特集


「経済ニュースの現場から」

北日本放送報道制作局報道部記者 金田亜由美


はじめに

筆者近影 とやま経済月報「特集」執筆の依頼をいただいてから3ヶ月、毎月ホームページを拝見していますがこれまでの執筆者の多くが大学やシンクタンクで経済を研究している方や日頃から経済の現場に身を置く企業経営者の方など、いわゆる「経済のプロ」だということがわかりたいへんなことを引き受けてしまったと正直言って後悔しています。「素人の私に果たして何が書けるのだろう。」こうしてパソコンに向かっている今もとまどっています。
 ということで今回は日頃の取材活動の中で感じていることを徒然なるままに書かせていただきます。いつもとは趣の違った「番外編」として読んでいただければ幸いです。



「経済」との出会い

 数年前まで私にとって「経済」はもっとも苦手なもっとも近寄りがたい分野のひとつでした。大学時代は英語を中心に比較文化論や国際関係論などを専攻し経済学には一切ノータッチ。マクロ経済、ミクロ経済ってなんのこっちゃ?貸借対照表なんて見たことも聞いたこともないという状態。
 アナウンサーになってからの最初の大失敗は株価のニュースで「最高値(さいたかね)」を「さいこうち」と読んでしまい、大目玉をもらいました。
 こんな経済オンチの私に転機が訪れたのは4年前、テレビ番組「どれみふぁ経済」のキャスターになった時です。経済という本来なら固くなりがちなテーマをできるだけ生活者の目線で伝えようというのがねらいの番組でした。
 ちなみにローカルの放送局は東京のキー局と違い、少人数で番組を制作しているためアナウンサーであっても取材に行き、原稿を書き、時には映像の編集もしますが、「どれみふぁ経済」ではディレクター的な役割も担当しました。
 長引く景気低迷、デフレの加速、雇用問題などニュースで報道される経済がどのように日常の暮らしにかかわっているのか、身近な経済をわかりやすく伝えるにはどうすればいいか勉強の毎日。そして気付いたのが経済は私たちの暮らしそのものだということ。まさに目から鱗、新たな発見でした。 



突然の人事異動

 「どれみふぁ経済」はおかげさまで視聴率もまずまずの数字を残し2年前に無事終了。と同時に、突然、アナウンサーから報道部への人事異動を命じられました。毎日のニュースの中にもっとわかりやすい経済ニュースを取り入れるべきだとの会社の方針が決まり、なんと経済担当記者をやれという業務命令が出たのです(正確には県政と経済を担当しています)。
 こうして新米経済記者として、悪戦苦闘の日々が始まりました。世の中はさらに景気の悪化が深刻になり企業倒産が多発。経済担当1年目には北陸銀行が不良債権の抜本処理などで過去最悪の1300億円を超える赤字に。2年目には佐藤工業や富山駅前のCICが経営破たんするなど経済ニュースがその日のトップニュースになることが相次ぎました。
 そういった意味ではこのタイミングで経済担当になったのは大変ではあるものの、記者冥利につきる貴重な体験をしていると実感しています。



「eリポート」って何?

 夕方6時19分から放送しているKNBニュースプラス1で私が担当している経済ニュースコーナー「eリポート」には柱が2つあります。ひとつは北陸銀行と北海道銀行の経営統合の背景など、大きな経済ニュースをわかりやすく解説すること。そしてもうひとつは元気な県内企業の成功の秘訣や、巷で話題を集めている新商品、新サービスの紹介など富山の地域経済が元気になる明るい話題を提供することです。
 放送で注意しているのは「ひとつの事象には絶えず表と裏がある」ということ。例えば三協アルミと立山アルミの経営統合の場合、企業にとっては経営の効率化など大きなメリットがある一方でその裏には人員の削減や下請け業者の整理が進むという側面があります。大型ショッピングセンターのオープンは経済活性化が期待される一方で地元の商店街への影響が懸念されます。
 どちらかに偏らない報道、これが一番大切で一番難しい。
 まだまだ修行が足りず充分ではありませんが、目に見えない背景まで踏み込んだ報道をめざしたいと思っています。
 ちなみに「eリポート」の「e」はEconomyの「e」。内容も「いいリポート」になるよう努力します。



がんばれ製造業!

