工業技術センター機械電子研究所の新たな研究開発
県工業技術センター機械電子研究所長 谷野 克巳


1.はじめに

 工業技術センターには中央研究所(所在地:高岡市)、生活工学研究所(所在地:福野町)及び機械電子研究所(所在地:富山市)の3つの研究所がある。企業からの依頼試験や技術相談、企業との共同研究等を通じて県内の製造業を技術的に支援していく役割を担っており、指導対象業種は産業中分類の22業種中約15業種に及んでいる。我々の機械電子研究所は機械及び電気・電子技術関連の専門研究所であり、年間、8業種に及ぶ120社前後の企業が機械電子研究所を利用している。

 さて、富山県の工業を事業所数、従業者数及び製造品出荷額からみると(工業統計調査;従業員4人以上の事業所)、平成8年は4,556事業所、147,111人、3兆7,388億4千万円であったのが、平成12年では4,198事業所、134,377人、3兆4,593億4千万円となっている。最近5年間で事業所数は358減(△7.9%減)、従業者数は12,734人減(△8.7%減)及び製造品出荷額は2,795億円減(△7.5%減)となっている。

 このような不況の拡大傾向は全国的ものであるが、富山県では新規産業創出による県内企業の活性化と雇用の創出等を最重要課題として、様々な施策を富山県民新世紀計画及び新富山県科学技術プランの中で述べており、21世紀に富山県が取り組んで行かなければならない重点的な研究開発分野として「IT(情報通信技術)」、「バイオテクノロジー」、「海洋・深層水」、「環境・エネルギー」、「健康福祉」及び「ものづくり技術」の6つを挙げている。

 我々の研究所は基本的には「ものづくり」研究所であり、工業試験場富山分室の時代(昭和45年〜昭和61年)から県内外の企業との共同研究を積極的に進め、100件近くに及ぶ特許を企業と共同出願し、実用化してきた製品、部品、材料はかなりにのぼる。現在も実用化のために企業で試作しているものが幾つかある。そして、上記6つの分野のうち、従来までは実施していなかった「バイオテクノロジー」及び「海洋・深層水」の研究開発も新規産業創出と雇用の確保、拡大のため、積極的に推進し始めたところである。

2.新たなる研究開発

(1) バイオテクノロジー関係
 富山県が掲げる主要な産業振興施策の一つに「富山バイオバレー構想の推進」がある。バイオバレー構想は、新世紀の富山県の活力につなげるため、今後成長が期待されているバイオ産業の振興を推進することを目的としている。我々は医療等の分野においてバイオテクノロジーエレクトロニクス技術の一体化を図り、アレルギーや生活習慣病等になりやすい体質の診断に関係した各種のバイオセンサーと測定装置の研究開発を県内企業、大学、県立研究機関と共同で推進することによって県内産業の活性化を試みることとした。また、我々の研究所は非生物系の研究所であるため、バイオ関連の研究実績はゼロであったが、新規産業創出のため平成13年をバイオ関連研究実施のスタート年とした。

 さて、最近のヒトゲノム解析の飛躍的な進展の結果、人の遺伝子はすべてが同一ではなく、個人個人によって異なる部分があり、特に、DNA(アデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)及びシトシン(C)の4つの塩基と、糖の一種であるデオキシリボース、リン酸から構成される2重螺旋構造の物質であり、遺伝子の本体。4つの塩基配列の中に遺伝を支配する情報が含まれている)中のたった1塩基の違い(1塩基多型=SNPという)等によって様々な病気を引き起こす可能性があることが示唆されている(なお、ここで述べている専門的用語については、現代用語を解説した書籍にも載っているので調べていただければ幸いである)。

 本研究では、最近若年層でも問題となり、また、医療費保険等を圧迫する原因の一つとなっている生活習慣病に着目し、遺伝子で体質診断する生活習慣病として肥満糖尿病高血圧高脂血症及び動脈硬化を取り上げた。

 遺伝子多型(ある部位の塩基配列の違いが人口の1%以上の頻度で存在するもの)のうち、1塩基多型等遺伝子多型の中でもこれらの病気を発病する可能性のある異常型の一本鎖DNA(もしくは正常型の一本鎖DNA)を微細加工された櫛形金電極上に植え付け、ヒト検体から抽出した一本鎖DNAを滴下してハイブリダイゼーション(同じ種類の一本鎖DNA同士は43℃前後の温度で2重螺旋構造になるが、この現象をハイブリダイゼーションという。なお、異なる種類の一本鎖DNA同士は原則として2重螺旋構造にはならない)を起こした時の電気的変化を短時間で測定するとともに、安価な測定装置も開発するものである。
 図1はDNAを用いた遺伝的体質の電気的診断の流れの一例を示す。



 すなわち、電極に植え付けた異常型の一本鎖DNA(もしくは正常型DNA)と検体の一本鎖DNAとがハイブリダイゼーションを起こしたかどうかを電気的に調べるわけであるが、ハイブリダイゼーションを起こした場合は電流値が増加するので、この時の電気的変化から生活習慣病になりやすい体質かどうかを診断するのである。

