くるま社会、富山の都市交通事情
―道路渋滞と空気を運ぶバスの関係―
富山大学経済学部 助教授 青木 亮はじめに
これをお読みのみなさんは、最近、電車やバスをどのくらい利用されていますか? ある日、大学の講義で「最近3ヶ月以内に、電車やバスに乗ったことのある人。」と質問したら、200人前後の学生が出席しているにもかかわらず、パラパラとしか手が上がりませんでした。富大の学生達は、あまり公共交通機関を利用していないようです。もっとも、富大の場合、大学から徒歩で通える範囲に下宿している学生が多いため、この結果には多少バイアスがかかっているかもしれません。しかし、学生、一般の方を問わず、最近、バスや電車に乗らなくなったという話をよく聞きます。実際、利用者が減少したので、バスや電車の運行本数が減らされたという新聞記事も見かけます。
富山の交通事情はどのようになっているのでしょうか? この問題について、富山市を中心に、都市交通の視点から、簡単にふれてみたいと思います。自動車が生活に大きな役割を占めています
最初に、富山市、高岡市を中心とする地域における、交通手段の利用実態を見てみましょう。これを探るのに便利なデータとして、パーソントリップ調査があります。パーソントリップ調査とは、人々がどのような目的でどこへ、いつ、どんな交通手段を用いて移動したかを調べるものです。富山県で行われた最近の調査は、富山高岡広域都市圏と周辺市町村に居住する約67,000人(回収数約56,000人)を対象に、平成11年10月から12月にかけて実施されました。まずこのデータをもとに、富山県における現状をふり返るとともに、全国平均と比較してみましょう。
最初に気づくことは、富山の場合、交通手段の中で自動車の占める割合がとても高いという点です。パーソントリップ調査では、全体の72.2%が自動車で占められています。一方、電車、バスなどの公共交通機関の割合はわずか4.2%です。富山県では、前回調査を昭和58年に行っていますが、この時と比較しても、自動車の割合は上昇しており、反対に公共交通機関の比率は低下しています。一般的に、自動車と公共交通機関は代替関係にあり、一方が上昇すると、他方が減少します。自動車利用が多く、公共交通機関があまり利用されない富山の現状は、この原則と一致しています(図1)。
それでは、富山県の現状を全国平均と比べると、どうでしょうか? 全国規模で行われたパーソントリップ調査としては、平成4年に当時の建設省が全国78都市を対象に実施したデータがあります。調査年は多少異なりますが、この数値と比較することで、富山の特徴を明らかにしましょう。2つのデータを比較してわかることは、全国平均と比べても、富山では自動車利用が多く、反対に公共交通機関の比率が低いということです。公共交通機関の割合は、全国平均では17.3%あり、富山県の数値(4.2%)よりも大幅に高くなっています。ただし全国調査では、大都市ほど公共交通機関の利用率が高く、逆に都市規模が小さくなるほど、自動車利用が増える傾向を示します。正確を期すためには、同規模の地方都市(人口30−50万人)と比較する必要がありますが、同規模の都市と比べても、富山における自動車利用の割合は高くなっています(図1)。
さらにデータを利用目的別に細かくみてみましょう。ここでは「通勤」、「業務」、「私用」の3目的について分析します。富山県の場合、3目的共に自動車利用が圧倒的に多く、生活の中で自動車が大きな地位を占めています。一方、全国平均をみると、「業務」での自動車利用は多いものの、「通勤」と「私用」目的では、一定程度公共交通機関も利用されていることがわかります。逆に考えると、適切な政策を実施することで、富山でも「通勤」と「私用」目的の交通手段を、公共交通へ転換できる可能性があります(図2)。
これらデータを裏付けるように、富山県の一世帯あたり自動車保有台数は平成10年度で2.33台と、全国平均の1.60台と比較して高い値を示しています。この数値は、群馬県に次いで全国第2位です。富山市や高岡市でも、それぞれ2.03台と2.26台に達しています。県内では既に、自動車は一家に1台から、1人1台の時代になったと言えるでしょう。一方、反対に私鉄やバスの利用者は減少し続けています。最近約20年間で、利用者数は1/3以下に減少しました。この結果が、路線の休廃止や減便につながっています。また自動車が増加したことで、道路渋滞や交通事故の増加といった、社会的にマイナスの影響も生じています(図3)。
県内の道路事情は全国平均と比較するとかなり良好ですが、それでも県道富山高岡線や富山立山公園線などで、慢性的混雑状態を示す混雑度1.75以上の区間が存在します。また市内の幹線道路では、ラッシュ時に橋や交差付近を中心に渋滞が生じています。さらに、人身事故発生件数や交通事故死者数は、共に全国平均を上回っています(図4,表1)。
図4 幹線道路混雑度 資料)平成11年道路交通サンセス