 地元密着の経済に力を入れている北日本放送では、毎年お正月に経済の特別番組を放送し、私はその番組のキャスターを担当しています。今年は厳しい経済状況を打ち破るには製造業が元気を取り戻すことが不可欠ということで製造業の復権をテーマに1時間30分の番組を放送しました。
  題して「モノづくり・リバイバル」。日産自動車を驚異のV字回復に導いたカルロスゴーン社長の「日産リバイバルプラン」を参考にゴーンファンの私がタイトルをつけました。(余談ですが、富山を訪れたゴーン氏を密着取材した時、経営戦略を熱く語るゴーン氏の迫力に圧倒されオーラを感じました。)
 さて、県内には優れた技術を持つ製造業がたくさんあります。しかし、中国などアジア諸国の大量生産の商品が以前の「安かろう、悪かろう」ではなく「安かろう、良かろう」へ変化している今、地道に良いモノを作ってきた県内製造業の多くが苦戦を強いられています。
 そこで重要となるのが付加価値の高い商品、つまり高く売れるモノづくりです。そのために必要な要素のひとつとしてデザイン力が今、注目されています。そこで今年の番組の柱を「デザイン」にしました。



モノづくり復活のヒント

写真1 イタリアのアレッシ工場  富山県では総合デザインセンターを中心にデザイン性、機能性にすぐれた 商品開発に取り組み、県内産業の支援に力を入れています。
 そして一昨年からは付加価値の高いモノづくりを学ぼうとイタリアミラノとのデザイン交流をスタート。今年度は日本貿易振興会ジェトロのLL(ローカルトゥローカル)産業交流事業に採択され、県内企業のデザイン開発担当者らをミラノに派遣するほかミラノのデザイナーによる商品開発を行い、ミラノや東京での展示会への出展をめざしています。
  機能性を重視したものが中心の日本製品に対し、ヨーロッパの商品はデザインを優先したモノづくりでひとつのステイタスを確立しています。不況しらずの高級ブランドがその究極の姿といえるでしょう。中でもイタリア製品は人気が高く小粋なデザインと斬新な色使いの家具やインテリア、生活雑貨などは日本にも多く輸入され高価な値段にもかかわらず好調な売れ行きです。
 番組でイタリアのモノづくりのパワーはどこからくるのかを探るべくイタリアの商業の中心ミラノを取材しました。
 実はイタリアと日本は資源輸入国であり、中小企業が多く、伝統産業が地域に根付いているなど共通点がたくさんあります。
 違うのは日本では伝統産業の衰退が著しく厳しい状況ですが、イタリアでは高度な職人技を生かしたモノづくりに取り組む中小企業がとても元気だということです(写真1)。
 イタリアミラノのボッコーニ大学の教授に話を聞いたところ、イタリアの産業の特徴は、中小企業が特定の地域に集積し、特定の産業に特化し、それぞれの企業が水平分業しているということでした。つまり日本の大企業と中小企業のように縦の関係でなく、それぞれが独立し横の関係を結び、1社ではできないことを可能にすることがイタリア産業の発展の力となったというのです。
 それと良く似た産業構造をもっているところが身近にありました。高岡です。銅器、漆器、アルミ、金属加工などさまざまな分野の優れた技術がこれだけ集積している所は全国でもめずらしく、それぞれの企業が分業して製品を作っていくところも似ています。ここでプラスされるべきものがデザイン。
 商品開発をする上でいかに戦略的なデザインを取り入れるかが生き残りの鍵といえるのではないでしょうか。




