では、北陸新幹線の開通や富山空港発着路線の充実などにより、長距離都市間を結ぶ公共交通−いわゆる一次交通−の利便性が高まっていくと考えられます。ところがそれに反するように、県内観光地を結ぶローカルな公共交通−いわゆる二次交通−は低いレベルにとどまっているのです。このように二次交通が欠如した状態では、いかに一次交通を充実させてもその集客効果は地域的広がりを欠いてしまうでしょう。
 もっと懸念しなければならないことは、一次交通の充実によって富山県を訪れた観光客が、県内での移動のしにくさから、富山県に「楽しめない観光地」というレッテルを貼ってしまうことです。このようなネガティブな印象が口コミ等により広がっていきますと、富山県の観光地は旅行先の候補として次第にあがりにくくなってしまいます。せっかく一次交通を充実させて集客力を上げても、その効果が長続きしないわけです。
 富山県がより多く、より長期に渡って観光客を誘致していくためには、二次交通を充実させなければなりません。そして、「外から来た人が動きやすい地域」に変わっていく必要があるといえるでしょう。

<参考文献>
国土交通省編『観光白書 平成14年版』財務省印刷局 2002年
前田勇編著『現代観光総論 第二版』学文社 2001年
(特)国際観光振興会『JNTO国際観光白書2002年版 世界と日本の国際観光交流の動向−成長続く我が国の訪日旅行市場−』(財)国際観光サービスセンター 2002年

とやま経済月報
平成16年8月号