統計図表の見方と地域の実像(4)
富山大学経済学部教授 柳井 雅也


 いよいよこのシリーズも最終回を迎えました。今回は中部、北陸そして富山を対象に、統計図表が醸す(?)想像力と地域調査との関係について考えてみたいと思います。


1.畜産の衰退は米作の衰退も招く?

 福島大学の下平尾勲氏によれば、日本農業の衰退は、米と畜産の密接な関係にあるといいます※1。その理由は、アメリカが日本の農産物解放を畜産自由化に絞ったことにより、多くの畜産農家が債務を抱えて衰退し、結果的に農協の負債増による食管制度の崩壊と米価の下落を招いたというのです。そしてこれをアメリカの政治支配者は見抜いていたというのです。
 そこで図表1を見て下さい。これは農業粗生産額の構成を示したものです。東海地方は花卉(かき)の比率が高く、北陸は米の比率が高くなっています。昨今の米価下落を考えると、どの地域にしわ寄せが来ているか想像できませんか?また、水田単作地帯で細々と畜産を営んでいる人たちの悲鳴も聞こえてきませんか?
 ただの統計ですが、既知の事実や分析を踏まえて考えると、想像力がかきたてられることがあります。しかし、これはまだ想像ですから、より詳しい実証研究が必要になることはいうまでもありません。

図表1 農業粗生産額の構成(平成12年)
農業粗生産額の構成
(資料)農林水産省「農林水産統計速報13-236(経営-42)」



2.投資動向を一気に探る!

 図表2-1は北陸の業種別設備投資動向をスカイライン図で示したものです。横軸で見ると北陸は、紙・パルプ(65.0%増)、窯業・土石(115.1%増)などの成長が目に見えてわかりますが、多くの産業はマイナスになっています。
 また、縦軸に業種間の構成が示されていますので、電力(39.4%)、電気機械(18.6%)などの、設備投資が大きいことがわかります。このスカイライン図は縦軸と横軸を見ることによって成長性と規模が一目でわかる特長があります。
図表2-1
北陸の業種別設備投資動向
図表2-2
富山県の業種別設備投資動向

北陸の業種別設備投資動向

富山県の業種別設備投資動向

 また図表2-2は、同様に富山を示したものです。これによると製造業の設備投資は26.1%減と北陸のそれより3%ほど高くなっています。また、紙・パルプ、鉄鋼、リース、一般機械などで、北陸の設備投資を牽引している様子がわかります。
 このように他地域と比較して地域の特徴を浮かび上がらせることも可能ですし、経年比較によって、地域の変化を見るのにも便利といえます。また、事業所数、従業員数、製造業出荷額など、他の統計指標にも応用ができそうですね。


3.北陸信越の旅客流動

 図表3は北陸信越内の旅客流動を示したものです。これによると富山県内の旅客流動は、なんと約7億3077万人もあるのですよ。さらに、県間の移動に注目すると、富山と石川の移動が、他県の移動の中でもずば抜けて多いことがわかります。

図表3 北陸信越域内旅客流動(平成12年度)
(単位:千人)
北陸信越域内旅客流動
資料:旅客地域流動調査


4.統計と地域調査の連携

 1〜3の事例は、より詳細に知ろうとすると、もっと詳しい情報やデータが必要になります。たとえば、1は米や畜産に関するデータ、2はどの企業がそのような設備投資を行っているのか?3は旅客移動の中身は観光か通勤か?などです。この全ての統計データがあるとは限らないし、秘匿事項として非公開ということもあります。そこで実際に調べてみることが必要になるのです。
 図表4※2はその地域調査の流れを示したものです。ある研究テーマを決めて、専門書、論文、白書や報告書、それに統計によって調査対象の輪郭をつかみます。これをインドアワークといいます。また、役所や組合、団体、その道の専門家などから、調査対象の見方、課題や問題点を聞きだします。これを予備調査といいます。そして、インドアワークと予備調査を行ったり来たりして理解を深めていきます。そして「知りたい事」をはっきりさせて、質問表にまとめて、実際に現地に出かけていって調べることになります。これを「本調査」といいます。
 「本調査」では現地に行って直接聞き取りを行うのですが、この結果を集計して分析を行います。データが足りない時は追加調査や再調査を行います。こうして、研究テーマを明らかにして、論文や報告書にしていきます。

図表4 地域調査の大まかな流れ
地域調査の大まかな流れ

 報告書では、統計や調査データなどを組み合わせて、オリジナルな統計図表を作成していきます。だから統計は地域調査の「限界」を補うものであると同時に、地域調査の「母」ともなるのです。


5.地域政策と統計

 今回のシリーズでは、統計図表の表現法や地図の重ね合わせから見えてくる世界、統計データの取り方とトリック、効果的な統計図表の表現などについてみてきました。そして統計そのものは「時代を映す鏡」であるし、「限界」があることもみてきました。
 でも、統計や地域調査をベースに作られる統計図表を「いきいき」させるには、どうしたらいいのでしょうか?
 いろいろ考え方はありますが、その重要な一つが地域政策への応用だと思います。たとえば、2の設備投資の話では、北陸の産業構造を変えるにはどうすればいいか?また3の旅客流動では、富山と石川の流れが多いことを指摘しましたが、これを受けて交通体系をどう整備すべきかなどの議論が可能となります。
 前述の下平尾勲氏がいうには「地域政策の要諦は、そこで暮らす人が幸せになることだ」ということですから、その表現手段として、統計図表が利用されることが一番「いきいき」して、いいことなのかもしれませんね。みなさんはいかが考えますか?

(注)
※1 「わが国の農業制度の枢軸の地位を占める食管制度と農協制度を衰退させる唯一の道は畜産の自由化であると、米国の政治支配者はみたのである。…(略)…安い肉類を大量に消費すれば、米の過剰生産が一般化し、…(略)…農協制度も経営危機に陥るとみたのである(以下、略)。下平尾勲「『ふくしま大豆の会』と地域農業」ふくしま地域づくりの会『地域産業の挑戦』八朔社2002年.
※2 柳井雅也「経済地理学と実態調査」越嶺会報第46号(平成13年6月25日).



平成15年3月号