デザインの力

写真2 ステラ社長へのインタビュー 私がミラノで取材した企業のひとつ120年の歴史を誇る蛇口など水回り製品を手がけるステラは、伝統技術、手作業にこだわった少量生産を続けています。ステラのジュリオ・ステラ社長曰く「今、必要なのは安い商品を作ることでなく高く売れるいい品質のものを作ること」ステラではコストを安くするために中国などでの生産はせず、商品のデザインは世界的に活躍する外部のデザイナーに発注しています。「他にはない良い商品を作れば必ず高く売れる」というステラ氏の言葉には自信があふれていました(写真2)。 
  イタリアで最も成功しているデザイナーのひとりステファノ・ジョバンノーニは日本でもおなじみアレッシの契約デザイナーです。アレッシの売り上げはジョバンノーニと契約を結んでからの10年間で3倍に伸びました(写真3)。 ジョバンノーニは商品をデザインするだけでなく今、時代は何を求めているか、どの世代をターゲットにした商品開発をすべきかなど企業の経営戦略までも提案しています(写真4)。 このようにイタリアの企業では優秀なデザイナーとの共同作業がモノづくりの原点であり、経営者には新しいデザインを戦略に取り入れる勇気と判断力が求められています。


写真3 カラフルでおしゃれなデザイン アレッシのキッチン小物 写真4 ミラノのアレッシショールームでジョバンノーニにインタビュー



デザインセンターの役割

 日本の場合、大企業は独自でデザイン部門を持ち優秀なデザイナーと契約を結ぶことも可能ですが、中小企業にとってはデザインを取り入れるノウハウがなく、そこまで手が回らないのが現実です。そこで重要となるのが県のデザインセンターのような第3者機関です。中小企業とデザイナーを結ぶプロデューサー的な役割を果たすことで売れる商品を生み出すのです。
 県のデザインセンターとの共同開発でヒット商品を生み出す企業も出てきています。高岡市のナンワはデザインセンターと共同でワールドカップサッカーの透明盾を開発し全国に知られる企業になりました。もともと優れた金属加工技術を持ちゴルフヘッドの加工などを請け負っていたのですが、銃弾にも耐えられる強さを実現するため、形状を工夫した盾は全国から注文が殺到。大手企業の下請け会社だったナンワはオリジナル商品の開発で念願の独立メーカーとなりました。現在もデザインセンターとともにスポーツや福祉などの分野でユニークな商品開発に取り組んでいます。



文化の競争

 今回のイタリア取材の中で、もっとも印象に残ったのはミラノ在住の工業デザイナー蓮池槇郎さんの言葉です。蓮池さんは父親の出身が黒部市ということで富山県にゆかりのある方で、家電や生活用品など百数十にも及ぶヒット商品を世界に送り出してきたトップデザイナーです。
 以下、蓮池さんとのインタビューで心に残った言葉を記します。
 「デザインはメッセージであり、企業の思いを消費者に伝える最高のコミュニケーション手段である。」
 「重要なのは欲しいものをいかに作り出していくか、誰が先に本当に欲しいものに近づくか。」
 「中国との競争のように値段で決まるものは難しいが、私達の望み、欲望、野心につながった商品はデザインによって作り出すことは可能。」
 「そのためには日本人が持つ伝統的な美意識、文化を生かしたモノづくりが今、必要である。」
 「キーワードはデザインを含めた文化、カルチャーの競争。手の技だけでなくカルチャーに競争がある。」
 60歳を越えた今も情熱を持ってモノづくりに挑戦し続ける蓮池さんの言葉に、私自身忘れていた大切なことに気付きました。
 日本の産業が急成長する中で世界的な市場に日本の文化を忘れ、単に売れるものを作ってきたことを今、反省する必要があるのではないか、今こそ日本人の美に対する繊細な感覚を見直すべきではないかということです。蓮池さんはイタリアで暮らすようになって日本には世界に比べ物にならないすばらしい美意識、美を認識する力がある。」と再認識したといいます。
 イタリアのモノづくりには学ぶことはたくさんありますが、イタリアの製品を真似て作るのではなくモノづくりの哲学を学ぶことが重要なのだと思います。付加価値の高いモノづくりには独自性、個性が不可欠でその裏にはそれぞれの民族の伝統が根付いているということを今回の取材で強く感じました。
 



終わりに

 これからの製造業の生きる道は文化に裏づけされた独自性を発揮したモノづくりにあるのではないでしょうか?そして伝統産業や、高度な先端技術を持つ県内企業にはそれが可能だと思います。
 製造業の復権無くして日本経済の回復はありません。これからも番組を通して県内の企業の取り組みを伝えていくことで県内の企業を応援しそれが地域経済の活性化につながればと願っています。
とやま経済月報
平成15年7月号