特集


統計からみた地域の見方・考え方(2)
富山大学経済学部助教授 柳井雅也


II.統計の限界

1.統計の形式・地域的データ利用による限界
 統計でもわからないことがあります。どういうことかといいますと、例えば農業センサスは属人統計つまり、人を中心に調べているから、例えば東京都の千代田区に地主がたくさんいると、東京都千代田区の農地が非常に大きくなるという具合に、地域データとして使うと、非常に変わった現象が出てきます。この場合は、実際にどこに土地を持っているのかということを調べてみないとわからないということになります。
 また、秘匿事項というのがありまして、例えば工業統計の品目編などを調べますと、各県別データの中で事業所が2つとか1つとかとなると、個別企業の内容が分からないように「X」と表示されるようになっています。そのために、せっかく統計分析を行って全国の分布状況を調べようとしても、数字がわからないためにそれ以上分析が進まないということがあります。

2.企業の変化・地域構造変化による限界
 先ほども申しましたが、企業の生産内容がどんどん変化していくためにわからなくなってしまうことがあります。例えば図11のように、Kという会社は、もともとパーソナルケア商品(せっけん・化粧品)を作っていました。それが化学品、ハウスホールド製品(住居用掃除用具)、サニタリー製品、化粧品、食品、そして情報関連製品を作ってきました。

図11 K社の新製品開発の歴史
図
(東洋経済新報社編「全図解 日本のシェアと業界地図」東洋経済新報社、1999)

 統計上では、K社は1番最初のところの化粧品関係で分類されてくる。実際はこういうふうにいろんなものを作っている。こういうケースが多くなると、統計をとっていくときに非常に矛盾が出てくる。統計がそういう形で分類されればいいが、分類されない場合もあるということです。20年、30年間に企業自体が大きな変化を遂げ多角化路線が非常に進みましたので、こういう矛盾が進んだのです。
 今、電機産業が非常に先端的であるということで電機産業をどんどん誘致しようという話がよくあります。ところで、日立製作所、東芝、三菱電機の3社の売上高、経常利益、従業員数を見ますと、みんな右肩下がりです(図12)。

図12
図
(東洋経済新報社編「全図解 日本のシェアと業界地図」東洋経済新報社、1999)

 電機産業自身も右肩下がりです。しかし、これをもっと大きな世界レベルの統計でみればそんなに下がっていない。つまり、企業は海外へ行って製造しているのです。日本国内では空洞化が進んでいるということでもあります。これによって国内の電機産業の分布や地域構造が変化し、外国では中国の上海を中心とする長江地域のような成長地域が出現するのです。企業の変身や地域スケールの大小によって統計の限界というものが見えてきます。私たちはこの限界を吟味しながら、統計を有効利用することが大事なのです。



III.効用−地域として何が見えてくるか−

地域政策への応用
 図13は1959年から97年まで約40年間の産業の動きを示したものですが、食料品関係はずっと下がっていきますが、電機産業は伸びているのがわかります。輸送機械は横ばいからちょっと伸びてきています。電機産業と輸送機械は「リーディングセクター」と言われているものです。

図13 日本の産業構造の長期的推移
図
数値は製造業の総生産に対する各産業の比率で、5年移動平均値
(内閣府「国民経済計算」により作成)

 日本の企業が中国へ目が向くという現実をみると、これらの成長産業を地方が誘致するのは厳しいでしょう。統計そのものは「データ」という点で中立的な性格を持っています。読み手がどう使うかで、現実への政策的適用も変わってきます。
 成長産業の地方誘致という点で、たとえば、中国が国内市場と外資導入で成長を遂げてくると、富山のような地方が対抗するには、市場規模で絶対に勝てないし、労賃も高すぎます。国内他県との競争でも、すでに電機などは立地から空洞化段階にあるので、今から集積地を目指すには限界があります。ここに統計を読むセンスが求められてくることになります。
 中国の話をさらにすると、先日、大連に行って、日系D社のテレビ工場を見学してきました。これは工場の中の写真です。ここでは、こんなふうに従業員は働いています。この大きな箱は何かわかりますか。別に特殊なものではないのですが、テレビのブラウン管を入れる箱、すなわち筐体(きようたい)です。これを見ていただくと、かなり大きいでしょう。これは49型テレビとか56型テレビの箱です。そこで工場長に、「どこで一番売れるのですか?」と聞いたら、「中国の沿海部です。」とのことでした。工場を立地した、今から10年ほど前のころは日本から部品を持ち込んで、安い技術を使って日本へ輸出していました。ユニクロパターンです。全部日本へ持ちかえっていたのが、最近は沿海部に金持ちが増えてきたために、春節のころになると、みんなテレビを買うというわけです。