 現在のところ、生活習慣病になりやすい体質を診断するDNAチップと測定装置の開発を進めている研究チームは全国で我々の研究チーム(県内企業2社、富山医科薬科大学、北陸先端科学技術大学院大学、県衛生研究所及び西能病院参加)だけである。安価かつ高精度の診断システムが開発されれば、県内にバイオチップと測定装置製造関連の産業を新規に創出できるとともに、医療現場等からは生活習慣病体質診断の低価格、迅速化と医療費保険負担等の軽減につながるものとして期待されている。


集積化DNAチップ
また、例えば肥満や糖尿病になりやすい異常型遺伝子は1種類ではなく、1つの病気に対して数種類以上の異常型遺伝子が存在する。このため、3〜4年後には生活習慣病に関連した異常型遺伝子全てを2cm角程度の大きさのワンチップ上に集積化したDNAチップを開発し、診断精度の飛躍的向上を図る予定である。なお、ヒト検体を取り扱う場合はインフォームドコンセントを得る必要がある。

(2) 海洋・深層水関係
 富山湾には大小合わせて200前後の定置網が敷設されており、漁業者からは船上もしくは陸上から定置網の状態や魚の状況を観察できるシステムの開発要望があった。このため、平成13年初めに水中で円周方向360度のパノラマ写真を撮影するシステムを県内企業等と共同で開発し、氷見沖の大敷定置網内で撮影システムの性能テストを実施した。

水中360度パノラマ写真撮影部
 図2は大敷定置網内の撮影映像の一例を示しているが、日中の場合は水深40mでも照明なしで網の状態が確認できることが分かった。なお、写真の左端と右端は同一場所である。今後、このシステムを更に発展させて、無線や太陽電池等を組み合わせ、陸上から定置網内を観察できるシステムに検討を加え、漁業者の方々の労働を軽減できるシステムを開発するとともに、富山湾の調査等に利用できるシステム、例えば海洋調査潜水艇等に搭載できるシステムを開発する予定である。富山湾には未知なる部分が多く、この豊かな海を保全し、後世に残していくためには、経常的に詳しく調査していくことも必要である。

図2.氷見沖大敷定置網内の360度パノラマ写真撮影映像(水深40m)

 また、深層水の利用分野の研究では、深層水の成分を利用したマイナスイオン発生素子の開発を平成13年10月頃から県内企業と共同で進めている。

 従来までの深層水の産業的な利用研究は、飲料水や豆腐、味噌、醤油、酒等の食品関係と栽培漁業関係に限られていた。一部では深層水を濃縮する研究や保冷剤などの開発研究も実施されているが、どちらかというと深層水=神秘の水というイメージ商品的なものの開発が主流であった。今回、我々が開発しているものは、深層水の成分を利用してマイナスイオンを大気中に大量に供給する素子であり、現在のところ、立方cm当たり25,000個以上のマイナスイオンを発生させることに成功している(従来のものは15,000個程度であった)。なお、本研究は企業が財団法人富山新世紀産業機構の研究助成を得て我々と共同で実施した。成果は特許出願の手続き中のため、詳細な内容はここでは述べないが、マイナスイオンは心身をリラックスさせる効果や、様々な病気や老化に関連している「細胞の酸化」を防ぐと言われ、心身に良いことはテレビ等で周知であり、開発企業ではこのマイナスイオン発生素子を今年(2002年)の下旬には量産化したいとしている。

(3) IT(情報通信技術)関係
 我々は光ネットワークの分岐・中継点で使用する精密電子部品「光集積デバイス」の開発を県内企業と共同で実施する予定でいる。ここでは、富山県立大学や東北大学の技術シーズを応用して独自の超精密加工装置を開発し、これを利用した超精密加工技術を確立して光集積デバイスを開発し、光通信の大容量・高速化に貢献しようというものである。

 光ファイバーを使った光通信は超大容量・高速通信が可能である。しかし、従来の光通信網では分岐・中継点で電気信号に一度変換して中継処理を行っているためロスが大きく、大容量・高速通信を実現するための阻害要因となっていた。このため、光信号を光のまま処理する技術の開発が盛んに行われているが、光通信デバイス用として期待されているものの精密加工しにくい特殊な材料を千分の一mmオーダーの線幅で垂直かつ深く掘る技術が十分に確立されていないため、現状の光集積デバイスでは光の散乱や屈折率の変化の影響で光通信の超大容量・高速化を阻んでいる。

 したがって、本研究ではまずこの材料を千分の一mmオーダーの線幅で垂直かつ深掘りできる超精密加工装置を企業、大学と共同で開発し、この装置を県内企業から世界に製造、販売するとともに、この装置によって造り出される光集積デバイス等も県内企業から世界に製造、販売することを計画している。

3.おわりに

 以上、我々の研究所が企業と共同で研究し、実用化を目指しているもの、これから研究しようとしているものの一部について述べた。我々はこれらのほかにも数多くの開発研究を企業と共同で実施している。
 世の中が不景気であればあるほど研究開発は重要であり、不景気の時こそ画期的なものを開発するチャンスがあり、富山の地から世界へと飛躍できるビジネスチャンスは広がっているといえるのではないだろうか。
 我々一人一人は微力であるが、チームを組み、知恵を出し、労力を惜しまず、絶えず努力をしていくことによって、富山県の産業を技術的にしっかりと支えていきたいと思っている。




平成14年4月号