特集

農山村における携帯電話の活用
助重 雄久(富山国際大学地域学部講師)


I はじめに

 携帯電話は1990年代半ばから急速に普及し、現代社会の生活やビジネスにおいて欠かせないツールとなった。とくに近年ではインターネット機能の利用が若年層を中心に爆発的に拡大した。
 携帯電話各社は従来、人口密集地域での普及に重点をおいてきた。携帯電話の利用可能エリアは大都市圏から地方へと拡大してきたが、農山村ではいまだに利用できないエリアも一部に残されている。しかし、携帯電話は地域間の情報格差を解消するのに有効なツールであり、交通・通信手段が限られる農山村でこそ有効活用を図るべきであろう。そこで本稿では、携帯電話が農山村での農業経営や生活環境の改善にどの程度活用できるのかを、いくつかの事例を紹介しながら探ってみたい。


II 農業経営における携帯電話のインターネット機能の利用

1) 全国・北陸における携帯電話・インターネットの利用状況
 農林水産省が2001年11月に全国2万戸の販売農家を対象として実施した「農家のパソコン・インターネット利用状況アンケート調査」(有効回答数5,453)によれば、携帯電話所有率は74.3%でパソコンの所有率(53.1%)を21.2%上回った。また、携帯電話のインターネット機能を利用している農家は42.0%で、パソコンのインターネットを利用している農家(32.8%)を9.2%上回った。
 農政局の管内別にみると、北陸農政局管内の携帯電話所有率は74.6%、携帯電話でインターネット機能を利用している農家の割合は41.7%で、どちらも近畿、東海、関東に次いで4位であった(表1)。

表1 農家の携帯電話・インターネットの利用状況
農家の携帯電話・インターネットの利用状況
資料:農林水産省「農家のパソコン・インターネット利用状況アンケート調査」(2001年11月)

2) 携帯電話のインターネット機能の長所・短所と通話機能の活用
 上記の調査では、5,453戸中2,739戸が「携帯電話のインターネット機能を農業経営に利用しているか、利用する意向がある」と回答した。利用目的は「市況・気象等の情報収集」(28.3%) がもっとも多く、次いで「出荷予約、農業資材等の発注」(18.7%)、「栽培技術等の生産管理情報の収集」(14.4%)であった1)
 農家の場合は自宅外にいる時間が多い。このため、どこでも即座に情報が得られる携帯電話のインターネット機能は、パソコンのインターネットよりも利用価値が大きいといえよう。しかし携帯電話のインターネット機能は(1)情報量が限られる、(2)ボタン操作が煩雑で扱いにくい、(3)サーバーの混雑時にはメール着信が遅れる、といった短所もある。またメールは着信時に短時間しか着信音やバイブレータが鳴動しないため、農作業中だと着信に気づかないことも多く、緊急のメールを見過ごす危険性が高い。このため、農業経営においては携帯電話のインターネット機能よりも通話機能が情報収集や連絡の確実な手段として活用される機会が多い。


III 農業経営における携帯電話の活用事例

1) 沖縄県伊江島での活用事例
 伊江島は沖縄本島北西部沿岸に位置する面積22.7km2、人口約5,100人の島である(図1、写真1)。1990年代には葉たばこ・菊・肉用牛の3部門を基幹とした農業が発展し、農業粗生産額は1970〜2000年の間に3.2億円から46.2億円に増加した。基幹3部門の農家は、経営規模の拡大につれて島の各所に農地や牧草地(以下「畑」と総称)をもつようになり、家族や雇用者が別々の畑で働くことも多くなった。この結果、リーダー格の生産者はあちこちの畑を巡回して作業の段取りを指示しなければならなくなった。
 伊江島では1995〜2001年に携帯電話各社の無線局が相次いで設置され、島内全域が通話エリアとなった2)。携帯電話は1998年頃から急速に普及し、1戸で2〜3台所有する農家も少なくない3)。携帯電話導入後はリーダー格の生産者が電話で農作業の段取りを指示できるようになり、農作業中にトラクタの燃料が切れても、その場で農協に電話すればすぐに配達されるようになった。各農業部門では以下のような場面で携帯電話が活用されている。
図1 伊江島の位置
伊江島の位置

城山から見た伊江島の農地

(1) 肉用牛生産農家の場合…従来、牛の出産時には家族全員が牛舎に待機していたが、携帯電話導入後は1名だけが見張りをし、牛が産気づいてから他の家族を呼び寄せるようになった。
(2) 菊生産農家の場合…気温が急上昇した際には、収穫のための人手を迎えに行く間に花が開きすぎて商品価値が下がることがあったが、携帯電話導入後は他の畑や自宅にいる家族・雇用者を電話で招集できるようになり、商品価値の低下を最小限に抑えられるようになった。
(3) 観葉植物生産農家の場合…市場から急に大量注文が入ることがあるため、自宅に電話番を配置しておく必要があったが、携帯電話導入後は電話番が不要になった。

