崩壊するコミュニティ
日本海学推進機構日本海学研究員 浜松誠二
不安定化する地域社会
1990年代初めのバブル経済崩壊以降、経済活動の低迷が続いているが、1990年代後半以降は、いろいろな社会病理現象が目立つようになってきている。
例えば、犯罪発生率について、1980年代以降、大都市圏地域では緩やかな増加、その他地域では横ばいの状況が続いていたが、1990年代後半以降は、その他地域を含めて急増している。また、自殺率も、1990年代後半に男子50歳代後半を中心として著しく増加している。
このような社会病理の増加は、多様な原因が背景にあろうが、特に、経済的な要因が大きいとされている。例えば、求人倍率が低下し、失業率が増大していることなどにこの様子が見られる。
さらに、こうした中で、世帯や個人の所得格差が拡大しつつあり、日本国内での階層分化が明確化していくことさえ懸念されている。
以上のような現象を含めて、日本全体でも、そして富山においても、地域社会が不安定化しつつあると言えよう。
富山の豊かさは家族地域社会が支えてきた
これまで、各種の豊かさ指標等で、富山は全国の中でも豊かな地域であるとされてきた。これはゆとりある居住空間や工業を中心とした産業集積とともに、家族・地域社会が支えあって生きてきたことが大きな要因と考えられる。
世帯の規模が全国の中でも特に大きいことは周知のとおりであるが、地域社会の繋がりの強さも多様な指標によって知ることができる。
具体的には、例えば、下表の事項などが上げられよう。ただし、それぞれの内容については、肯定的評価、否定的評価が伴っていると考えられる。和を乱さず互いに支え合おうとする社会は、反面では異なるものを受け入れず、相互に監視し合う社会でもある。
地域社会の強い繋がり
他人と同じことをする 高い老人クラブ加入率、高い進学率 助け合う 低い生活保護率 和を乱さない 少ない公害苦情 これまでの行動を変えない 少ない女性管理職 相互に監視する 低い犯罪率
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地域社会が崩れている
しかし、このような地域社会の強い繋がりは、日本では、明治以降、さらに特に戦後において、急速に弱まってきており、富山においても、全国の後を追って、近年、急速に弱まってきている。
こうした変化は、例えば、婦人会や老人クラブの加入率の推移などに、典型的に見ることができよう。1990年代においてもそれぞれの加入率は大幅に低下している。
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このような地域社会組織の加入率の低下といった具体的な指標のみでなく、県民の意識も大きく転換してきている。実は、昨年の「とやま経済月報(7月号)」でも補論として紹介したが、NHK放送文化研究所の都道府県民意識調査(1996年)によれば、家族・地域社会に関する富山県民の意識は、過去の調査に比較して、特に大きく変化している。一言でいえば、富山県民は、かつては家族・地域社会を大切に考えていたが、近年は、都道府県の中で相対的には、あまり大切と考えないようになっている。
このような意識の変化、富山県の位置の逆転は、皆がするなら自分もそうするといった類の「頻度依存行動」が典型的に現れているようにも思われる。
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新たな活動・ボランティアへの高まりは低い
従来の地域社会の組織等の崩壊について、それ自体については、直ちに否定的に捉える必要はないかもしれない。しかし、それに替わり、地域を支えていく新たな県民意識が芽生え、新たな組織が形成されているか否かについては、留意しておく必要があろう。
具体的には、ボランタリィな活動の展開の程度に見られよう。実は、富山県民の各種ボランティア行動を全国と比較してみると、概して、行動者の率は高い。しかし、それぞれの行動日数は少ない。
これは、ボランティアといっても町内会の清掃、あるいは婦人会こぞっての施設での活動といった性格のものが含まれ、いわば近所付合いとしての活動が多いものと見られる。こうした活動は、見方によっては、半強制的な意味合いを持ち、純粋なボランティアではないといえよう。もちろん、このような行動を否定的に捉える必要はない。しかし、富山でのボランティアの行動者率が概して高いに拘わらず、ボランタリィな活動は低調と捉えることが当を得ているのではなかろうか。
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一方、ボランタリィな活動を展開する組織として、特定非営利活動促進法(NPO法)施行以来の法人承認件数を見ると、富山県では、2003年3月末現在で46となっており、人口当たりでは、全国の都道府県の中で5番目に低い。
この件数は、一般に、大都市地域で多い。また、北陸では、福井も特に多く、富山とは異なった様相を示している。
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富山なりの地域社会の形成へ
我が国では、行政が「コミュニティ」という言葉を使い始めたのは、1969年の国民生活審議会の答申とされる。翌年には地方制度調査会の答申があり、さらにその翌年には、「モデルコミュニティ」事業が始まり、次第に用語として定着するようになってきた。ただし、厳密な定義がなされた訳でなく、広く地域社会を捉える肯定的な言葉として利用されてきたように思われる。
社会学の分野では、マッキーバーが「コミュニティ」を「アソシェーション」と対峙する集団として整理しており、ゲマインシャフトや第一次集団、内集団、基礎社会などの系列に属する術語であるが、我が国では、一般には、このような認識は持たれていないようである。
かつて、県民総合計画の検討などの中で、こうした社会集団の性格の差異を念頭に置き、富山の位置付け、社会変化の趨勢を十分に捉えて、富山なりの新たな地域社会を形成していくことを検討した。しかし、今日のNPOなどに相当する概念などもなく、十分な議論もできず今日に至り、かえって脆弱な地域社会となってきたように思われる。
いずれにしろ、富山なりの地域社会を評価しつつ、新たな地域社会の形成を図っていくことが、各県民に求められているといえよう。
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