 最新の統計では、中国のテレビ市場の75%をハイアール(海爾集団公司)など国内メーカーが牛耳っています。残りの25%をフィリップ、東芝、ソニーが分け合っています。春節のころになると、このテレビが日によっては1,500台くらい売れるそうです。日本でこんなテレビを売ろうとしても売れません。皆さんの家を想像していただくとわかるように、日本の家はサイドボード、冷蔵庫、テレビなどの家具や道具で全部埋まっているから買わないし、買えない。ところが、中国ではこのぐらいのテレビだと、見栄っ張りですから玄関に置いて飾ることもあるそうです。富山大学に今村弘子先生という中国経済の専門家がおりますが、この話をしたら「私がこの間中国へ行ったときは、玄関を開けたら電気洗濯機が入り口に置いてあった。」と言うのですよ。今、給料5千円や1万円で働いても、夫婦合わせて3万円で、家賃はただです。3万円ぐらいあれば、何カ月間かお金をためればテレビや洗濯機は買えます。中国では、商売をして儲けて、ものすごいお金持ちもおりますから、そういう人たちも、こういう物を買うわけです。こうして、現在の「リーディングセクター」の統計的延長で21世紀の日本の繁栄を支える業種を語ることができなくなってきています。
 工業の場面でこのような変化が起きると、従来いわれてきた「雁行形態」論が崩れてしまいます。「雁行形態」論とはどういうことかといいますと、一番進んだ国で成熟した(=技術的にも成熟し、しかも儲からなくなった)製品を、次の国に移管していく。そこでまた成熟していったら、その次にいくということです。中国という国が登場しなかったころは、日本でつくられたものが韓国へ行って、台湾へ行って、台湾でだんだん成熟してくると、マレーシアへ行ってという順番があった。ちょうど雁が編隊を組んでいるような様子から、これを「雁行形態」というふうに言っておりました。
 ところが、中国が登場してくると、中国は、先ほど申しましたように市場としてはものすごく魅力的な場所ですから、みんなこぞって中国へ行きます。そこで競争が起きますから、昔のように「雁行形態」で順番に物をつくっていくわけにいかない。「あの企業がこういう技術を出すなら、うちはもっとすごい技術を出しますよ」となる。そのおかげで、日本が21世紀に生き残る戦略製品としてノミネートされていた、システムLSI(CPUとDRAMを1個のチップに閉じ込めた集積回路)などの高付加価値製品も、中国で作るようになる。もしも「雁行形態」論でいきましたら、例えば松下の場合、最初は門真でつくって、次は富山や魚津に来るはずです。それが直接海外へ行ってしまう。そういう時代になってきております。そういう意味で、競争が非常に厳しくなってきているということです。
 そのうえで、今後伸びていく産業は何なのかを考えると、図14は産業構造変化の推移を示したものですが、これを見ますとサービス業の就業者数の割合が伸びています。製造業は就業者数の割合が多く、生産割合も高いので、基幹産業として残っていきますが、サービス業は右のほうへ移動していっています。これは就業者数の割合を示したものです。縦軸は総生産の割合を示したものです。70年、75年、80年と5年おきに、最後は95年、97年としていますが、それを見ると、サービス業は非常に有望な産業だということがわかります。

図14 日本における産業構造変化の推移
図
(「国民経済計算年報・各年版(内閣府)」より富士通総研が作成)

 図15は、どれぐらいもうかっているかという付加価値率と就業者の割合を示したものですが、集積回路製造業(IC産業)はほとんど動いていない。これはどういうことかというと、雇用に対する効果があまりないということです。むしろ自動車部品・附属製造業が伸びているということがわかると思います。

図15 製造業主要各産業の成長の軌跡
図
(「工業統計表(経済産業省)」より富士通総研が作成)

 こういう分析を行っていく場合、統計の数字で、こうです、こうですというふうに皆さんは、ある程度つめていくことができると思います。私たちがふだんやっている仕事というのは、理論的にはこうである、あるいは歴史的にこうである、あるいは現実はこうであるということを組み合わせて、統計データに価値とか意味を持たせて地域分析を行っていきます。そこから課題を見つけて、いろんな提案、提言を行っていくわけです。
 今後2005年から2010年までの間に伸びるだろうと言われている産業は、図16-1にあるように、白枠部分がプラスになっている産業です。これを見ますと、サービスは1995年から2000年まで、2000年から2005年まで、2005年から2010までというふうに右肩上がりで伸びています。金融保険はあまり調子よくありませんが、図のように予測されています。第三次産業はそういった形で伸びていくだろうと言われております。ところが、建設はだんだん尻すぼみで、マイナス成長になっています。

