経済指標の見方・使い方

キャッシュ・フロー計算書

富山大学経済学部助教授 鈴木基史


1.はじめに

 キャッシュ・フロー計算書の開示制度化は、会計制度大改革(会計ビッグバン)の初期段階になされたもので、1999年4月に始まる事業年度から連結ベース、個別ベースに関わりなくキャッシュ・フロー計算書の公表が義務づけられた。企業に対するキャッシュ・フロー情報の開示についての要求は、1970年代の後半から経済状態の悪化してきたアメリカにおいて高まってきたものである。


2.キャッシュ・フロー計算書の必要性

 キャッシュ・フロー計算書の必要とされる第1の理由は、従来からの資金概念を運転資本とする資金計算書では、企業の支払能力を評価するためになんら有用な情報を提供しないということからである。
 これまで資金計算書に主に使用されてきた運転資本とは、流動資産から流動負債を差し引いて算出される。貸借対照表における流動・固定分類は、周知のとおり1年基準と正常営業循環基準によってなされている。したがって、企業の流動性ないし支払能力を評価する際に、現金→商品→販売→売上債権→現金という営業循環過程において、運転資本は、資金循環のスムーズさをあらわすことができる。この場合、流動比率(流動資産÷流動負債×100)もこの循環過程をベースにしているため、重要な指標となる。しかし、企業環境が悪化した場合などにおいて、運転資本の額または流動比率は、より短期間の支払能力を評価するにあたって有用な情報を提供しえない。例えば、棚卸資産の大部分が不良在庫によって占められている場合や、回収困難な売上債権が存在した場合など、運転資本の額や流動比率では、直接的に支払能力についての内容を示すことができない。つまり、流動資産によって流動負債が支払われるということはなく、より短期的には、実際のキャッシュ・フローそのものが支払能力を示すことになる。
 第2の理由は、十分な利益があるが、企業が倒産してしまう(黒字倒産の事例)という、利益に対する信頼性の低下によるものである。
 会計利益は、収益および費用の認識をそれぞれ実現主義、発生主義にもとづいて認識され、その営業活動の成果である期間収益とそれを得るために払われた努力である期間費用を費用収益対応原則によって期間的に結びつけるという発生主義会計によって計算される。そのために、現金収支を伴わない費用・収益の計上がなされる。
 その典型的なものが、減価償却費の計上、引当金の見積計上、および費用・収益の見越・繰延などといった決算整理にかかわる会計処理の問題である。これらは、現金収支と期間損益計算に伴う費用・収益の認識との時間的ずれから生ずるものであり、費用・収益の期間配分、見積および評価から生じてくるものである。これらの項目が量的・金額的にも損益計算書や貸借対照表に対して割合が高ければ高いほど、利益に対する現金的な裏付けがなく、利益の企業の安全性に対する情報としての信頼が低下してくるのである(これを「利益の質の問題」という)。
 キャッシュ・フロー情報は、発生主義会計にともなう配分や見積などといった手続きが含まれないから、情報そのものが硬い情報となる。そのため、キャッシュ・フロー情報をこれまでの財務情報に追加することによって、発生主義会計によって算出された企業の利益情報の信頼性を補足することになり、さらに将来における企業の支払能力をも評価できるようになる。
 このように運転資本に基づく資金情報の支払能力の情報として欠点の存在、また発生主義会計に基づく期間損益計算の信頼性の低下により、現金を中心とした資金概念であるキャッシュ・フロー情報の重要性が十分に支持され、積極的に求められるようになってきている。
 キャッシュ・フロー計算書の期待される役割を列挙するならば以下のようになる。
 ・ 企業の現金創出能力を判断できる。
 ・ 企業の債務返済能力や配当支払能力を判断できる。
 ・ 期間利益と現金の増減との関係を判断できる。


3.キャッシュ・フロー計算書の構造

(1)キャッシュ・フロー計算書の活動区分別表示
 キャッシュ・フロー計算書は、資金概念として定義された「現金及び現金同等物」の増減変化の内容を表示する財務諸表である。わが国の作成基準をはじめほとんどの国の基準では、キャッシュ・フロー計算書を企業の活動内容の種類に応じて、「営業活動によるキャッシュ・フロー」、「投資活動によるキャッシュ・フロー」、「財務活動によるキャッシュ・フロー」の3つの区分に分けて表示することとしている。こうした活動区分別表示は、企業の財政状態ならびに現金及び現金同等物の金額に与える影響を評価するうえで有用性があるという情報利用者の分析目的の観点から主張されるものである。
 「営業活動によるキャッシュ・フロー」は、営業損益計算の対象となる取引のほか、投資活動及び財務活動以外の取引によるキャッシュ・フローを記載するものである。
 「投資活動によるキャッシュ・フロー」は、固定資産の取得及び売却、現金同等物に含まれない短期投資の取得及び売却、貸付による支出また貸付金の回収による収入等によるキャッシュ・フローが記載される。
 「財務活動によるキャッシュ・フロー」は、資金の調達及び返済によるキャッシュ・フローが記載される。