2)杵築市農協における温室遠隔監視への活用
 温室園芸では時折、温室内の温度が異常上昇し短時間で作物が枯死する事故が起こる。こうした事故では数百万円〜数千万円の損害を被るため、温度異常を迅速に通報するシステムの開発が待たれていた。
 ハウスミカンの主要産地である大分県杵築市(図2)の杵築市農協では、1986年に温室の温度センサーから選果場に温度データを転送する遠隔監視装置を設置した。1990年には生産者全員にポケベルを携帯させ、異常時にはポケベルに通報するようにした。しかしポケベルでは詳細が伝えられないため、農家が外出中や別の温室での作業中に通報を受信した場合、自宅か最寄りの公衆電話まで行って選果場に詳細を問い合わせる必要があった。このため、2001年からは生産者に携帯電話を持たせ、直接異常の詳細や対策を指示できるようにした(図3)4)
図2 杵築市と浜玉町の位置
杵築市と浜玉町の位置

携帯電話導入前後における温度異常時の対応の変化
図3 携帯電話導入前後における温度異常時の対応の変化
(ききとり調査をもとに助重作成)

3) 松浦東部農協におけるハウス温度警報機の活用
 同じくハウスミカンの主要産地である佐賀県浜玉町(図2)の松浦東部農協では、1997年に「ハウス温度警報機」(写真2)を福岡市の商社、北九州市のメーカーと共同で開発した。この警報機は温室の温度センサー(写真3)が異常を感知すると連動した携帯電話が生産者や家族の携帯電話、自宅の電話に合成音声で異常を通報するもので、平常時にも定期的に温度を通報することができる。
 警報機は最大で4台の電話に通報できるため、家族の誰かが通報に気づけば即座に対応がとれる。この装置では1台で4つの温室が管理できる。初期投資は本体約15万円、電気工事費約2万円のみで、月々の電話代も携帯電話各社の家族割引を利用すれば5,000円程度で済むという。
 現在、警報機は農協管内で20台導入されているほか、九州各地で約200台が花の温室や鶏舎の温度管理に活用されている。また、宅配業者の低温倉庫の温度管理にも試験的に利用されており、農業分野で開発した技術が他産業で活用される可能性も広がっている。さらに2003年2月にはパソコンにデータを転送し温度変化をグラフ化する付加機能も実用化され、生産管理技術の向上にも貢献することが期待されている。

ハウス温度警報機 温室内に設置された温度センサー

IV 農山村の生活における携帯電話の活用

 農山村では公共交通機関の運行本数が少ないため児童・生徒やお年寄りを家族が自家用車で送迎する機会が多い。このような際にも携帯電話が活用されている。
 たとえば伊江島では、1日数本のバス以外に公共交通機関がないため、小中学校から離れた地域では子供の登下校時に家族が送迎をしなければならない。とくに下校時間はクラブ活動などの関係で一定ではないため、午後は家族のうち1名が農作業をやめて家に戻り子供からの電話を待つこともあった。しかし、携帯電話の導入後は子供が下校時に家族の携帯電話に連絡すれば、家族が畑から直接学校に迎えに行き、子供を自宅に置いてすぐに畑に戻れるようになった(図4)。
 また、自宅に老人や病人、子供がいる場合も携帯電話で常時自宅に連絡がつくようになり、安心して農作業に専念できるようになった。自宅にいる家族に洗濯物の取り込みや夕飯の用意なども頼めるようになり、農作業を中途半端で終わらせて帰宅することも少なくなったという。

携帯電話導入前後における児童・生徒の迎えの変化
図4 携帯電話導入前後における児童・生徒の迎えの変化
(ききとり調査をもとに助重作成)


V おわりに

 前述のように、携帯電話は農山村における農業経営や生活のさまざまな場面で活用されるようになった。とりわけ携帯電話は(1)緊急時の通報、(2)移動・待機時間や労働力の削減の二点で大きな役割を果たしてきた。このうち(1)に関しては、今後携帯電話側から温室の温度制御を行う技術が確立されれば、異常発生の予防や燃料消費量の削減、ひいては地球環境保全にも貢献することが期待できる。また(2)は人件費等の削減に結びつくだけでなく、削減された移動・待機時間を労働や余暇の時間に回すことで、農業の経営規模拡大、兼業機会の増加、余暇行動の拡大などが期待できる。
 近年、多くの農山村においては公共交通機関の本数削減のみならず、学校・役場支所・農協等の統廃合や行政サービスの広域化が進められている。とくに現在進みつつある「平成の大合併」では、合併後の行政中心地から離れた農山村部で行政サービスが低下し、産業の衰退や人口減少が加速することも懸念される。こうした状況下においては、携帯電話だけでなくCATV、パソコンによる通信網を早急に整備するとともに、それぞれの通信手段がもつ機能を有効活用し、地域間格差を最小限に抑える努力が必要となろう。

注:
1) カッコ内は「携帯電話のインターネットを農業経営に利用しているか、利用する意向がある」農家のなかでの割合。複数回答可。
2) 島の東部では本島の無線局からの電波を受信できたため、島に無線局が設置される前から携帯電話が利用できた。
3) 伊江島では携帯電話のサービス開始前からアステル沖縄のPHSが利用できたが、1998年3月のNTT DoCoMo無線局設置を機にPHSから携帯電話への移行が進み、同年7月にPHSのサービスは廃止された。
4) 携帯電話の通話圏外に温室がある生産者は、引きつづきポケベルを使用している。


とやま経済月報
平成15年3月号