図16-1 産業別にみた付加価値生産額増減率の予測
図


図16-2 業種別の生産性上昇率の予測
図


図16-3 産業別就業者数の伸び率の推移
図
(内閣府「国民経済計算」より富士総合研究所が作成)

 これだけを見ますと、あたかも産業が伸びていくからバラ色だというふうに見えますが、これを雇用という点で見ますと、図16-3にあるように、製造業も比較的伸びていますが、雇用数でいくとマイナス成長です。ということは、こういう産業を地方に張りつけてもロボットが働くだけということになりますから、雇用には結びつかないということです。今から15年、20年ぐらい前は工場を地方に張りつけろと言っていた。そうすると必ず雇用が生まれると言っていた。ところが現在は、図16-2のように生産性は高くとも、全然雇用を生み出さないということです。それに引きかえて、サービス業はこれから伸びていきます。そうしますと、このサービス業を伸ばすことが、地域経済を考えていく上では、一つの重要なポイントになってくるというのが見えてきます。
 地域政策を考えていく場合、「現実を写す鏡」という性格が統計にはありますので、いろんな表現方法を工夫すると同時に、統計の手法もどんどんブラッシュアップ(みがきをかける。)していただきたいというのが要望であります。
 最後に、地域政策への応用についてであります。例えば、富山県でどういう産業を誘致するかという議論をやるとき、統計をうまく使って、企業・産業の優劣や本県との「相性」、外部へ押し出されていく産業などを調べていけば、富山県はその受け皿づくり、あるいはそのための条件整備を行うという、地域政策を考えることができます。そういった使い方があるということです。
 また、工業団地などの施設配置にしても人材の配置にしても、地域というものを集中的に造っていくのか、もっと分散的に造っていくのか、どちらの立場をとるのかは、地域政策のあり方を決めていきます。分散の形でやっていけば効率は落ちますが、サービスは高まる。集中でいけば効率性は高まるけれども、サービスは落ちる。お互いに逆の関係になっていきます。そのために、統計を使った現状認識と将来予測を持っていただきたいということです。
 つまり、今お話ししましたように、産業特性というのは時代とともに変わっていきます。そういったものをきちっと知って、政策を立てていくということです。そのときの基礎になるのが統計であるということです。
 地域を成長させていくためには、過去から成長してきたものと、これから伸びる業種を峻別していくことが重要になってくると思います。そして雇用を生み出す業種をぜひとも誘致していくということであります。
 例えば具体的にいいますと、N生命の関西に配られているダイレクトメールは、実は富山で印刷されています。それはどういうことかというと、ダイレクトメールみたいなものは人件費が安い富山でやり、全国に配送したほうがいいわけです。そういった業種を意識的に集積して、例えばダイレクトメールの一大集積地域を目指すとか、あるいは富山ならではのソフト開発をするなどを政策化していくのです。
 今、構造不況業種といわれているアルミ関係とか機械関係といったところは、統計上、一つの工場とか一つの会社で見て評価してはいけないと思います。あのセクションの中にはかなりコンピューター技術に秀でた優秀な人材がいます。そういう人たちの知恵を結集するような政策を考えることです。そして新しい産業の創出につなげていくということです。
 また、今までは縦割りで会社がありました。これからは、頭脳集団だけの会社をつくっていく、物だけをつくる会社をつくっていく、というような方向が鮮明になってくるでしょう。こういう専門化した職種単位の会社を引っ張ってくるような地域政策というのが求められています。この点からも、これからは業種でなくて、職種でみていく統計が重要になってくるということです。
 IT関係の調査を富山県統計調査課で行っておられるそうですので、この点からも調査結果を大変興味深く思っております。地域の政策力の源として、統計を考えていくということだと思います。
 最後に申し上げたいのは、私たちが使う地域統計の使命というのは、究極的には地域づくりに役立つものです。もっと突き詰めていえば、人づくり、あるいは人と人とのコミュニティーづくりの一助となるものであります。そういったことを自覚されて、みなさんも、今後ともぜひご研さんを積まれるようお願い申し上げて、終わりといたします。
 つたない話でしたけれども、ご清聴ありがとうございました。

(平成13年11月20日 平成13年工業統計調査市町村説明会より。文責は統計調査課にあります。)


とやま経済月報
平成14年9月号