この地図は、国土地理院発行の数値地図200000(地図画像)を使用して作成したもの。 注)道路混雑度:交通量/道路容量 (指標の目安) 1.75以上 慢性的に混雑が発生。
1.25−1.75 ピーク時とその周辺時間帯で混雑が生じる可能性が高い。
1.0−1.25 道路混雑の可能性が1、2時間ある。
1.0未満 道路混雑はほとんど存在しない。
表1 富山県における交通事故状況(平成11年)「100の指標 統計から見た富山」より
富山県 全国平均 人身事故発生件数 (10万人あたり) 692.0 (17位) 671.2 交通事故死者数 (10万人あたり) 8.80 (26位) 7.11 交通事故負傷者数 (10万人あたり) 819.7 (24位) 829.1 道路交通法違反取締件数 (1000人あたり) 91.2 (5位) 70.7 なぜ、これほど自動車が利用されるのだろう
富山県で、これほど自動車が普及している理由は、どこにあるのでしょう? 理由を探ってみたいと思います。もちろん、我が国における自動車普及の最大の要因は、国民の所得水準上昇や、メーカーによる自動車の性能向上と価格低下です。ただ、これだけでは富山県における自動車普及を説明するに十分とは言えません。富山独自の理由が存在するはずです。いくつか指摘してみましょう。
まず第1は、道路整備の進展です。平成11年の富山県の道路延長は12,712キロに達しています。そのうち改良済みの道路は72.2%(全国2位)、整備率は67.8%(全国1位)となっています。また自動車1台あたりの舗装延長も5.4メートル(全国6位)と高い値を示しています。このように、全国平均と比べ恵まれた道路環境が、要因として指摘できます(表2)。表2 富山県における道路状況(平成11年)「100の指標 統計から見た富山」より
富山県 全国平均 道路改良率 (%) 72.2 (2位) 53.9 道路整備率 (%) 67.8 (1位) 51.0 自動車一台あたり舗装延長 (m) 5.4 (6位) 3.8 自動車交通不能区間の割合 (%) 3.3 (43位) 14.9
注)道路改良率:一般国道+県道+市町村道の改良済(幅員5.5m以上)延長/道路実延長
道路整備率:一般国道+県道+市町村道で改良済かつ混雑度1.0未満の道路延長/道路実延長
第2は郊外化と、それによる分散化の進行です。中心商店街の衰退や、郊外のロードサイド店の隆盛がこれに当たります。まず郊外化の動きを人口変化の面から分析してみましょう。例えば富山市全体では、昭和40年と比較し平成10年の人口は、26.18%増加しています。しかし、旧市街とそれ以外の地区に分けると、最近約30年間で旧市街の人口が3割以上減少しているのに対し、郊外の住宅地では逆に35%も増加しています。クラーセン・パエリンクによる都市発展モデル注1では、このような状況を、都市の発展段階における「郊外化過程」とみなします。人口変動を受け、ショッピングセンターや病院等の医療機関の郊外移転も進んでいます。幹線道路沿いには、大規模な駐車場を備えたショッピングセンターが建ち並び、総合病院も多くが郊外に移転しました(図5)。
このように郊外へ人口や施設が分散することは、自家用車の利便性を増す反面、公共交通機関には不利に働きます。自動車を利用する際に頭を悩ます問題は、渋滞に巻き込まれたり、目的地で駐車場を探す手間ですが、このような問題は、郊外ではあまり発生しません。一方、電車、バスといった公共交通機関は、輸送効率を考えると、一度にまとまった乗客を運ぶ必要があります。大量輸送のためには、都心の中心業務地区(CBD)注2に諸機能が集中し、人々の移動パターンが点と線の動きとなる単純な形態の方が有利です。反対に分散型の都市環境では、行動パターンが面的な広がりを持ち複雑になるため、公共交通機関では難しい問題が生じます。その意味では、郊外化の進んでいる都市では、自動車による移動が、多くの場合、もっとも便利と言えるでしょう。
第3の点としては、このような環境変化に対して、公共交通機関の側が、十分な対応を迅速に行えなかったことです。例えば富山市周辺のバス路線は、これまで富山駅を中心に放射状のネットワークを形成しており、郊外化の進展に十分対応できていたとは言えません。また、地域の町づくりの観点からも、郊外化やその結果として自動車中心の町づくりを進めていった一面があったと考えられます。
以上の諸要素が絡み合い、富山市周辺は、全国的に見ても自動車利用の割合が高い(逆に言えば公共交通が有効に利用されていない)、都市になったといえるでしょう。
注1 ヨーロッパの地域学者クラ-セン(Klaassen)とパエリンク(Paelinck)によって提唱されたモデル。
注2 一般に都市の中央部で、事務所、官公署、金融機関、商店、慰安娯楽施設等が最大に集中している地区(有斐閣 経済辞典から抜粋)。対策として、どのようなことが考えられるだろう