(2)営業活動によるキャッシュ・フローの表示
 営業活動によるキャッシュ・フローを報告する方法には、直接法と間接法がある。直接法による表示は、得意先からの収入・仕入先への支払など、営業活動に分類される主要な項目別に総額で表示する方法である。間接法とは、純損益に棚卸資産及び営業債券の期中変動額、減価償却費及び引当金などの非資金的な項目を調整することによって営業活動によるキャッシュ・フローを計算表示する方法である。直接法及び間接法は、一般に次のような特徴がある。
ア.直接法
 収入と支出を生じさせる源泉及び使途別の主要な項目によって表示されるため、将来のキャッシュ・フローの予測に有用であり、そのために収入と収益及び支出と費用の相互間の関係を明確に示すことができるという長所がある。しかし、この方法によれば時間と費用がかかるという短所がある。
イ.間接法
 発生主義によって算出された純利益から逆算して営業活動からのキャッシュ・フローを求める方法である。そのため、純利益と営業活動からのキャッシュ・フローの異なる原因を明らかにすることができるために利益の質の評価に有用な情報を提供できるという長所が存在する。また、損益計算書及び貸借対照表の数値から導き出せるために時間と費用がかからないという長所がある。
 そのため、営業活動から直接生じたキャッシュ・フローをこの方法によると表示できないという短所がある。

キャッシュ・フロー計算書(直接法)

営業活動によるキャッシュ・フロー



営業(売上)収入
仕入支出
営業費支出

営業活動によるキャッシュ・フロー
キャッシュ・フロー計算書(間接法)

営業活動によるキャッシュ・フロー





当期純利益
減価償却費
営業債権減少
棚卸資産増加
仕入債務増加

営業活動によるキャッシュ・フロー


4.キャッシュ・フロー情報の利用

 企業の流動性、支払能力を評価・計画するための分析を、従来から資金分析ないし資金運用分析といってきたが、前述したように特に資金を現金および現金同等物としたキャッシュ・フロー計算書が公表されるにともないキャッシュ・フロー分析が広く利用されるようになってきた。特に企業がその主たる活動から得られたキャッシュ・フローを示す「営業活動によるキャッシュ・フロー」を中心とした分析指標が使用されるようになってきている。
 また、最近では、キャッシュ・フロー経営という言葉が使われるようになり、配当政策や、銀行に対する借入依存度を引き下げるためなど、企業価値を高め、株主重視の経営を示す指標として「営業活動によるキャッシュ・フロー」やフリー・キャッシュ・フローが用いられるようになっている。
 フリー・キャッシュ・フローとは、企業の純粋な営業活動から発生するキャッシュ・フローから税金を差し引いた、企業の債権者や株主に分配できるキャッシュ・フローの合計額を示すものであるということができる。フリー・キャッシュ・フローは、本来の営業活動ではない財務活動からのキャッシュ・フローを含まず、つまり企業の必要資金をどのように調達したかということとは関係なく、純粋な意味で企業の本来の営業活動から得られたキャッシュ・フローであり、企業側において自由に使用することのできる手許資金のことである。
 フリー・キャッシュ・フローには、営業活動によるキャッシュ・フローから、税金を控除し、さらに生産維持に必要な設備投資を控除する広義の概念と、投資キャッシュ・フロー全体を控除する狭義のフリー・キャッシュ・フローがある。株式の持ち合いや投資株式の割合の多いわが国では狭義のものが用いられることが多い。
 フリー・キャッシュ・フローは、企業が自由に使用できる手許資金を表すために、その使途が問題になる。先に示した配当政策の観点(たとえば近年のコーポレートガバナンス議論などから株主の利益を重視する企業経営が求められている)から、また将来の事業展開を十分に考慮した投資、そしてその返済計画の策定など、経営者の能力を判断するさいに非常に重要な数値になる。また、これは企業の企業価値の算定や投資意思決定といった長期の意思決定をするさいに、割引キャッシュ・フロー法とともに用いられると非常に効果的となる。

とやま経済月報
平成16年8月号