最後に、どのような政策提案ができるか、考えてみましょう。富山では、これまで公共交通機関は、必ずしも効果的に利用されてきませんでした。多くの場合、利用者にとっては、バスや電車を利用するよりも、自家用車で移動した方が便利なのが実状です。ただしその結果、さまざまな問題も生じています。都市交通における大きな課題として、ここでは道路渋滞と交通安全への対応の2点を指摘します。
現在、富山市とその周辺部でも、朝、夕のラッシュ時やボトルネック箇所を中心に、渋滞が生じています。その対応として、環状線の整備や道路の拡幅、交差点の改良など、さまざまな施策が実施中です。また交通事故の死者数や傷者数を減少させることも、愁眉の急です。対策としては、横断歩道やガードレールの設置、各種の広報活動など、多くの取り組みが行われています。ただし、これら諸施策だけですべての問題を解決するのは、困難でしょう。公共交通の活用という視点も、必要であると考えます。例えば、富山県の道路渋滞は、その多くがラッシュ時に発生しています。もし通勤時に100人程(バス2台分)が自家用車からバスや電車へ乗り換えてくれれば、それだけでも渋滞区間の緩和につながることが間々あります。また、物理的特性や運転技術の高さから、一般的に公共交通機関の方が、安全性は高いと言われています。
問題は、どのようにこれを進めていくかです。自動車利用を規制し、強制的に公共交通機関に乗り換えてもらう方法もありますが、社会的コンセンサスの確保や富山の実状を考えると、これは現実的でありません。また、補助金を用いて公共交通機関の運賃を大幅に割り引くという手法も、経済学の視点からは、一般的にあまり好ましくありません。財政事情や市民感情の点からも、実現は難しいと思われます。有効な対策の1つは、公共交通機関を利用するメリットを利用者が認識し、自主的に転換してもらうことです。例えば通勤手段として、郊外では自動車を利用し、渋滞の発生する中心部手前で鉄道やバスに乗り換えるという手法があります(パーク&ライドなど)。この手法は、地理的要件による制約や、駅に大規模な駐車場を設置する必要性はありますが、乗り換えの手間を相殺できるくらい大きなメリット(時間短縮など)を利用者が認識すれば、十分機能する可能性があります。パーク&ライドについては、現在、全国各地で社会実験や導入が行われていますし、富山でも、いくつもの試みがなされています。またバスが渋滞に巻き込まれないようバスレーンを設置し、自家用車をレーン内に進入させないための実効性ある対策が採れれば、バスの魅力をより高めることができます。
第2の手法としては、より利用しやすい形態に、公共交通機関を改善することです。低床バスの導入やバスロケーションシステムの設置注3、「黄−バス」注4やコミュニティーバス注5の運行など、新たな試みが既に始まっています。また昨今話題になることが多い、規制緩和の進展も、この動きを後押しすると思われます。既に鉄道事業については規制緩和がなされ、バス事業についても平成14年2月より、需給調整規制が撤廃されます。その結果、事業者の創意工夫の働く余地がこれまで以上に広がり、より良い新サービスの登場が期待できます。規制緩和というと、路線廃止や縮小など、暗いイメージを持たれる方もいるでしょうが、海外の先行事例では、地方における活性化例も存在します。
第3に、これら諸施策の連携を図ることが必要です(ポリシ−・ミックス)。交通施策の多くは、単独で実施しても、その効果は限定的です。政策目的にあわせ、諸施策を組み合わせることで、より大きな成果を獲得でき、それが政策への社会的コンセンサスを確保することにもつながります。交通分野では、これまでまちづくり(都市計画)と道路整備、公共交通対策の間には、あまり連携がありませんでした。しかし3者を組み合わせることで、より大きな効果が期待でき、有効性を発揮できるのです。
注3 バス車両の走行位置を把握し、停留所に接近情報として知らせるシステム。最近はインターネットやiモードで検索することも試みられている。富山市でも、9月からiモードへの情報配信が始まる予定。
注4 ショッピングセンターや病院を中心に、富山市郊外を循環する新路線(H13.8月から運行開始)。
注5 地方都市や大都市周辺部で、地域住民への最小限の足の確保を目的に、主に自治体により、無料又は低額で運行されるバス。富山市,高岡市などで、本格運行が実施または予定されている。おわりに
富山県は、富山市や高岡市といった都市部においても、自動車利用が大変便利な地域です。運転免許を保有し、自動車を運転できる人にとり、自家用車で移動することは、多くの場合、もっとも便利な移動手段であるといえます。その結果、全国的にみても高い自動車依存の社会が形成されています。
しかし交通事故や渋滞の発生など、自動車利用に伴う負の側面も散見されます。これら諸問題の解決には、今後、公共交通機関の有効活用が1つの鍵になると考えられます。自動車と公共交通機関が、それぞれの長所を生かしあい、共存する体制の整備が望まれます。